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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
漢達の宴――謡え、野郎共の狂詩曲
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神々の闘争

 蛇、蛇、蛇、蛇が舞う。八首の蛇。ティンはそれを見て恐怖に戦く。

 化物は何人も見てきたが、これは初めてだった。そう、本当の化物。神域に入った化物は初体験そのものと言ってもいい。それがティンの目の前に太刀となってそこにいる。

「こ、こいつら……!」

「神剣ははじめてかい?」

 女は哀れむように、されど値踏み嘗め回すようにティンを見る。恐怖に飲まれた人間はもうただの餌でしかない、蛇に睨まれた蛙とでも表現すればいいのだろうか、ティンは動けない。

「じゃあな、よく分からん剣士さん」

 そう言って剣を構え、突き出した。たったそれだけ、たったそれだけの動作で邪なる蛇神の首はティンの肉を食らわんと殺到し――

 そこで、ティンは、自分のポケットに何が入っているかを唐突に思い出した。

 魔力を暴走させる魔杭。これの存在を唐突に、今になって思い出す。何故これを思いついた? そう感じるより前、まるで未来でも読んでいたかのように、ティンは手早くその杭を首元に当て。

 ――あの杭ッ!? マスター止めろ! ありゃ魔力を強制的に爆発させて流れを狂わす麻薬だッ! あんなもんを使わせたらあいつ壊れるぞ!

(マジかよ!? 何でそんなもんを!?)

 ――おかしい、あれは確かに俺の目の前で全部砕いた筈だ!? 何で旧世界の遺産が、新暦どころか人類文明以前の魔具が此処にッ!?

「おせぇっ! 間に合わん!」

 血肉を貫き、抉る音が響くと同時に杭はティンの首から体内に取り込まれ、殺到した蛇たちは眩い灼光に弾かれる。

 ――来るッ! この懐かしい雰囲気、間違いねえッ!! 来ますよマスターッ、神話の集大成、神々の黄昏を追えた後に人間界へと落とされたとされる神の十字架ッ!

 ティンの剣が、眩しく光り輝く。その色は黄金。黄昏に染め上げる、夕暮れの黄金色。ティンはそれを見て思い出す。昔日のかの日、自分はそれを何時までも見ていたかったと。もう届かない、もう叶わない、だけどももう一度、もう一度だけ見たかった輝かしい穏やかな黄昏。

 今、此処にそれが顕現する。名を。

「黄昏の十字神剣、ラグナロック――!」

 神々の終焉を与える炎。今ヴァルハラへと火を投じられたかの伝承のように終焉の詩が幕を上げる。

「おい、おいおい。マジかよこいつは」

 女剣士は目を覆ってもなお目を覆うほどの黄昏の輝きにただ圧倒される。ティンはその黄金の輝きの中、真っ直ぐに女剣士へと切り込んできた。

 光が暴れだしたとも言えるほどの光の本流に女剣士は臆する事無く八首の蛇を制御して構成に打って出る。指示された八首は光達へと食らい付き、それを捕食し始める。

「○○○ーーッッ!!」

「チッ、人間の言葉は忘れましたってかぁッ!? こいつマジで薬中かよッ!?」

 ――魔力が暴走状態になって、正気を失くしていますッ! つうかなんだこの魔力はッ!? でか過ぎるッ!

「ハッ」

 八首が光を食らい、その中心たるティンが容赦なく黄昏の神剣を振るって女剣士を襲うも蛇の根元たる太刀を交差させて切り結ぶと同時に光が弾けとぶ。いやそれだけではなく、ティンの動き自体もいつもの華麗な剣舞から荒々しい剣の舞踏へと変化しており、黄昏に飲み込んで焼く尽くさんと光が女剣士へと乱舞する。

「都合がいい、全部食い散らかしてやらぁッ!」

 言って女剣士の体から暴風とも言えるほどの風が渦を巻いて蛇の体を援護するように光に抗っていく。しかし、そんなこともお構いなしにティンが切り込んでくる。互いの剣と太刀がぶつかりあって火花が舞い、その様はまるで飛び散る蛇のうろこと燃え盛る黄昏の火で。

 次々に繰出される剣戟の応酬、輝く黄昏と八首の蛇が互いを食い合い焼き尽くす。風が舞いティンに襲い掛かるがそれさえ高密度の魔力で弾き飛ばしながら女剣士へと切り込んで行く。その剣筋の描く軌跡は正に芸術、光が舞い踊る斬撃に対応して蛇の巻き付く太刀を振るって光を食い千切る。

