燃える様な赤い果実
「それで、楓姐さん」
「ん」
「昨日はまあ、こいつと夕方に出会って、飯食って別れた後にそいつとふらふらしててな。そしたらあの仮面とばったり出会った訳だ」
「ふーん」
楓は適当な返事をしてサンドイッチを頬張る。
朝、ティン達はある喫茶店で食事をとっていた。
三人の前のテーブルで私服に着替えた楓が眠そうに目玉焼きやウィンナーをもっしゃもっしゃと口に放り込んでいく。テーブルには既に幾つもの空の皿が散漫しており、既に一人で食っているのがよくわかる。
見ている三人は楓のそんな様子を見ているだけでお腹いっぱいという様子だ。ただし、やはり約一名を除いて。
「おめーら食わねーの? ったく、やろー共はなさけねえ。朝は食わくても無理やり押し込むんだよ」
「いやぁ……ちょっと」
「見てるだけで……満腹通り越して胃もたれする……」
「ったくだらしねえ連中だ」
楓はそう言う男性陣を切り捨てながらプレーンオムレツを切り分けて口に運んでいく。そこでティンはふと思ったことを口にする。
「そう言えばさ、同居人居るって言ってたけど誰も居なかったけど?」
「あーそれかー。何か、居ないんだよねー。あたしは泊まりなって言ったんだけどね」
そう言ってプレーンオムレツを食べ終わるとココアに手を出す。
「何か来なかったんだよねー。何処に行ったんだか……ねえティンちゃん、よかったら探して来て貰える?」
「ん、分かった。で、どんな子?」
「髪は緑のショートでね、目は深緑のカチューシャ付けて、魔導師みたいなマントはおった可愛いちっちゃい子でね」
「……魔導師? 魔法使いって言わないんだ」
ティンはふと思った疑問を口にする。
「魔法使いって言っちゃ駄目だよ。魔法使いは魔導師への侮辱だから」
「え、何で言っちゃ駄目なの? 皆よく言うよ?」
「魔法使いの意味はね、二つあるの。魔法が使えるだけの人間と、魔法を自由自在に使える人間。後者は基本的に魔法師とか魔法匠とか言う事があるから、基本、魔法が使えるだけの人間への侮辱表現だよ」
そう言ってからココアを飲み干すと眠たげな瞳のままパンケーキを頬張り始め、ティンは良く分からんと表情で伝えながらエビピラフを頬張る。
「ユーザーとマスターの違いだね。ティンちゃんに分かり易く言うと、剣が使えるだけの人と剣を自由自在に使える人間と同列に扱われるのは嫌でしょ?」
「userとmasterの違いか……なるほどね、確かに剣の素人と達人じゃ使いの間でもぜんぜん違うもんね。で、そのこの名前は?」
「林檎ちゃんって言うの。可愛い子だから見れば直ぐ分かるよ」
「あの、ところで楓さん、時間は良いんですか? 相当食ってますけど」
「いっつもこんぐらい食ってんだから別にいーじゃねーか、餓鬼が心配してんじゃねーよ」
そう言ってパンケーキを食べ終わるとパフェを食べ始める。
「……体脂肪率などは」
「あたしの仕事、魔法使うから多少太る方がいーんだよ。餓鬼がつまんねー気ぃ使うなよ、鬱陶しい」
そう言ってテーブルの上の容器から全ての料理を平らげると爪楊枝を取り出すと携帯を開く。
「んじゃ、あたしは出るけどティンちゃんはどうするの?」
「ん? 林檎って子を探すんじゃないの?」
「いんや? ティンちゃんもうこの街を出たいって言うなら別にいいけど?」
楓は言うとお冷をぐいっと飲み込む。
「まだこの街に残るならついででいいから林檎ちゃん探しておいて貰っていい? おい格摩、お前どうせ暇なんだろ、林檎ちゃん見かけたらあたしが心配してるって言っといてくれね?」
「了解しました」
「んじゃ、いってきまーす」
楓はそう言うと手ぬぐいで顔を拭くと帽子で長い髪を仕舞うと万と刻まれたお札を十枚置いていった。
「……おい、これ十万食えって事か?」
「ん、いーよー」
関哉の言葉に対してティンは追加注文を行おうするが格摩がメニューを取った。
「一先ず、忘れて食おうぜ。姐さん見ながらの食事はやっぱきっついわ。っつーか、姐さんどんぐらい食ったん、だ……」
「おい、これ……ドンだけ食って……七、万?」
「……此処のメニュー、結構高めだなぁ、うん」
関哉はそう言ってメニューを手にとってうんうん唸り始めた。
「んじゃあ俺はもう一稼いで来るわ」
「俺も。昨日食い過ぎた……つーことで言ってくる。で、お前がこいつ連れてくの?」
関哉はそう言ってティンを指差した。
「いや、流石に日中に街中で襲っては来ないと思うぞ。こいつだってもう街を出ようって思わねーだろ」
「ん? あ、うん。林檎って子探さなきゃいけないし」
「んじゃ、そう言うことで昼飯時に姐さんの工場で落ち合おう」
「それ、何処だよ?」
「この街の製鉄工場といえば一つしかないしな。まあ大丈夫だろ、じゃそーゆーことで」
そう言って格摩は踵を返して立ち去る。関哉はそれを見届けると。
「んじゃ、俺も行くか。そんじゃティン、昼飯時に」
「あ、うん」
関哉は言うと踵を返して立ち去る。
一人残されたティンは一先ず周囲を見渡すと歩き始めた。今、彼女が行うべき行動といえば楓に頼まれた人探しだ。
