めぐる冒険者
「お、ティンちゃーんって……林檎ちゃん!? もー何処行ってたんだよ!」
ティンは林檎に案内される形で製鉄工場へやって来る。その入り口で立っていた作業着姿の楓が二人に気付くとそう言って駆け寄って来た。
「あの、その……昨晩はすいませんでした。りんく、飼っているリスの餌を探していたので」
「え、リスなんて飼ってるの!?」
その言葉に反応したのはティン。彼女はキラキラと林檎に迫るが。
「ところで俺らの居る意味はあんのか?」
「別に良いんじゃねえか? 姐さんは用事終わったっぽいし」
そんな三人を遠目から関哉と格摩がぼそりと呟いていた。と急に楓が両手を叩く。
「んじゃ、あたしの昼休みも終わっちゃうし、とっとと行こっか?」
と言って楓を先頭に歩き出した。と、そこでティンが不思議そうに林檎に問いを投げる。
「ねえねえ、林檎は結局何をしてたの? リスの餌を態々深夜まで探していたの?」
「ティンちゃん」
楓が、彼女の問いを制するように口を開く。
「女はね、秘密を持ってるほうがより綺麗になるんだよ。そして余計な詮索はしない、これらがいい女の条件」
「いい、女?」
「そ、いい女」
ティンの問いかけに楓は飄々と答えた。気付けば、多少強引ではあるが流れる様に林檎への疑問が消えている。その事に気付いているのは見事にティン以外だが今更誰も特に口にしなかった。
「んじゃ、あたしの昼休みも終わるしちゃちゃと行っちゃおうよ」
楓は適当に選んで入った店で支払いを済ませて外を出た。
「姐さん、またご馳走になりました」
「だぁら手前は……もういーやめんどくせえ。んじゃ、あたしはもー行くわ。もう直ぐ仕事だしね」
格摩を軽く小突きながら溜息混じりに歩き去った。その姿に対して格摩はあくまで頭を下げ続けていた。
「んじゃ、俺らも行くか」
「行くって?」
「そりゃ、俺ら冒険者だし? 次の旅の準備しなきゃいけねえだろ?」
「ああ、食料の調達や各種装備品の整備とかだな」
林檎は格摩の言葉をそう補足した。そこでティンはこう返す。
「へー、大変だねー」
「……おい、この愚者何をほざいているんだ?」
林檎は極低温の視線をティンに送ると、心底見下したように呟く。関哉は溜息をはいて限界まで呆れかえった様子でティンへ語りかける。
「おいそこの金髪馬鹿、お前も冒険者だよな?」
「そうだよナンパヤロー」
ティンはむっとした表情で不機嫌そうに返すと。
「じゃあ、お前も冒険すんのに道具いるの分かるか?」
「えっと……地図とコンパス?」
「お前は本気で冒険する気あるのか」
考えて出したその言葉に対してその場の全員が呆れを通り越して怒りと絶望に似た何かさえ感じながら同時に言い放った。
「……あれ、要るよね地図とコンパス?」
「お前は今それを買いに行くのか。お前今日冒険に出るのか?」
「そんな訳無いじゃん、もうずっとしてるよ」
「頭痛くなってきた……」
林檎はそう言って頭を抑える。面倒だからと格摩は一気に答えを出した。
「いーか、よく聞けお前。旅の途中で一番危険なことって何だと思う?」
「えっと、道に迷うこと?」
「ま、そいつもあるわな。でもな、意外と周りを見渡すと方向なんてあっさり分かるもんだぜ? 本当に困るのは、食料が尽きることだ」
「……ああ、そうだったね!」
「一応、その危険は分かるのかこいつ」
格摩に言われてとうとうティンは瑞穂達と旅をしてた頃を思い出す。言われて見れば、あの二人はいつも何はともかく保存の利く食料を集め、冒険の途中で食料を失うことだった。道中野生動物を見つけると狩をしたりしていた。
ああ、つまりこれからこの三人がしようとしてる事は。
