最七章 告白:その十杯目
俺はその言葉を聞いた時、これは紗希ちゃんを連れ去った事と関係があると睨んだ。やっぱり。やっぱりコイツなのか、と。
「ところでボウズは、どんなものが宝物なんだ? やっぱり仮面ナントカとか、ウルトラナントカとかの人形か?」
蛇男は、またニヤつきながら聞いてくる。
「ううん、ちがうよ。ぼくのさがしているのは、もっとたいせつなものだよ」
「ほう、まんずボウズは男の子なのにそういうものには興味がねえだか?」
「ううん、ぼくは仮面ライダーもすきだし、ウルトラマンもすきだけど……」
「好きだけど?」
「さがしているたからものの方が、もっとすきなんだ」
蛇男は、ほう……と、唸りながら納得したように頷いた。「そんじゃ、まあ、オラと同じなわけだ」
何が同じなのか、俺にはさっぱり分からなかった。多分、この蛇男は何かを勘違いして、自分勝手に納得しているのに違いない。
「ところでおめさん。腹は減ってねえだか?」
「おなか?」
「そうだよ。こんな時間だで、腹減って当然だど。どだ? 飯食ってけや。ボウズ。オラ、おめさんが気に入っただなや」
蛇男の不気味な顔つきが、急に優しい恵比須顔になった。黒ずんだウロコのような肌は、相変わらずだけど。
しかし俺は、蛇男に促されるまま「うん」と言って、ヤツの後をついて行った。
(そうだ。このままついて行けば、なにか分かるかもしれない……)
俺は、蛇男の“しっぽ”を追い駆けるように、ちょこちょこと尾いていった。
暗くて油の臭い立つボロ倉庫の中は、案外だだっ広かった。時折、何かの機械の部品のような物が、ごろごろと落ちている。中には、普通の生活では馴染みのない工作機械のスクラップが、所狭しとひしめき合っている。
何かを切断するための、長さ一メートル以上もある大鎌。何かに大穴を開けるための、いびつな形をしたドリル。何かをペシャンコにしてしまうための、鬼の手のように大きな装置。そんな鋭利で鋭角で先の尖った硬い物が、むき出しになったまま、薄ぼんやりとした明かりに照らし出されている。
俺は、おっかなびっくり、蛇男の後を尾いて行った。もし、“これら”に間違って触りでもしたら、ぼくの体は真っ二つになってしまうかもしれない、と思ったから。恐かったから。
だが、蛇男は何も気にしない様子だった。まるでレールの上を辿るように、スタスタと歩み行く。俺は、尾いて行くのがやっとだった。
しかし、足元をよく見ると、蛇男の通った後はすべて踏み分けられ、きれいに片付いている。まるで、けものみちでも歩いているかのよう。
建物の中に、ザリザリと二種類の音が響いている。他にこれといった音は聞こえてこない。ただ、どこからともなく吹いてくる生ぬるい風が、老婆のうめき声のように音をたてている。
と、突然、蛇男の足が止まった。蛇男は振り返り、ニヤリとした顔つきで言う。
「ここだ」
蛇男は、先の尖った顎で何かを指し示した。すると、その一画から別の光が漏れてくるのが分かる。柔らかな一筋の光。
その光は、トタン板で遮られている一画から漏れていた。ボロボロになってしなりかかる四枚のトタン板。その板の隙間から、柔らかなオレンジ色の光が漏れ出しているのだ。
「入れや、ボウズ」
蛇男は、やにわにそのトタン板の一枚をめくり上げ、俺をその一画へと促した。めくりあげられた所から、ぱぁっと明るいものが広がってくる。
俺はこの時、蛇男の妙な雰囲気に飲み込まれ、全身の毛穴が浮き立つような思いに駆られていた。もう、その中にある物が、何かを覚っていたからだ。
しかし、
(ここは、言われるままにしよう)
何度も震える体に言い聞かせた。とても恐かったけど、紗希ちゃんを取り戻すにはここに入らなければ何も始まらない。何も分からないと思ったからだ。
だから、今そこにある、あらゆる力を振り絞って、その一画へと足を踏み入れたのだ。
するとそこには、やはりとんでもない物が待ち構えていた。
(あ、ああ……。お、おじさんの屋台が、こんなところに……)
不安が的中した。予想していただけに、さらなるものが俺の全身を駆け巡った。今にも悲鳴を上げそうだった。
やっぱり。やっぱりそうだったのだ。この男が……この冷血鬼の化身のような蛇男が、紗希ちゃんを連れ去ったのだ。間違いはない。
俺は、見慣れた屋台の光景に、吸い寄せられるように近づいていった。よたよたとした足取りで木造りの長椅子に腰掛けると、朱塗りの箸立てが見えてきた。もちろんそこには、以前俺がいたずら書きした“さきちゃん”の文字が記してあった。台の上には、食べた後のどんぶりが二つ重なっていた。おじさんの使っていたどんぶりの柄と同じだった。
ああ、やっぱりこれはおじさんの屋台――。
この目の前にある鄙びた木造りの屋台が、おじさんの物でないわけがなかった。本当はこの屋台が、別のどこかの人の物であって欲しかった。しかし、それはなかった。なぜなら、染み付いたこげ茶色の脂の匂いが、おじさんの匂いそのものだったから。
なぜだ。なぜだ。なぜ殺したんだ。なぜ、あんな優しいおじさんを殺したんだ――
俺は、長椅子に座ったまま、俯きながら歯ぎしりしていた。悔しくて、悲しくて、手の震えを止められなかった。何か抑えきれない衝動が、込みあがってくるのが分かる。
その時――
「ボウズ。ほら、ラーメンだ。食え」
蛇男はいきなり、屋台の向こう側からラーメンを差し出してきた。