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 このスラム街は、元が企業の工業コロニーだったのか比較的技術レベルが他のスラム街より高い。だから工作を生業にして生計をたてている者もいる。

 打ち捨てられた工作機械を修理し使えるようにして、そしてそこに俺のような傭兵が何かしらの依頼を持ち込む。

 ここは俺の贔屓にしている技術工の工房だった。

「お? あんたか。どうした、そんなしけた面して」

 呼び鈴を鳴らして入ると、奥で虫眼鏡を掛けて手元をのぞき込んでいた男がこちらに気づいた。

「いや、なに、一緒に呑もうかと思ってな」

「へぇ、どうせ今日はもう店仕舞いだし呑ませてもらうかな。お前が全部持ってくれるってんなら、なおのこと良いが」

 そう言って男がコップを二つ持ってくる。俺は適当に転がっている椅子を起こすと、そこに座った。

 彼は俺と同じ頃にこのスラム街に入ってきた。そこらに転がっている機械を集め、工房を開く。そのお客第一号が俺だった。

 その頃から彼、ガルムはスキンヘッドと濃い髭は変わらず、ただ年だけを重ねていた。

「もちろんだ。と言っても中級の酒だがな」

 この世界で安酒を買うのは自殺行為に等しい。安酒には何が入っているかわからない。

 工業用アルコールならまだしも、メチルアルコールやホルマリンが入っていた日には目も当てられない惨状が待っている。

 だからこの世界を長く生きている者は、企業から流れてくる未開封の中級酒を買い求める。

「はっ、中級酒が俺らの上級酒よ。お偉いさん方が啜るのは甘い蜜だけじゃないって事さ」

 ガルムが適当な椅子を引っ張ってきて相向かいに座り、コップを手渡してくる。

 パキッと音を鳴らして酒の封を切り、コップに注いでガルムに渡す。入れ替わりで渡されたコップに自分の分を注ぐと、額の高さに掲げた。

「んじゃ、乾杯」

 カチ、とコップをぶつけて酒を呷る。

「はぁ、酒はやっぱり旨いな。しかしケイ、なんでまた突然酒を呑もうなんて言い出したんだ?」

 ガルムがコップに半分ほど残った酒を揺らしながら聞いてくる。

「……まぁ、臨時収入があったんだ。二千エネップ程な。それと、久しぶりに目の前で死んだよ」

 そう言ってコップに残っていた分を飲み干し、新しく注ぐ。

「そういやそうだな。いつもお前は何かあったときに酒を出すな。言いたいだけ言えばいいさ」

 ガルムも残りを飲み干す。酒瓶を渡した。

 そして今日有ったことを言った。少年と出会った事、目の前で改造生物に殺された事、妹に向けた最後の言葉を少年に託された事、その妹はもうこの世にいなくなっていた事。

 支離滅裂だったり、文になっていなかったりしたが、ガルムは黙って聞いてくれた。

「ま、この程度でくよくよしていたら、この世の中で生きてはいけねぇな」

 いつの間にか空っぽになっていたコップに酒を注ぐ。この言葉はガルムに話を聞いてもらうときいつも最後に口にする言葉だった。

「変な話を聞いてくれてありがとな」

