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113:少年時代

「知ったっていうか……私ね、家族の大切さとかってあんまり考えたことなくて……鷹緒さんから家族の話とか聞いたことないし、おばあちゃんと一緒に暮らしてたこと聞いて、もし私が鷹緒さんと同じ境遇だったらって考えちゃうんだけど、想像つかないっていうか……」

 正直に沙織はそう話した。鷹緒に見つめられ、何を言ったらいいのかわからず言葉にはなっていなかったが、それを聞いて鷹緒は静かに微笑んだ。

「……俺の親父が、政治家だってのは知ってる?」

「うん、聞いた……」

 鷹緒の言葉に、沙織は頷く。

「親父は昔から厳しくて、成績が少し下がったくらいでも、めちゃくちゃ叱られた。それでも、母親がいた頃は全然よかった。厳しいのは当たり前だったし。でも母親が死んで、親父が再婚して、子供が生まれて……その時、思ったんだ。『ああ、俺は何のためにここにいるんだろう』って……」

 沙織は目を見開いた。祖母伝手に聞く話とは、まるで違う現実感が伝わる。

 鷹緒は話を続ける。

「今まで散々勉強して、それなりに仲の良かった家庭だったのに、同じ家の中で新しい家族が生まれていくのを目の当たりにして、俺は邪魔者なんかじゃないかって……」

「……」

「べつに再婚相手が嫌だとか、そういうんじゃなかった。優しい人だったし、自分の子と俺を差別しないように接しようとしてくれてたと思う……だけど俺はやっぱり駄目で、家に帰らない日が続いた。親父は世間体を気にしてたから、俺を家から出さないようにしたけど、それは逆効果だ。俺も無茶やってたし、親父もとうとうさじを投げてね……それから、伯母さんの家に引き取られたんだ。親父の家系には、知られたくなかったんだろうな……」

 鷹緒は淡々と話していた。互いに目も合わせず、独り言のように鷹緒の過去が溢れ出す。

 そんな話に耳を傾けながら、沙織は何も言えなくなっていた。

「それ以来、ほとんど親父には会ってないし、連絡も取ってない。籍抜いてくれたってよかったけど、それも出来ないのは、やっぱり世間体だろうな……まあ、勘当同然だ。だから俺も家族と思ってないし、正直どういうものを家族っていうのかわからないんだよな……」

「……」

「だから伯母さんの家で、まだ小さいおまえらと会った時……幸せそうでムカついた」

 その言葉に、沙織は驚いた。

「え?」

「……おまえらの家族は、俺が理想に描いてたような家族だった。優しい母親と、家族のために働く父親。仲の良い兄妹。夏休みの度に祖父母の家に遊びに来て、毎日楽しそうだった。そんなおまえたちが羨ましかったよ……いや、それが普通なのかもしれないけど、当時の俺にはまったくわからない世界だったから……」

「鷹緒、さん……」

 沙織はそう言いかけた。だがその先、なんと声をかければいいのかわからない。

 そんな沙織を尻目に、鷹緒はベッドに寝そべった。

「憧れてた。そんな家族を作ることに……俺の家族は誰もいない。いるとすれば伯母夫婦だと思ったけど、それも違う。そんな時、理恵と会って……理恵が言った。『じゃあ、新しい家族を作ろう』って。でも駄目だったからな……」

 寝そべった鷹緒を見つめ、ベッドのそばに立ったまま、沙織はその話を聞き続ける。

「なんか漠然としてるんだ。家族の記憶も薄れてて……おまえたち家族を見本にしようとしても、わからない。変にひねくれてて、あいつが離れていく時も、自分のほうが邪魔者なんだって思ってた。あいつを追いかけることもしなかった。そんな俺が家族なんて求めちゃいけないんだって、後で気付いた……だからもう家族とかそういうのには、憧れないようにしてる……」

 鷹緒の言葉に、沙織の目からは涙が溢れ出ていた。止め処なく溢れる涙に、沙織は顔を隠す。

 そんな沙織に気付いて、鷹緒はもう一度起き上がった。ベッドのそばに立っている沙織は、声を潜めて泣いている。

「……暗くてつまらない話だろ?」

 苦笑しながら鷹緒が言う。そんな鷹緒に、沙織は何度も首を振った。

「ごめんなさい。ごめんなさい……」

 沙織は申し訳なかった。鷹緒にとっては思い出したくもない、やはり触れてはいけない過去なのだと痛感する。そんな鷹緒が自分のために話してくれたこと、それを聞いて泣いてしまう自分の不甲斐なさが、沙織を自暴自棄にさせる。

「ごめんなさい……」

 泣きながらそう言う沙織に、鷹緒の手が触れる。長い指が沙織の涙を拭った。

「……でも、べつに俺、自分が不幸だとか思ってないぞ? まあそんな境遇のおかげで、卑屈で格好悪い人間になっちゃったけど、家族が恋しいとか思ったのは十代のあの時期くらいだ。だから今、一人でもなんとも思わないし、ましておまえが泣くことは少しもないよ」

「うん。うん……」

 しかし沙織の涙は、とどまることを知らない。そんな沙織に、鷹緒は静かに微笑んで、そばに投げ出してあったカバンから財布を取り出すと、一枚の写真を見せた。

「これ……」

 涙で滲んだ目で、沙織はその写真を見つめた。そこには祖父母の家で見た写真とよく似た、幼い沙織と兄の雅人が写っている。こちらを向いて笑っている。

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