 彼女の手にする草薙の能力は気食い。それは気や精神力、魔力と言う非物質的なエネルギーを食って持ち主に還元する力。よって大量の魔力を放出してるティンの神剣は正しくこの邪神剣草薙からすれば単なる餌に過ぎないのである。ラグナロックの構成物質は魔力、それはつまり術式によって強制的に能力を開放されている草薙にとっては本来、ただの魔力を提供してくれる補給源に等しい。

 実際に女剣士は可能な限り魔法を使い、普通なら扱う事すら出来ない上級魔法を魔力を連続で継ぎ足す事で強引に発動をさせている。腕も魔力総数も足りない状況でそんな事をすれば魔力が暴走し、下手をすれば体中の体力が消えて動けなくなる恐れをこの女剣士は過剰に供給される魔力に物を言わせて強引に制御している。

 ほぼ暴走に近い荒業ではあるがそれもこれも総てティンが相手だから成せる芸当である。それを持って巻き起こすのは、正に災害級の暴風。切り飛ばした樹木を持ち上げ、樹木同士をぶつけて或いは暴風に混ざる風の刃で粉微塵としてティンに烈風と風刃をブレンドして叩き込むが。

「■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーッッ!!」

 放たれる咆哮と同時に爆発的に活性化する灼光。たかが数に物を言わせただけの質量でしかない暴風を、神威の光で強引に捻じ伏せ、或いは光の波動でなぎ払う。女剣士はそれに気を取られた事に反応して切り込むが、ティンはまるで先を読んでいたかのように暴風ごと女剣士をなぎ払う。

「くっそ、こいつ正気あんのかよ!?」

 ――ただの本能かと。あれだけ濃密な魔力を持っていながら、ろくな魔法を行使せずに剣だけでかかって来る所を見るに恐らく制御出来ないほどの魔力を持っていたんですね。なるほど、あの小娘が担い手になったのはそう言うからくりがあったのか……。

 愚痴りながら女剣士は剣閃の嵐に抗っていく。鮮やかに踊る剣閃は見ていて清清しいほどに、そして気を抜けば美しいとも心を奪われる剣閃である。神威としても、剣の腕でさえも完全に向こうが上だと反射的に思ってしまう。何故ならば、此処まで見事な、心奪われる剣筋を魅せてくれるのだ。これほど心折れたくなることは他に無いと断言できる。ゆえに。

「あたしが、強い」

 そう、強い。最後に勝つのは自分だとそう言う自負が持てる。何故かと言えば。

「幾ら凄くたって、キレイだって、わたしが、強いんだ!」

 漏れる声は先程のようなやさぐれた物ではなく、まるで胸をときめかせる少女のようで、上を目指す微笑む表情でティンを見て、再び目が鋭くなる。

「んじゃ、派手に……行くぜオラァァッ!」

 更なる烈風に突風、風による暴虐の限りティンへと叩きつけ、一瞬で発動前に魔力が足りずに倒れそうな魔法を相手の魔法を食うと言う手段で補給してそれを送り込むと言う手段でそれを発動させていく。

 戦局的にはまだどちらが優位とも言えず、どっちが勝っているかとも言えない。ただ言えるのは拮抗していると言う事。剣で語らう神楽の剣舞において未だに戦いの果ては見えない。いや、或いは誰も終わって欲しいと思ってなどいないのか、答えはどこにもない。誰も知らない。ただただ、己の勝利を盲信して刃を振るうのみ。

 だが、そこで女剣士の足が裂けて赤黒い何かが吹き出る。

「へ……何……?」

 驚いて足元に目を落とす。切られた訳でもない、振るわれた刃は総て切り返している。ゆえにこの状況は本来ありえない。なのに起きている。一体何故か。

 ――不味い……! とうとう限界領域を超え始めたかッ!

「え、何……どう言う事だよ、それ」

 ――マスターに送られる魔力が、その許容範囲を超え過ぎた結果、行き場を失った魔力がマスターの皮膚を突き破って出て来たんです!

「な……お、おい待て! 今あたし、すっごい魔法をがんがん使ってるんだぞ!? SSランク級の魔法を無理やり連発して、しかも草薙の術式もばっちり過剰なくらい魔力を送り込んでるのに、それで過剰供給なのか!?」

 ――それで過剰供給なんです! 相手の魔力を舐め過ぎてた、ラグナロックの魔力付与公式はx乗のx! 

「え、x乗のx!? も、もしかしてそのxって!?」

 ――装備者の所有魔力ですよ! こうである以上、恐らく奴の今の魔力総質量は惑星級です! こうなったらもう危険すぎる、マスター術式を切って下さい!

