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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
漢達の宴――謡え、野郎共の狂詩曲
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黄昏と狼

「たそ、がれ……? 何の、話?」

「それさえも忘れたの? 貴方が日課にした、あの夕暮れを見ること」

 もう一人のティンは淡々と言葉を紡いで行く。

「過ぎた昨日に興味はない。同じ今日なんて真っ平だ、だから自分は明日が欲しい」

「……ぁ」

 もう一人の自分の言葉にティン自身が驚かされる。その言葉の正体は不明。意味が分からない、分からないのだが……それでもティンの頭に染み込む様に落ちていく。それが一体なんなのか、少なくとも今のティンには理解出来ない。

 だけど、それでも、ティンのナニカは理解していた。その行動の意味を、言葉の意味を。

 団子を持って、お茶を入れて、今日もあの縁側で黄昏を眺めよう。いやな事は忘れて、いいことは明日への糧にして――して、どうだったのか。思い出せない。何を思ったのか、思っていたのか。思い出せないけど、それがとても大事なことで。とても大事な話で。

「まあ、いい」

 もう一人のティンを目を逸らして画面に目を移す。

「計算も大体終わった。あの剣士ももう直ぐかたが付く」

 一方、現実ではと言えば。

「おい草薙、さっきから言ってるな。何だよ、キチカンって」

 女剣士は声に出して己が腰に刺した深緑の刀に問いかける。

 ――以前の持ち主振るわれていた時に数人か、そんな奴とあった事があるって言うくらいっす。そいつは、それぞれが違う理由で既知感……既に知っているって感覚を味わっていました。

「なんだそりゃ」

 彼女は普通に太刀の言葉に受け答えしているが、その言葉は頭に直接響いて来ているので此処に正気を持った第三者がいれば誰もが彼女が頭のおかしい人間だと思うことだろう。だがそれにも気付かずに女剣士は続ける。

 ――既知、それは簡単に言えば脳が起こす一種の幻覚です。脳に認識した現象を以前に見た事があると錯覚する現象であり、いわゆるデジャヴュです。ですが、彼らは超常的なナニカを感じ取る事で既知感を感じていました。

「超常的な、ナニカ……?」

 女剣士は呟きながらも動こうとしないティンを限界まで警戒する。何せあれだけの大道芸を風魔法の補助をせずに行い続けた超人だ、どれだけ警戒しても不十分とさえいえる。

 ――ある一人は、超越的な記憶力。何時までも頭に記憶が残り続けるが故に常に既知を感じていた。何をしても、何を感じても、それら全てが以前起きた感じた出来事の似たような事だと感じてしまい、既知と感じる現象です。

「マジかよ、それ」

 ――マスター、声出てますと突っ込んでいいんですか? 他には永劫回帰と言う思想を知っていますか? 死ねばもう一度同じ人生を送ると言うものでして、そう言った妄想めいたものによって既知感を感じていました。

(なんじゃそりゃ!? じゃああいつの既知って何だ!?)

 ――さあ? 既知の感じ方は人それぞれ。超常的過ぎる何かを持つが故に感じ取る一種の優越感にして猛毒。人生の面白みを奪い去り、じわじわと迫るそれはまるで蛇の猛毒を連想させますねぇ。

 得意げに語る草薙を尻目に女剣士は微動だにしないティンを睨みつける。つまり、彼女の言う既知とは超常的なナニカを持つが故の疾患で、それが原因でああなっているとも言えて。

(……クソが、むなくそわりぃ)

 ――マスターが気に病む必要はありません。寧ろ、あれは恐らく。

 言いかけたところで、草薙の語りは止まった。なぜかと言えば、ティンがついに動き出して視界から消えたがゆえだ。

 ――きます、マスターッ!

 草薙の思念が脳に響くと同時、ティンの色々と規格外過ぎる一撃が突き刺さるがそれを風で感知して反応するが今度は反応の更に反応して動いてきた。その動きと言うか反応にも化物染みたものが混ざってきていよいよをもって女剣士の反応速度から逸脱し始めた。

 そんな時、女剣士の耳に。

「――――――――――――――」

 何だか、雑音が、流れ込んで、来た。それを聞いて、続く声はと言えば。

 ――ハ、ハハハハハッハハハハハハハハハハハハハーーッ!!

(おい、どうした草薙!?)

 ――こいつは、どうも、ハハハッ、笑うしかないですね、こりゃ。

(何があったんだよ、おい!?)

 ――あの女、何を持って既知を感じているのか、やっと理解出来ました……ああ、そうか、こりゃ笑える。なんせあれは、計算している。

(……はあ?)

 乱れ舞う剣戟に女剣士は何とか反応しながら、徐々に切られながらも草薙の問答に答えていく。

 ――ほら、耳を澄ましてみてください。聴こえるでしょう? やつの計算の声が。

「な、に?」

 呟くと同時、真上から降ってきたティンの一振りを防ぐと同時に意識を集中してぼそぼそと漏れる声を拾い。

「対象の攻撃が防げる回数は後6回と予測、背後からの攻撃を対象がさばける可能性は80%を上回っている、左右からの攻撃に対応される可能性を考慮、前からの攻撃をさばかれる可能性は」

「この、女……!」

 聞こえた。ずっと、延々と、ティンはこの戦いの先を読み続け、思考し続けていた。それはつまり。

 ――そりゃ既知を感じるわ、こいつはずっとこの辺から何から何まで、まとめて延々と超速度で計算を続けていりゃ、既知だって感じるわ。既知を感じる勢いでこの女はこの領域を考え続けているんだから!

