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116:苛立ち

「離して……」

 そう言いながら、沙織は体を強張らせていた。時が止まったかのように、何も出来ない。

 鷹緒は鷹緒で、どうしたらいいのかわからなくなっていた。ただ沙織の腕を掴んだまま、その先何をしたらいいのか、何を声かければいいのか、まるで浮かばない。

 時間が止まった中で、カチャンと沙織の手首が回り、鍵が開いた。それを見て、鷹緒はゆっくりと沙織から離れる。

 沙織は振り向いて、鷹緒を見つめた。涙に濡れた沙織の瞳は、すでに真っ赤に腫れている。

 それを見て鷹緒は沙織の腕を掴むと、部屋のドアを開け、中へと入っていった。

 玄関先で、二人はしばらく見つめ合ったままだった。

「……何が、あったんだ?」

 しばらくして、鷹緒がそう口を開いた。その言葉に沙織も我に返る。

「……鷹緒さんには、関係ない」

 沙織の言葉に、鷹緒は押し黙った。

「帰ってよ……」

 鷹緒は目を伏せた。

 そこから動こうとしない鷹緒に、沙織は苛立って手を振り上げる。

「帰って!」

 沙織の振り上げた手を、鷹緒は反射的に掴んでいた。沙織はそのまま涙を流す。

 鷹緒は沙織を見つめたまま、沙織の額に手をやった。大きな鷹緒の手が、沙織を包む。

「……熱なんかないよ」

「あるよ。おまえ、手、熱いじゃん……上がるぞ」

 そう言って、鷹緒は沙織の手を掴んだまま、部屋の中へと入っていった。

 鷹緒が沙織の部屋に上がるのは初めてだった。狭い部屋を見回すと、奥の寝室が目に入る。鷹緒は奥へと進んでいく。

「嫌だ。女の子の部屋に勝手に入らないでよ」

「なに、変なもんでも隠してあるのか?」

 拒否する沙織に茶化すようにそう言った鷹緒だが、顔は真剣である。

 そのまま鷹緒に強い力でベッドに押し倒された沙織は、途端に布団を被せられた。

 鷹緒は寝室を出ていくと、洗面所でタオルを見つけ、濡らして寝室へと戻っていく。

 寝室の沙織は、大人しくベッドに横になっていた。

「この間の、まるで逆だな……ほら、手退けろよ」

 苦笑して鷹緒が言った。

 沙織は泣いているのか、両手で顔を隠している。沙織が手を退かそうとしないので、鷹緒は沙織の手の上にタオルを乗せた。

「冷たい……」

「おでこに乗っけろよ。俺の風邪が移ったのかな……ごめんな」

 素直に謝る鷹緒に、沙織は小さく首を振った。

「……沙織。俺、どうしたらいい?」

 少しして、静かに鷹緒がそう言った。どういう意味かわからずに、沙織がそっと鷹緒を見上げる。目が合った鷹緒は、真剣な眼差しで沙織を見つめている。

「帰ってほしいなら帰るよ。でも俺、おまえがいつもと違うから、心配なんだ……」

 今日の鷹緒はどこか素直に見える。そんな鷹緒に沙織が手を差し出す。それを見て、鷹緒もそっと手を握った。

「ごめんね。なんか今日、イライラしてて……」

 沙織も素直に謝る。

 鷹緒を好きな気持ちに気付いたことで、沙織は鷹緒から逃げたかった。恋人であるユウにも悲しい思いをさせてしまい、どうしたら良いのかわからぬ苛立ちが、鷹緒にぶつけることで表れてしまっていたからだ。

「それはいいよ……それより、薬飲めよ」

 鷹緒は風邪気味で常備していた、自分の風邪薬と水を差し出す。沙織はそれに応じて、薬を飲む。

「……だけど、何かあったんだろ?」

 薬を飲んで横になる沙織に、鷹緒が尋ねた。

「ふふ。鷹緒さん、お父さんみたい……」

 静かに笑って沙織が言った。鷹緒も優しく微笑む。

「そうだな……ここじゃ、おまえの保護者みたいだからな」

「……」

 その時、沙織は突然起き上がり、鷹緒に抱きついた。

「……沙織?」

 鷹緒は沙織を振り払うことも抱きしめることもなく、静かに尋ねた。

 沙織は抱きついたまま鷹緒を見つめ、そっと口を開く。

「苦しいよ、鷹緒さん……」

「え、おまえ、風邪……」

「どうやってももう、鷹緒さんと恋人になることは出来ないの……?」

 そんな沙織の言葉に、鷹緒は一瞬、大きな瞬きをした。そして沙織を引き離す。

 沙織は熱に火照った体をし、腫らした目で鷹緒を見つめている。

「ハハ……からかうなよ。おまえには、トップスターがいるだろ?」

 静かに笑って、鷹緒は立ち上がる。

 沙織はそのまま倒れるように眠りについた。



 次の日。沙織が目を覚ますと、そこに鷹緒の姿はない。寝室を出ると、食卓となるテーブルに置き手紙があった。

“沙織へ。起きたらここに行くように。鍋の中におかゆあります”

 手紙には鷹緒の字で、病院の名前と地図が書かれている。

 沙織はガス台に置かれた鍋を覗いた。料理下手な鷹緒が作ったおかゆだけあり、決して美味そうには見えないが、沙織は嬉しかった。

「好き……です、鷹緒さん。好きです……好きなんだもん。しょうがないじゃん!」

 おかゆを食べながら沙織が言った。

 鷹緒のおかゆは、少ししょっぱかった。


 その夜。沙織は地下スタジオへと向かっていった。スタジオには、鷹緒の姿がある。

「沙織……」

 鷹緒が驚いて言った。

「どうしたんだよ。病み上がりだろ?」

「うん。鷹緒さんに会いたくて……事務所に行ったら、ここだって」

 そう言った沙織は、どこか晴々としている。

 鷹緒は微笑み、口を開く。

「あとで、おまえのところに行こうと思ってた」

「そっか。でも、待てなかったんだ……」

「……なんで?」

「今、ユウと別れてきた」

 沙織の言葉に、鷹緒は驚いた。

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