12:スタジオ訪問
「ぎゃあ!」
沙織は驚きのあまりに飛び上がり、声を上げて振り向いた。すると、そこには鷹緒が立っている。
「た、鷹緒さん!」
「なんだよ、こんなところで。それにおまえ、鍵……」
思わぬ訪問者に、鷹緒も驚いた様子である。
「あの、か、鍵のありか、スタッフさんが話してるの聞いてて……勝手に入って、ごめんなさい!」
鍵を差し出しながら、沙織は深々と頭を下げて謝った。
「ああ……いいよ。ここにあるのは、ガラクタばっかだから。ほとんど放置状態……」
鷹緒はそう言って、中へと入っていく。
「……今来たの?」
中へ入りながら、沙織が尋ねた。
「ううん。一度来て、あまりに腹減ったから、そこのコンビニでカップラーメンをね」
「あ、私も、ヒロさんに言われて、おにぎりとお茶……」
「ああ、サンキュー」
鷹緒はそう言うと、沙織からそれを受け取り、お湯を沸かし始める。そして、おにぎりを頬張りながら、口を開いた。
「それで?」
「えっ?」
鷹緒の言っている意味がわからず、沙織が驚いた顔をする。
「え、って……何か用があるんじゃないのか? 事務所に行ったんだろう?」
「ああ、うん……特に用事があったわけじゃないんだけど、さっきヒロさんに会ってね。いつでも寄ってね、なんて言ってくれたから、本当に寄っちゃった……」
沙織は妙にドキドキしていた。お互いのことはあまり知らないが、親戚であるという微妙な関係の鷹緒は、有名人を手がける写真家であり、沙織の周りにはいないタイプである。
「へえ。今日、彼氏は?」
「バイト」
「ふうん?」
そう言いながら、鷹緒はパソコンに向かう。
「あの……今日のBBのライブ、見たよ。渋谷に来いって、このことだったんだね。ちゃんと教えてくれればよかったのに。危うく見逃すところだったよ」
近くのソファに座りながら、鷹緒の背中に向かって、沙織が言った。
「ああ……秘密はどこから漏れるかわからないからな。ちゃんとは言えないよ」
「そんなこと、しないのに……」
「うん……まあね」
その時、やかんの笛が鳴った。
「あ、私がやるよ」
立ちかけた鷹緒に、沙織が言う。沙織はやかんの火を止めると、鷹緒が買って来たカップラーメンにお湯を入れ、鷹緒のそばに置いた。
「はい」
「サンキュー」
沙織は首を振ると、鷹緒の前にあるパソコンを覗く。画面上には、BBの写真が並んでいる。
「わあ、BBだ。これ、さっきのライブ?」
「ああ」
「すごいなあ……そういえば、鷹緒さんって有名なんだね」
「は?」
唐突なまでの沙織の言葉に、鷹緒は驚いた。
「あ、あのね。さっき彼氏が教えてくれたの。ファッション雑誌とかに、鷹緒さんの名前が結構出てるって……」
「ああ……でも、有名かどうかは疑問だな」
「またまた」
苦笑している鷹緒は、カップラーメンの蓋を開け、食べ始めている。
そんな様子を見つめている沙織に気付き、鷹緒は口を開いた。
「おまえ、夕飯は?」
「あ、どうしようかな……」
「早く帰れよ。暗くなるぞ」
「うん……」
沙織はなぜか、まだ帰りたくないと思っていた。もっと鷹緒と話していたいと思う。
「……家に何かあるの?」
「え、どうして?」
鷹緒の言葉に、今度は沙織が、驚いて聞き返す。
「いや。帰りたくなさそうだったから」
「べつに、そんなことないけどさ。でも、なんか……そういう時ってあるでしょ?」
「さあな……」
鷹緒はカップラーメンを置くと、立ち上がった。
「もう食べたの?」
「飯、食いに行こうぜ」
「まだ食べるの?」
「こんなもんじゃ、体力続かねえからな」
鷹緒はそう言うと、パソコンの電源を切り、上着を持って振り向いた。
「送るよ」
その言葉に含まれた優しさが、沙織にはわかった。しかしそれは、恥ずかしいような心地よい感覚である。
「うん……」
沙織はそう返事をすると、鷹緒についてスタジオを後にした。