「あ、じゃあ食料買いに行くんだ」
「なあ、そこの愚者。私それ真っ先に言ったよな?」
林檎はぐったりとした様子でいった、問いを投げた。この女と言う人間は理解したが、一体何処まで馬鹿なのか計りかねている。
それで、対するティンはと言うと。
「……何が問題なの?」
「手前はどうすんだつってんだよ! 付いて来んのか来ねえのか?」
「……え、あたし? 何であたしも行くの?」
「お前、食料とかどうしてる?」
「……ちょっと待って」
そう言ってティンは荷物を取り出して中を探る。
「うん、もう殆ど無いってあれ皆何処に行くの?」
「買い物。お前も来るか? 旅するなら食料が要るだろ?」
「あ、うん。行く行く!」
そう言ってティンは格摩たちの後に付いて行った。
「んで、何処に行くの?」
「此処の辺りの地図は全部頭に叩き込んだし、行こうと思えりゃ何処へでも」
「安いところ希望」
「一先ず一定の品質さえ確保してくれるのなら何でも」
「お前ら勝手な事言うなぁ……」
格摩はそう言って頭をかきながら街中を歩き回る。そう言ってティンはふとある事を思い出したように問いを投げる。
「ねえ、格摩。あんたってさ、何で楓さんによく頭下げてるの?」
「んー? 聞いてどうすんだい?」
「何か気になったから。言いたくないなら別に良いけど」
「……実を言うとな、まあ見てりゃ分かると思うが俺と姐さんは昔からの付き合いなんでな。関係でいや、ダチの姉ちゃんと弟分って感じ。
どっちかって言うと、俺その弟と仲が良くてな。
昔からよくつるんで遊んでたんだよ。いろんなとこに冒険しに行ったり、毎日馬鹿騒ぎしたり。姐さんはそんな俺達と一番年が近くてな、俺達のお目付け役みたいな感じでさ、よく俺達の保護者役として色々面倒を押し付けてたんだよ」
林檎はそんな語りを黙って聞いていると一つ思い出したように呟く。
「ああ、あいつの。あいつには散々世話になった」
「ん? あいつってこたぁ草叉か? あいつが人の世話をするなんて思えないが……」
「ああ。あいつ、私達従兄弟のお目付け役の筈なのに滅多に顔出さない。おかげで家族への定期連絡を自分でやらなきゃ行けなくなってな」
「本当にすまん! っつか悪い! あの馬鹿んな大事な事放棄してんのか!? 何時もどおり過ぎて安心通り越して逆に呆れたわ! 本気で変わってねえのなあいつ!? こんな所でダチ公の話し聞けるとは思ってなかったから色々な意味でビックリだ!」
即座に格摩は林檎の前に出ると深々と頭を下げた。対する林檎は冷たい視線で。
「ちなみにこの怒りと失望を誰に向けていいのか分からないんだが、その台詞を吐いたと言うことはお前で良いのか良いのな? 楓さんは思ってた以上に出来てる人間だから弟君の現状を言うの心苦しくてしょうがなかったんだがお前にぶつけて良いのか?」
「いや、出来ればあいつに叩きつけろ。あるいはもっと適任者がいるからそいつにしろ」
「……で、何であの人に頭下げるんだ?」
関哉が見かねて助け舟を出すように話を促す。格摩は即座に乗っかると。
「そうそう、昔さ俺達の冒険の中で酷くでかいヤマがあってな。当然と言うかさ、あの人もその場に居合わせてな……あの人、俺達の為に色んな無茶したのさ」
「無茶って言うと?」
「まず、援護狙撃。その上時間稼ぎの囮役、おまけに残った雑魚の掃討戦まであの人は全部やりきった。途中敵の罠に引っかかって、いや自分から罠にかかってまで俺達の事を守ってくれたんだ。
俺達がそれを知ったのがよりにもよって全部終わった後。
