野郎どもの矜持
「敵増援確認、対象に変更はなし、行くぞ――!?」
瞬間、男達を飛び越えようとした仮面達の一角は一気に薙ぎ払われる。
理由は単純、関哉の斧と剣の、格摩の回し蹴りの一撃で。
「おいおい、女を先に狙うたぁ男の腐った奴のする事だぜぇ? 男なら男らしく真正面から突っ込んで来いよ」
「っつか、何で俺はこんな女庇ってんだ? どうせなら可愛い子がいいんだけどなー皐とか」
関哉はそんな事をぼやいて己の得物であろう斧と剣を担いでぶら下げる。対する格摩はズボンのポケットに足突っ込んだまま直立してる。その様子からは酒を飲んでいたとしても酔っている印象は微塵も無い。
「お、おい! お前ら邪魔だ!」
庇われた対象であるティンは何とも可愛げのない事を叫んでいる。事実、彼らの立っている位置はティンの予測している斬線のど真ん中にいるのだ、彼女からすれば正直邪魔と言われても仕方ない。
「お前はそこでのんびりしてろ」
「おうよ、女に戦闘させるほど俺は腐ってないぜ?」
関哉は鬱陶しそうに言い、格摩は続くように彼女に向かって笑った。だがしかし、ティンは格摩へ噛み付くように吼える。理由は一つ。
「お前、何も持って無いくせに何言ってんだ!」
そう、彼の手に武器と呼べるものは何一つ無い。
今だって手をポケットに突っ込んで何も持っていない。それどころかその体にはスーツ以外何も身に付けていないのだ。どうみても丸腰、ではあるが。
「おいおい、武器なんてもん、要るのかよ?」
「……は?」
そう言って格摩はポケットから両手を出すと素早く踏み込んだかと思えば、近くにいた機械人形の体にデカイ穴が出来ていた。
「な? 武器なんていらねえ」
得意げに笑った青年の前に、胸と腹を同時に失った機械人形が崩れて倒れた。
「な、え、な?」
ティンの表情は驚きに染まっていく。そう、この男に武器は無い。いやある意味ではある。言い換えれば、身体全身が凶器で兵器で、武器だ。
「つうか、こいつら人形かよ。おい、手前らの主人何処だ? 手下嗾けて女襲って姿見せねえたあ、どんな腐れ野郎だ」
「知るかよ」
関哉は言って持っていた斧を投げやりに放り捨てる。放られた斧は回転運動を持って宙を舞い仮面の首を切り裂き、斧は関哉の手に戻ってくる。
「つうか、こいつ等機械の癖に一部妙に継ぎ接ぎだらけのオンボロだぜ? 一体何なんだティン。説明しろよ、簡単で良いから」
「え、えっと、よく知らないけど襲ってくる!」
その答えは関哉に溜息をつかせるには十分だった。
「まあいいさ、一先ずこいつら片付ける」
「了解」
「……対象の排除を優先せよ」
小さく呟くと仮面達は一気に踏み込み、撹乱する様に動き回る。
「妨害者は」
「陽動で釣り出し、隙を見つけよ」
言うだけ言うと一部の仮面達が拡散し、残った者達が一気に押し寄せて来る。
「つーか、よ」
格摩は拳を握り締め、構えを取る。服の下に詰め込まれた鋼鉄が如き肉体が撓る。
「こいつら、本気で何もんだ? 情報屋でもきかねえぞ。何でこいつを狙う?」
「しらねえよ。そもそも、自律回路持った機械人形だ? この世界にそんな技術あったかよおい」
「知るかよ。探せばあんじゃねえの?」
会話交じりに格摩の拳が仮面の肉体を砕き、関哉の刃が仮面の体を切り裂く。
格摩の動きは見た目自体なら飄々としている、だがその動き自体は真逆。型にはめているかと思わせるほどの正確さを持ち、長年の鍛錬の末に磨き上げられた刃の如き鋭さを持って敵を打ち砕く。
対して関哉のはまさしく野獣の動きだ。型などなく、本能に任せた自由な攻撃。しかし、それ故にその動きは狩人に等しく一切合財の無駄が無い。力任せと勢い任せに見えてその実、入念な計画性を思わせる動きで敵を引き裂いていく。
しかし。
攻撃後の硬直。誰にだってあって然るべきその隙。そこへ拡散した仮面達が一気に押し寄せて来る。
此処に来てティンは再び剣を構える。精神を絞り上げる様に集中する。戦闘によって開けた己の斬線へと入って来る敵を予測し――。
そんな時。
「だからよぉ」
攻撃の硬直に囚われていた格摩は巻き戻されるように元に構えに戻り、そのまま背後へと振り返り。
「女狙うんじゃねえつってんだろう、何時までも腐った真似してんじゃねえッ!」
一瞬で距離をつめ、そのまま一気に仮面を背後から貫いてティンの前に躍り出る。
「ちょっ」
「ったくよぉ、此処まで腐ってるとはな。いい加減にしろってんだ」
ティンは舌を打つ。目の前のこいつらさえないなければ、自分だけであればすでに終わっているような戦闘なのだ。正直どころではなく、本気で邪魔だと思う。此処まで邪魔をするなら、いっそ。
「おいお前ら、もう邪魔だからどっか行けよ! ナンパ野郎も、関係ないじゃんか!」
「悪いがきけねえよアホ」
「何でだよ! お前あたしのことなんて」
「お前の事情とっとと終わらせねえと、孤児院に帰っても空気が悪い」