「でも、林檎って子、何で楓さんの所に来なかったんだろ? 野宿でもしたのかな」
ティンは言いながらぶらぶらと歩き回りながら周囲を見渡しながら歩く。
「野宿したって事は……公園にでも行ったのかな」
そう言って歩こうとしたところで地図が無いことに気が付いたが、丁度そこに街の案内板があることに気が付いた。そこに書いてある街の名は。
「クラヒウンシティ……か。えっと、公園は……あった」
ティンは場所を見つけるとその方へと向かって歩き出した。街の様子はビル郡が目立つといった感じである。そんな街を見て回ると公園が見えてきた。
「えっと、緑の短髪にカチューシャ、だっけ? そんな子居るかなぁ……」
呟き周囲を見渡して見る。マントを羽織ってると言うが、そんな感じの少女など大勢居るだろうし……とティンが思っていると丁度そんな少女がベンチに腰を下ろしていた。何やらリスの世話をしているようだ。
ティンは少女の近くまで歩み寄って見る
「おいしい、りんくん?」
「ねえ」
「後にしろ、忙しい」
リスの世話をしている少女からは厳しい声が帰って来た。ティンは頬を緩ませて少女に回り込んで目線を合わせるように姿勢を低くする。
「あたしはティン。ねえ、あんた林檎って言うの?」
「……ティン?」
「どうしたの?」
林檎はふと何かを考える様子を見せる。
「どこかで聞いたような……何処だったか。まあ、いいか、思い出さねばならないことなら意味なんてないか……で、何だ。今は忙しい」
「楓って人、知ってる?」
「……何故その名を知っている。あの人に私の捜索を頼まれたのかと思うが、如何言う関係だ」
「えっとね、一回泊めて貰ってね。それで」
言ってティンは林檎の頭へ手を伸ばすが林檎はそれを弾く。ティンは林檎の隣に座り込んだ。
「何の用だ」
「何かね、林檎みたいな子を見るとつい、ね。知ってるんだ、林檎みたいに強がってる子。そう言う目を知ってるんだ」
「……私が強がってる子供だと、そう言いたいのかお前は」
「何でかは知らないけどね。良かったら教えてくれる? 何で野宿したの?」
その問いに対し、間を置いた林檎が口を開こうとした瞬間だ。仮面の集団が一気に現れた。
「んなっ!?」
「日中、街中には現れないとでも思ったのか?」
「また懲りずに来たのか、お前らは」
ティンは驚いた直後に立ち上がって抜剣するが。
「良いのか? こんな所で戦闘をして」
「別に。お前らぶった切るのに場所なんて関係あるか!」
「では、この辺りに居る者達がどうなっても構わぬと?」
仮面の一人が言ったと同時、周囲の仮面が公園に居る人達に向けて攻撃の構えを見せる。対応は人それぞれだが、まさか命の危機に晒されているとは思っていないのか穏やかな反応だ。
「な、何!?」
「そうだな、年功序列順に消して行こう。貴様の剣閃と我等の一斉攻撃、どちらが早いか……試すか?」
「ふざけんな!」
ティンが目の色を変えて駆け出そうとした、瞬間であった。
文字の如く、世界は地獄と化す。そう、焦熱の地獄へと。炎のドームが仮面たちとティンを一気に包み込む。
「おいでりんくん。うん、ちょっと待ってね」
ティンの背後でそんな穏やかな声が聞こえる。振り返れば林檎がリスを鞄の中に入れていた。そして、とても無表情で仮面に振り向いた。
「で、お前ら面白い事を言っていたなぁおい」
「魔法使い如きが我等の邪魔をするのか?」
その言葉を耳にした瞬間、林檎の無表情は急に深く鋭い目になる。そしてティンも驚くほどのさっきが彼女からあふれ出すの感じる。
「え、ちょ」
「――五体満足で帰れると思うな」
「き、気を付けて! あいつら機械だから」
「そうか」
そういった瞬間、林檎は仮面の前に躍り出ていた。そして仮面を握り締める。直後、鉄が焼ける匂いがティンの鼻腔を擽り始める。
「ほう、ただの鉄じゃないな」
「や、め、ろ……!」
仮面は林檎の腕を掴むが同時に煙を上げ始める。他の仮面達が林檎に攻撃を加えようとするがティンが切り捨てる。
「じゃあ、もっと温度を上げるか?」
「ぐ、ぁ……A、Aaaaaaa……」
仮面から機械音声が漏れ、仮面が真っ赤に染まり始める。
「じゃ、終わりだ」
言うと林檎は仮面を一気に握りつぶす。熔解した鉄が弾け飛んだ。林檎は熔解した真っ赤な鉄を物珍しげに見つめるとそれを口に含んだ。
「え、え、ちょ!?」
「あちっ……ふむ、こいつは……鉄じゃない? いや、こいつは」
林檎は何かを考え込む。そしてああと言って答えを口にする。
「F・オリハルコンか? 妖精界の技術が何故? まいっか」
林檎はぱちんと指を鳴らすと炎のドームが一気に縮小を始め、仮面の者達が焼かれて残骸だけが残った。
「す、すご……」
「ふむ……こいつ、面倒なことになってるようだな……」
ドームは消え去り、元の公園が現れる。
「――に会う必要があるか」
「ん、何か言った?」
「いや、何でも無い」
「あ、林檎見つけたけど、どうやって楓さんに教えよう。電話持ってないし……」
その言葉に対して林檎は溜息をついた。
「工場だろう。それくらい知ってるよ、こっちだ」
それでは次回に。