104:恋人
記者会見の様子を、沙織はテレビに食い入るように見ていた。ユウの愛情が、痛いほど伝わってくる。
その日から沙織とユウは、マスコミに執拗に追われていった。しかし今回は、公表したことできっぱりとお互いのことを言えるようになっている。それだけでも、互いにとっては救われた。
仕事もファンも少しは減っていったが、マスコミが騒ぎ立てなくなる頃には、徐々にそれも持ち直していった。
三月。まだ寒さが残る夜、東京のとあるコンサートホールでは、BBのコンサートが行われていた。寒さも感じさせぬ熱気ある会場では、一人でユウの姿を見守る沙織の姿があった。
関係者席を用意されていたものの、周りは関係者を利用してやってきた、熱狂的ファンの子が多いようだ。沙織は帽子を目深に被ると、マフラーに顔を埋めて、コンサートを見つめていた。
恋人の姿はスポットライトを浴びて輝き、この時だけは沙織の恋人ではないと感じさせられる。
「今日はみんな、ホントにありがとう! これからもよろしくねー!」
ユウが叫ぶと、ファンたちも叫ぶ。アンコールを終えると、BBたちは袖の奥へと消えていった。
会場が明るくなり、ざわざわと人の波も会場を出ていく。沙織はゆっくりと立ち上がると、人の波へとついていった。関係者席という区切られた席なので、帰り道も比較的スムーズだ。
「ヤベ。携帯落としたっぽい!」
前を歩いている少女が、突然振り向いてそう言った。
人波に逆流するので、後ろにいた沙織は突き飛ばされるように倒れこんだ。
「あ、ごめんなさい!」
前にいた少女は素直に謝り、沙織を見つめる。沙織は首を振って立ち上がると、少女の驚く顔に気が付いた。
「あんた……小澤沙織!」
少女の言葉に反応して、前を歩いていた人たちが一斉に振り向く。
「えー、なに? 彼氏利用してビップ席かよ」
「意外とブサイクー」
一気に罵声が飛ぶ。沙織は目をきょろきょろさせて一礼すると、もと来た道を戻ろうとした。
「待ちなさいよ。なに逃げようとしてんの?」
気がつけば、沙織は一気にBBファンたちに囲まれていた。マスコミよりもなによりも、ファンたちが恐く見える。
「なに、その顔。何もしないって」
ファンたちはそう言いながらも、沙織の腕を掴んで床へと引き倒し、沙織の帽子やマフラーをはぎ取るようにする。
「これ、変装のつもり? バレバレだから」
「BBファンに一言ないの? ユウ取ったくせにさ」
「……取ってないです」
静かに、沙織が言った。
「あ?」
「べつに、あなたたちから取ったんじゃない。私たちは真剣に……」
「うざいんだけど!」
反論した沙織に向かって、ファンの一人が足を蹴り上げる。
「何してんだ!」
その時、そんな声とともに、警備員が駆けつけた。
「べつに何もしてませーん。転んだ人がいるだけでーす」
逃げる様子もなく、ファンたちはそのまま去っていった。
「おい、大丈夫か?」
そう言う男性の声に、沙織は顔を上げる。沙織の目には、信じられない人物が映った。
「た、たっ……鷹緒さん?!」
目の前には、沙織の顔を覗き込む鷹緒の姿があった。