106:祝賀会
「それはそうと、沙織も出世したな。ファンに詰られるほど、ユウとの仲が表沙汰になってるとは知らなかった」
からかうように、鷹緒が沙織に言った。
「か、からかわないでください。私だって、あんなに囲まれたのは初めてだよ。でもグッドタイミングだったね。どうしてわかったの? 私があそこにいるって……」
「俺、途中から入ったんだけど、おまえが居た関係者席の反対側で見てたんだ。ヒロからおまえがコンサートに行ってるって聞いてたし、すぐにおまえのことは見つけたんだけど、反対側だしコンサートの最中だから声かけられなくてさ。終わってから追いかけたら、あんなことになってるだろ? 急いで警備員呼んで、駆けつけたってわけ」
「ひどい。もっと早くに声かけてくれてたら、あんなことにはならなかったのに……」
「馬鹿言うなよ。おまえがさっさと出ていくのが悪いんだろ?」
「だって……」
「あははは。久々の再会は楽しいな。さあ、今日はじゃんじゃん飲もう。僕の奢りだからね」
楽しげなひとときに、広樹が言う。
「じゃあ、日本酒追加ね」
「ハイハイ。じゃんじゃんどうぞ」
三人は遅くまで盛り上がっていた。
「あー、もう。帰国早々、俺の手を煩わせるな、おまえは」
広樹を軽く背負いながら、鷹緒が言った。広樹はひどく酔っている。
「だって、久々だからさあ。ねえ? 沙織ちゃん」
「ハイハイ。うう、寒い……あ、タクシー!」
タクシーに向かって鷹緒が手を上げた。そして止まったタクシーに、広樹を乗せる。
「ヒロ。行き先言えるな?」
「うん、じゃあね」
広樹はそのまま、タクシーで去っていった。
「ったく……」
「あはは。相変わらずだね、ヒロさんも」
笑って沙織が言った。そんな沙織に、鷹緒も微笑む。
「ああ、おまえもタクシーで帰れよ。今、拾うから」
「鷹緒さんは? あのマンションに戻るの?」
「今日はビジネスホテルでも行くよ。うちは二年半そのままだから、帰って早々掃除とか面倒だし」
鷹緒はそう言うと、タクシーを拾おうと道路を見つめる。そんな鷹緒に、沙織が口を開いた。
「私はいいよ。この近くだから、歩いて帰れるし」
「ああ、一人暮らししてんだっけ? でももう遅いし」
「大丈夫だって」
「……じゃあ、送るよ。俺も一旦、荷物取りに事務所に戻らなきゃいけないし……」
「……うん」
二人は、沙織の家まで歩き出した。変わらぬ鷹緒の優しさが、沙織の心に沁みる。
「……茜さんは、元気?」
しばらくして沙織が尋ねた。
茜はともに鷹緒を好きだった、恋のライバルである。鷹緒とともにニューヨークで過ごしていたはずだが、音沙汰もない。
「さあ、元気じゃない?」
「え? だって、一緒に仕事してたんじゃ……」
「それは最初の数ヶ月だけ。それからあいつ、知り合いの仕事でパリに渡って、今はドイツ辺りにいるらしいよ。近々結婚するらしいし」
鷹緒の言葉に、沙織は飛び上がるほど驚いた。
「ええ! 誰と?」
「向こうで知り合ったやつだろ?」
「だ、だって、茜さん……」
「ハハ。信じらんねえよな。あれだけ俺に体当たりしてきたくせに、あっち行って数ヶ月もしないうちに恋人出来て、運命の人だって言ってたよ」
苦笑しながら鷹緒が言った。ライバルがいなくなり、沙織は嬉しいような悲しいような思いになる。
「へえ。そうなんだ……」
「結婚するらしいから、あいつの親父さんからとりあえず解放されたわけ。今は親父さんも、ドイツに様子を見に行ってる。まあ茜のことだから、そのうちひょっこり顔出して、挨拶しにくるよ」
「……寂しくない? 慕ってくれた人が、結婚しちゃうなんてさ……」
思い切って沙織が尋ねた。