魔眼と既知感
銀の騎士剣を握って戦うのはこれが二度目だった。手にあるしっかりとした剣の重み。これがティンの中で本当の剣なのだと実感させる。
何時も持っていた剣は手にしているという感覚以外何も感じなかったし、自由に踊るように、手の延長線の様にあの剣を振るっていたが、この剣は。
(重くて、切れ過ぎる!)
まるで、戦いとはそう言うものだと言わんばかりにティンの体に巻きついていた。
ティンにとってこの剣は今までのはおままごとの闘争であって、これが本当の戦闘だと教えてくる。威圧する鋭い白銀の光を放つ手に収まるティンの銀の騎士剣。思えば、ラルシアから受け取ったこの剣はまるで夢ではなく現実を、いやより正確には真実だけを教えてくる。本当の重み、本当の切れ味、本当の――戦い。
彼女は知らないだろう、この剣は時代が時代なら聖騎士の称号を得た者にしか与えられ、持っていること自体が騎士として至高の誉れとさえ言われていた。今ではそうであった国も無く、それが原因で品名登録が成功してこうして販売されている訳なのだが。
女剣士が刀を一振り、粉微塵となって吹き飛ぶ瓦礫。
女剣士が刀を一振り、剣風が舞い飛んで周囲一体もそれで出来た瓦礫も切りとばす。
そこは一種の地獄、踏み入る者を容赦なく切って捨てる阿修羅の国。そこに立ち入ってその主と対峙するには方法が一つ。
「こなくそっ!?」
全身を酷使してこの剣嵐武闘に挑むより他に無い。
ティンは荒れ狂うこの剣戟の嵐を何とか掻い潜っていくが、正直生きている心地がしなかった。
何故、と問われると全て右手に持った騎士剣が影響している。この剣は何時も持っている剣みたいに彼女専用にデチューンされておらず、ただただ重いのだ。そもそもこの剣は本格的な騎士用の剣であり軍用の武具なのだ、重くて当然丈夫で当然切れ味も最上、武器としては最高なほどに仕上がっている。
しかし、そんな剣でもティンにとっては錘に等しい。片手で持ち上げ難い剣と言うだけで彼女にとっては非常に扱い辛い。之でも携帯用に軽めに作られてはいるのだが、それでも彼女にとっては重いのだ。
でも、愛用の剣が何処にあるのか正確に分からない今この剣で相対する以外に方法は無い。ティンは何としてでもこの剣に慣れるべく振ろうと女剣士を見るのだが。
「近寄らせろよッ!」
依然としてティンを間合いには入れさせてはくれなかった。
いや、その言葉には一応語弊がある。
確かに、彼女は何度もティンの間合いに入っているし切り結ぶほどの接敵もしている。だが、一つ大きな問題があった。たった一つだけの大きすぎる問題。何かと言えば。
単純に、近寄った瞬間に長刀の乱舞と獣が如き奇襲がやって来る。
完全にティンが射程範囲に入ったら有無を言わさずにたたっきる気満々である。と言うより全方位からティンを切り捨てようと躍起になってると言っても良かった。当人としては近寄ってもいいし近接戦がしたいなら寄ってもいい、ただぶった切るだけだからと言う所か。
正に野獣。血肉に餓えた狼。今までティンは確かに野獣の如く襲ってくるものは数あれど、此処まで刀剣を自由自在に操り刃を牙として追い立てる者はいなかった。
ティンは攻めあぐね、対象の動きを観察する。近づく事が不可能と言う訳ではないがあんな野獣の様な狂戦士に近寄ろうなどとは流石に思わないが、あんな暴風の中に突っ込もうとも思わない。
最悪、逃走も考えたがあの野獣相手に背中を見せたらその場で背中を切られるだろう。逃げられないと言うのは地味に辛く、仲間の安否も確認が取れずかと言ってあんな風に暴れている人間に話し合いが通じるとも思えない。
それでもティンはこの場を何とか乗り切らねば後にも先にもどうしようもないと感じた。兎にも角にも、あの狂戦士を黙らせる。
その為にティンは軌道を変えて女剣士へと切り結ぶ為に突っ込んだ。
女剣士は見ずにその突進を斬撃の突風で持って迎え撃ち、ティンはその一撃を切り捌いて突き抜けた。無傷と言うわけではないが此処からもう一本道、逃げ道は無く突撃あるのみ。
ティンは一気に踏み込んで距離を詰める。先程皐が言っていた通りあれだけ長い刀を持っていては接近戦は出来ない、そう思って懐に飛び込む。が、何故だか相手はすんなりと懐に通した。ティンは一瞬拍子抜けするが、その疑念は直後の女剣士の斬撃を見て晴れたが逆に目を疑った。
(こ、こいつ、地面を切って)
長い刀を振る上での欠点と言えば長い刀身によって重みが増す事、リーチの影響で障害物にぶつかって武器を傷めやすく動きが制限されること、其れによって自分も切ってしまいかねないと言うことだが……この女剣士はその内の一つをあっさりと克服する。
そう。障害物を丸ごと切り裂くと言う大胆な発想で、長物の欠点を克服していた。
地面を抉って飛び出る1mを超えるだろう刀身、一瞬ティンはこんなのありかと思いながらワンテンポ遅れて回避してから切りかかるも直ぐに刀が戻って激突する。
