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少女は2から出てくるよ。
この世界はクソだ。盗みや暴力が街には溢れかえり、女どころか男ですら一人で歩くのは厳しい。
だがそれも当然のことだ。政府という物が統率を失い、崩壊して久しい。
かわりに台頭したのは企業連で、新しい『企業通貨』を普及させながら、急速に政府の代役を担うようになった。
それでも街の治安は悪いままだ。なんて事はない、治安維持をする必要性が無いのだ。企業は金にならないことはしない。企業が代役を担っているのは、金になる事だけだ。
人類はいつの間にか戦争を始めていた。それは全世界を巻き込み、戦争のない場所がなくなった。
人同士の殺し合いで人口を大きく減らしながら、それでも戦争は続いた。
政府が崩壊した理由はいくつかある。
国民が全ていなくなった為に崩壊した国。
膨大な量の兵器を購入し、その借金によって国家離散した国。
内戦に内戦を重ね、果てには家族同士でも殺し合い全滅した国。
今世界には、大きく三つの勢力が残っている。そのどれもが、理由を忘れた戦争を続け、弱ったところから食い尽くそうと狙っている。
人が集まればそこには政府のような物が出来上がるが、この三大勢力に相手を殺し尽くすこと以外は頭にない。ただひたすらに殺し殺され、人口だけが減っていく。そこに統治という物はない。
そんな現状に嫌気がさし、戦争から離れようとする物もいる。しかしこの世界は何をするにも金が必要だ。その金を稼ぐために何をするか。結局、傭兵となって戦場にでるしかなくなる。
畜産や農業は企業の庇護の元でしか行えず、工業もまた企業が全てを握っている。野良でやったところで、野盗に全てを奪われるのが落ちだ。
そして俺も、戦争に嫌気がさして、それでも生きるために傭兵に身を落としている人間だった。
傭兵になった者達に、斡旋所などの便利な物はない。傭兵になる前に入手した情報端末で、オンライン上のサイトから自分の住む地域に近い、企業や三大勢力の傭兵募集を探す。
誰が運営しているのかは知らない。だが誰かが運営しているそこを、企業も三大勢力も利用していた。あるいは企業なら、誰が運営しているのか知っているのかもしれないが。
もちろん誰でも見られるそこに、重要な依頼が書き込まれることは無い。そこに書き込まれるのは誰がやってもかまわないような、報酬の少ないものだけだ。
より良い報酬が得たければ、どこかの専属になるしかない。だがそれは専属先からやってきた仕事は必ず実行しなければならないことであり、戦争から離れようとして仕方なしに傭兵となった者達はあまり選択しないことだった。
今俺は企業の募集で、とある小さな街に集まっていた。
そこは企業の保有する最下層ランクの街であり、農業従事者の暮らす街だった。
それが今では無惨に壊され、あちこちで黒煙が立ち上っていた。
「ここで君たちにやってもらうのは、我々が調査をしていている間の残党殲滅だ」
企業の人間が、拡声器を片手に集まった傭兵に説明をしている。
「ここから逃げ出した者の証言によると、改造生物が使われたらしい。それを放ち街を爆破しようとした犯人どもはもういないだろうが、改造生物はまだ残っている可能性が高い。君たちにはそれを探し出し、見つけ次第殺してもらいたい」
改造生物、それはどこかの国が作り出した生物兵器だ。哺乳類をベースに薬物投与や異種混合で筋力や凶暴性を増強し、敵陣近くで放つ。
痛みを忘れさせられたそれらの役目は、敵を殲滅させることではない。敵を混乱させ、恐怖に陥れ、消耗させるための使い捨ての道具だ。
そしてそれは今でも、亡国の幽霊が製造法を伝えて作られ続けている。
「君たちには二百発の弾薬とGPSを支給する。探索した範囲によって報酬を決定する。改造生物を討伐した場合、追加で報酬を払おう。作戦は三十分後に開始する。それまでは準備をしていてくれたまえ」
説明を聞き終え、自分の銃に合った二百発の弾薬とGPSを受け取りに説明人の元に向かう。
