5
その日は当然のようにやってきた。三大勢力の一つが倒れたというニュースが、人の間を波のように駆け抜けていく。
予兆は十分にあった。ある時を境にその勢力の依頼は報酬額が下がり、他の勢力の依頼には倒れた勢力を対象としたものが増えた。最近では倒れた勢力の依頼自体を見なくなっていた。
「ついに崩れたか……」
ガルムの工房で、ガルムが俺の銃を弄りながら呟く。
「多分な。聞いた話だからどこまで確かかはわからん。だが、今日は依頼が一つも出てないのは確かだ。何かはあったんだろうな」
端末の電源をつける。依頼が掲載されるサイトに行くが、そこに載っている依頼は何もない。
「残ったのは、力で支配しようとする過激派と、秩序で支配しようとする共和派か。きれいな対立陣営だな」
ガルムが皮肉ったように笑う。
「ほらよ。整備が終わったぞ」
渡された銃の動作を確認し、試射するために地下の試射場へ行く。
数発撃った後、工房に戻ってガルムに金を渡した。
「いつも通り良い整備だ。ありがとな」
「そりゃ一応職人だからな。こんなスラム街にいても」
銃をベルトで肩に掛け、その上からコートを羽織る。
「それじゃ、ユカが待ってるだろうし帰るわ」
そう言って工房を後にした。
街はいつになく人が多い。それも当然だ。普通なら依頼で街の外に出ているはずの人たちが、今日はする事もなく街にいるのだ。
ふらふらとどこかに寄るようなことはせず、まっすぐ自宅に戻る。ちょっと工房に行くくらいなら大丈夫だろうと、ユカには留守番を任せていた。
ドアを二回叩き、一拍あけてからもう一度叩いてドアを開ける。
「お帰りなさい」
小さな声で、玄関の前にいたユカが言う。その手にはデリンジャーがしっかりと握られていた。
「ただいま。ほれ、デリンジャーを返せ」
ユカに返してもらったデリンジャーの銃身のロックを外し、中に込められた二発の弾丸を抜く。
「留守番ありがとな。誰かが開けようとかしに来たか?」
「来ませんでした」
ユカには留守番を任せるとき、いくつかの約束を交わしていた。
一つ目は玄関の前から動かないこと。二つ目は特定のドアノックをせずに入ってこようとした人間に躊躇わず銃を撃つこと。
「銃を持っての留守番はどうだった。怖かったか?」
服を買った男に襲われて以来、ユカは初めての留守番だった。
「怖かった……です」
「……そうか。だがその気持ちは大事だ。怖いから、怖いものを遠ざけようとする。銃はそのための力だ」
ユカの頭にポンと手を置いて短く撫で、家の奥に行く。
「早く来い。昼飯にするぞ」
玄関で立ったままのユカに声をかけながら、棚から食料を取り出した。
三大勢力の一つが陥落した翌日、依頼の貼られるサイトには様々な依頼が貼られていた。その多くの分類が、襲撃になっている。
正直な話、襲撃の依頼は受けたくない。危険なことが多いからだ。できることなら警備か探索系の依頼がほしい。
だが探してもそんな依頼で割に合うものは見つからず、更新を押す度に一つまた一つと依頼が受付人数を満たして消えていく。
仕方なく、襲撃の依頼を受ける。受領のボタンを押し、その後に表示される詳細に目を通していく。依頼主は共和派だった。
今回の依頼は、端的に言えば過激派の施設破壊のための陽動だ。
今や二大勢力となり、双方が双方を潰さんと準備を進めている。この施設破壊もそのための作戦の一つである。しかし、当然相手もそれを見越して防備を固めているだろう。
そこで君達傭兵には、本作戦の陽動をお願いしたい。我々が施設を襲撃する前に、こちらが指定したポイントで交戦してもらい敵の防衛部隊を引きつけてもらう。
引きつけた後は、同伴させる我々の兵の合図で撤退してもらえばそれで良い。予想以上の戦果をあげた場合は、報酬の増額を約束しよう。
平和な世界を築くため、君達の力を貸してほしい。
