命をかける夢
男はまたもや立ち上がる。幾ら切り刻まれようと、彼の闘志に終わりは無い。しかし亮は振り返るどころか反応する事も無く立ち去っていく。
それでも男は亮の背中へと誇りも無く切り込むが、一瞬振り向いた亮によって切り刻まれて弾き飛ばされた。
地に落ち、それでも生ける屍が如く立ち上がる。
「無駄だ」
亮の口から出る声は鋼鉄のように冷たい。それでも男は立ち上がる、理由なんてそんなものはそれこそ単純で。
「その程度の人間に、俺を斬ること等出来はしない。幾ら挑もうと、碌な志もないものなどに」
それでも男は構わず背中から切りかかり、亮の振り返ることも無く放たれる斬撃に蹂躙されて薙ぎ払われる。
「志……など……」
「俺には夢がある。誰にも譲れない夢が」
漸く亮はもう一度男と対面する。
「そうだ、俺には――」
男はそして両手の剣を振るい。
「俺には、命をかける夢があるッ!」
「下らないと笑われるだろう、だがしかし」
言葉通りの。
「死んでも叶えたい、夢があるッ!」
二度と立てないようにと。
最初におくったものと同じ、いやそれよりももっと強烈な、そうそれは正しく剣帝の名に相応しい、何者をも平伏させる無双の剛剣が。
誰もが思う。
あれを食らえば立てる者などいないと、二の太刀要らずと謳われたその由縁たるその一撃。之を受けてしまえば、誰だろうと意識が消し飛び地に伏すであろう。
この男も無論、そうなる。
剣風が貫き、地が抉られ、砦そのものが激しく振動する。重い、重すぎる剣。男はそれでも歯を食い縛り、刀を杖にしてでも立っている。
「……何故、立つ。そこまでして何がある。貴様の言う、越えられぬ壁とやらか? 目的も、夢も無く、勝つ気も無い、ただ上るだけで、何がしたい」
「愚問、だな。そんなこと、態々説明するほどのことでは、ない」
亮の言葉に男はそれでも答えを返しながら地を踏みしめて立ち上がる。
「では、問う……お前は――直ぐに手を伸ばして、掴める程度の夢に、何の価値がある?」
「……何?」
「望んだ時に、ただ手を伸ばしただけで手に入る物如きに、本気になれるものか」
男は呼吸を整え、構え直して。
「幾ら望み、挑んで尚手に届かぬ。だからこそ目指す価値がある。それ以外なぞ、下らぬものでしかない!」
「例え、届かなくてもか」
「何の問題があると言う。届かぬのならそれまでよ、だが届くのなら」
「そこからさらに果てを目指すとしてもか」
「無論」
上げた男の表情に、再び狂気の色が滲み出る。
「それこそが、己が定めし修羅の道。之が修羅の殿堂だと言うのなら、喜んで駆け抜けよう」
「その結果がそれか!」
亮は一歩踏み出して男に剣を振るう。
「勝つ気の無い、延々と挑み続けるだけの剣。本末転倒過ぎてものが言えぬ!」
「ああ、確かに終わりが無いのは究極だが、貴様は勘違いしているぞ」
振り下ろされた剣を防ぎ、男は叫んだ。
「自ら下らんと断じる夢如き、論ずるまでもなく下らんと決まっている!」
「下らぬと言ったな。そう言った時点で、どんなに他人からすれば高尚な夢だろうとも」
「目指す己が下らんと言っているなら、所詮下らん夢だ!」
「俺が目指すものは貴様が言う下らん夢とは違う、遥かなる高みだ!」
男の言葉を噛み締め、亮は更に握る剣の圧力を上げる。
地が砕け、剣が軋み、体中が悲鳴を上げ、剣圧が男の体を貫いて風を巻き上げ、それでも尚男は立ち続ける。
「ならば」
その言葉は亮の魂を揺さぶった。それも真実なのだと、その夢を下らないものにしていたのは他でもない、自分自身なのだと悟った。
「大事なものを大事と認識出来ずに朽ち果てるが良い! 気が付いたころに、全てを失っていたのだと!」
「失わぬさ……俺の大事なものは、そう簡単には消え去りはせぬ!」
しっかり地を踏みしめて、男は忌々しげに叫び返す。
「どいつもこいつも……貴様も! あの女のように、そんな事の方が大事だとほざくのか!? そんな、失くす事の方が難しいものを、何故拘らねばならん!」
「そう思っている内が花だぞ。そう言っている時にこそ失くすのだと、何故分からん! いや、ならば俺が奪って見せようか!?」
「な、に……ッ!?」
男ははっと顔を上げる。
「勝利も求めん、握っているものさえそこらに転がす、ならばその大事なもの、俺が砕こうか!? どうせ貴様には不要なのだろうが!」
亮は男を蹴り上げ、右で薙ぎ左で返し右で切り裂き左で薙ぎ先程とは打って変わった流れるような斬撃を見舞い、締めの一突きを叩き込む。空気を振動させ、波動を生み出しながら男を吹き飛ばす。
吹き飛んだ男は地面を転がり、そのまま粉塵を巻上げて滑っていく。そして硬直十数秒後、男はむくりと立ち上がった。
「……酔いはさめたか?」
亮は男の瞳から狂気が消えているのを見て、問いかけた。
「ああ……お陰様でな」
男はよろよろと立ちながら問いに答える。
「全く……どいつも、こいつも。折角、気分よく酔っていたと、言うのに……」
言いながら男はふらふらと歩き出す。
「喉が渇いた……酒が飲みたい」
「また戦いと言う酒が飲みたいのか?」
「戦い……? ああ、そう言えば」
男は覚束ない足取りで亮を無視して歩き、そのまま亮を素通りして。
「そんなものも、あったな」
同時、亮が十字に切り裂かれた。剣帝ともあろうものが、気付けばすれ違い際に切り裂かれる。
「なっ、がっ」
亮の驚きを他所に、男は無視して歩き去る。
「だが、今はいらぬ……酒場に行きたい。そうだ、あの馬鹿共と一緒に酒が飲みたい」
膝を突き、剣を地に突き立てて蹲る。亮は斬られた箇所に手を置いて痛みから身体を貫いた刃の深さを確認する。
(どう、いう、ことだ……!? この俺が、見切れなかった、だと!?)
