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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
漢達の宴――謡え、野郎共の狂詩曲
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剣乱武闘の大太刀回り

 何処かの誰かに言われてティンは前を行き、やがて広い場所に辿り着いた。

 そこはまるで何処かの闘技場。敗者で築かれた人の山の中央にたつは漆黒の野獣。両手に刀を握り、次の獲物はと探し続ける。

 血に餓えた野獣はやがてティンをその眼に納める。

「ほう――これは中々に良さそうな剣士がいたものだな」

「あんた、は?」

 直後、螺旋を描いた剣閃がティンへと襲い掛かる。即座にティンは抜剣して切り返す。

 その刹那、ティンは男と目が合った。狂喜に沈んだ目。狂喜に狂って、狂いきった剣士。表情から目が覚めるほどに感じ取れる、愉悦に染まりきった表情。

「こ、の!?」

 ティンは思わず走った背筋の悪寒に誘われて迫り来る剣戟を逃げるように切り捌く。

 振りぬいた剣の隙に容赦なく漆黒の旋風が剣閃となってティンへと突き刺さるが直ぐに腰を曲げてスケートのように滑るようなステップで強引に剣閃を避けて思わず距離を取る。

「な、なんなんだあんたは!?」

「そんなものに意味などない」

 振り返る黒き剣士は狂喜に染まった表情でティンを見る。そこに感じるのは戦いへの欲求と悦楽。剣士としてある意味最も正しい反応と感情ではある、が。

 だがティンはそれを見てまず皐を思い浮かべた。彼女もまた剣士としてある種正しい狂気を持った者だが、彼女はここまで狂ってはいない。戦いこそが俺の生きる道と定めていてもそれを当然としているだけで決してそれを甘美な祝福とは思ってはいない。

 戦いに快楽と悦楽、その両方を求めむしろそれこそが己を最も興奮させ、快感をもたらしてくれる至高の道。それを絶対と信じ、また疑わずに突き進む。

 それを見てティンは。

「こんなの、違う」

「何が違うという。我らともに剣士、ならば剣に生き剣に死す事こそが我等が総意にして究極のあり方ではないか」

 思わず、ティンは一歩引き下がる。あまりにも理解の外を越えている言動に思わず拒絶と言う感情を抱く。だが、そんなものは関係ないと黒き剣士は双剣を操ってティンに切りかかる。

 右から振り下ろし、左から薙ぎ、引いて右から斬り返し、両脇から抱くように薙ぎ、開くように切り返す。

 流れるような剣戟にティンは切り捌きながら逃げ続ける。

「逃げているばかりで、反撃に出ないか!」

 荒れ狂う風が如く、静かに流れる川の如く、男の剣戟は絶え間なく続き、ティンはソレら全てを切り結んで受け流して防御と回避を行い続ける。

 火花舞い、金属音響くこの戦場に置いてティンはただただ逃げ続ける。何故彼女は逃げるのか、と言えば単純に言ってこの狂気に怯えたからに他ならない。幾らなんでもこの部屋全体に満ちたこの狂気に彼女はなれていない。故に。



「故、彼女は怯え恐れ逃げている。本物の狂気に、本物の殺意に」



 それを遥か彼方。塔内の高い場所で彼女はソレを見下ろしていた。その表情は実に興味深そうに、実験動物を見ているようで。

「だが逃げていては何も解決なぞせんよ。剣士であるのだろう? 剣を握って戦うのだろう? 戦いに赴いているのだろう? さあ倒せよ、ソレを。お前が、その手で」

 その人物は女だ。青く、長い髪を背にそれを見下ろしている。女はやがて背後に控える人物に目を向ける。

「おい亮、お前も見てみるがいい」

「……あれは」

 亮、と呼ばれた男は女の声に誘われて砦の上の層から下を見下ろす。

「あれこそお前が目指すべき到着点にして究極だ。無論、男の方な」

「あれが、だと?」

 亮と女はティンの戦いを見下ろす。

「そう――剣士ならばあれくらいで丁度いい。悩みも葛藤も全て飲み込んで戦いに没頭する……素晴らしいじゃないか」

「……あれが、だと」

 亮は複雑な表情でソレを見つめ続ける。

 ティンは切り結び始めてから10分前後経っただろうか、それでもなおティンは攻める事は出来ないでいた。狂気の赴くまま切り込む黒き剣士にティンは逃げてばかり、こんな体験は初めてだった。

