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117:破局

「今、ユウと別れてきた」

 沙織の言葉に、鷹緒は驚いた。


 数十分前、沙織はユウの部屋にいた。

「ごめんなさい!」

 深々と頭を下げて、突然、沙織が謝った。ユウにはその意味がわかっていた。

「やっぱり駄目か……」

 苦笑してそう言ったユウに、沙織がそっと顔を上げる。

「え……?」

「相手は、諸星さんでしょう?」

「……うん」

 静かに沙織は頷き、言葉を続ける。

「説明がつけられないの……私、ユウのことは好き。だけど鷹緒さんのことを考えると、胸が苦しくて、イライラして、悲しいの……」

「……うん」

「ユウには、本当にいろいろ教えてもらった。鷹緒さんが日本にいない間も、ユウがいたから私はやってこれたんだと思う。だけど鷹緒さんが帰ってきて、自分の気持ちに嘘はつけなくなったの……ひどいよね。都合がいいよね……結局私は、ユウを利用してしまっていたんだと思う……」

 沙織の本音に、黙って聞いていたユウは静かに微笑んだ。

「十分だよ……ひどいのは僕のほうだ」

 思わぬユウの言葉に、沙織は顔を上げる。

「前に言っただろう? 諸星さんがいなくなって、ラッキーだと思ったって。あれは僕の本音だ……諸星さんがいなくなって、僕は沙織とつき合えた。沙織も僕を好きになってくれた。それを嘘だとは思わないし、思いたくもない。だけど、もとから無理があったんだよ。沙織の心は、諸星さんがニューヨークへ行った時点で、日本に置いてけぼりだったんだから……」

「ユウ……」

「……この間、沙織が僕を好きだって言えなかった時点で、僕の恋も終わってた……僕は君をスキャンダルに巻き込んで、その中で早く交際を公表したかったのは、諸星さんが帰ってくる前に、既成事実を作りたかったのかもしれない。だから、僕は君に嫌われて同然の男なんだよ……」

 静かにそう言ったユウに、沙織は首を振った。

「違う、違うよ。私が……」

 沙織は溢れ出そうとしている涙を、必死に堪えた。

 そうしているうちにユウが口を開く。

「おあいこだよ……」

「……ユウ」

「最後に、一度だけ……」

 ユウはゆっくりと沙織を抱きしめた。堪えていた涙が、沙織の目から溢れ出す。

 決してお互いに嫌いではなかった。たが鷹緒の存在は、二人にとって思ったよりも大きくなっていた。

「愛してる……愛してた。だから沙織、負けないで……」

「ユウ……ユウ……」

 なぜ、この人では駄目なのか。なぜ鷹緒なのか。沙織の頭の中でこだまする。

 またユウの胸の中で、説明のつかない感情が渦巻き、心の中で沙織を責め立てる。だが、ユウもまた沙織に恋をしているからこそ、沙織の気持ちを痛いほどわかっていた。

「さよなら、沙織。またね」

 一度も責めることなく、ユウは沙織を笑って送り出した。そんなユウに、沙織は自分の不甲斐なさを恥じた。


「今、ユウと別れてきた」

 半地下のスタジオで、鷹緒と沙織は見つめ合ったままだった。

「なに、言って……冗談だろ?」

 目を丸くして驚き、鷹緒は激しく動揺しているようだった。こんな驚いた鷹緒を、沙織は初めて見ていた。

「冗談、じゃないよ。きっぱりと、さよならしてきた……」

「……なんで……」

 鷹緒には沙織の行動が理解出来なかった。ただ沙織の次の言葉に耳を傾ける。

 沙織は鷹緒を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「鷹緒さん。私、やっぱり鷹緒さんのことが好きなの」

 きっぱりとそう言った沙織に、鷹緒はまた目を丸くした。見つめる沙織は悲しげに微笑み、鷹緒を見つめている。

「……さ、おり……」

 状況を飲み込んで、鷹緒はやっとそう口にした。だが、次の言葉が見つからない。

「わかってる。鷹緒さんの返事は……だけど、もう遅いの。私、自分が納得するまで、鷹緒さんを好きでい続けるわ……これは誰にも止められない。鷹緒さんにもね。だって好きなんだもん、しょうがないじゃない」

 沙織は笑ってそう言った。

「……」

 鷹緒は何も言わなかった。いや、何も言えなかったのかもしれない。

 沈黙の中、沙織は少し不安になった。勇気を振り絞って言ったはずの告白も、後悔しなければならないのか……沙織は俯いた。ふられてもいい、何か言ってほしかった。

 そんな中で、鷹緒の深呼吸に似た溜息が聞こえる。顔を上げた沙織に、一瞬、鷹緒の顔が見えた。泣いているように見えた――。

 次の瞬間、沙織は強く鷹緒に抱き寄せられ、しっかりと抱きしめられた。

「馬鹿か、おまえは。本当に……信じらんねえ。わけわかんねえよ……馬鹿か!」

「そ、そんな、バカバカ言わないでよ……」

 複雑な気持ちで沙織が反論する。苦しいくらいに抱きしめる鷹緒の肩は、やっぱり震えていた。

 鷹緒の腕の中で、沙織はそっと涙を流し、鷹緒の背中に腕を回す。

「私は、鷹緒さんが好きなの……ずっと一緒にいたい……好きなの。好……」

 呪文のように繰り返す沙織に、鷹緒は静かにキスをした。すべての願いが叶うような、満たされるキスだった。

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