「なに、俺は道具は直せても心は治せないからな。病んで死なれでもしたら金を落とす奴が減っちまう。ついでに酒が呑めるなら、愚痴の一つぐらいいつだって聞くさ」

 最後の一杯程度残った酒瓶をガルムに渡すと、ニヤリと笑ってコップに注いだ。

「……酒もなくなったし、俺はもう帰るよ。邪魔したな」

 酔う、などという愚行は犯さない。そんな事すれば襲ってくれと言っているようなものだ。

 すっかり暗くなった夜のスラム街を歩く。

 目の前を遮るように立ちふさがる男は、懐から拳銃を取り出し見せると静かに逃げていった。

 派手な衣装を着て袖を引いてくる遊女や年端もいかない娼夫を無視し、ただまっすぐ家に帰る。

 日中にソーラーパネルで蓄えた電気で小さなランタンに明かりを灯し、今日使った銃の整備を進めていく。

 弾倉を外して弾丸を全て出したあと、適当な布を細い棒に括り付けて銃身の中を掃除し、各部の動作をチェックしていった。それを拳銃も同じように整備する。

 その後、また弾丸を込めていつでも撃てるようにし、安全装置だけ掛けて簡単に掴める位置に置いた。

 夜だって油断できない。押し入り強盗の危険性を考え、十分に警戒しながら眠らなければいけない。

 最後にナイフを取り出すと、やすい紙でこびり付いた血を拭った。そして錆びないように、切れ味が落ちないように手入れしていく。

 全てを終えて毛布を引っ張り出す。安眠なんて物はない。壁により掛かり、毛布を体に巻いて座って眠る。

 長いことそうして寝ていると、体が慣れて座って眠る事に違和感はなくなる。そうして夜は更けていった。




 そして今日も銃を握る。瓦礫の街を企業の依頼で歩き回る。今日を生きるために、明日を楽にするために。

 探索して、報酬をもらい、家に帰る。改造生物を撃ち殺して、報酬をもらい、家に帰る。

 瓦礫の崩れる音がする。銃の安全装置が外れていることを確認し、そっと覗き込んだ。

 そこにいたのは、十に届くかどうかぐらいの年端もいかない一人の少女と二つの肉塊だった。

「……ひっ!」

 黙って近寄ると、少女が小さく悲鳴を上げた。その少女の前にある二つの肉塊を蹴り転がす。

 一つは改造生物の物で、もう一つは大人の女の物だった。

 女の腹は裂けて内臓がはみ出している。ぶよぶよとした消化器官が外気に晒され、砕けた肋骨の中には潰れた肺と動きを止めた心臓が見えた。

 対して改造生物の首には包丁が刺さっていた。改造生物自身の汗と女の身から溢れた血液の混じった物を全身に浴びて、濁った目をして死んでいた。

 ナイフを取り出し改造生物の頭を切り落とす。そして麻袋に入れて肩に担いだ。

「お母さん……」

 少女の声にそっと横目で観察する。

 ぼろを着て、腰ほどまで伸びた髪は散髪する余裕すらない証拠だろう。長い髪は貧乏人か遊女に多いが、少女の手入れされていない黒髪に遊女の可能性は無い。土気色のぼろぼろの服を見れば、誰も遊女だとは思わないだろうが。

 そんな少女が女の死体にしがみついて、涙と煤で顔を汚していた。大方、壊されたこの街に潜り込んで新しい生活を始めようとしたところで、残っていた改造生物と鉢合わせしたのだろう。