依頼内容そのままを、説明人が読み上げる。ここは依頼を受領してから示された集合場所で、周りには同じように集まった傭兵が二十人程度いた。
「何か質問のある者は」
誰もなにも言わない。
しばらくすると、説明人の横に一人の男が立った。
「あー……、今回君たちと行動を共にする隊の隊長のリゼルだ。陽動の開始と撤退の合図は我々が出す。これから作戦の説明に移るからよく聞いて覚えてくれ」
リゼルと名乗った男が奥に駐車していた輸送車に声をかけると、部下と思われる人たちが丸めた紙束を持って走ってきた。二人が紙の端を持つと、開いて印刷面を見せてくる。
「これは今回陽動作戦を行う場所の周辺地図だ。君たちには前線を形成してもらう。無闇に突撃する必要はない。死にたいなら止めないがな」
地図に有るのは周りに崩れた建物が多い一つの建物。リゼルが手に持った指示棒で、前線を形成してもらいたいラインを示す。
「いくつかの小集団に分かれて、ライン形成のできる位置まで移動してくれ。位置に着いたら各小集団につけた部下が俺の元に戻ってきたのを確認して、陽動作戦開始の合図をする」
説明の途中、輸送車から他の部下が数人がかりで何かを持ってきていた。
「人によっては見たことがあるかもしれないがこれは迫撃砲という。これで開始を合図する。着弾がそのまま開始の合図だ。前出過ぎるなと言うのは、これに巻き込まないためでもある」
以上で説明が終わったのか、リゼルの部下達が片付けを始める。
「撤退の合図には色付きの煙幕弾を打ち込む。確認したら撤退してくれ。また各小集団に信号弾を支給する。持ち場を維持できそうになかったら、空に向かって撃って撤退してくれ。以上だ、準備が出来次第輸送車に乗ってくれ」
そう言って輸送車に戻っていくリゼルの後を追うように、俺も輸送車へと向かう。
襲撃の依頼に、弾薬が支給されることはまずない。その代わり、買うことができる。案の定、輸送車の中で弾薬を売っていた。
自分の銃にあった弾薬と弾倉を三つ分買い、ベルトにひっかける。そして椅子に座って待っていると、続々と準備を終えた傭兵達が輸送車に乗り込んできた。
目的地に移動する間に、座っていた場所で小集団に分かれる。四、五人でチームになると、そのうちの一人に信号弾とその発射装置が渡された。
目的地に着く。輸送車を降りてチームごとに分かれて並ぶと、それぞれにリゼルの部下が加わった。
リゼルの部下を先頭に、ライン形成の位置まで隠れて進む。途中見つかることなく所定の位置に着くと、リゼルの部下に地図を渡された。
「今行る場所はここだ。撤退するときは地図で示した円の位置に逃げてくれ。幸運を祈る。」
地図には今いるだろう場所が三角で、撤退する場所が円で示されていた。
了解、と呟くと、それを聞いたリゼルの部下は一目散に戻っていった。
地図を見ながら、開始の合図を待つ。チーム内で一回ずつ廻して地形が頭の中に入ったぐらいに、ようやく頭上を砲弾が飛んでいった。
一つ、建物に着弾する。一拍置いて二、三発と連続で着弾した。にわかに慌ただしくなり、驚いた様子の人たちが武器を手に飛びだしてくる。
どのチームからも、集まり始めている過激派の兵が見えているだろうが、誰も発砲はしない。ひゅうと言う音と共に、また一発、砲弾が建物に着弾した。
「向こうからだ!」
過激派の誰かが叫ぶ。それを聞きバタバタと足音を立てながらこちらに走ってくる姿を見て、銃把をしっかりと握りしめる。
ある程度の距離まで近づいたところで、誰かがタイミングを合わせるということもなく、しかし全員が撃った。
「ぎゃ!」
先頭を走っていた奴が、体の至る所から血を噴き出して倒れる。それに躓いた後続も、弾丸の雨を受けて絶命していく。
「出過ぎるな! 待ち伏せされてるぞ!」