 野獣の牙が如く襲い来る双剣、歯をむき出しにして飛翔し、乱舞する剣戟。ティンは消極的に切り捌き、受け流し避けて逃げて切り返して防いで。

「何故切り込んでこない?」

「うる、さい!」

 男は狂気に染まったままティンに問いかける。

「それだけの腕を持ち」

 振るう刃はなおも荒々しく、それでいて美しささえ感じさせる狂乱の刃。ティンはそれを真っ向から切り捌いては切り返し。

「これだけの実力を持ち」

 しかし放たれた剣閃は緩く、無情にも弾かれては切り返され、その一撃をティンは舞うようにステップを踏んで回避して。

「これだけのセンスを持ちながら」

 その回避運動に挟み込む形で追撃を行うが、攻勢に入ったことにより生まれた隙にティンが滑り込むように男の腹に剣を刺し入れる。

「何故本気で戦わない!?」

 だが男はその一刀を腹の筋肉でそれを縛り上げ、固定する。ティンはソレによって一瞬動きが鈍るがその隙をついて振るわれた双剣を前にティンは剣を握ったままで滑るように股下へと潜り込みつつ剣を上下に動かして切り口を広げる。

 それによって男にダメージが生まれ、腹筋による拘束を解いて振りぬいた。

「俺が、弱いからか?」

 ティンは股下を潜るように逃げて距離を取った。そして周囲を確認する。敷き詰められた敗者の山、幾つかある出口。しかし、そこに飛び込んだ瞬間背後からばっさりだろう。

 手詰まり、だ。

 ティンは男と真っ向から向き合えるような度胸はない。此処まで狂いに狂いきった剣士と正面からぶつかりあうなどティンには出来ない。経験がない。何よりも。


 彼女の剣は、そう言う風に仕込まれていない。


 ティンが仕込まれ続けた剣は初めから護身術の延長線になっている。それもその上で彼女は試合形式で鍛え続けた。ソレが意味するところ、それはただ単純なところ。

 彼女は、殺し合いの戦いに慣れていない。そもそも出来るようになっていない。

 之は剣士として致命的であろう。何故ならば、彼女の剣術は実に芸術的で繊細だ。触れればあらゆる物を断ち切り両断する彼女の剣技は正直言って直ぐにモノを死に至らしめる非常な剣だ。

 それでありながら彼女は魔力の持つ“同族への殺傷行為を抑制する”と言う性質に頼りきっている側面がある。それが無ければ彼女の剣は直ぐに人を絶命させる恐ろしい剣技とはや変わりすることだろう。

「それ故に戦えぬと。殺意と殺意のぶつけ合いが出来ぬと。では如何するかね?」

 女はそんなティンを眺めて遠くから問いかける。だがそれでもティンは変わらずに立ち回り続ける。やがてそんな彼女の元に数本のナイフが突き刺さる。

「おや? これまた奇妙なことが……何のつもりだ、亮?」

「別に構わんだろう、アシェラ」

 そう言って亮は手すりに足をかけた。

「ああ、構わんよ。しかし貴様、一体何故あの小娘に加担する?」

「……知人の弟子だ」

 そう言って亮は颯爽と手すりを蹴って下層目掛けて飛び出した。

 ティンと男は上から舞い降りた何かに釣られて上を見た。亮は体を回転させて剣を地面に叩き付ける事で着地する。

 粉塵が舞い上がり、ティンと黒き剣士との間に亮が降り立った。

 その衝撃にティンは弾かれ、またソレを好機と思ったのかその衝撃に巻かれてティンは出口へと飛んでいった。

「貴様、は」

 男は亮の姿を視認して目を大きく見開いて驚き、そしてより一層狂気の様相が深くなる。亮はそれを見てかみずにか静かに唸った。

「剣帝――導魔、亮ッ!」

 口端が歪めんとするほどの勢いで笑い上げる。先程より尚も強い敵と合間見えた画ゆえの喜びを此処に示していた。

「は――はははッ! よもや、貴様に巡りあえるとはな! これは、流石に勝てぬな……だがよしッ! それでもなお挑む!」

 刃と刃を重ね合わせ、火花を散らして。

「いざ、参る!」



 ガシャン、と砦内に派手な音が立つ。ユージは疑われていると言う状況なのに銃の整備と武装の点検を行い、立ち上がって通路の先に目を向けた。

「どうした?」

「そろそろ追撃が来るだろう。さっきの叫び声も気になるが之だけ時間が経ったなら向こうも追撃部隊の編成が出来ただろうな。だとしたらもう来るだろうな」

 そう言ってサブマシンガンを通路の先に突き向けた。

「……なんで、突撃銃じゃねえんだ?」

「趣味」

「……おおい」

 だがそんなユージに皐は刀を首筋に当てて。

「貴方は動かないでください」

「別にいいが、あんたはこの状況で何か出来んの? 向こうの主武装は銃系だと思うが、あんたそんな刀一本でどうにか出来んの?」

 皐は思わず押し黙り、歯を食いしばって刀を握る力を強めた。

「お、全員集まってるようだな」

 そこに、関哉がやって来た。

 んじゃまた。

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