皆ボロボロで傷ついて、その上で俺らはそれを知って愕然としたよ。あの人、無茶はしないって言ってさ、俺らは心配してないでやる事やって来いってよ。何時もそんなこと言って無事に帰って来た、俺らに取っちゃヒーローみたいな無敵の姉ちゃんだったんだよ。それがさ、血だらけで帰って来て、傷だらけの俺ら見てあの人悔しそうな表情してたんだ」
「……それが理由か?」
林檎の問いかけに格摩はいやと否定して。
「その後だ。俺ら皆で見舞いに行こうって言い出したんだ。
あの人、一ヵ月後に大会があるって言うのに全治二ヶ月の大怪我。普通に治療したんじゃ大会には出られないほどの大怪我だ、皆で元気付けようってそれぞれ少ない小遣いひねり出して見舞いに行こうって。
そこで問題だ、あの人そうしたら何て言ったと思う?」
急に飛び出た格摩からの問いかけに三人はそれぞれ答えを搾り出す。
「喜んだんじゃねーの? 自分の弟分たちが心配して見舞いに来たんだろ、泣いて喜んだと思うぜ」
「あの人はそれくらいでなくとは思えんが……まあ、照れながら喜んだじゃないか?」
「やっぱ喜ぶよね? 心配してお見舞いにきたんだから」
関哉、林檎、ティンはそう思って返す。それに対して格摩は笑いながら。
「全部外れ」
「じゃあ、どうしたの?」
「返事は帰れ馬鹿やろう、手前らくそがきもが余計な心配してんじゃねえってさ。あの人の答えはそれだけだった」
格摩は一旦言葉を切り、街道の中で店を探して周りをきょろきょろ見ながら歩いていく。
「見舞いも受けとらねえでそこら中にあったもんを投げ付けて来やがってよ、俺らは良く分からなかった。何で怒ってんのか、一切理由が分からなかった。
でもよ、ある頭の良い奴が言ったんだ、まあ当然だろってよ。
冷静に考えて見ろよ、あの人は自主的に保護者役を買って出ただろう。でもそれは誰に対して? 学生だったくそがきどもの保護者役を誰に買って出てた? そう、あの人は自分の姉ちゃん達にこう嘯いてたんだ、がきどもは心配要らない、自分が全部面倒見るってよ。それが全員大怪我で自分も血まみれで肝心な所は役立たず。
保護者の面目丸つぶれのところに追い討ちの見舞いだ。
悔しくて当然だ、見舞いに切れて当然だ、大見得張っといて全く果たせず結局自分は姉ちゃんに甘えっぱなし、情けなくって仕方ないったらありゃしない。そのうえあの人、大人たちにこう言ったんだぜ?
おたくのお子さん達に怪我させてすいませんって。全て自分の監督責任ですって。
俺ぁ、自分が情けなくて仕方ねえよ。そこまであの人追い詰めておいて、俺ら全員結局あの人に責任全部取らせてよ。他の連中はそれを知らないままだ。だから俺くらいはな、あの人に礼の一つでもいっておかねえと、って思ってな」
格摩は何でもないと言わんばかりに一旦切った。そこでティンは漸く理解した、この男が楓に頭を下げる理由は。
「一つの礼儀、ということか。世話になった彼女への」
「そう言うこった。俺だけは義理とおさねえでどうするよって」
「……ああ、そうか。お前と言う人となりを理解した。正直言って好ましいよ」
林檎はそう言って微笑むように格摩を見る。
「ずっと、有難うって言ってたんだ。で、向こうはそれに要らないって怒ってたんだ」
「ま、そんなとこ。俺としちゃ礼なんてしてもしきらねって感じだ」
「で、そういやそのダチって何だよ? 相当昔からの付き合い臭いけど」
「10年もの付き合いだよ。ま、機会がありゃ紹介してやるさ。ある一部を除いて……」
と、店を探してきょろきょろしてた格摩が急に足を止めてある一点を見続ける。と言うか、ある男性を見続ける。見られている男性もそれに気付いて足を止め。