降り注ぐ砲弾の轟音と手元の銃の奏でる爆音の合間に、遠くから過激派の叫ぶ声が聞こえる。こちらへ来ようとする者はいなくなり、かわりに回り込もうと動いた者が別の場所にいるチームから撃たれて死んでいく。
かなり綺麗な半包囲の状況に、過激派は建物に籠もるしかなくなる。だがその建物も迫撃によって少し、また少しと崩されていく。
じっと相手の動きを見る。こちらに手榴弾を投げようとする動きを、弾丸を撃ち込むことで抑制する。
迫撃砲の砲弾が降り注ぐ中、しばらくにらみ合いが続いた後、突如として比較的背の高い建物から黄色の信号弾があがった。
それを注視していると、次は赤い煙幕を纏った砲弾が数発、目標の建物に命中して転がった。建物の周辺が煙幕で覆われていく。撤退の合図だった。
広がっていく煙幕に紛れ、指定のポイントまで撤退していく。一瞬できた煙幕のない空間から、過激派の増援と思しき物を見る。
それは鉄の塊でできた、巨大な砲を備えた動く要塞だった。それがいくつも過激派の建物に近づいてくる。
それが足元の石を砕く音を響かせるのを聞きながら、見つからないように煙幕に紛れながら逃げ出した。
見つかることなく所定のポイントまで隠れて進む。そのまま待機していた輸送車に乗り込み、一目散に逃げる。
荷台の中で、リゼルから報酬を受け取った。数えてみると、提示額より多少色が付いている。
「あの鉄の塊は何だったんだ?」
俺と同じ物を見たのだろう一人が、リゼルから報酬を受け取りながら言う。
「あれは戦車という兵器だ。複数人で操縦し、強力な砲と堅牢な装甲で戦場を突き進む。我々が今回使った迫撃砲では歯が立たんだろうな」
報酬を配り終えたリゼルが座る。次の言葉を、ここにいる誰もが注目していた。
「我々も少数所有しているが、過激派に比べると圧倒的に数が足りない。そこで、だ。我々と志を同じくしないか?」
自分たちの住むスラム街の近くに、輸送車が止まる。そして扉が開いた。
「さて、君たちの住む街に到着した。我々と共にくる気のない者は帰ってくれてかまわない。兵器の力で劣る我々は、数で圧倒せねばならない。争いをやめようとせず、私利私欲のために戦いを増やす過激派を討つために、是非とも一緒に戦ってくれ」
一瞬の間が空いた後、俺は立ち上がって輸送車を出る。それに続くように、幾人かは輸送車を出た。
ちらと振り返って輸送車の中を見る。今日一緒に依頼を受けた半分以上が、その中に残っていた。誰もが三大勢力の一つが倒れたことから戦争の終わりを予期し、そして自分にとって都合の良い勢力につこうとしている。
今後、どちらの依頼を受けても同じように勧誘を受けるだろう。それを受けるべきかどうか、今はまだわからない。
輸送車がエンジン音を響かせ去っていく。それを俺はただじっと見ていた。
最近は物価が非常に高くなってきた。理由は単純で、潰れた勢力の人間が流入し、なおかつ二大勢力が物資の流出を抑えようと横流し品が減ったからだ。
そんな状態で、報酬の良い企業の依頼が取れたのは非常に運が良かった。ユカをガルムのところに預け、依頼文に書かれた場所へ向かう。
そこに待ち受けていた、荷台がコンテナ状に覆われたトラックに乗り込む。もうすでに人は集まっており、最後俺を待つだけだったようで乗り込んだ瞬間に扉が閉まる。
四方に窓はなく、天井からは後付けされた蛍光灯が光を投げている。トラックが動き出し、ガタガタと揺れる度に蛍光灯が一瞬点いたり消えたりを繰り返す。
しばらく静かに揺られていると、ある地点から揺れが少なくなり舗装された道を走っていることがわかった。
トラックが止まり、扉が開かれる。扉を出ると、大きな施設の中にいた。そしてそこには一人の男が立っていた。
「ふむ、ようこそ企業へ。君たちが持ってきた武器はここにおいてくれると助かる。使いたいなら持って行っても良いが。さっそくだが会場へ案内する。ついてきてくれ」