その返しに、ティンは言葉が詰まる。関哉は喋りながらもその動きは変わらない。野獣が如き動きで敵をなぎ払って行く
「お前がさっさと帰って来ないのはそういうことだろーが。とっとと用事終わらせて、さっさと帰れや」
「お、まえ」
「なるほどな」
格摩は納得しながら回し蹴りで周りを薙ぎ払う。
「俺の場合はあれだ。惚れた腫れたはどっかになぐりとばしといてよ。女が襲われてんだ、取り敢えず助けとくのが当たり前だろうがぁッ!」
月夜に響く格摩の咆哮。それに対して。
「よく言ったァァァッ!」
まさかの、答える声があった。その声に格摩の顔が歪む。そして視線を動かす。
見るのは遠くの崖の上。そこには青い作業着の誰かが立っている。帽子を目深にかぶっており、その顔は一切見えないが、そのつばを掴み取ると後ろへと回すと元気のいい笑顔を見せ、和弓を取り出した。
「それでこそあたしの舎弟だ、格摩ッ!」
「まっず!? お前ら全員伏せろぉぉぉッ!」
格摩に声に応える様に、作業着の開いた掌に矢が生成されていき、そのまま矢を弓に番い弦を弾き。
矢の先から魔法陣が展開されていき。
ギリギリと鳴らしながら矢を戦場へと向け。
衝撃波を持ち、射手さえも仰け反る程のものを持って、一直線に矢は飛翔する。
結果、矢は戦場のど真ん中に吸い込まれる様に、突き刺さり、大爆発を生み出した。
ティンは即時回避を行っていた為問題はなく、格摩は既に伏せていたので問題なく、何もしてなかった関哉は思いっきり吹っ飛んだ。
「な、何今の!?」
「ばっ、爆撃だぁっ!? っざっけんな先に言え!?」
「くっそ、いきなり重力衝撃矢!? お前ら気ぃ抜くな、この後本命が来るぞ!?」
格摩の絶叫に合わせて仮面の者達も関哉もティンを崖の上を見る。そこには。
二本目の矢を構えていた。更に、その周囲には複数の矢が生成されていく。その数は――計測不能。何本も何百本も何千本も矢が空中に展開されていく。
「さっきのは位置を確認と俺への警告だ、何でも良いからお前ら伏せて動くなぁッ!」
格摩の叫びと同時、矢が一気に放たれ、鉄矢の雨が、もはや嵐と言うレベルで降り注ぐ。
ティンも関哉も縮こまって微動だにしない。動こうにも響きわたる轟音に何度も起きる破裂音に身動きさえ出来ない。その合間に仮面達の断末魔まで聞えるが正直でか過ぎる音に紛れて全く聞えない。
そして、急に音が途絶えると足音が聞えてきた。
見れば作業着の人が――近くで見たところ、顔といい体つきといい、如何見ても女性だ――女性が歩み寄っていく。
「あ、姐さん!」
「手前」
格摩は女性を見るや否やばっと頭を下げるが、相手は苛立った顔で下げた頭を蹴りつけられる。
「あたしのことは、楓さんとよべっつってるだろーが。誰彼構わず人前で言ってんじゃねえよ、あたしがその筋の奴だと思われたら如何すんだこら」
「す、すんません楓姐さん! しかし楓姐さん、何でここに?」
格摩は踏みつけられ、頭を下げたまま問うが楓はそのまま蹴り飛ばし。
「この街はあたしの職場だっつの。今日は客人居るから散歩してたらなんか喧しいから来てやったんだよあほ。んで、そいつら誰?」
「あ、そうだったんですか!? 姐さんありがとうございます!」
「人の話しきいてんのか手前は!?」
楓はまた性懲りもなく姐さん呼びをした格摩は蹴りつけられた。
「え、えっと、友人です」
「ふーん」
「ところで俺は関哉といいます。いやぁ、こんなに可愛らしい女性にめぐり合えるとは。ぜひともお名前を」
関哉は紳士らしい態度で自己紹介を始めるティンは納剣した自身の剣で関哉の頭を殴りつけた。
「ま、いーや。あんたはえーと近くの宿屋を手配すっから、そこに格摩と泊まってくれ。そこの娘は? あたしは森林楓」
「え、ティンだけど」
楓に呼ばれたティンはそう返事すると楓はティンの方に歩み寄ると。
「じゃティンちゃんはうちきなよ。今日あたしは社員寮に泊まるからさ。あ、大じょーぶ大じょーぶ今旅してる従妹が寝泊りしてるだけだから男は居ないから安心して」
「え、姐さん俺ら宿とって」
「んなもんキャンセルしろよ。折角あたしが金出してやるって言ってんだから餓鬼は黙ってねーちゃんの言うこと聞いてろ」
「へ、へい楓姐さん。後、俺もう成人してるんで何時までも餓鬼呼ばわりは」
「んな台詞は定職についてから言いやがれ」
言い負かされた格摩はやれやれと電話を取り出してキャンセルの手続きを行う。ティンはどういうことか理解しかねていると手を引かれ。
「はいはい解散解散、野郎共は宿屋、女はあたしんち、明日もあたし仕事あんだからとっととしろっつうの」
「へ、へい」
「ぐっ、中々にサバサバしたお姉さまだ……だが逆にそこがッ!」
復帰した関哉が戯言をほざやいてると楓は電話で宿屋へ電話をし始める。そうして夜は深まっていく。
え、森林て聞いてたことがある? さあてそれはどーだかねー。
んじゃまた次回。