19話 蟻の巣へ
「……ここは……?」
どうやら、巣の中のようだ。すぐ近くで待機していたガタクが駆け寄ってくる。
「殿! お目覚めになられましたか!」
「ガタク! 私は、どれくらい眠っていた!?」
「一日で御座る……」
どうやら、あの時得た新しいスキルのおかげで、通常より早く回復できたようだ。
「早く……ミミズさんを助けに行かないと!」
「殿、落ち着いてくだされ。今はソイヤーが奴らの後を追っている最中で御座る。まもなく、奴らの巣の場所が判明するかと」
「そうか……よし! ガタク、スティンガーたちをここに集めろ! ミミズさんの居場所が分かり次第、すぐに出発する!」
「承知したで御座る。すぐ皆を呼び集めるで御座る!」
「――待っていてくれ、ミミズさん。必ず助けに行くからな!」
「……おい、離せ! 離すのじゃ!」
「ギチチチ!」
「ぬぅぅぅぅ……」
なんということじゃ……儂としたことが、よりにもよってこんな蟻どもに捕まるとは……!
もがいても無駄じゃ。このクソ蟻め、儂を顎でしっかり挟んだまま離そうともせん。しかも周囲は見張りの蟻ばかり。どうにも動きが取れんのじゃ。
あ奴ら――ヤタイズナ達が、早く助けに来てくれることを祈るしかないかのう……。
そんなことを考えていた矢先、蟻たちが急に足を止めた。
「ん? なんじゃ?」
前方に視線を向けると、地面にぽっかりと開いた巨大な穴があった。
なるほど、ここが奴らの巣の入り口というわけか。
蟻どもは儂をそのまま担ぎ上げ、複雑に入り組んだ巣の通路を進んでいく。
通路を幾度も曲がりながら、最下層まで降りた先――そこには、捕らえられた鳥や狼など、様々な生物が囚われていた。
「ギチチチ」
「な、何をする気じゃ……?」
「ペッ!」
「ぬおっ!?」
蟻が口から粘つく糸を吐き出し、儂の身体を壁に貼り付けた。
「このっ、無礼者がぁっ! 儂をどうするつもりじゃ、このクソ蟻めがぁ!」
「ギチチ、ギチチチ」
「ええい、ギチチギチチとうるさいわっ! 儂に分かる言葉で話さんか!」
「ギ、ギチ?」
ぬぅ……この蟻どもが何を言っているのかさえ分かれば、まだ何か手は打てたかもしれんというのに……。
かつての肉体であれば、念話で意思疎通くらいできたものを――この身体になってからというもの、大半のスキルを失ってしまった。
それどころか、“元魔王(笑)”だの“過去の栄光にすがる者(哀れ)”だのという、不名誉極まりない称号までつけられ……あまつさえ、蟻どもに連れ去られる始末とは!!
「くそったれがあぁぁぁぁぁ!!! なぜ儂ばかり、こんな目に遭わねばならんのじゃ! もしも運命の女神とやらが存在するなら、そやつは絶対儂のことが大嫌いに違いないわぁぁぁぁ!!」
「ギ、ギチチ!?」
「うるさいと言っておろうが!! さっさと出て行かんかこのボケ蟻どもがあああっ!」
「ギチチ……」
怒鳴られた蟻たちは、しゅんとしながら部屋の外へ出ていった。
「……まったく、ギチギチとうるさいんじゃ……」
「……おい、そこの喋るワーム」
「む?」
儂は声のした方へと目を向けた。
そこにいたのは、ドワーフ族と思しき男。どうやら儂と同じく、壁に糸で貼り付けられているようじゃ。
「なんじゃドワーフ。儂に何か用か?」
「いや、喋るワームなんて初めて見たから、ちょっと驚いただけだ」
「そうか……ちょうど良い。お主、ここが何の部屋か分かるか?」
「見りゃ分かるだろ。――食料の貯蔵部屋だよ」
「やはり、そうか……」
「しかし、俺も二
「ふん、なかなか目利きが利くではないか。良いだろう、特別に教えてやろう。儂こそがワーム種の頂点、エンペラーワームの――ミミズさんじゃ!」
「……種族はともかく、なんだその妙ちくりんな名前は?」
「……やっぱり変か……やっぱりかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「ど、どうしたんだ急に!?」
「くそがぁっ! あやつが儂のことを“ミミズさん”なんて呼ぶから、こんな名前が定着してしまったんじゃ! そもそも“さん”付けの名前なんぞ、普通あるかいな! 聞いたことないわ!」
