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夕凪の庭  作者: 愛田美月
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第三章 痣

 凪と剛毅は生き残った村人を連れ、村へ入った。

 村長に事情を説明すると、怪我人は村長の家へ集められることとなった。

 薬術の心得のある剛毅と凪が、あらかた村人たちの治療を終えた頃。

 剛毅が凪の肩を掴んだ。

「凪、腹ぁ見せろ、血が滲んでいるぞ」

 凪は肩を掴んだ剛毅の手を、反射的に振り払った。

「触るな」

 叩きつけるような言葉。

 凪は仮面の下から覗く剛毅の口元が苦笑に歪んだのを見て、剛毅から視線を外した。

「すまん。傷の手当てぐらい自分で出来る」

「そうかい。これ薬だ」

 そう言うと、剛毅は薬を手渡し、凪から離れて行った。

 凪は嘆息し、小袖を脱ぐと、脇腹の傷の手当てを始めた。縫うほどの傷ではなさそうだ。

 そう見てとり、凪は剛毅に渡された薬を傷口に塗り込んだ。

 激痛が走るが、妖魔に付けられた傷を放っておけば、大した傷でなくとも壊死する恐れがある。

 凪は、痛みが去るのをしばらく動かずに待ち、傷口を覆うように布を当て、その上から包帯を巻いた。


 凪が傷の手当てをしている間、剛毅は生き残った者達に話しかけて回っている様だった。

 凪は傷の手当てを済ませると、剛毅に声をかけた。

 怪我人を村の女たちにまかせ、地下の別室へと運ばれていった子どもを見舞うことにしたのである。

 暗い地下の部屋へ下りると、二人は子どものいる寝床の横に座り込む。ろうそくの明かりで、壁にできた大きな影が揺らめいた。

 子どもは白装束のまま寝かされている。顔に、血の気がない。

 二人が近づいても、気づいた様子もなく、深い眠りについているようであった。

 凪はそっと、子どもの腕をとった、細く華奢なその腕は、少しでも力を入れると折れてしまいそうだ。

 凪は子どもの腕をじっと見つめた。

「やはり、いんがついているな」

「なんてこった」

 凪の言葉に、剛毅が頭を抱えた。仮面で見えないが、かなりの顰め面をしていることだろう。

 凪の見下ろす子どもの腕に、黒い痣のようなものがある。ちょうど、妖魔の触手が触れた辺りであった。


 その痣は、自由に動けぬ妖魔が、獲物につけるしるしである。印をつけられた者は、力を吸われ、妖魔に抗えなくなったところで、おびき寄せられ喰われるのだ。


 印をつけられたということは、この子は、妖魔が執着するに値する何かを持っているのかもしれぬ。

 二人がそう考えた時だった。

 部屋の戸が開いた。

 二人して戸の方へ視線を向けると、先ほど村長と名乗った男がこちらに目を向けていた。

「失礼、仮面呪術師殿」

 そう言って、男は剛毅の横に座り、寝入っている子どもを見下ろした。

「生きて帰って来るとはな」

 村長の呟きが聞こえたのだろう。

 剛毅が村長に顔を向けた。

「こんな小さな子を、なぜ生贄なんぞにしようとした」

 怒りを含んだ声であった。

「剛毅」

 窘めるように名を呼んだが、剛毅の気性では口をつぐむことはせぬだろうと、凪は予想した。

「生贄だけで、済むとでも思ったか? 妖魔はそんな簡単なものじゃない」

 村長は静に剛毅の言葉に耳を傾けていたが、息子を見下ろしていた目を上げ、剛毅に視線を据えた。

「妖魔は、この子を贄にと所望したのだ。元来、生きてはおらぬはずだった命。生贄にして村が助かるのならば……」

「生きてはおらぬはずの命とは、どういうことだ」

 凪は思わず口を挟んでいた。村長は凪に視線を移した。

「この子は母殺しの子。この子の母はこの子を産んで死んだ。この子は罪深き忌み子なのだ。忌み子は妖術を持つ。それゆえ、妖魔もこの子を所望したのだろう」

 仮面で隠れていない凪の口元が引き結ばれた。強く歯を食いしばったのだ。


 東地方に、そういう風習があることは知っていた。

 都に住む凪にとっては、理解しがたい風習だ。

 だが、この地に住まうものには当たり前のことなのだろう。


 母を殺して生まれてきた子は妖術を得る。

 基本。妖術とは、凪や剛毅のように術力を使うことをさすが、別に、その人の持つ特別な力で、本人の意思に関係なく、他人に危害を加える力という意味もある。村長が言った妖術は、後者の意だろう。


「沼は封じた」

 ぶっきらぼうに、剛毅が言った。村長の顔に一瞬安堵の表情があらわれた。

「だが、妖魔を倒したわけじゃない。奴は逃げた。この子に印を残して」

 村長は失望の色を隠しもせず、剛毅に問うた。

「この村はどうなるのです」

「村というよりは、この子だろう。危険なのは」

 村長は意味を理解できぬような様子だった。

 凪は、細く白い子どもの腕をとり、腕に浮き出た黒い痣を村長に見せた。

「妖魔の狙いはどうやらこの子一人。他の者は、力をつけるための、奴の腹の足し、というところだろう。この印をつけられた者は、多かれ少なかれ命を吸われ、死に至る」

「さようか」

 村長の顔から表情が消えた。

「では、これを村から出せば、村は助かるということだな」

 その言葉に、剛毅が怒りをあらわにした。

「何を言うかっ。たとえ忌み子であったとしても、お主の子であろう。見捨てる気か」

 半分腰を浮かし怒鳴りつけた剛毅に、村長は一瞬ひるんだ様子を見せた。だが、村長はすぐに居住まいをただし、剛毅と凪の正面に身を向けた。

「私は村長。村のことを一番に考えねばならぬ。もうすでに大きな犠牲が出ているのだ。これ以上、犠牲をだすわけにはいかぬ」

「だが……」

 なおも言い募ろうとした剛毅の肩を、凪は掴んだ。剛毅が凪を振り返る。

 凪は、剛毅にではなく、村長に視線を定めた。

「なら、この子を都へ連れて行っても、構わぬな」

 村長が驚いたように目を見開く。

「私たちが連れて行くと申しているのだ。どうせ、元から無かった命なのであろう。明日、この子を連れて都へ戻る」

「だが」

 言い淀んだ村長に、凪は強い口調で続けた。

「出る前に、もう一度沼に結界をはって行く。二度とあの妖魔が沼に現れぬようにな。それでよかろう」

 村長は、一度子どもに視線を向けた。しばしの後、表情を消した村長は、二人の仮面呪術師にゆっくりと頭を下げた。


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