「ば、馬鹿を言え! これ切ったら、今使ってる魔法をどうやって維持させるんだ!? 発動させる所か維持させる魔力すらろくに無いんだぞ!? どうやって戦うんだ!?」

 女剣士は血を含んだ魔力が吹き出る脚の切り傷も気にせずティンとの剣戟を続ける。火花を撒き散らし、草も木も風と灼光で薙ぎ払って更地になった平原の上でなおも蛇と黄昏の神楽は続いている。

 ――馬鹿はあんたですよ! 今のが皮下脂肪の箇所だけだからいいんですが、筋肉や血管、脳味噌の所で切れたら如何するんですか!? 死ぬんですよ!?

「なっ、死……?」

 呟き、攻めの体勢を守りに変えて女剣士は立ち止まり、ティンの剣戟を受ける。光の速度に至ろうとさえ思える高速の剣戟は激しくも美しく、削られるように女剣士は劣勢に置かれる。そして風を酷使して防御体勢を整えようとして、肩口裂け、服を突き抜けた箇所から血が溢れ出す。

 女剣士は驚きながら感触的にまた皮下脂肪の所が裂けただけと認識するも、次はやばい。もしも今のが頚動脈だったと思えば今頃自分がどうなっていたのか、深く想像したくは無いが確実に死んでいる。

 だが、それでも彼女は術式を切らない。何故かと言えば。

「此処で神威無しにやりあって、勝てるのかよ……ッ!」

 ――でも、奴の魔力は桁違いっす! 食ってみて分かりますが、尋常じゃあない! ラグナロックで強化されてるにしても一摘みで常人の十倍以上はかるッッグアアアアアアアアアアッッ!?

「草薙ッ!?」

 見れば蛇の首が一瞬のして四本ほど消し飛んでいた。恐らく食い続けている蛇の首を疎ましく思ったティンが切り飛ばしたのだろうと予測できる。

 ――グル、ジい……体が、ヤけル……ッッ!?

「おい如何した草薙ッ!?」

 ――首を、取られた……この、八幡の大蛇の、遺体とも呼ぶ俺の、意識体を……簡ッ、単ッ、にィッ……!? まず、い……! 本気で……マズイ!

「草薙ッ!」

 ――マスター、もう逃げましょうよ!? 前金は受け取った、もう良いじゃないですか! こんな化物を相手に此処までの相手をこなしたんです、誰も何も言いやしませんよ!? 貴方のおじさんだって、何も言いませんって!

 ティンの猛攻を切り捌きながら女剣士は歯を食いしばる。

「逃げられるか……」

 ぽつりと、呟く。

「逃げられるかよ……勘が叫んでる、此処で魔力切って戦ったら確実にぶった切られる! 背中見せたらその瞬間ばっさりだ!」

 ――それの何が。

「嫌なんだよあたしはッ! あたしは、あたしは……ッ!」

 言ったところで彼女たちの目の前に絶望的なものが映った。それは巨大化していくラグナロック。輝く黄昏はそのままに、ラグナロックが膨れ上がって巨大化する。

「なあ、おい。ラグナロックって、あんな事、出来るのか?」

 ――いえ、かつての所有者達は、みんな神剣の基礎性能だけで戦っていたので……こんなことが出来るなんて、聞いてません。

 あまりの絶望的な状況に、女剣士は思わず引きつった表情を見せる。と、そこで信じられない声が聞こえた。

「あ、れ……あたし、何をやって……?」

 ティンの、目が覚めた。一瞬呆けて脳内で状況を整理し、暴走状態だったのを思い出して。

「おい、どういうこった草薙ッ!?」

 ――お、恐らく、魔力の暴走による意識の不明って言うのは制御出来ない濃密な魔力が脳に流れ込んで意識をかき乱すことが原因で起きる現象です。ようは魔力に酔っ払って細かいことが分からなくなっているんですよ。ですから、それをラグナロックに注ぎ込んだことが影響して……。

「意識が戻った、そう言うことかッッ!」

「っ、これが、ラグナロック!? で、でっかぁッ!?」

 ティンは手にしていた剣の大きさに驚くと同時、バチンと言う派手な鍔鳴り音が耳に届く。見れば、女剣士が納刀してこちらへと踏み込み。

「では、いざ尋常に」

 風が収束する。鞘にまとい、僅かに抜かれた刀身の隙間からも風が流れ込んでいく。直感的に向こうの切り札が飛び出る、そう確信した瞬間頭に閃くように何かが過ぎる。

 それが何なのか、考えるよりも先に総てを理解していた。そう、これが神義。神の剣を握る者にのみ許された、神の奥義。

「これぞ、神義」

 ――っ、きますよマスターッ!! ついに出る、ラグナロック所有者にのみ許される最終奥義がッ!

 互いに互いが総てを度外視し、その技に全てを賭けた。

「――ラグナロクッッ!」

「――切捨て御免ッッ!!

 それではまた。

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