 静かにその場を離れようとすると、服の裾を引っ張られた。振り返ると、少女が血に汚れた手で掴んでいた。

「……助けて、ください」

 震える声で少女が助けを求めてくる。それがいつかの少年と少女の姿にダブった。

「なんでも、しますから……」

 その間の無言をどう捉えたのか、少女は服の裾から手を離すと額を地面に擦り付けた。その肩は小刻みに震えている。

 膝をつき、少女に顔を近づける。

「何でも、と言ったか?」

「はい……」

 少女の声は小さく、そして震えていた。

「そこで死んでる親に、通りがかった人に何をしてでも助けを求めろとでも言われたのか?」

 だとすれば無責任な親だ。どんな人間が通りがかるかわからないのに、それに助けを求めろと言うのは間違っている。

「そう、です……」

「そうか。ふんっ」

 土下座状態の少女の腹に腕を通し、荷物のように脇に抱える。

「へっ、うわっ!?」

「暴れんな。落ちるぞ」

 そう言うと、少女は暴れるのを止めて大人しくなった。

 企業の人間の下に行き、麻袋から取り出した改造生物の頭とGPSを渡す。

「すまないが、俺はここで終わらせてもらう。報酬はいくらだ?」

 企業の人間が計算している間、脇に抱えている状態が苦しくなってきたので抱え直す。少女の腕を自分の首に通させ、向かい合うような形で膝の下と背中を片腕で支える。

「報酬はこれぐらいだな。ところでそのガキは?」

「探索中に拾った」

「へぇ……」

 企業の人間が下卑た笑みを見せる。

「良い値段で買ってやろうか?」

「いや、遠慮しておく。それより早く報酬をくれ」

 ゲスい提案をしてきた企業の人間を無視し、報酬をもらうべく左手を出す。

「チッ! ほらよ、報酬だ。ありがたく受け取るんだな」

 まるで叩きつけるようにして渡された報酬を受け取り、ポーチにつっこんで歩き出す。

「あ、あのっ、私歩けるから! だから降ろして!」

「ガキの歩く速度なんかに合わせられるか。黙って抱えられてろ」

 さっさと歩き、家に帰り着く。そして床に少女を下ろした。

「さて、まずは名前を聞こうか。俺はケイ。お前は?」

 一つしか無い椅子を少女の前まで引っ張ってきて座る。

「私は、ユカ……です」

「ユカか。お前は今、何でもすることを条件に俺に保護されていることを、理解しているか?」

 その言葉にユカが頷く。

「よろしい。なら俺からいえることは一つ。俺の心を満たすための人形になれ」

 うつむいたユカが肩を跳ねさせた。

「俺が見殺しにした者、見捨てた者、助けられなかった者、殺した者。そいつ等への自分勝手な贖罪の受け皿になれ。それだけだ」

 それはまさに、すさんだ心の平衡を保つための人形だ。

「私は、何をすればいいの?」

「何もしなくて良い。強いて言えば、ただ俺に飼われろ。ペットになれ」

 椅子から立ち上がり、いくつかの缶詰と小さなテーブルを取ってきてユカの前に置く。

「飯だ。適当に好きなのを選べ」

 そして指さされた魚の煮物などの缶を開け、ついでとばかりに穀類のインスタント物を温める。

「「いただきます」」

 重なったその一言の後は、ただ静かに時は過ぎていった。

「お休み」

 一枚しかない毛布をユカに渡し、壁により掛かって座ったまま眠りについた。




 家を出る前にユカを起こす。

「ふゅ……ぁ……」

「眠いと思うが一つ聞きたい。これはユカの命に関わることだ」

 眠たげにあくびをして目をかいていたが、その一言に驚いてユカが目を見開く。

「この家の中で、一言も喋らず、物音もたてず、まるでこの家には人がいないかのようにして俺の帰りを待つことができるか?」

 この世界で子供が生き残るための常識。それは存在を関知されないことだ。

 子供という者は弱い。弱いが金になる。それは労働力としても、玩具としても。