「って!? ちょっと先生、急に立ち止まらないでください」
「……ふむ」
「あの先生、聞いてるんですか?」
男は少し考えると後ろの生徒を見る事無く。
「水純君、一つ聞いていい?」
「何でしょうか」
「久しぶりに会った友人がダブルデートしてるんだがどうすればいい? 主にからかい方面で」
「死んで下さい」
凡そ教師と生徒の関係とは思えないようなやり取りが行われた。大して先生は少し間を置いて。
「水純君、久しぶりに会った友人がダブルデートしてるんだがどうすればいい?」
「死んで下さい」
再び教師と生徒の関係とは思えないようなやり取りが行われた。大して教師の方は少し間を置いて。
「水純君、久しぶりに会った友人がダブルデートっぽいことしてるんだがどうすればいい?」
「死んで下さい」
またもや教師と生徒の関係とは思えないようなやり取りが行われた。大して教師の方は少し間を置いて。
「水純君、久しぶりに会った」
「死んで下さい」
「お前真面目に考えてる?」
「はい、至極真面目に。如何すれば目の前の教師がまともになるのか」
「え、これ以上まともになれと? 困ったなぁ……」
教師は苦笑し困った困ったと言うポーズをとっていると生徒は遠慮なく。
「生まれ変わりを勧めます」
とのたまった。
「さて、んな事はどーでもいーとしてだ。おーいかっくまくーん」
「死ねこのくそヤロオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」
友好的な様子で近寄ってきた男に格摩は絶叫して拳を思いっきり突き出したが、男はへらへら笑いながらひょいっと体をそらし、その拳はまるで流される様に水飛沫を投げながらそれていった・
「おいおいかーくま君、友人は殴るもんじゃねーぞ」
「この人、友達?」
「に似た何かだ」
「ひっどいじゃねーの格摩君。俺達、あんなにも愛し合ったじゃないか」
男の発言の直後には格摩は鞭を打つように男に向けて蹴りを放つ。が、それも水飛沫を上げて思いっきり在らぬ方向へと向かっていく。
「誰と誰が愛し合ったよ!? お前ふざけんじゃねえ!?」
「そうか、そう言う趣味があるのか。大丈夫だ、人の趣味ならある程度なら理解はある方だ」
「やっぱり手前男色家じゃねえか」
「ちげえわこらぁっ!? つうか数貴手前も同類扱いされて良いのかおい!?」
「格摩君を弄れるなら、俺はどんな汚名も受けて見せよう!」
そう言って数貴はぐっと親指を立ててウインクをした。そんな彼のすそを引く手が。
「先生、下らない事するのでしたら僕もう帰りますけど」
「ああ、分かった。直ぐいく」
「あっさり終わるのかよ!?」
「ああ? 手前とホモごっこなんか何時までもできるか糞が。流石に女嫌いだが抱くなら男より女がいいに決まってんだろばきゃろう。こちとら生徒の教育に忙しいんだよ邪魔すんな」
「じゃあとっとと行けよ!? お前のそう言うところ本気で相変わらずだな!? つうか言うだけ言って立ち去んのもはええなおい!?」
格摩が突っ込んでる間に数貴はさっさと立ち去っていく。それを見たティンは。
「一体何なの?」
「最近は漫才のデリバリーサービスもあるのか、世の中便利だな」
「いや、あれコントの押し売りだろ」
「手前ら何勝手に他人の振りしてんだごらぁ!?」
林檎と関哉が呆れ返った表情で各々勝手な感想に格摩は不満を叫びあげた。
数貴君は作者の中ではかなりの気に入りキャラです。もっと彼らが活躍する話を書きたいであります。あの振り回しっぷりと言うか、数貴節が相変わらず過ぎて本当にすげえ。こうして文章にするの初めてだけど。
では、また次回。