夕焼け
僕はいつもお前には自分が無いと言われる。
周りに合わせて相槌を打ったり、笑ったり。
合わせなければあいつは空気が読めない、あいつがいると雰囲気が悪くなる。そう言って僕を責めた。
だから、僕は周りの顔を窺うようになった。
でも、周りは結局変わらなかった。今度は薄気味悪い、金魚のフン、うっとおしい。
そして、自分が無いに繋がる。
「うるさいな…、そんなこと分かってるんだよ…!僕だって…!」
僕は大学に行かなくなった。
親の目を欺くために家を出ては居る者の途中の駅で降りて時間を潰していた。
今日はたまたま降りた駅で見つけた丘の上にある公園で過ごしていた。
日が暮れてきた。そろそろ帰ろうかと思って顔を上げると女性が此方を見ていた。
夕焼けを背にした女性はどこか神秘的で、そこだけが時間すら止まっているかのようだった。
「ねえ」
だから、声を掛けられて時間が止まっているのが錯覚だと認識したほどだ。
「え、あの…、なんでしょう…?」
大学に行かなくなってから家族以外と話すことの無くなった僕は対人スキルが急降下していた。しかも知らない女性、眩しくて気が付かなかったがかなりの美人に声を掛けられてつっかえずに喋るのは不可能なのは火を見るよりも明らかだろう。
「ずっとそこで座っていたけどどうしたの?」
なんとも答えにくい質問が飛んできた。きっとリストラされた事を言えないお父さんが公園で遊ぶ無邪気な子供に同じ質問をされても同じ心境なのではないだろうか?
いや、子供じゃない分、此方の方が質が悪いような気もしないでもない。
「その、いろいろと、ありまして…」
もちろん、素直に人間関係が上手くいかなくて大学に行きたくないのでここで暇を持て余してたなんて見ず知らずの美人に言えるわけがない。僕にだって吹けば飛ぶようなプライド、美人には格好つけたいという男の見栄はあるのだ。
「ああ、つまり貴方は品定めをしていたわけですね!」
「し、品定め?」
どういう論理でその言葉が出てきたのだろうか?
「ロリコンなのでしょう?」
「遅げえよ!」
思わず突っ込んでしまった。見ず知らずの人に。僕はハッとするとすぐさま縮こまる。
「ロリコンではないとすればどうしたのですか?リストラされたサラリーマンですか?」
「いや、違うから…」
僕は勘違いされたままでも嫌なので説明をした。なんでだろうか、さっきまで話すのが嫌だったのに今ではいいかなっと思える。まあ、美人にロリコンと思われても嫌だし。
「そうなんですか」
美人さんは僕の話を聞いても貶すでもなし、同情する様子もなかった。
「貴方は自分に自信がないだけですね」
ただ、淡々と僕の話を聞いて助言をくれる。
「自信なんて…あるわけないよ」
過去の失敗が僕の頭をちらつく。それは僕が何かをするごとに僕の体を縛りつけて離さない。僕はまた、失敗するのが怖いのだ。
「貴方のことを一言で分かり易く言うとキョロ充ですね。あ、充実はしてないのでキョロボッチでしょうか?」
「キョロボッチって…」
歯に衣着せぬ言い方に僕のライフポイントががっつりと減らされる。僕のライフはもうゼロなんだけど…。
「周りの顔を窺って空気だけ読んで自分の意見は言わない。そんなの楽しいですか?見せかけの交友関係が楽しいですか?私は全くそうは思いませんよ?」
「でも…」
「でも?貴方はそうやって諦める、否定する、言いわけを探す。そうやって自分を卑下しているのがいけないんですよ。私は私に自信を持っています。私は美しいです。そして頭もいいですよ。私はそれを誇りにしています」
「それは傲慢って言うんじゃないのか?」
実際美人ではあるんだけど。
「傲慢?いいじゃないですか。今のあなたみたいに自信がなくてウジウジしてても。よっぽど楽しいですよ?周りの顔を窺って失敗した負け犬さん」
「そこまで言わなくてもいいじゃないか!」
僕は余りの暴言に憤る。
「ほら、自分の気持ち言えるじゃないですか」
「あ…」
人をどなったのなんて何時振りだろうか?もう思い出せないほど昔の気がする。
「自信を持ちなさい。人は多少傲慢でも許されます。神もその程度の傲慢に目くじらを立てるほど狭量じゃないんですから」
そういって美人さんはくるりとその場で回る。
「その、ありがとう…」
僕はお礼を言った。心からのお礼。表面上のお礼ではなく感謝の念を込めて。
「ふふ。人は多少傲慢なほうがいいんですよ。でも、気を付けてくださいね。傲慢が過ぎると…」
そう言って美人さんは夕日を背にした。その瞬間6対の翼が美人さんの背に現れた。
翼をはばたく。それによって生み出された強風が僕の顔を叩き思わず目をつぶる。
風の唸り声の中僕の耳に囁くような声が聞こえた。
「コキュートスに堕とされてしまいますからね」
目を開けると太陽は沈みきっていた。辺りを見回しても美人さんの姿はどこにも見当たらなかった。
僕は夢でも見ていたのだろうか?そう思ったが視線を下げた時に見つけたもので先ほどの光景は現実だったと思わざる得なかった。
僕の足先には光を放つ黒い羽が落ちていたから。
「堕天させられた癖に、光をもたらす者に恥じない仕事をちゃんとするのかよ…」
僕は地平線に消えて行く明星に向けて呟いた。
僕は公園を後にする。
明日からは大学に行こうと思った。こんなところで腐っているよりも今を楽しんだ方が後悔はないだろう。堕天させられて尚あそこまで傲慢な奴に教えられたのだから。
神様は堕天使長を殺すのではなく罰しただけだ。自らを省みれば神様は許してくれるみたいだ。
明日からはもっと自分に素直に生きてみようと思った。
神様もそれくらいは大目に見てくれるだろう。
あの、堕天使を見逃したように、反省を促す程度だ。
僕の足取りは軽く、家路に着いたのだった。