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 その日はこれといって仕事は見つからなかった。だから情報収集も兼ねて市場に出た。

 朝だからと活気で賑わうことはない。せいぜいどこかの川か池で釣った魚が並び、それを買おうと競りがあるかどうか。

 少なくなっていた缶詰めやパンを買っていくと、桃缶が売っていることに気づいた。

「……オヤジ、その桃缶はいくらだ?」

「……五百」

 たった一つの缶詰めに一日食べるに困らない分の値段。まともな頭だったらまず買わないだろう。

 だが俺は買った。

「……毎度あり」

 店のオヤジも驚きつつ金を受け取った。

 昨日の報酬で懐が潤っていたのもあるし、何よりユカの喜ぶ顔が見たかった。

 その足でそのまま酒を買いにいく。歩いているといろんな話しが耳に飛び込んできた。

 三大勢力の一つが掲示板を介さずに専属で傭兵を雇おうとしだしていること。

 最近横流しではいってくる物資が減ってきていること。

 どこか別のスラム街が戦火に巻き込まれ、そこから新たに人が流入してきていること。

 本当かどうかは分からない、されどその噂の基になる何かは有るだろう噂たち。

「酒、あるか?」

「中級酒でいいんだよな?」

 いつも酒を買う場所でいつものように酒を買う。だがその値段が、全体的にいつもより少し高くなっていた。

「……最近酒が手には入らなくなってきてな。全体的に値段は上げさせてもらったよ」

 値段の変化に気づいたことが分かったのか、店の男が酒瓶を整理しながら言ってくる。

「企業がそろそろ本格的に、動き出そうとしているのかもな」

 それは今の危ないバランスで成り立っている日常が、崩れていくということ。

「早いとこ、どこかの管理された街に行った方がいいかもな」

 奥の方に隠すようにおいてあった酒を渡してきながら男が言った。

「……そうだな、ここじゃいつ殺されるかわからねぇな」

 酒を受け取り家に帰る。

 ユカのことを考えるなら管理された街に移住するべきだろう。だが一つでも選択を誤れば、そこには死ぬか奴隷になる結末が待っている。

 できる限り早くに決断しなければいけないが、焦って決断してはいけない。

 家に帰ると、ぽつんとユカが退屈そうに座っていた。退屈は生きる上で最も忌むべきだ。退屈が、大抵の悪い物を運んでくる。

「……ユカ、ちょっとこっち来い」

 荷物をおいて手招きする。

 隣に近寄って座ったユカに、ポーチの中から一つの拳銃を取り出して渡す。

 それは二発装填式の、デリンジャーと呼ばれる銃だった。当然、弾は抜いてある。

「俺がいない間が暇だろう。勉強だ。これの使い方や分解の仕方を教えるから、暇なとき好きにいじってろ。壊しちまっても良いから」

 それは俺が初めて手に入れた拳銃。自分がこの人生を歩むきっかけとなった銃。

 ポーチの奥底で静かに眠っていたそれを、ユカに手渡した。

 子供の手にもすっぽりと収まるその銃は、ユカの手に不思議なほどよく似合った。

「引き金の上のロックバーを前に回してみろ。銃身が起き上がるな。そこに弾を込めるんだ。それから……」

 実際に動かしながら分解させていく。

「そんじゃ最後に、撃鉄を起こして引き金を引いてみろ。弾は入ってないから大丈夫だ」

 一通りのパーツの名前と分解の仕方を教え、最後に引き金を引かせる。

「えっと……、あれ……? 引けない……」

「そうだ。その銃はとりわけ引き金が重くなっている。だからこそ、その重さは人を殺すということを教えてくれる」

 忌々しい昔を懐かしみながら言う。

「人差し指を銃身の上に置いて銃を固定し、中指で引き金を思いっきり引いてみろ。その方が力を入れやすい」

 しばらくして、カチンという乾いた音が部屋の中に響く。

「……いつか絶対に必要になる知識だ。今のうちに覚えておくのは、悪いことじゃない」

 だがその機会が永遠に来ないことを、そう願わずにはいられなかった。


 その日もユカをガルムに預けて依頼を受けに行く。今回はどっかの基地の襲撃、の為の陽動作戦の護衛だった。依頼主は三大勢力の一つ、最も存続が危うい所だ。支給された弾丸を、輸送車に揺られながら選別していく。