 子供がいるとわかれば、ほぼ間違いなく誰かが攫いにやってくるだろう。それをかいつまんでユカに説明する。

「できると、思います……」

「そうか。なら良い。静かに待っていてくれ。腹が減ったら、パンでも食ってろ」

 そうして家を出る。この世界では頼りない鍵をかける。侵入しようとする奴は、鍵なんて壊して入ってくるだろう。

 だがそれでもその鍵を信じて、以前取っておいた警備の依頼を受けに行く。


 今回の仕事は簡単な話だ。指定された施設を防衛する。何もなくとも報酬は支払われ、襲撃が有れば別途で報酬が支払われる。

 不当に安い報酬が支払われることは無い。こんな世界でも一応信頼が重要なのだ。

 今回の施設、食糧倉庫の警備はかなり簡単な部類だろう。襲撃してくるとしても、武装もできないような貧困層が徒党を組んでやってくるだけだ。

 それを今日から十日間、自分は昼間だけ防衛する。

 一緒に防衛をする人達と軽く挨拶をし、支給された無線機の調子を確認する。二人一組となって、巡回に出た。

 結論としては何もなかった。強いて言えば、ぼろを着た男が寄ってきて物乞いをした程度だ。

 首を振って銃を突きつけたら黙って退散していった。警備の依頼が組まれるぐらいだから、実際貧困に喘ぐ人間がこのあたりで増えているのだろう。

 何もなかったことを依頼主に報告して一日目の仕事を完了する。家に帰ると、ユカが部屋の隅で座り込んでいた。

「逃げたりはしなかったか」

 意地悪な質問だ。行く当てがないことぐらいはわかっているのに。

「……うん。逃げたって、どこに行けばいいかわかんないし」

 案の定、ユカからはそんな返事が返ってきた。

「誰か入ってこようとしたか?」

「いなかったよ、誰も」

 報酬で買ってきた食料を取り出し、テーブルの上に置く。安いパンとクズ肉の缶詰、あとは傷の多い林檎。

 パンの一つをちぎって口に入れ、水で流し込む。缶詰を缶切りで開け、中身を欠けたフォークで適当に崩して口に運ぶ。

「……固いか?」

 もそもそとパンを食べるユカにそう尋ねる。

「……うん」

 しばらくして答えたユカに水を渡そうとしたが、そこで水差しが一つしかないことに気づいた。

「っ、あー……。まあ、あれだ、肉と林檎でも食ってろ」

 クズ肉の缶詰と林檎をユカの前に置く。

 全て食べ終えると、軽く武器の手入れをしてランタンの明かりを消す。

 ただ静かに、ゆっくりと夜が更けていった。




×




 昨日と変わらない警備の仕事を終え、報酬をもらって帰路に就く。辺りには浮浪者が増え、路地の奥深くでは痩せこけた死体がカラスにつつかれていた。

 そんな場所から目を背け、今まで稼いだ報酬を使ってコップ二つと毛布を買う。

 家のドアを開けると、昨日と同じ場所でユカが膝を抱えて座っていた。

「今日からこれ使え」

 そう言って毛布とコップを渡す。毛布は薄っぺらく毛羽立っているが、今まで俺が使っていた擦り切れた毛布よりは断然良いものだ。

「いい、の?」

「言っただろ、贖罪の受け皿になれって。黙って受け取れ」

 ライフルを壁に立てかけ、ポーチを外して壁のフックにひっかける。

「……ありがと」

 そんな声が、背後から聞こえてきた。


 何事もなく日が過ぎた依頼最終日の十日目、最悪の事態が発生した。

 事の発端は倉庫内の食料をトラックに乗せて運び出そうとしたときだった。

 当然、積み込み中に襲撃されないように護衛が頼まれた。

 荷台には依頼主、企業の直属の機械化兵が乗って周囲を警戒し、トラックの周りでは俺達傭兵が警戒する。

 次々と、米か小麦か食糧の入った袋が積み込まれていく。大型のトラックの荷台が積み荷でいっぱいになると、荷台の上に乗った機械化兵の合図で作業員たちの手が止まり、トラックに発車の合図を出し始めた。