唾競り合いになったらこっちが確実に不利となる。あの女剣士の腕力はさっきから体験している以上その選択だけはありえない。
「チッ、速いな」
ティンは即座に女剣士から距離を置いてもう一度切り込み、切り結んでから更に切り返して鍔迫り合いを避けながら剣戟を繰り返していく。剣を超えて伸びて来る刀身の迫力に押されながらもティンはこの嵐のような剣閃を超えていくことに集中するが、女剣士の手の中で回転しながらも器用に切り結び続ける。
しかし付き合ってられんと女剣士は屈んで切りつけながら回り込んで背後から狙うが、ティンに対して回り込みは自殺行為にも等しく、即座にティンも踊るステップで女剣士に回りこんだ。
其れと同時に女剣士は長刀を回転させる。身を屈めて腰を両断する勢いで其れを旋回させて周囲を薙ぎ払い、ティンも其れに習って身を屈めて剣閃の範囲から逃れた。
此処で一度両者は距離を取り合ってにらみ合う。
「……めんどくせぇ……とるか」
そう言って女剣士は一度目を瞑って、開いた。するとどうだろうか、女剣士の瞳が溶けて落ちた。それを遠めに見てたティンは驚いた。キレイなライトグリーンの瞳が溶け落ちて出て来たのは。
「何、あれ……鏡?」
鏡。正に、彼女の瞳は美しく磨き上げられた鏡へと変貌した。そして更に女剣士が取った構えにもっと驚く。と言うより、奇妙な既知を感じた。昔に何度か見たような構えと佇まい。一体、誰だったのか。
そこまで思って、女剣士が動いた。
「捻じ伏せる、帝王の剣」
両手で刀を握り締めて捻じ伏せんとする一刀を振るっているのを観測して、ティンはその違和感を掴んで理解した。そうだ、この既知は。
「亮」
剣帝、亮。
あの動き、構え、佇まい。それら全てが彼と一致している。まるで、映し鏡みたいに。奇妙なくらいに恐ろしくて、ティンはその一撃をかわした。
が、正に剣帝の動きそのものと言った様子で其れさえも追いついてくる。動き、挙動、表情、癖、それら全てが亮と重なり合うと言う奇妙な感覚に囚われるが、相手が劣化しているとはいえども腐っても剣帝、ティンに油断の二文字は無いが。
「おいお前! 一体なんだ、其れ!? 何で亮と同じ動きになった!?」
「お前、あいつを知ってるのか!?」
驚く声に返る声も驚いていて、それでもさっきとは全く違った洗練された力強くも繊細な剣戟が舞う。ティンは当時のことを思い出しながら女剣士を見て。
機械的なオペレータールームに冷たい声と淡々としたタイピングの音が鳴る。
――対象の瞳を観測。その後の運動から考察を開始、対象の突然変異についてのパターンを考察。高確率で原因は魔眼と推定、資料を確認、それによれば魔眼は目に対して術式を仕込む事で機能する魔法技術であると記載、それによって彼女の変化を考慮。
体質の可能性、高確率。しかしこの場においてその答えに意味は無い。体質としても知識が足り無すぎる。よってこの考察は一度放置。
魔眼としてもこのタイプの魔眼に関しての知識不足を認識。この現象についての考察、魔力の流れについては観測出来ず、よって現状において魔眼かいなかの判別は不可。対象は完全にサンプルとの動きのリンクを確認。それによる考察の結果を確率の低い箇所から埋めていく。よって――
「魔眼かッ!? それも見て相手の技を真似る魔眼!?」
「っ、な、んだと!?」
女剣士はその言葉に対して驚愕に震えた声を出す。ティンは舞の要領でステップを踏んで距離を取り続けるが女剣士は黙ってその様子を見ている。
「一体、何何だあいつ……何で、あたしの魔眼が分かったんだ!? おかしい、おかしいぞあいつ……本当、一体なんなんだよ!?」
ひとしきり取り乱し終えると、女剣士はティンを見る。
彼女は常人離れした機動で女剣士から離れるとそこで静止する。理由はと言えば。
「なんで、動かないんだろう?」
そう思って女剣士を見る。そこで、ティンの頭にノイズが入った。
「――へ?」
一体なんだ、と思う。が、それよりも早く、何かがティンの頭を駆け抜けた。その感覚とは。
「……何だ、之。見たこと、ある」
そう、何処かで思った。だが一体何故? そう思えば思うほど体にちりちりと、世界の色が失われていく。ドロドロと溶け落ちていく世界。輝きを失う世界。まるで毒を盛られたような感覚で世界から何かが消えていく。セピア調となるモノクロとなる、体中から消えてうせる生の実感。
ああそうだ、とティンは思った。この感じ、この感覚、やっと言葉に出来た。ついに表現できる言葉を見つけて。
「――既知感だ」
既知感。
既知感。
ただ既知感。
既視では無く既知。
何故だろう、何故にこれを既知と思うんだろう。全てが既知に見える。既知と感じる。もう既に知り尽くした、既に理解し尽くした、既に分かりきった、欠伸が出てくるこの感覚。
「お、まえ……今、何て」
女剣士の言葉を無視して気付けばティンは欠伸をしていた。そして。
気が付いたら、真っ暗い部屋にいた。その中央にはモニターと椅子があって、そこに居たのは。
ではまた。