 仕事の内容は簡単だ。渡された爆弾を、相手の施設の外壁に設置して起爆する。

 爆弾の設置予定場所から少し離れたところに降ろされる。降りたのは三人。爆弾を持った依頼主の私兵と、俺ともう一人は女の傭兵。

「それじゃ、頼むぞ傭兵」

 爆弾を持った男が言う。その言葉を確認して、目標地点に向けて進み出した。

 迷彩の施された布を被って荒れ地を進み、廃墟街に入ったら見回りに警戒しながら進む。

 なんとか見つかることなく、目標地点の付近まで近寄ることができた。周囲を警戒し、見張りがいないかを確認する。

「見張りがいないな……。よし、爆弾を仕掛けるぞ」

 男のかけ声で物陰から出る。その瞬間、背筋に冷たいものが走った。遠く、半壊した塔の上で、一瞬何かがキラリと光る。

「伏せろっ!」

 前にいた男の背中に、飛び付く形で押し倒す。タァンという長く響く音とともに、一番前を進んでいた女の頭で真っ赤な花が咲いた。

 男を引きずりながら、先ほど隠れていた物陰に逃げ込む。

「くそっ、なんでスナイパーが待ちかまえてんだよ! 本部、本部早く応答してくれ! 設置場所をスナイパーが見張っている!」

 男が錯乱しかけながら通信機に怒鳴る。しばらくして、本部と思われるところから通信が返ってきた。

『こちら本部、作戦は失敗した。繰り返す、作戦は失敗した。情報が漏れていた。爆弾を持って撤退し、回収ポイントまで戻れ』

 そう告げて通信機が切れる。情報が漏れていたとは何というザルな本部なのか、そう言いたかったが、今にも命をねらわれているかもしれない現状でそれを言う余裕はなかった。

 身を低くし、できる限り廃墟の陰を沿うように逃げる。警備隊が犬でも放ったのか、遠くからは獣の騒ぐ声が聞こえた。

 死ぬわけには行かないと、廃墟街を走り抜ける。塀を乗り越え、荒れ地に入り、迷彩を被ってひた走る。

 降ろされたときと同じ場所に待機している輸送車に飛び乗り、猛スピードで逃げた。

「ハァ、ハァ、なんとか、逃げ切った……」

「ハァ、報酬は、きちんと払うんだろうな……?」

 激しく揺られながら荒い息を落ち着かせる。

「当然だ……」

 投げて寄越された札束を、その場で大まかに数える。提示額よりも多い。顔を上げると、男が手元の札束を数えていた。

「へっ、一人死んだからな。そいつの分の報酬をネコババさせてもらうのさ。それはまあ、口止め料だ」

 視線に気づいた男が、口の端を釣り上げながら言い訳のように言う。

 車の揺れが止まった。いつの間にか、自分の住むスラム街の近くについていた。

「ほら、降りろよ。着いたぜ」

 扉が開けられる。軽く頭を下げて飛び降りると、すぐに扉が締まって車は走り去った。

 懐から懐中時計を取り出し時間を見る。予想よりも早くに依頼が終わってしまい、手持ち無沙汰だった。

 適当に軽食でも摘もうかと、考え事をしながら市場に足を向ける。

 ザル過ぎる機密保持、報酬をネコババしていく末端。おそらく近いうちに三大勢力から二大勢力に変わるだろう。下を恐れさせる力もなければ、上ももうすでに骨抜きになっている。組織として瓦解するのは時間の問題だ。

 だが勢力がつぶれることはどうでもいい。問題は、それによって変化する環境だ。おそらく残った勢力は、互いに互いを潰そうと活発化するだろう。

 その争いに、この街が飲み込まれない保証はどこにもない。

 屋台でくず肉のジャーキーを買う。それを口にくわえながら、市場をうろうろと歩く。

 すれ違ういろいろな人。肌が白かったり黒かったり、大柄だったり小柄だったり。西の方から来た奴もいれば東の方から来た奴もいるだろう。

 一見すると何の共通点も無い人たち。だがここにいる人はたいていが、何かから逃げてきた人たちだ。

 戦争や、組織や、支配や。何らかのしがらみから逃げて、ここにいる。

 いざ争いに巻き込まれたとき、この街はどのように動くだろうか。

「……くだらねぇな」

 そうだ、くだらない。こんなことを考えたところで、なるようにしかならないのだ。周りがどう動くかなんてわからないし、その時自分がどう動くかも、その時にならなければわからない。

 それにここを襲えば、少なくない痛手を負うだろう。そんな状態で対抗勢力に襲われれば壊滅的被害を被ることはどの勢力も理解しているはずだ。その意味では、三大勢力の力を利用してこの街は守られているのかもしれない。

