謎の紳士
気が付けば、ティンは何処かよく分からない空間に立っていた。
形容が難しく、何と言えば良いのか不明なほどに不気味な空間。例えば、この照明が無いのに明るいこの空間とか。上も下も左右が全く分からないのに自分が何処かの力場に立っているらしく或いは凭れ掛ってるのか、直立に立っているようで何処か不思議な浮遊感が満ちていてそのうえ足にはしっかりと伝わる、足場感。
「お目覚めのようだね」
そんな時に誰かの声が何処からか響いた。首を回してみるが何処に誰がいるのかまったく分からないこの空間では何がなんだか分からないと言うもので、そんな時に。
「此処だよ」
そんな優しい声に導かれて体を動かせばそこには誰かが立っていた。それは、なんと言うか紳士と言うところで、黒いスーツの金髪の男性で、仮面をつけて全体の顔を隠していた。それでも仮面の奥にちらりと人ならざるモノにも見える黄金のようなライトイエローの瞳が見えた。
男はゆったりとした動きで茶を入れると湯気の立つカップをティンに差し出す。
「一杯どうだい? 少し落ち着くと思うけど」
「あんた誰? ここどこ?」
差し出された紅茶入りカップを退けて返した。返された男は僅かに微笑むとカップを戻して。
「急にだね。まあ、少々強引な手段を使って此処に呼び出したからね、そう思うのも当然か。此処は次元の狭間と言うべき場所かな? ごらん」
そう言って何も無い空間を指差し、何かを押し出すと波紋が生み出されていく。その波紋の先から幾つもの映像が出現した。その映像の中身は、それこそあらゆる場所の映像で。人の生活する様、行政の様子、学校で勉強をする人々、はては戦場までもが。
「これ、は」
「此処は世界の隙間だ。そしてゆえに、様々な世界の映像を見ることが出来る。君の居る世界だってある」
言われて、映し出される映像を見てティンは何かを納得したような表情で。
「……で、此処が世界と世界の狭間ってのは分かったけど、何で此処に呼んだの?」
「ふむ。理由か……簡単に言えば、少々君に色々用事がある」
「用事? 何じゃそりゃ」
「君の人生を、大雑把ではあるが見させてもらった。随分と戦いにばかり集中しているね」
「……だから、どうした?」
男の言葉にティンはきっと睨み付けた。対する男はにこりと笑って。
「いやね、君の事を見ていて少し指導をするべきかと思ってね」
「……悪いけど、要らない」
「ほう――では君は勝てると言うのだね、君を倒した君が勝てなかった者達に」
舌を打って、ティンは思わず抜剣から切りかかって、
「まず、君の悪いところから指摘しよう」
男は片刃の剣をティンの首下に置いていた。ティンは肩だけを動かして切り裂くが。
「第一に、この」
首筋に置かれていた剣を返してティンの斬撃を防ぐ。
「金剛捌き――とでも呼ぼうか。この技術、これが君の強さをこじらせている」
「な、に?」
「この技術、対象の物理的欠点の入り口を見抜き、そこへ斬撃を加えて切断する。その際、君には切り裂くところが点のように見え、そこから線をなぞって物を断ち切る。理論上、これを防ぐ手段などありえないのだろうな」
「な、に……」
「だが、これに頼り切っているおかげか君の素の味が薄れている。そして」
ティンは切り結んでいた箇所から返して首筋を狙って腰へ向けて剣を振るったと同時、急に駆け出して距離を取って体勢を整えて飛翔する刃を切り捌く。
「その異常とも言える危機察知能力だ」
「この、やろっ!」
「挙動さえ見せたつもりも無い私の剣閃を軽くいなすとは、恐ろしい読みだな」
男はとんとんと靴先で地面を蹴ると小刻みに体を揺らし始める。
「今から君に一つ、ロックをかけよう」
「え、な」
気づけば男は音もなく真後ろに立っており、指先に何かを呟くとそれをティンの頭にのせた。それだけの動作の間ティンは驚いて、男から距離を取るまでにそこまでの行動を許してしまっている。
「あたしに何をしたッ!?」
「ちょっとしたロックだよ。君の意識下でとある条件を満たさぬ限り例の技術は使えない」
「んな!?」
「それよりもだ」
男は直ぐに距離をつめて双剣を躍らせ、ティンは突如飛んで来る攻撃を踊るようにかわし――
「そうそう、それも君の悪い癖だ」
「なっ!?」
同時、急に足元が上りだす感覚に囚われる。それがすくい上げられたと認識する前に体が踊るように足から伝わる力へと体を預けてそのまま空中に体を持っていって。
「君の踊るようなその動き。それも君の持ち味を悪くしてる」
「こなくそっ!」
それに合わせて男の足がしなり、鞭となってティンの体を打ちつけそれを剣で防ぎそのまま彼女は飛ばされ。
「確かに要所要所で使えば俊敏な動きを見せ、普通に動く余りんも早い……だが」
飛ばされた先、その場で男は既に待機しており。
「常時それでは、普通に動いた方が速いのではないかね?」
ティンは接地のしようもない空中で男の回し蹴りを、空いてる左手を突き出し受け衝撃を歯を食いしばって流し、そのまま左手を軸にして自身を回転させて右手で握っている剣を男の顔面に。
「ほう、そう来るか」
向けて放たれた剣は男の握る双剣によって防がれ、そこから剣を押し付けて、男は優雅な表情でそれを流し、ティンは合わせた剣に重点を移し、そこから剣を軸に自分を投げて男から距離を取る。
「ふ、ふふふ……」
「何がおかしいんだよ、気味の悪い奴!」
二人は距離をあけると男はふいに笑い出す。その笑みは、まるで何かを思い出しているようで――
「ティン、おいティン!」
「――ッ、ハ、あ、ハァ……え、何?」
「何ってお前……」
気が付けば、格摩が目の前にあった。一体此処が何処なのかと周囲を見渡し、認識する前に誰かが自分の肩を掴んでる事に気が付き、その肩の手の先にある格摩に目を置いて。
「えと、格摩? どうしたの?」
「如何したってお前……酒場でてから様子が変だぞ。急にぼーっとしてるし、話しかけても上の空で空返事」
「腹でも減ったんだろ」
「でも酒場で沢山食べてましたし……お酒でも飲みました?」
見渡して関哉、皐、格摩、武旋と、そして此処は薄暗い森の中。どうやら焚き火を囲んでいるようで。
「で、めしどうするんだ? 一先ず山菜なら色々あっぞ」
「ったく、何でもないならいいけどな……」
そう言って手を離して後ろ髪をガリガリかき始めた。そこでティンは。
(……あたし、今まで何してたんだ? よく、思い出せない。なんだ? 誰かと会ってた、ような、でも誰と? 思い、出せない……)
思い出そうと考えて、一瞬ライトイエローの瞳がちらついて。
「どうした?」
「何でもない」
即座に出た言葉に驚くようで、疑問に持つにはあまりにも理由が無くて。
「いただきます」
出された食事と共に、忘れる事にした。
じゃ、また。