終わりと始まり
崩壊した砦を眼下に、首領級の男が風を踏んで佇み、男はその足元の光景を眺める。そもそも、彼がこうしてあの鉄巨人の使用を渋ったのは他でもない、まだ試運転もまともに行ってない以上に。
単純に、一寸動かすだけでこの通り隠れ家となる砦を完膚なきまで粉砕してしまうからだ。
そんな欠陥品を、この大事な戦いなどには使いたくはなかったが、止むを得ない。だがしかし、砦を崩壊させれば幾ら彼らと言えども無事では。
「もしかして、砦ぶっ壊せば俺ら丸ごと壊滅――なんて幻想抱いた?」
声と同時、粉塵が晴れて無傷でいる彼らの姿が。
「無論、そのような幻想など抱いておらぬよ」
だがそれは向こうの鉄巨人の方も敵影を捕らえたと言う現実に他ならず、無慈悲な拳が彼らに向かって振り上げられ。
「なるほど、確かにご自慢の最終兵器らしい。酸じゃ溶けねえってことはあれか、コーティング済みかい?」
「数貴、戯言は終ったか? ならはやくカタをつけるぞ。いい加減、喉が渇いて仕方ない」
「待てよ馬鹿」
振り上げられた拳が振り下ろさんとしているのに、何時いつまでも抜刀準備はできていると言わんばかりの剣人に数貴はニヤけた表情でいさめる。その表情から読み取れるのはただ一つ。
ゲームは、既に終っている――と。
「さて、完クリの前に……なあおっさん、何で俺がこの機動兵器持ってこいっつたか知ってる?」
数貴は言いながらニコニコと空中に漂っている首領に話しかけるが。
「ただの自信過剰」
「あ? 何アホこいてんの違うよ?」
途中の言葉切り裂いて、数貴は真顔で。
「ただの、ついでだよ」
直後。
鋼鉄の巨人の腹が凹み、右肩から刀一閃して鋼鉄の腕が見事に両断され、豪雷が脳天に突き刺さりそのまま雷撃が機体全体を駆け抜け、左肩が氷付けにしてそこから鋭い氷剣をそこに叩きつけてそのまま左肩を強引に砕いて半壊させた。
「……は?」
「自信過剰? あ悪ぅいねぇ~……このメンバーが揃ってるなら、この程度の相手」
数貴は完全に戦線から外れ、もう自分は関係ないと言わんばかりに上空からこちらを見ている傍観者に向けて、呆れ返った様にもう終わったと言わんばかりに。
「正直、障害にすらならないんだわ。悪い、変な期待させたか? あ、それとこのまんまやらせるとあの機械完膚なきまで消えるけど、と言うか粉微塵残れば良い方だけど……どうする?」
「数貴、如何するもこうするも、もう消し飛ぶんだがこのロボット」
鋼鉄巨人の足を砕いた格摩が数貴の方へ振り返ってそんな事を言う。余裕だらけで隙だらけな様子だが、当人的には寧ろもう仕事しなくても周囲が勝手にやってくれるんだろうと思ってもう手を出す事やめただけである。
実際、格摩が足を砕いたのに背後の鋼鉄巨人は未だに倒れる気配が一切ない。理由はまあ、何と言うか、今現在までも各種部品が砕けて吹っ飛ばされているからである。
ついでに言えば、戦闘開始10秒でこの鋼鉄巨人は達磨に変えれられた。格摩が言う、もう消し飛ぶとは誇張表現でも何でもなく、下手すれば過小表現となりえるレベルだ。
吹雪に巻かれ、雷撃が駆け抜け、斬撃が舞い、装甲が砕け飛びこの巨躯が粉微塵となるのは既に秒読み開始となっている。誰かが情けをかけても良いのではと言っても何の問題もない状態であり、これ有人機だったよねと言いたくなるほどだ。
そんな状況で武旋が一言。
「情けをくれてやるよ」
装甲もボロボロで、未だに地面に降りる事すら許されない状態で。
「ば、馬鹿な」
驚嘆に彩られた首領も置き去りにして、武旋は己の大剣に魔力を注ぐ。その一刀、相対する者に送る、終らせてやるから貰って逝けと言う思いが故に付いた奥義。名を、
「――南無三ッッ!!」
手前の神に救いでも請うて来い。
そんな不躾な祈りを胸に抱いた単純な、エネルギー魔力を纏った一刀がボロボロの機体に叩き込まれ、光の奔流に飲み込まれてズタボロだった機体は原型さえ留める事無く完全に跡形もなく消し飛び――爆散と共に、何だか幾つか細かい破片と共に彼方へと飛んで行く。
ただ、何度も指摘するがこれは元々『有人機』である。この爆発で乗っていた人間がどうなるのかを考えれば、吹っ飛んだあの部品が何だったのか……。
