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109:アルバムの少年

「沙織ちゃん。もう寝る?」

 そこに、祖母が声をかけた。

「あ、まだ大丈夫……」

「酔っ払いばかりだから、つまらないでしょう?」

「ううん。これ、ありがとうございました」

 沙織はそう言って、アルバムを祖母へ返す。

「いいのよ。これを見ると、みんなずいぶん大きくなったことがわかるわね」

「うん……」

「鷹緒と、同じ職場にいるんですって?」

 その時、祖母が尋ねた。

「あ、うん。最近は、あんまり会わないけど」

「そう。元気にしてる? ちっとも連絡よこさないから……」

 まるで母親のようにそう言った祖母に、沙織は軽く笑う。

「うん、元気そうだよ。なんかおばあちゃん、鷹緒さんのお母さんみたいだね」

「そうね……」

「私、小さい頃の鷹緒さんとの記憶、あんまりないから……ここに暮らしてたって聞いて、びっくりした。仕事で一緒だし親戚だけど、なんにも知らないんだって思った……」

 祖母は頷きながら、沙織の隣に腰を落ち着かせた。遠い日を思い返すように、祖母の目は暖かい。そして静かに口を開いた。

「鷹緒の父親は政治家でね。あの子が……鷹緒の母親が死んで、それからすぐに父親が再婚したのよ。その人との子供が生まれた時には、鷹緒も思春期真っ只中で、荒れて荒れて……父親はそんな鷹緒を表に出したくなかったみたいだけど、とうとう放り出すように、うちに連れて来てね。しばらく預かることになったのよ。それが、鷹緒が十五歳の時……」

 祖母の言葉に耳を傾ける沙織は、知られざる鷹緒の過去を知った。

「でも、今ではあの子がカメラマンとして活躍しているのを見て、ホッとしているのよ。沙織ちゃんもモデルさんになって、誇らしいわ」

「おばあちゃん……」

 相変わらず優しげな祖母の瞳に、沙織もつられて微笑む。

「そうそう、鷹緒がカメラに興味を示したのは、この家でなのよ。鷹緒がおじいちゃんから古いカメラをもらって、よく庭で花とか虫とか撮ってたわ……ほら、この写真を撮ったのも鷹緒よ。今思えば、写真を撮ることがあの子にとって、救いになってるのかもしれないわね……ああ、ごめんなさいね。こんな昔話思い出しちゃって」

 沙織が写っている写真を指差しながら、祖母がそう言った。

 まだ子供だった鷹緒が撮ったという、ごく普通の写真である。しかし言われてみれば、鷹緒らしい写真といえるかもしれない。

 苦笑している祖母に、沙織は首を振った。

「ううん。鷹緒さんにそんなことがあったなんて知らなかった……なんか今では親戚というよりも、仕事の先輩って感じだから、不思議な感じ。でも、いろいろ知れてよかったな」

「そう。まさか鷹緒と沙織ちゃんが同じ職場で働くとは、思ってなかったわ。あの子はどう? うまくやってるのかしら?」

「うん。スケジュールも一杯みたいだし、ニューヨークに行っても、日本の仕事までやってたんだもん。すごい人だと思う……」

 そう言った沙織に、祖母はホッとした顔を見せる。

「そう、よかった……あの子は母親がいないから、私が母親代わりみたいなところはあるのよ。あの子は私たちには優しかったけど、いつも寂しそうで、不憫でならなかったから……」

「へえ……」

「本当に優しい子でね……そうそう、いつだったかしら。あの子がここに来てすぐの時、黒板の字が見えづらいって言うから一緒に眼鏡を買いに行ったんだけど、店の中で申し訳なさそうにしていてね。一生大事にしますなんて……眼鏡なんてそう高いものではないのに、そういうところまで気を使うというか、私たちにも気を許してなかったのかしらね……何にしても買い与えられることを嫌って、結局何もしてあげられなかったのよ」

 苦笑しながら祖母が言った。そう言う祖母は、どこか寂しそうだった。

「そんなことないよ。鷹緒さん、眼鏡が壊れるまでずっとつけてたし、きっと今でも大切にしていると思うよ。それに優しいところも、変わってないと思うし……」

 祖母を見つめて沙織が言った。そんな沙織に、祖母も微笑む。

「ありがとう。私はあなたみたいな可愛い孫がいて幸せだわ。でも今でも一番心配なのが、甥っ子の鷹緒なのよ……沙織ちゃんは今まで真っ直ぐ生きてきたと、私も誇りに思ってるわ。だけど鷹緒は、いつも不器用でね……沙織ちゃんは鷹緒よりもずいぶん年下だけど、同じ職場同士、鷹緒のことよろしくお願いね」

 沙織は少し考えた後、小さく頷いた。祖母の心配そうな顔に、それ以上は何も言えなかった。

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