108:祖父母の家
夏――。
沙織は何事もなく過ごしていた。与えられた仕事も順調で、モデルだけでなく今ではちょっとしたタレントもどきな仕事もくるようになっていた。ユウとは相変わらず限られた時間の中で会っていたが、それでも順調に交際は続いている。
鷹緒は帰国間もなくして、日本でのスケジュールが一気に抑えられた。そのため、あちこちに引っ張り回され、二年半前の鷹緒よりも更に忙しくなったと感じるほどである。沙織ともほとんど会う機会はなかった。
ある日。沙織はお盆休みを利用して、家族揃って母方の祖父母の家へ行くことになっていた。いつもはほとんど休みのない沙織の父親も、一人暮らしをしている大学生の兄も、久々に帰ってくるということで実現したものだった。
久々に一家揃った小澤家は、数年ぶりに祖母の家を訪ねる。
「わあ、変わってない。おばあちゃんの家!」
沙織が目を輝かせて言った。それに頷いて沙織の兄、雅人も口を開く。
「本当、ずいぶん来てなかったもんな。俺は中学生以来かな……夏休みには、よくここに来て遊んでたのに」
「いらっしゃい。雅ちゃんも、沙織ちゃんも、大きくなったわね」
祖父母が沙織たちを見て言った。優しそうに目を細めている。久しぶりに会うというのに、その笑顔で沙織の心は一気に解れていた。
「おじいちゃん、おばあちゃん、お久しぶりです。お世話になります!」
一同は中へと入っていった。
「相変わらず、お庭も広いなあ」
縁側に座りながら、沙織が言う。
「沙織ちゃん。沙織ちゃんの写真あるわよ」
そう言って、祖母がアルバムを持って隣に座った。
「へえ、俺も見たい」
雅人も興味津々でアルバムを覗きこむ。そこには幼い頃の沙織と雅人がいた。
「うわあ、いくつだろう。俺が五歳くらいかな?」
「じゃあ、私は二歳?」
沙織がアルバムをめくると、見知らぬ少年が映った。
「あれ? この人……」
「鷹緒兄ちゃんだろ? よく遊んでくれたじゃん」
雅人が言った。
沙織の祖母は鷹緒の伯母に当たる。沙織はそれを聞いて、写真に目を凝らす。
「え! そういえば、そうかも……」
「これは鷹緒が十六歳くらいの時じゃないかしらね」
祖母が言った。沙織は祖母を見つめる。
「鷹緒さんも、よくここに来てたの?」
「ああ、沙織ちゃんは覚えてないのね。鷹緒は高校生時代、ここで暮らしてたのよ。卒業してから家を出て、すぐに結婚してしまったけれどね……」
祖母の言葉に、沙織は驚いた。
「え、鷹緒さんが、ここに?」
「俺は覚えてるよ。俺たちがここに遊びに来た時は、いつも一緒に遊んでくれたじゃん」
「へえ。鷹緒さんが……」
雅人の声を聞きながら、沙織はもう一度写真を見つめる。
当時、あまりの幼さに消えてしまった記憶が、写真を通して蘇るような気がした。なにより写真に写っている鷹緒は、まだあどけなさが残る少年で、今の自分よりも年下であり、知らない時代がそこにあった。
「さあ、そろそろご飯にしようかしらね」
祖母がそう言ったので、沙織も立ち上がる。
「おばあちゃん、私も手伝う。でも、このアルバムは貸してもらってていい? 後でじっくり見るから」
「いいわよ」
沙織は祖母について、台所へと向かっていった。
その夜。大人たちが盛り上がる中、沙織は縁側でアルバムを見返した。幼い頃の自分の隣には、間違いなく鷹緒の姿があった。見覚えのある眼鏡をかけている。日本を発つ直前までかけていた眼鏡だ。この写真を見て、年代物だったことがわかる。
(私の知らない鷹緒さん。親戚なのに、何も知らない……)
心の中で沙織はぽりつと呟いた。