山凪宗治郎
「わしと宗治郎が出会ったのは、今から40年ほど前。わしが武者修行の旅をしていた時だった……ある所で出会った宗治郎に、わしは真っ向から勝負を挑んだがあっさりと八つ裂きにされたわ」
「あんたほどの実力者をかよ」
護堂の語りに格摩が口を挟むと彼は鼻を鳴らして。
「あの頃のわしは世界を知らぬ若造であったよ。ああ、今となっては全てが懐かしいものだ……出来れば、後十年速く知りたかった……」
「何で? 10年前ってそれあたしが9歳だよ?」
「……もう、宗治郎も年だからな。今では全盛期の実力は無いだろう。その前に一度で良い、今のわしと切り結びたかった……老いとは、なんと疎ましいものよ」
その言葉に、ティンは一瞬呆気に取られ。
「う、嘘!? ど、どういう事だよそれ!?」
「あやつは今年で106歳の筈。もう、全盛期の実力は出せないだろうよ。体にガタが来ている筈だ」
言われてティンはあっと思い出す。最近、じーさまは腰を痛めていたこと。子供の時より動きに切れがなくなってきたことに。
「それともう一つ、あやつの嫁はまだ生きているのか?」
「え……ど、どういう事だよ!? ばーさまが生きてるのかってそれ、まるでばーさまが死んでてもおかしくないみたいな」
「では、生きておるのか」
そう漏らす護堂の声は何処か安堵に満ちている。対するティンは何時も居る家族の安否を尋ねられたことによって心が荒れる。彼女の中で変わらず元気で笑っている彼女が死んでいるなどティンにとってはありえないことだから。
「何だ、知らぬのか」
「何を」
「あやつ、昔から病弱でな。本当なら子供すら生む事も叶わぬ程であった筈だ」
「え、うそ……ばーさまが、病弱? 昔、から? 嘘だよそんなの、だって、だっていつもあんなに元気で、あたしに踊りを教えてくれたり」
「では問うが、あやつが何時も同じ薬を服用してはいないか? 一ヶ月に一度は体調を崩して寝込んではいないか?」
護堂の言葉にティンはただうな垂れる。それは自分の思っていた家族が嘘だった衝撃ゆえではない。この男の指摘は全て正しいと判断してしまったからだ。
事実、ばーさまは月に一度は咳き込んで薬を飲む。当人曰く、これは老人用の風邪薬だと一人で定期的に薬を飲んだいたのを、今思い出す。
「全く、あのじじばばと来たら……その様子では自分達に子供が居たことさえ話してはおらぬだろうな」
「え……子供? どういうこと?」
「やはりか……あやつらにはの、子供がいるのだ。おかしな話ではなかろう? あやつらは夫婦なのだ、子供くらい居てもおかしくないだろう」
ティンが護堂から告げられた事実に驚いている間に護堂は言葉にいやと加え。
「居た、と言うのが正しい」
「居たって、どういうこと? 旅に出ているって事?」
「……そやつは、偉大な父と母を持つが故に大志を抱き、戦争に赴いた。そして戦場に入って約十年――戦死した」
更なる追い討ちに、ティンは絶句するしかない。自分が一切知らないもう一人の家族とその結末に。ああ、じゃあつまりは。
「その後、宗治郎は表舞台から姿を消した。此処までは宗治郎の愛好家達なら皆知っておる。よもや、隠れ住んで孤児院を開いていたとは誰も思っていなかっただろうな……いや、寧ろ当然か。あの女の夢は多くの子供達に囲まれる事だったか、ならば血の繋がらぬ家族を作るのも当然か」
「……じゃあ、あたしは。あたし達は……かわ」
「それだけは絶対にありません」
ティンは、ふと思い至った真実を口にしかけて、皐が割ってはいる。ティンは落ちた視線を皐に向けて。
「あの人達の真実を知っていた身として、断言します。あの人達は死んだ息子さんの代わりを欲しがって孤児院を開いたのでも、その代わりを埋めたくて孤児院を開いたのではありません」
「そやつの言うとおりだ。あやつらはその様な下らぬ理由如きで命を拾いはしない。そうだな、あやつが武器を持つ理由、そしてそれを渡して教える理由などたった一つだ」
そうきって、護堂は立ち上がってティンを見下ろし。
「守る為、守らせる為だ。その為に、あやつらは武器を取り武器を握らせるのだ」
「……守る、ため」
「貴様に渡されたその剣は、守る為ゆえだ。勘違いするな、そして二度とあのような真似はするな。貴様が、真に宗治郎の子だと言うのなら……力の使い方を誤るな」
そう言って護堂は部屋の奥に進み、襖を開ける。そこには黒く長い髪の着物を着た若い女性が待ち構えてすっと護堂の行く道を譲って頭を下げた。
「……誰?」
「息子の、嫁だ」
「皆様、お夕食は如何します? 当主様より許可は出ています、今晩泊まって行きますか?」
ティンは皐と格摩と目を合わせると格摩は欠伸をしながら立ち上がると。
「有難い申し出だ。俺はいいぜ……と言いたいが林檎やあの黒騎士を迎えに行かなきゃならねえしな、ちょっと行って来る」
「そ、そうだね」
「来るか、ティン」
「え」
「あんな話の後だ、気晴らしが必要だろ? 付き合うぜ」
格摩の申し出にティンは黙り込み。
「ティンさん、少し歩きましょうか」
「……皐」
「格摩さん、私と二人っきりにさせて貰えませんか?」
「……だな、男と居るよりそっちの方が気楽か。んじゃ、俺は行って来るぜ。んでこの野郎は」
「俺は寝てる」
格摩が頬を緩ませて近くで寝転んでる関哉を見下ろして話しかけるが、当人は寝ながら返してくる。
沈み行く夕日、終わる日々の黄昏、その中にティンは皐とならんでいた。
「どうですか?」
「正直、こんがらがってる」
皐の問いに、ティンは無色な声で返す。
「じーさまの真意とか、何で黙ってたんだろう、とか。よくわかんない。わかんないよ」
黄昏に包まれ、黄金に解けて行くようにティンは語る。
「全部、どーでもいい」
「そうですか……」
皐はそんな彼女を見ていて、そう言えばとティンの趣味を思い出す。彼女は黄昏を身ながら茶を啜って団子を頬張るの好きであったなと。妙にじじくさいが、でも金髪に、黄金の瞳にも見えるライトイエローの瞳は黄昏の輝きがよく似合っていたのを皐は印象に残っている。
唐突にティンは振り向いた。黄昏に染まった彼女が光り輝いていて、その身に宿った黄昏の神剣が輝いてるようで。
「だから、勝負しよう」
「おや。別に構いませんが何故唐突に?」
ティンは静かに件に手を沿え、皐も対応するように柄を握り。
「す、すいません!」
その間に水色のショートカットの女性が割り込んだ。走りこんで、止まって息を整えて一個と叫んだ。
「ど、どうか、私と一勝負お願いします!」
じゃ、また。