112:焦り
「関係ないわけないじゃない! 私は鷹緒さんの親戚だよ。それに私まだ、鷹緒さんのこと好きだもん!」
とっさに出た言葉に、鷹緒も驚いたが、沙織自身も驚いていた。ユウとつき合い始めてから、鷹緒のことを意識したことはほとんどない。それは鷹緒が帰国してからも変わることのなかったことで、沙織には、鷹緒のことは過去の話になっていたはずだった。
「あっ……違う。好きっていっても、恋とかそういうんじゃなくて……」
言い訳のように沙織が続けた。沙織の心臓はバクバクと音を立てるように、激しく動いている。
そんな沙織に、鷹緒が笑った。
「馬鹿だな。本気にするかっての」
そう言う鷹緒に、沙織は少し傷ついた。だが焦りを隠すように、沙織は言葉を並べる。
「と、とにかく、追い出そうとしたって駄目よ。病人は病人らしくしてなさい。じゃあ、病院へは明日連れて行くとして、今日はもう寝なきゃ駄目だよ。はい、早く寝室行って」
沙織は鷹緒の服を軽く掴んで、寝室へと連れていった。そして鷹緒をベッドに寝かせると、濡れたタオルを額に乗せてやり、市販の薬を飲ませてやる。
「今日はこのくらいしか出来ないけど、明日は病院行ってね。私もついていってあげる」
横になった鷹緒に、沙織がそう言った。
「いいよ。子供じゃないし、一人で行ける」
「一人だったら行かないでしょ。そのくらい、わかるもん」
「ハハ……そっか。沙織、お母さんみたいだな」
軽く笑いながら、鷹緒がそう言った。
沙織の脳裏に、知る限りの鷹緒の過去が浮かぶ。実の母は亡くなり、厳しい父と再婚相手。再婚相手に子供が生まれた時、鷹緒はどんな気持ちだったのだろう。
両親が当たり前のようにいて、喧嘩しつつも仲の良い兄を持つ沙織は、想像するだけで寂しくなった。沙織の心は、重く沈む。
「……沙織?」
そんな沙織に、鷹緒が声をかけた。
我に返って、沙織は鷹緒を見つめる。
「え? あ、ごめんなさい……なんか、ぼうっとしちゃった」
「大丈夫か? 風邪、移るなよ」
「うん、平気。そういうんじゃないし……」
そう言いながらも心が晴れるはずもなく、沙織は黙りこんだ。
鷹緒は沙織を見つめると、静かに微笑んで口を開く。
「……本当にどうした?」
目を泳がせながら、沙織は思い切って尋ねることにした。
「こんな時に……変なこと聞いてごめん。でも、すごく気になって……」
「なに?」
「……鷹緒さん、家族には会ってるの?」
沙織が尋ねた。
本当は違うことが聞きたかった。子供の頃の心境を聞いてみたかった。鷹緒がどんな少年時代を過ごしたのか、鷹緒の口から聞いてみたい。だが、鷹緒の過去を聞くことは禁句だと思った。それなのに聞いたのは好奇心に過ぎなかったが、沙織は鷹緒を好きだった頃のように、鷹緒のすべてが知りたいと思った。
「……なんで、そんなこと?」
怪訝な顔をして、鷹緒が尋ねる。
素直に返事をもらえなかったことで、沙織は諦めがついた。
「ごめん。やっぱり、なんでもない……」
「……伯母さんに、何か言われたのか?」
ゆっくりと口を開き、鷹緒が尋ねる。
「え?」
「何か知ったから、聞きたいんじゃないの?」
鷹緒は起き上ると、曲げた膝に頬杖をついて沙織を見つめた。その目は綺麗だが、どこか寂しそうで、目を逸らせないほど鋭く沙織を貫いている。