 そのときだった。ガレージのシャッターが上がりきるとともに雄叫びが聞こえ始め、ボロを纏った人間たちがトラック目掛けて走り込んできた。

 作業員の一人が慌ててシャッターを降ろそうとするも、殴り倒されシャッターの操作を奪われる。

 あっという間に、トラックと俺達傭兵は取り囲まれてしまった。取り囲む者達は誰も彼もが手に石や棍棒など、素手よりはましといった武器を抱えている。

 傭兵全員が銃口を外側に向けてトラックを守ろうと円になり、機械化兵はトラックの上に設置された機関銃の銃座に座った。

 一触即発の空気の中、ぼろを着た集団の中から一人の男が前に出てきた。

 枯れ枝のように細い腕を垂らし布にくるまれた子供を抱え、うつむいたまま一歩踏み出してくる。

 そいつに銃口を向ける。男の顔から涙が抱えた子供落ちる。二歩目を踏みだした振動で子供の顔にかかっていた布が落ち、乾燥し目の落ちくぼんだ死者の顔が露わになる。

 男が三歩目を踏み出す。上げられた顔は怒りに歪み、食いしばった口からは血が一筋垂れている。その目はまっすぐにこちらを見ていた。初日に追い返した男だった。

 四歩目を踏み出す。その瞬間、男が額に穴を空け血を吹き出しながら倒れた。隣で立っていた初日に組んだ男の構えた銃口が、熱を孕んで湯気を立てていた。

 そこからはあっという間だった。怒号とともになだれ込んで襲ってくる人間に向けて引き金を引き続ける。

 死んだ前の人間を盾にして迫ってくる奴の頭を吹き飛ばし、勢いに押されている場所が合れば機銃から銃弾が雨のように降り注ぐ。

 排筴口から飛び出した薬莢が、落ちている別の薬莢に当たって軽い音を立てる。辺り一面に鉄臭いにおいが立ち上り、動かなくなったタンパク質の塊が積み重なっていた。

 誰もが警戒を緩めない中、どこからか依頼主が出てきて告げる。

「……良くやってくれた。報酬は弾もう。その代わり、トラックが通れるぐらいに死体を除けてくれ」

 一人、また一人と銃をおろし、トラックの前の死体を除けていく。隣で撃っていた男も、銃をおろした。その瞬間、男の方に向かって自分の銃の引き金を引く。

 放たれた弾丸は、後ろで静かに立ち上がり持っていた石を男に叩きつけようとした女の腕を吹き飛ばした。

 それで気づいた男が振り向き、腕を押さえてうずくまった女にフルオートで銃弾を叩き込む。

「……助かったよ」

 蜂の巣になった女に背を向けて、男はお礼を述べてきた。

「いや、どうという事はないさ」

 差し出された手を握って握手しつつ、ぶっきらぼうに答えて死体を除ける作業に移った。


 規定の報酬と追加報酬を得て、すっかり暗くなった街をぶらつく。

 道端どころか、路地裏の暗がりにさえも浮浪者はほとんど見られなかった。

 遊女や娼夫を無視して歩く。目的は服を売っているところだ。いつまでもユカにぼろを着せておくわけには行かないと思っていたが、追加で色の付いた報酬を手にしたので買いに行く。

「……ははっ」

 ぼろを着た人の命を奪って得た金でガキのための服を買いに行くのだと考えたら、何か乾いた笑いがこみ上げてきた。

 しばらく探していると、リアカーに衣服を満載した男に出会った。これ幸いと声をかける。

「ああ、いいところに。なあ、女の服はあるか?」

「へぇ、サイズはどのくらいで?」

「ガキ用だ。背格好はこのくらいの」

 腰ほどの高さに手をやる。

「んー、そのサイズですと、これなんかいかがでしょう」

 そう言って出してきたのは、ずいぶんと派手な服だった。それこそ遊女が着るような。

「いや、遊ばせるための服を買いに来たわけじゃないんだ。適当な、ぼろくない服がほしい」

 と言っても、ここにある服なんてそのほとんどが古着だ。服を楽に買える誰かが着た物を、こういった男たちが卸して売りに来ている。

 ここで言う服を楽に買える誰かというのは、別に裕福な人間というわけではない。その誰かというのは企業コロニーに住まう者達のことだ。

 企業は企業貨幣を流通させ、それに釣られた人間から労働力を得ようとする。しかし、必ずしも貨幣だけで人間が釣られるわけではない。

 企業が目を付けたのはそこだ。衣食住を徹底的に絞ることで、安定した労働力を得た。コロニー内での販売にのみ供給先を絞り、それ以外での購入は非常に高価にする。

 うまいこと作られたシステムだと思う。今後、俺たちのような傭兵は少しずつ姿を消し、いつかは企業に全てを支配された平和な世界がやってくるだろう。

 その平和が幸福とは限らないが。

「でしたらこんな物でしょうかね」

 出された衣服を物色し、一番丈夫でましな物を上下二着揃えて選ぶ。

 男に金を渡して服を鞄にしまい込み、真っ暗になった街を歩く。

 家のドアを開けると、部屋の隅っこで座ったまま、丸くなってユカが眠っていた。毛布を出して掛けてやる。

 荷物を降ろしてランタンの明かりを絞り、武器の簡単な手入れを終えてパンを一塊腹の中に納めると、武器のそばで座って眠りについた。

次は4/27の18:00

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