時は金なり
『私はお金の神様です。あなたに教えてあげましょう、時は金なり、と。』
適当にデスクワークをしていた時に、その声は突然俺の脳に響いた。
『一億数えてみて下さい。そのときあなたは、時は金なり、と理解することでしょう。』
訳が分からなかった。部屋中を見渡すが皆は普通に仕事をしている。
『ああ、私の声はあなたにしか聞こえてません。さあ、一億、数えてみて下さい。時は金なり、です。』
お金の神様が、時は金なり、と言って一億数える提案をしてくる。その意味はきっと一つ。
時が金になるのだろう。
俺は数を数え始めた。
(1、2、3……)
『お、理解が早くて助かります。そうです、そうです。時は金なり、です。それではその調子で一億まで数えてみて下さいね。』
(12、13、14……)
今は社会人になって一ヶ月、新しい環境、上司との対人、仕事の責任、……
正直全てが嫌だった。だけど生きてくうえでお金は必要だ。どれだけ嫌でも働かなければならない。
なのに、
俺はラッキーだ。一億数える。お金の神様だ。おそらく対価は一億円。だって、時は金なり、だ。それくらいもらわなければ釣り合わない。
一時間は3600秒、三時間で約一万秒、九時間数えれば三万秒。おいおい、日当三万円か?
(72、73、74……)
これはずっと数えていたいな。だって一億だ。三万時間は絶対かかる。
あれ、働いて残りの時間でそんなに数えられるのか?
一日三時間数えても三万日はかかるだろう。三万日もかけたら百年近くかかるんじゃないか?死んでしまう。
『そうですよ。一億はそんな簡単には数えられません。時は金なり、です。』
再びお金の神様の声。
そうか、そうだよ。時は金なり、だ。
俺は会社に辞表を出した。
全力で数えれば二十年かからずに一億ぐらいいけるはずだ。
(13576、13577、13578……)
『そうです、そうです。時は金なり、です。』
それから俺はなけなしの貯金で生活をした。それが尽きれば親に仕送りを頼んだ。
(31948132、31948133、31948134……)
『そうです、そうです。時は金なり、です。』
六年が経った。三千万をついに越えた。辛いところはもう乗り越えている。むしろ今更止めるほうがどうかしている。大丈夫、三千万貯金したも同然だ。
俺はひたすら数え続けた。
十七年が経った。いつだったか、親からの仕送りもなくなった。今日も公園で数を数えるだけの日々。だけどそれがなんだ。
(99999164、99999165、99999166……)
『そうです、そうです。時は金なり、です。』
お金の神様の声はまだ聞こえている。一億はもうそこまできている。あと少しだ。
(……、99999998、99999999、……100000000)
どうだ、お金の神様! 俺は一億、数えきったぞ。
『おー、凄い。本当に一億数えましたね。』
さあ、時は金なり、なんだろ? 早く対価を出しな。
『はあ、対価ですか……あなたはもう十分のはずですが……』
何を言っている、俺は一億数えたんだ! 時は金なりなんだろ!? 早く対価をくれよ!
『いやいや、最初に私が言った通り、あなたは一億数えることで十分理解したはずです。もうよいでしょう。』
ばかいうな! 会社も止めて、俺は十七年ひたすら数えたんだぞ! 何も貰えないなんておかしいじゃないか! 返せよ!俺の十七年間を! 返せよ!
『ほらやっぱりあなたは十分理解している。』
『時は金なり、と。』
時間は大切にしましょう。