筋骨隆々で屈強な男やプレートアーマーを着た女に混じり受け取ると、適当な場所に座って手早く弾を選別していく。たいてい薬莢は使い回しだが、その中でも歪んでいる物は弾いて腰のポシェットに仕舞う。
そうやって時間を消費していると、一人の少年が話しかけてきた。
「あの、おじさん。銃って、どうやって入手すれば良いんですか……?」
そんな素っ頓狂な質問をしてきたことに驚き顔を上げると、そこには丸腰で小柄な体躯の少年が立っていた。
「……企業の人間にでも聞いてみろ。粗悪かもしれんが、銃の一丁ぐらいくれるかもな」
そう言って説明人の方を指差す。少年はぺこりと頭を下げると、そちらに向かって走っていった。
しばらくして弾薬の選別を終えると、向かいに先ほどの少年が座りに来た。
「さっきは、ありがとうございました。頼んでみたら、銃がもらえました」
そうして見せてきた銃はフレームに所々傷があり、木製のストックには血だろう汚れがべったりと付いていた。
見た目通りの粗悪品、戦場で拾ってきた銃だ。
「……すごい世界ですよね。頼めば銃がもらえるなんて」
少年が銃を抱えて呟く。
「なんだ、今まで戦場に出たことはないのか?」
する事もなく暇だったから、少年の言葉を拾った。
「……はい。今までずっと、企業の農業コロニーに住んでいました。ただそこが襲撃されて、両親と離ればなれになりながら妹と一緒に命からがら逃げてきたんです」
そう言って少年は手元の銃を握りしめた。それを予備弾倉に弾を込めながら聞く。
「実は依頼にくるのもこれが三度目で、前二回も戦闘するようなものじゃないんです。でも、こっちの方が実入りがいいから……」
依頼の中には単純労働みたいな物もある。だが総じてその手の依頼は報酬が低い。
「僕はお兄ちゃんだから、妹の為にも頑張らなきゃいけないんです」
少年は笑ってそう言った。
「……そうか。だったらその銃は使うな」
「え、なんで……ですか……?」
俺の言った言葉の意味が分からないのか、少年が聞き返してくる。
「あー……、言葉が足りなかったな。その銃を使うような状況になるなって事だ。んなまともに整備してない銃、数発打てばジャムる」
「じゃ、じゃむ……?」
少年が困惑した顔を向けてくる。
「チッ、なんも知らねーのか。ジャムってのは排筴が上手く行かずに詰まることだ。銃を使う場面で銃が使えなくなったら、どうなるかぐらいわかるよな」
「……はい」
自分の銃のコッキングレバーを引いて排筴口を見せながら説明する。
「死にたくなきゃ、適当に見て回って適当に稼ぐんだな」
企業の人間が拡声器で三十分たったことを告げてくる。
予備弾倉をベルトに下げ再度説明人の元に集まると、今回の作戦が始まった。
銃のセイフティレバーを外し、いつでも撃てる状態にして廃墟となった街を進む。
その後ろを、少年が付いてきていた。立ち止まって少年の方を向く。
「あ、えと、その……お邪魔でなければ、ついて行っても良いですか……?」
「……別にかまわないが。……邪魔した瞬間蹴り飛ばすぞ」
そう言って前を向き歩き始める。少年も黙って付いてきていた。
しばらく歩き、瓦礫の陰に改造生物がいないか石を投げ入れて確かめる。
今のところは見つからないので、報酬を稼ぐために広い範囲を歩き回った。少年がついて行くのに精一杯といった風だったが、勝手に付いてきているだけだし報酬を増やしたいので歩みは緩めない。
なおも歩き続けると、さすがに多少疲れてきた。適当な瓦礫に腰を下ろし足を休める。
そのすぐ側に、少年も腰を下ろした。
「はぁ……はぁ……、探索って、大変、ですね」
「んあ? この程度で根を上げているようじゃ、稼げねぇぞ」
そうは言いつつ、あまりにも疲れが見て取れる少年を不憫に思い、しばしの間休憩を挟む。
少年の息が整ったのを見計らって立ち上がると、探索を再開した。
そこにガラガラと瓦礫の崩れる音が響き渡った。
「あれ? 何ですかね? 僕見てきます!」
「あ、おい、バカ!」
音のする方へ走っていく少年に手を伸ばしたが、肩をつかめずに空を切った。
