最七章 告白:その三杯目
だが、彼女たちは失敗した。いや、俺の黒い記憶の領域に立ち入るべきではなかったのだ。
中学の時に付き合いだした志穂は、多分、海岸沿いのあの町の七夕を見に行った帰りに殺されたのだろう。
浪人生だった頃に付き合った優実は、気晴らしに誘われて行ったあの公園の散歩の後で殺されたのだろう。
社会人になって戸惑いを隠せなかった時に付き合いだしたサクラも、どこか楽しい場所へデートをした後で殺されたのだろう。
夕子、瞳美、純香……。彼女たちだってきっとそうなのだ。そうに違いないのだ!
実は、俺の中の記憶に、彼女たちを「殺した」という記憶はない。殺したという感触も残っていない。お別れの言葉さえ言っていない。
そう。なぜなら……俺の愛した恋人たちを殺したのは、もう一人の俺――俺自身が生み出した『黒いもの』なのだから。
それゆえに、この『黒いもの』の存在を前面に押し出してはいけないのだ。今、この取調べの中で、いや、これからの供述や審議の中で、その『黒いもの』の存在を打ち出してはならないのだ。なぜならそれは、法律上精神的な病と判断されれば、刑が軽くなる恐れがあるからである。いや、これだけの殺人を犯したなら死刑は免れないとしても、奇妙な支援団体やら弁護人やらのお陰で、すったもんだの長きにわたる茶番劇につき合わされる可能性があるからである。
今の俺に、そんな余裕や時間などはない。
この俺の中に宿り続けた『黒いもの』は、かなりの凶悪無比な存在だということだ。これまで二十年、三十年近く殺人を繰り返してきておきながら、警察などになんの疑いもかけられずに生きてきたことを思えば、それはかなりの狡猾な存在である事が窺い知れる。
そんな『存在』を消去できるのは、俺だけなのだ。今の俺だけなのだ。そして、その『存在』に罪を認めさせた上で処刑できるのも、自分自身、俺でしかない。
今、その事を目の前の刑事に覚られれば、その処刑がどんどん遅れてしまう。
俺の家族がこの状態を察知すれば、出来るだけ社会的有利な立場に事を運ぼうとする狡猾な弁護人を雇うだろう。そうなれば、ある事ない事を持ち出され、その茶番につき合わされなければならない。金儲けの種につき合わされなければならない。そんなのはまっぴらごめんなのである。
今の俺に出来る事は、自分自身に対する断罪なのだ。自分自身が生み出した『黒いもの』に対する断罪なのだ。
そして、その『黒いもの』を生み出すきっかけとなった“あの事件”を思い出したからには、尚更なのである。