そう言って奥へと歩いていく男について、ハンドガンだけ持って施設の中を進んでいく。そして大きなフロアへと通された。
天井はガラス張りの奥に等間隔に蛍光灯が並び、壁は所々にシャッターが設けられているほかは何もない。だが地面には様々な物が置かれており、柱や幅の短い壁、バリケードなどがあった。
全員がフロアの中に入る。すると後ろから台車を押しながら数人の男が入ってきた。その中にはここに案内した男、つまり依頼主もいた。
「武器はここにある物を是非使ってほしい。自分の物を使いたいというなら構わないが、弾薬費は負担しない」
台車に乗せてあったのは、多種多様な武器だった。
「君たちへの依頼はたった一つ。こちらの用意したものと戦い、戦闘データを取らせてもらうこと。十分後に開始するから、それまで好きなように武器を物色してくれたまえ」
依頼主たちが出ていくと、出入りしていたところのシャッターが閉まる。それを機に各々で台車に乗った武器を手に取った。
結局選んだのは、いつも自分が使っているのと同じようなアサルトライフルだった。追加でハンドガンを腰に下げる。
ほかの武器には機関銃やグレネードランチャーなどの大型火器、サブマシンガンや手榴弾などの携行火器、はては火炎放射器などの色物まであった。
一応機関銃を台車からおろして床に設置する。そして開始を待った。
ブザーが鳴る。それと同時にいくつかのシャッターが開いた。低いうなり声と共に、犬型の改造生物が飛びだしてくる。
それを慌てることなく処理する。頭を打ち抜き、胴を貫き、動かぬ死体に変えていく。
しかし殺しても殺しても出てくる。次第に死体を盾に前に出てくる奴が増え、床に設置された障害物に紛れ込む奴が増えてくる。
「くそっ!」
ひとりが銃を降ろし、設置された機関銃に飛びつく。
「下がれ!」
その言葉に全員が従う。連続した轟音が無数の弾丸を弾き出し、射線上に存在する全てを薙ぎ払っていく。
肉が飛び散り、障害物が吹き飛び、元がなんなのかわからない山ができたところで、ようやく改造生物の出現が終わった。
『……いやー、驚いた。こんなに早く対応されるとは思わなかったよ』
若干のノイズの後、ガラス張りの天井の奥にあるスピーカーから依頼主の声が聞こえた。
『いったん掃除のためにシャッターを開ける。撃たないでくれよ?』
俺たちが入ってきたシャッターが開く。そこから数人の男が台車を持って入ってくると、改造生物の死体を乗せて出ていく。
すべて処理し終えると、またシャッターが降りた。そしてブザーが鳴る。シャッターが上がる。
次に出てきたのも改造生物だった。だがそこまで数はなく、その代わり各個体のサイズが大きい。おそらくだが手術型だ。
「あんたら下がってろ。機関銃で吹っ飛ばす」
機関銃を掴んだ奴が言う。だがそれを止めた。
「温存しておこう。いったい何時までこれが続くかわからない。さっきみたいに数で来られたときに弾切れだと困る」
構えていた銃をベルトで肩に掛け、台車からスナイパーライフルを引き抜く。スコープを覗き、様子を伺っているのか動かずにこちらを見ている改造生物の一体を目掛けて撃った。
貫通力の高い弾は容易く改造生物を貫く。そのまま体内の脳にまで届いたのか、改造生物はのたうち回って痙攣した後に動かなくなった。
「グゥゥ、ガアァァ!」
他の改造生物が吠える。そして一斉に襲いかかってきた。周りの人が応戦し、改造生物の足を止めにかかる。
俺はスコープを覗き、足を撃たれて転び動けなくなった改造生物にとどめを刺す。そうやってすべての改造生物を殺した。
またブザーが鳴る。次に出てきたのも改造生物。だが数は一体。しかしその体はゆうに二メートルを超えている。まるで熊のようだった。