「お、おい……」
「くそったれがぁ……なんで儂ばかり、こんな仕打ちを受けにゃならんのじゃ……もうヤダ……」
「そ、そんなに名前のこと気にしてたのか……すまん」
「よい。もう慣れた……それより、これから儂らはどうなるんじゃ? まぁどうせ、幼虫の餌にでもされるんじゃろうが……」
「それならまだマシさ。恐らく、俺たちは――女王の餌になる」
「な、なぜそんなことが分かるんじゃ?」
「昔、書物で読んだことがある。アーミーアントの女王は、生きたまま獲物を丸呑みにするってな。俺たちが“生かされて”いるのは、たぶんそのためだ……それに、次は俺の番みたいだしな」
「……なぜ、それが分かるのじゃ?」
「俺の仲間たちは全員、もう連れていかれたからさ」
「仲間……? まさか、お主、冒険者か?」
……昔、儂を討伐しに来た連中も、よく“冒険者”と名乗っておったのう……
「いや、違う。俺は商人だ。アメリア王国に向かってた途中で、この南の森近くの草原を移動してたんだ……そこでアーミーアントに襲われて、そのまま巣に連れ込まれた。今に至る、ってわけさ」
「次が自分だって言う割には、ずいぶん元気そうじゃの?」
「俺はもう200年も生きてるんだ。今さらこんなことでビビったりはしないさ……けど、仲間は人間だったからな……女王の餌になるって分かったときは、みんな錯乱してた」
「ふん、人間はやはり脆弱な生き物じゃのう」
「確かにな……でも、いい奴らだったよ。だから俺は、あいつらの仇を取りたい。女王の腹の中で暴れて、少しでも苦しめてやるつもりだ!」
「……浅はかな考えじゃのう」
「なんだと!」
「アーミーアントの女王が、その程度で苦しむわけなかろうが。胃液で十秒もせずに消化されるぞ」
「じゃあ……じゃあ、どうしろって言うんだよ!」
「お主は運がいい。もうすぐ、儂を助けに来る者がおる。ついでにお主も助けてやろう」
「助けが来る!? ここにはアーミーアントが千匹はいるんだぞ!? どうやってこの最下層まで――」
「ふん、たった千匹程度、あ奴ならすぐに蹴散らすわ」
「な、何者なんだそいつは……!」
「魔王じゃ」
「は?」
「これから助けに来るのは――魔王じゃ」
「ま、魔王って……」
「その顔、信じておらぬようじゃのう」
「あ、当たり前だろ! 魔王が助けに来るなんて、信じられるわけない!」
「なら信じるのじゃ。すぐに、お主の目の前に現れる……ん?」
「ギチチチ……ギチチ……」
「……残念だが、俺はここまでのようだ。女王の食事の時間ってわけだな」
「そうか……それは残念じゃ」
「ああ……じゃあな、ミミズさん――え?」
「ギチチチ」
アーミーアントたちは、ドワーフと一緒に儂も運び始めた。
「ギチチチチ!」
「えっ、儂も!? なんでじゃ!?」
「ギチチチ!」
「おい、どういうことじゃこの糞蟻どもがぁ!」
「ギチチチ!」
「え、うそ、マジで!? 儂もこやつと一緒に食われるんか!? 待て待て、儂は不味いぞ! やめとけマジで!」
「おいおい、さっきまでの余裕はどこに行ったんだよ!?」
「いやだって、こんなに早く順番が来るとは思ってなかったんじゃ……!」
「どうするんだよ! 魔王はあとどれくらいで来るんだ!?」
「知らん!」
「はぁぁ!?」
「とにかく信じて待つんじゃ!」
「つまり……神頼みってことか!?」
「うむ! 儂は信じておる、あ奴が助けに来ることを……だから――マジで早く来てくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
儂の叫びが、蟻の巣の奥深くまで響き渡った――。
「ソイヤー! こっちで間違いないんだな!」
(はい! もうすぐ奴らの巣に到着します!)
「よし、いいか皆! 巣に着いたら即突入するぞ!」
「了解で御座る!」
(わかったー!)
(分かりました!)
(ご主人、俺分かった!)
(主殿、着きました!)
「あれか! ――よし、行くぞ皆!!」
――ミミズさん、今、行くからな!!




