光刄と氷刃
ティンには生きる上において、当人にとって一番重要なものがある。
それが何かと言えば、頭が動かなくなるほど使ったら一先ず体を動かす事。そうすれば一先ずすっきりして中身の整理が出来るのだ。故に。
「いいよ、今は誰でも良いからぶった切りたい気分なんだ」
水色の髪の少女の申し出を快く受け入れた。
皐はそれを見て近くのベンチに腰掛けた。
「にしても面白いですね」
にこやかに喋る彼女の目の前では今まさに剣と剣で語らう戦いが始まろうとしている。それを見て皐はにやりと笑って。
「氷霊るかみ……氷霊家の長女にして後継者ですか。これで彼女は剣術四天王の関係者全員に会った、と言うことですか」
ティンの初動は奇抜かつ俊敏、いくら熟練の剣士であろうと護堂や亮と言った反則じみた感覚を持っている物でもなければその初動に対応しきれずに切られるか押し切られてジリ貧となって切り裂かれるかの二択しかない。
その筈であったのだが。
「ぐ、っか、ぁ」
後手に回ったとは言えども、それを見切って防いで切り返すなど相当な鍛錬に加えてある種超人じみた感覚が必要となる。ましてや真正面から踏み込んだ直後に尻目掛けて切り込んだ相手に反応するなど、並ではない。まあ、どちらが異常なのかは改めて問う必要は無いが。
「いきなりそっ」
驚く暇はあれど、即座に飛んでくる刃を頭を引っ込めてかわし、更に続く剣閃を横路に転がって外し、更に無数の剣閃が彼女――氷霊るかみの体を襲い掛かる。
立ち上がって視認、脳が理解する前に体が勝手にその剣閃を切り捌いて叩き落す。火花舞、るかみは目を動かして剣舞を繰り出す者を捜すが。
(は、速過ぎる!?)
そう、目に映らない。と言うより、剣閃が見えた瞬間には視界から外れてしまう。人間の視界の端に位置を取って何処を見ても見る事が出来ない閃光の剣戟。正しく影も絶って走る剣士。いや、どっちかと言えば。
(小回りが、利き過ぎてる!? ちょこまか、と!)
舞う様にステップを踏むティンの剣閃、その立ち回りは何と言ってもその多様性にある動きが厄介。慣性の法則さえ無くなっていると思えるほどの自由自在な動きを見せるその動きは目で追えば決して視界に入らず、かと言って勘だけに頼るにはあまりにも奇抜な大道芸さながらの剣戟は危険が多過ぎる。
ならばと、るかみは網目模様の剣閃から必死に逃げ出すと刀を鞘に収めて片膝を付く。
ティンは即座にその構えと意図を見抜く。つまり、居合いぬき。返し手の技で閃光の剣を払おうと言う狙いなのだろう、という意図。そう来るならティンは手早く剣を投げ放つ。飛翔する剣を、鋭い踏み込みと共に切り捌き――直後に弾かれた剣を掴み取ったティンが首を狙って剣を振るい、そこに居合い抜きから半回転させた一撃がティンの体に食い込んだ。
「捕まえ、たッ!」
刃が迫った瞬間に剣を刀の刃の上に乗せて強引に防御に回してティンは投げ飛ばされ、るかみは更にティンを追って踏み込み。
「こん、のッ!」
体勢を立て直し、切り込むが刃と刃が重なった瞬間、ティンの体が地面目掛けて叩きつけられる。
「なっ」
踊るような動きで受身から立ち上がると体のばねを使って跳びかかる。だがそれもるかみの振るう刃によって叩き落され、続いて受身から跳びかかるが刃と刃が触れ合った時に力加減を器用に受け流されて投げられ、更に追撃が来るもティンは踊るように回避していく。
漸く、と言った感じでるかみは息をつく。幾ら奇抜な剣戟と言えども所詮は剣であり、振るう本人が居る。ならば受け流す事も叩き落す事もできるだろう。体勢を整え、相手の流れから自分の流れに持っていけばあの程度の大道芸、所詮芸でしかない。