亮は歯を食い縛り、口から吐き出る何かをせきとめる。
「き、さまッ……!」
「格摩、何処にいる」
「おい、貴様ッ!?」
亮の言葉を無視し、いやそもそも己が呼ばれているという自覚すらないのか、男は本当に立ち去った。
そこにアシェラが降り立つ。
「ふむ、面白いものが見れたな」
「……ああ」
「あいつの言う大事なものとやら、友と来るか」
「ああ」
亮はアシェラの問答に対して応えると、漸く立ち上がる。
「あの瞬間、あいつからは勝利の渇望は無かった。しかし、戦いへの欲求も無い、あるのはただただ、目的へと駆け抜けるその愚直な姿勢だけだ」
「ふむ、私の見当違いか。あの男の溢れんばかりの狂気、あれこそ剣士にとって必要なものだと教えたかったのだが」
「俺に、そんなものは必要ない」
「いや、いるよ。お前の剣は夢しか見ていない。そんなもので夢を実現できる物か」
アシェラの言葉に、亮の返しは行動だ。
「何処に行く?」
「知れたこと。あの男がそこまで拘る下らないものとやら、この目で拝んでみようと思ってな」
「なるほど。付き合うよ」
笑顔で返したアシェラの言葉に、亮は見ることも無く溜息をついて。
「よせ。この砦が消し飛ぶ」
「貴様、私を何だと思う」
「世界最強の化物」
「真の世界最強など、居はしないよ」
「よく言う」
ユージは手榴弾のピンを三本同時に加えて引き抜くとこれから曲がる角の先に放り投げ、爆音と共にその先へとサブマシンガンを乱射した。
それによって生み出される悲鳴の合唱に同行していた格摩は眉を顰めて。
「なあ、サブマシンガンってそうやって使うのか?」
「おう。こいつは基本的に面制圧の武器だからな」
「……お前、それで撃ち抜いてね?」
「ん? まあ狙いやそう言う使い方も出来るし」
「狙って、る?」
「おう、一応」
言って、ユージはマガジンの再装填を行ってもう一度廊下を駆ける。
「こいつがいると楽だなあ、おい」
「油断すんな、格摩。さっきのA-7とか言うガキが何処にいるのかわかんねえんだぞ」
「いや、分かってますよ」
「A-7ならこの先にいるよ」
ユージは走りながら後続の武旋と格摩に声をかけた。無論、サブマシンガンで前から襲ってくる敵兵を片付けながら、だが。
「何で分かる」
「俺なら、この面子の中で誰が厄介かを想定した場合、格摩のにーさんは論外、武旋のにーさんはぎりめんどい、で俺はやばいと思う。なら、真っ先に潰そうって思うよ」
「まあ、確かにそうだな」
「なら、兵力削りつつ自分のとこに招き寄せるのが筋って奴だ。こうやって兵士を俺らに分かり易く突っ込ませてんのは誘導の為だよ」
説明を受けた二人はふむふむと頷き、そこで一つの応えにいたる。
「それって、自分から罠にはまってるってことか?」
「そうとも言う」
「ってそれ駄目じゃねーか!?」
「だからこうして俺が先行して手榴弾にサブばら撒いてんでしょうが。目論見どおり、お互い最小限の被害で最大限の戦果出し合ってるよ」
「ええ……」
格摩がぼやくと同時、真後ろから一気に敵兵が押し寄せてきた。どうやら通り抜けた左右の扉から一気に待ち伏せをしていたようで。
「こいつらっ!」
狭い廊下内ゆえか、武旋が一人でその集団に立ち向かっていく。そしてユージは無視して先行、どっちに付いて行くのか判断出来ない格摩が迷って。
「格摩、行けえッ! あのガキ、見てろ!」
「は、はい!」
言われて格摩は廊下の先へと駆け出す。そこには。
戦争が起きていた。爆発と銃弾飛び交う大規模戦争が、砦の中で発生している。
この状況に格摩は困惑して足が止まった。何故かと言えば、少し目を放した隙に近くで戦争染みた戦闘が起きれば誰でもこうは成ると思われる。
やがて晴れた粉塵の先、ユージと件のA-7は互いに銃口を向けあい硬直していた。
「開幕C4はない」
「人にスティンガー撃った奴の台詞じゃねえよ」
言い合ってお互いの距離を取りながら銃を、ではなく手榴弾を投げあいロケットランチャーを打ち合って二人はアサルトライフル2丁の弾幕の張り合い。
結果として部屋中は再び爆発と銃弾だらけの世界に戻っていく。
「……砦が消えて無くなるって、こういうことかよ」
格摩は武旋の言っていた言葉の意味を、今になって理解する。ああ、確かにこんな事を全力ですれば確かにこの砦は消し飛ぶであろう、と。
この小説がファンタジーものと思った貴方へ。
いえ、一寸ずれてますがただのファンタジーものですよ?
ではまた。