「……まあ、さっきよりはマシだな」
一人がつぶやき、担いでいたグレネードランチャーを構える。
全員がそいつの横に移動し反動の来ない範囲に入ると、そいつは走り出した改造生物に向かってグレネードを打ち出した。
物凄い爆音と共に煙が広がる。どこかでファンが回る音がして、急速に煙が晴れていく。
煙が晴れると、そこにはひっくり返って痙攣している改造生物がいた。
「とどめはナイフとかの方がいいな」
一人の女が長めのナイフを取り出し、改造生物の首に突き立てる。ごぽっと粘着質な水音がし、改造生物が動きを止める。
またブザーが鳴る。シャッターが開き、また大量の改造生物が溢れてくる。それを機関銃で対処すると次は熊のような改造生物が複数出てくる。補給の見あたらなかったグレネードランチャーを捨て、機関銃と手榴弾で対処する。そして今度は手術型が最初のように沸いてくる。それを機関銃を撃ち尽くしながら撃破する。そして。
今、持ち込んだハンドガンの最後の一発が、飛びかかってきた改造生物の頭を砕いた。
「糞がっ! いつまでやらせるつもりだ!」
となりで返り血を全身に浴びながら、台車にあったらしいハンマーで改造生物の頭を叩き潰して女が叫ぶ。
すでに弾薬は尽きていた。何度もブザーが鳴りやってくる改造生物を撃退するうちに、台車に乗せてあった弾薬は撃ちきった。
弾薬の補充を訴えても返ってくるのは無機質なブザーの音だけ。そして今もまた、ブザーが鳴った。
シャッターの向こうから出てきたのはもはや見慣れた手術型改造生物の群れ。じりじりとこちらを包囲するように距離を詰めてくる。
「もう、どうしろってんだよこれ……」
誰かがつぶやいたそれが、この場にいる全員の総意だった。誰もが手に持っているのはナイフなどの近接武器。改造生物を相手にできるわけがなかった。
改造生物の一匹が叫ぶ。それを合図に一斉に飛びかかってきた。
少しでも生き残ろうと、ナイフを持った腕を突き出す。こちらに飛びかかってきた改造生物がビクリと震えると、ナイフが刺さるのもかまわずにのし掛かってきた。
重さを支えきれずに倒れる。それを押しのけようとして気づいた。もうすでに、この改造生物は死んでいる。
覆い被さっている改造生物の死体を除け、周りを見つつ立ち上がる。誰もが同じように困惑の表情を浮かべながら立ち上がる。
スピーカーのノイズが響いた。
『いやぁ、お疲れさん。おかげで良いデータが取れたよ。今シャッターを開けるから、出てきてくれ』
背後からシャッターの上がっていく音が聞こえる。いまだにうるさいぐらいに鳴り響く心臓を宥めながら、先ほどまで死に神が寄り添っていた部屋を出た。
全員が出たところで、一人の拍手で出迎えられる。依頼主の男だった。
「……貴様、どういうつもりだ。死ぬかと思ったぞ」
傭兵の一人が依頼主を睨みつけながら言う。手がふるふると震えているが、掴みかかる気力も体力も残っていないのだろう。
「言ったじゃないか、データを取ると。極限状態までデータを取るために必要な措置さ。それにちゃんと、セーフティは作動している」
そう言って死んだ改造生物を指した。
「報酬を用意させるから、行きに乗ったトラックに乗っていてくれ」
依頼主の案内に従って、トラックに乗り込む。しばらく待つと、トランクを持った男が走ってきて依頼主にそのトランクを渡した。
「これが報酬だ。それじゃ、今日はお疲れさん」
依頼主がトランクの中から企業通貨のピン札を出す。それが紙の帯でまとめられた物が人数分。手渡されたので懐にしまい込む。
トラックの扉が閉まる。しばし揺られ、次に扉が開いたときは見慣れたスラム街のはずれだった。
トラックを降り、自宅へと歩く。その途中でいくつか食料などの必要な物を買う。それらを置こうと自宅のドアを開け、がく然とした。