彼女の剣の型は、一言で言えば堅実。一個一個着実に捌いて相手の体に刃を叩き込む剣。それが氷霊家の剣であり彼女の剣だ。
故に。
「このっ!」
「はぁっ!」
一度はまってしまえば、ティンに彼女を超える手段は無い。亮にも、護堂にも敗北した彼女の致命的かつたった一つの要因。それは、力の優劣。力で劣る相手が故に技で受け流し、拮抗は出来るが技で同等、或いは上なら彼女に勝てる要素は微塵も無いと言う事に他ならない。
幾ら切り結ぼうとも触れ合った所から受け流す余裕さえなく切り伏せられる。だがるかみとしても懐に、刃が届く範囲に落とせないのを歯がゆく思う。相手が早い以上、隙を与えてはまた裏をかかれる。それだけは阻止せねばと、彼女は手に入れた位置を死守するが。
「それだけで勝てれば、私はその人に苦戦しませんよ」
さらりと、微笑を浮かべた皐が言う。
「その人の本当に怖い所はですね」
さらりと言った調子で。
「360度から仕掛けてくる所です」
真上から攻めて来たティンをるかみは地面向けて叩き落す。受身を取り、そこにるかみが追撃を仕掛けたとたん、るかみの剣閃は一気に方向を変え足元に突き立てる。直後に響く金属音が。
見れば地に伏せたティンが足元に向けて剣を振るい、防がれた瞬間に振り上げてるかみそれを叩き落さんと刀を振るうが、触れ合った瞬間に自分の体を投げるように動き、振り下ろした直後に舞うかの如く直ぐに戻って尻目掛けて剣を振るい、るかみは直ぐに尻をガードせんと剣を向けるが触れ合うより前にティンが軌道修正し、更に転回して真正面に躍り出ると剣を突き出してすぐに剣を戻して受け止める。
防いだ直後には更に刃だけが舞とびティンが何処にいるのか一瞬分からなくなり、押さえた場所に目をやればもう見えなくなっており、再び彼女は陽炎が如く消えてるかみを再び剣閃の網に閉じ込める。それら全てを切り返していくが舞い飛ぶ剣閃は先程と違って叩き落すには奇妙に力加減が絶妙で、器用に滑るように流していく。
(まさか、あれだけの切り結んだだけでタイミングを見切ったとでも!?)
(何度か力に乗って分かったけど、こいつの剣って遅いな)
乱れ舞う剣閃、切って払って受けて落として響き続ける剣戟の音、飛び散る火花、互いの振るう刃は相手に届かず、振るった刃は見事に互いの振るう刃に阻まれて弾かれていく。るかみの剣は至って実直かつ平坦。まるでお手本のような、基礎の詰まった剣術。対してティンは自由と言うか掟破りと言うか、何とも読み難い剣。高速で動き回ると同時に一瞬で幾重にも斬撃を重ね、手数を重ねて押していく。
互いが互いの剣を重ねあい、しかしどちらも拮抗してどちらが上を行ってもおかしくはないほどの状況。力で上を行っている筈の相手を御せない己を未熟を嘆き、また幾ら攻めても対応される事に焦れてより激しく攻めて行く。
(もう一度叩き伏せれば……)
るかみは思う。あのくらいの剣士ならば、一刀の元に断ち切れると。
(剣が届きさえすれば……)
ティンは思う。剣さえ届けば、どんな相手も一瞬で切り裂けると。
己の刃さえ届けばと、祈り、願い、渇望し、そして己の刃を振るって。
(剣さえ届けばあんなやつ、一太刀で切れるって言うのに……!)
互いの思いを重ね合わせ、リンクさせながら互いを思いあって切り結ぶ。この刃が届けば切れると信じて疑わずに。
るかみは大振りで振り下ろし、ティンは下から素早く振り上げ互いの刃が衝突し火花が散って互いの剣で押し合う。氷刃と光刃がぶつかり合い、刃越しに二人は漸くまともに見合う。
じゃ、また。