「ま、逆にどこかが一人勝ちしたら、襲われかねねぇよなぁ……」

 結局なにをする気も起きず、適当に形の悪い果物を買う。一度家に帰って荷物を置いて、鞄に果物と中級酒を持ってガルムの工房に向かった。

「おーっす、ガルム。いるか?」

「おー、ずいぶんと早いお帰りだな」

 入り口に立って声をかけると、すぐに奥から返事が返ってきた。

「依頼が早く片づいたんでな。ユカはどこだ?」

 工房の中を見回すが、どこにも姿は見あたらない。

「奥にいる。デリンジャー弄って遊んでるぞ」

「そうか、ありがとう」

 工房の奥に行きつつ、ガルムに買った果物を投げて寄越す。キャッチしたガルムは一瞬眉を上げて困惑した表情をしたが、すぐに黙って果物をかじった。

「どうだ、ユカ。上手く分解できるか?」

「あ、ケイさん。難しい、です……」

 ドアを開けて工房の奥の部屋に入る。地面に座り込んだユカの前には、大まかなパーツに分解されたデリンジャーが散らばっていた。銃身と銃把と、その接続部品。そして銃把の蓋。銃把は板バネや歯車がむき出しの状態で、置かれていた。

「夜遅くになってから帰る。それまでゆっくり練習しようか」

 ユカの目の前で、ゆっくりとデリンジャーの機構を分解していく。バネを外し、歯車を落とし、撃鉄や引き金を引き抜く。一応それらにサビや歪みが生じていないか確認して、元の形に組み直した。

「見ててやるから、分解してみろ」

 ユカが拙い手つきでデリンジャーを分解する。それを見ながら、部分部分でやり方を教える。そうやってようやく、ユカはデリンジャーをしっかりと分解し、そして組立を終えた。

「……よし、この手順を忘れるなよ。何度も練習しておけ」

「はい!」

 好きに食べろと言って果物を置き、部屋を出る。扉を開けたところで、そこに立っていたガルムに気づき驚いた。

「おわっ、吃驚した。なんで黙って突っ立ってんだ?」

「いや、せっかくのお楽しみを邪魔すんのもどうかと思ってな」

 ふざけた物言いをするガルムを、鞄から出した酒瓶で軽く小突く。

「アホか。そんなんじゃねぇよ」

 酒瓶を振って見せると、にんまりと笑みを顔に張り付けて両手を出してくる。その手に酒瓶を渡すと、ガルムは瓶の横腹にキスをしてどこかへと消えていく。

 工房に戻って適当な椅子に座っていると、ガルムがグラスを持って戻ってきた。グラスを貰い、酒を注いでいく。軽くグラスを当て合い、注いだ酒を一口呑んだ。

「……っあぁ。うん、いつものように、旨いな」

 グラスを揺らして、中の液体が踊る様を見て楽しむ。

「……ケイ、いつまで人形遊びを続けるつもりだ?」

 突然のガルムの言葉に、質問の意図が分からず面食らう。

「どういう、意味だ?」

「ユカちゃんだよ、ユカちゃん。いつまで保護してやるつもりなのかって聞いてんだ」

「いつまで、ねぇ……」

 言葉を濁してグラスを呷る。

「俺の気が済むまで、だろうなぁ」

「……そうか。酒と同じで、飲まれるなよ? じゃなきゃ死ぬぞ」

 ガルムの忠告を酒と一緒に飲み込む。生きるためには何かに飲まれてはいけない、それはこの世界で生き抜いている者なら誰でも知っていることだ。

「何か楽しみがなけりゃ心が壊れるって言って、俺が勧めた酒と一緒だ。いざという時は切り捨てろよ」

「……わかってるさ」

 それ以降、黙って二人で酒を呑む。気づけば薄暗くなり、ガルムは灯りをつけた。黄色い電球の光に照らされた液面を見ながら、なにもわからない未来に思いを馳せていた。


 日が沈んで十分に時間が経ってから、帰るためにユカを呼びに奥の部屋にいく。デリンジャーを握ったまま地面で眠り込んでいたユカを揺り起こし、コートの中に隠してガルムの工房を出る。

「……何か食べたいものはあるか?」

 ユカにしか聞こえないような小声で聞く。

「うん……、だいじょうぶ、です……」

 ユカの眠たげな声が返ってきた。その声を聞いて少し家路を急ぐ。帰る途中で眠り込んでしまうことだけは、一番に避けなければならない。

 家につく。灯りをつけてコートの前を開くと、すでにユカはうつらうつらと頭を揺らしていた。抱きかかえて部屋の隅に寝かせ、掴んだまま離さないコートと布団を体に掛けてやる。

 適当に固いパンを口に入れ、咀嚼しながら灯りを消す。口の中から固いパンが消えてなくなる頃には、意識は眠りの中に消えていった。

次は5/1の18:00

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