(クソが、なんじゃそりゃ!? この辺の事を考え続けてそうなっただぁっ!?)

 女剣士は切り返してティンを薙ぎ払い、続いて切り込んできたティンとまた切り結び。

「ふざけんじゃねえええええええええええッッ!」

 火花を散らして互いの剣筋と剣筋を重ね合わせて切りあい続ける、がその一刀は直ぐにそれて女剣士の体へとティンの剣が届いた。

「くっそったれがアアアアアアアッ!」

 ――あー、うん。無理ですね、マスター。

「何がだてめええッ!?」

 それでもなお女剣士は手にした長刀でティンと剣戟を続ける。乱れ舞う剣閃の嵐、塵さえ切り裂く繊細の無数の斬線、それさえも踏破してティンは女剣士の体へと切り込み、その体に刀身を当てていく。

 徐々に、徐々にではあるものの、女剣士の一撃は通らず、ティンの攻撃ばかりが素通りしていくようになっていく。仕掛けるティンの表情からは余裕どころか飽きさえも見えてくる始末。攻撃を行ってもそれを捌かれては反撃され、防御に出ても貫かれて切り刻まれて、八方塞で打つ手なしと、此処までくれば笑いさえも出てくると言うもの。

 だがしかし、女剣士はそれでも追い縋る。野獣の獣が如く、生きることを諦めない意思が彼女を立たせ、刀を握らせ、振るわせている。

 ――あいつの計算が口に出ている。恐らくもう直ぐ計算が終るからだと思います。

「だからどうしっ!?」

 草薙の言葉に反応しながらも長刀を振るうがその隙を縫って斬撃が女剣士のからだへと突き刺さる。言葉を発する暇も無く、止まっては無数の斬線が体を貫いていく予想がありありと浮かんでくる勢いだ。

 ――つまり、詰みです。このまま戦い続ければ確実にマスターが負けますよ。この戦い、結果が完全に見えました。ああ之は負けますね、確実に。

「何でいえんだ、そんなことッ!?」

 切り結んでいるはずなのに、振るう一刀は空を斬るばかりで合間に差し込まれるティンの刃が逆に女剣士の体を切り裂いていく。

 ――奴は先読みの天才、いや鬼才か、寧ろ奇才か。一先ず、奴の読みはもはや予言ですね。それも百発百中、最悪の形の予言です。計算と言う絶対論理で編まれたそれはどんな学者にも、寧ろ学者だからそ否定出来ない、認めざるを得ない最悪の予言です。それを覆すなんて、恐らく不可能かと。

「たかが計算如きでっ!? ってえなぁッ!」

 ついに片腕が切りつけられ、長刀を握る手が緩くなったがもう片手で掴み直して振るうが見事に空を切って右肩口から思いっきり切り裂かれる。

「計算、計算、うざってぇ……ッ! んなもん如きで、世界に飽きただぁ? っざけんなぁッ!?」

 剣を振るうティンの目に涙が浮かんでいる。何がもの悲しいのか、いや違う。飽きたのだ、純粋に。この点について農高にも程がある既知感を感じている、もう既に知り尽くしていて新鮮味の欠片もないしそんなものは初めからない。

「ふむ、とどめは貴方に任せる。もう此処には来ない方がいい」

 意識の深奥で、もう一人の自分が自分へと語りかける。気付けば、ティン自身の意思が徐々に浮いていくのを感じている。奇妙な浮遊感と言うのか、ナニカ。

「ま、って」

 そんな状況で、ティンは手を伸ばす。だが。

「こんなものは、忘れたほうがいい……思い出してはいけないし、求めてもいけない。貴方がそう決めたのだから。他ならぬ、貴方が」

 返って来たのは拒絶。それでも手を伸ばすが徐々に意思が部屋から離れて行き。

「こんなものは必要ないと。絶望し、希望を見出した貴方が」

 ついに、ティンの意思は急激に上に引き上げられていった。

 現実では。

 女剣士の振るう刃がティンの体に届かず、一方的にティンの攻撃が通るようになってからどれだけのときが過ぎたろうか。それでも女剣士はまだ立っている。

 ティンの正面からの攻撃に対応して振るった一刀、それは風を用いた先読みを絡めた完璧なカウンターとなったはず。そう、筈だったがティンは既に分かり切っているとでも言うようにその攻撃を舞う様に避けて飛び上がり、無防備な頭へと刃を落とす。

 風を纏い、カウンターに対応して長刀を振るう女剣士。だが。

 ――間に合いませんね。

 無常な太刀の言葉が響く。勝負は決したと、何もかもが告げる。歯を食いしばり、それでもまだ終ってないと鏡のような瞳で訴える彼女は。


「――っ、は、あ、ぁっ?」



 突如、妙な声と共にティンの振るった刃が鈍った。それにより、間に合わない筈の一刀がティンの体に突き刺さる。だが切り裂くには至らず、ティンを薙ぎ払うだけに留まり、両者は互いに距離を形となった。

「よお、目、覚めたかよ?」

 女剣士の言葉にティンは荒い息を上げる。まるで、今の今まで呼吸を忘れてたとでも言わんばかりの様子で。

「――おかげ、さまで」

 それでも、女剣士の言葉にティンは返す。その目には既に既知の毒は無かった。

 ではまた。

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