「で、どうすんのー? 夜が明ける前におたくの最終兵器が消えたよー?」
「こ、こんな、馬鹿な……ッ!? いとも容易く、我が最終兵器を」
「いやぁ、本当にあっさり終ったなぁ。こいつらと一緒だと相当な連中でないとほぼ瞬殺だからなあ」
「これはこれは、随分面白いものを見せて貰ったよ」
そんな彼らを称えるように、世界を焦がすほどの熱波が舞い降りる。そう、目の前にかの大魔王グァッヴァールが彼の下へと下りて来たのだ。
「実を言えば、君達の話はかれこれ二年ほど聞いて無くてね。何処かでのたれ死んだのかと思っていたのだが……まさか、昔よりも遥かに強くなっているとは。我輩としては嬉しい誤算だな」
「あ、そ。で何? おたくもぶっ飛ばされたい?」
「ふっ、それは止めておこう。我輩としては十二分以上に面白いものを見せてもらった。ではさらばだ」
言い終えるとグァッヴァールは爆炎に包まれて消え去った。そして残党軍の首領がゆっくりと地面に降り立ち。
「……ッ、ッ」
「言葉にならんってか? いや、こっちももちっと穏便に済ます予定だったんだが」
「よく言うよ、骨の髄まで搾り尽くす気満々だったくせに」
数貴の言葉にバクゥフが冗談めかして返す。しかし同じ感想と言葉を首領に向ける。その内容は単純に。
――同情するよ。
この場に置いて、最低最悪のジョーカーを引き当てたその悪運に。
「あ、そうそう格摩君。俺ふと思ったんだけど」
そこで数貴は今思いついたかのように格摩に振り向いて、そして最後に最大級の大爆弾を投下する。
「ティンって奴、今何処に居んの?」
空気が、凍った。空気的に置いてけぼり食らった関哉と皐さえも凍りつく。
「え、あ、その……そ、そういや、あいつ何処に行ったんだ!?」
「……格摩君、下手な演技は良いから。レーダー出してみ」
「レー、ダー? 何だっけ?」
「いや、ティンとか言う奴に発信機つけたじゃん。ほらレーダー」
格摩は言われて漸くそんな物を貰っていた事を思い出して荷物を漁り始めて、一つ思いだした。
「……レーダー、上着のポケットにいれっぱだった……り?」
「へえ、面白い事を言うなあ格摩君」
聞いた数貴は物凄く、いい笑顔絵を見せて。
「ニトロ、何リットル欲しい?」
砦から遠く離れた森の奥に、身体を引きずるように歩く剣士、いや騎士が居た。騎士は息も絶え絶えで、転げそうでも尚剣を杖にして歩き続けて。
「何か、おかしいな」
獣道を歩いて居るからか、やたら獣に襲われるが手応えが妙だ。
「何時もなら、上手く、行くのに」
一度薙ぎ払い、その直後に脳髄を突き刺す。何時もなら一太刀で斬れるのに、斬ってからもう一度止めを刺す必要がある。何時もこんな感じじゃないのに。
「おかしい、な」
黄昏色の騎士――ティンはそんな事を呟きながら歩き、だがついに足がもつれて木を背に座り込んだ。
見上げる空は暗い。頭は急におかしくなった自分の太刀筋にのみ集約されている。妙だと思い始めたのは一体何時からだろうか。
リフェノと切り結んだとき……はそもそも互いにろくに斬り合っていないので不明。
仮面の連中は、全員首を切り飛ばした。では、他の人間に? でも思い浮かばない。面倒さを感じ始めたティンは夜空を見上げる。
「ああ、綺麗……だな」
空が綺麗だ。美しい夜空に輝く満点の星。そして徐々に身体に気だるさが染み込んで来て、漸く自分が疲れているんだと自覚して。
「――で、満足した?」
気付けば、目の前に黒猫が居た、気がした。
顔を上げて目に入ったのは、夜空よりも美しい黒髪の女性。どんな宝石さえ霞む様な美しい黒い瞳。笑えば、きっと、この世のどんな美しい物さえ霞むと思うに、相も変わらない、無表情で、無愛想で、無味無臭の友人。
氷結瑞穂が、そこにいた。
「満足って、何」
「別に。やたらと居なくなるから、わざたなのかと思って」
「そ」
「……じゃ、行こうか」
「……あ」
そこでティンは何か考えた。そう言えば、此処に来るまでに何か、大事なものを、置いて来た様な、そんな違和感。だが瑞穂はそんなティンを無視して彼女を拾い上げる。
(……疲れた……もう、いいや……)
そう思って、彼女は目を閉じて、意識を放棄した。
んじゃ、また