荒らされている。窓は割られ、棚は乱暴に開け放たれ、床には様々な物が雑に投げ捨てられている。
荷物を置くのを諦め、持ったままガルムの工房に行く。そこで見慣れぬ男がガルムと話しているのを見た。
「なあ買い取ってくれって!」
「いや、そう言われてもこっちにも都合があってな……?」
台に置かれた何かをめぐって言い争っている。
「ん、おお、来たか。すまんが予約している客がきた。後にしてくれ」
ガルムに手招きされ、工房の奥に行く。
「ガルム、家に盗人が入った」
「だろうな。さっきいたあの男、お前の予備の銃を出して買い取れと言ってきた」
どうしたものかと話していると、一人の知った顔がやってきた。
「ガルム、私のところに泥棒が入った」
そいつの名はリー。俺と同じようにガルムの工房を利用しているやつだ。
「……まあ十中八九、今待たせている男が犯人だろうな。ケイ、銃をあの男に突きつけて動きを止めてくれ。その間に俺とリーで荷物を見てみる」
ガルムと一緒に見慣れぬ男の元に行く。
「おい、動くな。手を頭の後ろで組め」
懐からハンドガンを取り出し、男のこめかみに突きつける。
「は!? 何だよ、何なんだよお前!?」
「良いから早く言ったとおりにしろ」
男が手を頭の後ろで組んだのを確認して、ガルムとリーが男の荷物を漁る。
「私の盗まれたもの、ここにあるね」
「ケイの銃のマガジンが出てきたな」
完全に黒、盗みをやったのはこいつだ。
「さて、こいつが盗人であることは明らかだが……、ケイ、リー、こいつをどうする?」
「ケイ、そのまま撃ち殺してしまえ」
突きつけた銃の先、男は小刻みに震えながら汗を流している。
「なんだよ、なにが悪いんだよ……。法もなにもないんだぞ、盗まれる方が悪いじゃねぇかよ……」
「……そうだな、盗まれる方が悪いな。だから同じように、それがばれて殺されるお前が悪いな」
引き金を引く。男のこめかみに穴が空き、血を吹き出して倒れる。
「珍しいな、ケイがためらいなく殺すなんて」
「……こいつの言い分に腹が立ってな」
その腹が立った主張に依って男を殺すという矛盾に、いらだちを覚えながら言う。
「それじゃ、私は盗まれたもの持って帰るよ。死体は任せちゃっていいね? あと整備が終わってる私のデザートイーグルも持ってくよ」
それだけ言って、リーは盗まれたものを持って去っていく。
「お前も、ユカちゃんつれて帰りな。死体はうちで処理するから」
ガルムのありがたい申し出を受け、ユカを迎えに奥の部屋に行く。
「ユカ、迎えに来たぞ。帰ろう」
「……はい」
ユカの表情は芳しくない。
「……聞こえてたか。慣れろ、慣れるしかない」
抱き寄せて頭を撫でる。
「……はい!」
「んじゃ、帰るぞ」
コートの中にユカを隠しながら家に帰る。割れた窓を適当な板で塞ぎ、買ったもので食事をとる。
「なあ、ユカ……。人を殺すような俺は、怖いか?」
食べ終えた後、ユカに尋ねる。一瞬ユカは固まった後、うなだれた。
「……変な質問してすまない。忘れてくれ」
頭を撫で、武器の手入れをしようと立ち上がる。
「怖く、ないです!」
ユカが叫ぶように言う。
「生きるために、必要だから……」
「……ごめんな、怖くないわけがないよな」
もう一度だけユカの頭を撫でる。そして武器の手入れと盗まれた物を戻しにユカから離れた。
夜、寝ていたら不審な揺れで目を覚ます。懐のハンドガンに手を伸ばしながら、揺れの原因に目を凝らす。
「……んぅ」
なんてことはない、ユカが布団に潜り込んできただけだった。
襲撃を警戒して早くなっていた鼓動を宥め、懐のハンドガンから手を離す。
身近に感じる生きた温かさにどこか安らぎを覚えつつ、もう一度眠りについた。
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