「生存者か、な……?」
少年が瓦礫の陰を見る。その瞬間、少年の体が宙を舞った。
その喉に牙を突き立てているのは、不気味なほどに隆起した筋肉を持つ、犬型の改造生物だった。
その体は異常発達した筋肉によって皮膚が薄くなりピンクに変色し、過剰な代謝によって絶えず流れる汗が改造生物の体をぬるりとテカらせていた。
「グゥ……、ガァ!」
銃を向けると、それに気づいた改造生物が一直線にこちらへ突っ込んでくる。
「チッ!」
銃の引き金を引く。放たれた三発の弾丸が、鼻先と頭を吹き飛ばし、左肩に風穴を開けた。
「グゥゥ、アアァァ!」
それでもなお改造生物は足を止めない。
「クソッ、手術型かよ!」
ばらまくように何度も引き金を引く。手術型は脳味噌の位置を胴体に移されている。その結果脳が肥大化し、隠れたりまだ動ける敵を優先的に狙うなどといった知能を獲得した。
何発も当てるが、強靱な筋肉に阻まれて脳もしくは心臓にまで弾丸が届かない。
頭はすでに砕いてはいるが、異常なまでに膨れ上がった足で飛びかかられれば、間違いなく死ぬ。
「グァア!」
「ッ! クソがッ!」
こちらを押し倒さんと飛び上がった改造生物の腹に向け、引き金を引く。
ドシンという衝撃と共に、背中から地面にたたきつけられる。だが体に乗った改造生物は動かない。胸にあいた穴から流れた大量の血が、俺の服と地面を濡らした。
力が抜け重くなったそれを体からどかし、倒れている少年に駆け寄る。
「おい、ガキ。何か言い残したことはあるか?」
首はえぐれ、血がどくどくと流れ出していた。正直まだ生きていることが奇跡だった。ナイフを取り出し、少年の服を切り裂いて傷に当てる。
「おじ、さん……。ごめ……」
「いいから言い残したことだけ言え。聞くだけ聞いてやる」
傷口を押さえるも、血は止まらない。あともって数分。
「妹に……、ごめんって……。お兄、ちゃん……ダメ……」
少年が告げたのは妹に向けての謝罪だった。
「妹はどこに住んでいる?」
ぼそぼそと伝えられた場所は知ってるところ。自分も住んでいるスラム街の一角、歩いて五分もかからない場所だった。
「ごめんね……、リサ……」
ごぼっと空気が漏れる音がして、それきり少年は動かなくなる。
何か少年のことを証明できる物がないか漁る。するとポケットから、丁寧に折り畳まれた写真が出てきた。
発色の悪い、全体的にセピア色がかったポラロイド写真。そこには微笑む少年と満面の笑みを浮かべた少女が写っていた。
それ以外に写る人物はおらず、背景にあるのは見慣れたスラム街。最近撮られた物だった。
それをポケットにしまい、代わりに適当な麻袋を取り出す。改造生物の首を切り落とすと、麻袋に入れて肩に掛けた。
少年から弾薬とGPSを回収する。そして開いたままの目を閉じさせた。
今度は一人静かに、廃墟街を探索する。元気に追いかけてくる足音も、潜んだ何かが瓦礫を崩す音も、一切聞こえることはなかった。
少年の命はGPSの回収という形で金に換わった。二千エネップ、エネップとは企業通貨の単位だが、だいたい三日食ったらなくなる金額だ。
それ以外に探索報酬と改造生物の討伐報酬を貰い、家路につく。
銃を引っ提げたままいつもの道を歩き、そして自宅の前を通り過ぎて少年の住んでいた場所を探す。
そこは程なくして見つかった。ボロボロのバラックが縮こまるようにして建っていた。
ガンガンと扉をたたき中に入る。しかしそこに少女はいなかった。
あるのは荒らされた室内と、部屋の中央に残された少女だったもの。服をはぎ取られ首に鬱血痕を残した少女の周りには、破れた紙屑が散っていた。
それを拾い集め継ぎ目を合わせると、少年の首にぶら下がって笑う少女の写真となった。
無言のまま、バラックを出る。
この事実を知らないままに逝けたことが、少年にとって幸なのか不幸なのか。
だが少なくとも、この世界がクソである事は変わらなかった。
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