男達との晩餐
「ナンパ、野郎?」
「おいこら。ティン、手前なんで此処に居やがる」
ティンは青コートの男を凝視して驚いた表情で見る。何故なら。
「あん? お前さんら、知り合い?」
「知らないって言ってやりたいけど、まあうん」
「んだよ、その言い様は。つーかお前なんで此処に居やがる。何か用事か?」
「何だよ、ナンパ野郎には関係ないだろう。っていうか、何で此処に居るんだよ? お前孤児院はどうしたんだよ」
「ああっ!? 手前のせいであそこの空気今超悪いんだぞ!? 華梨はふさぎこんでるし、がきどもは混乱してるし、紗羅は飛び出すし」
青コートの言葉にティンは目の色を変えて胸元に飛び込んだ。
「お前ッ!? 紗羅がどうしたって!? あいつ、何処に行ったってッ!?」
「落ち着けよ馬鹿」
胸倉を掴みあげたティンを無表情で見下ろすと、青コートはその手を払う。
「紗羅はとっくに帰ってきたよ。そうだな、出て行った三日後には戻って来たよ。そんで、妹達は自分が守るんだーつって張り切ってたよ。今から二週間前の話だ」
「紗羅が……そう、なんだ……で、何であんたが此処にいんの?」
「皐も出て行ったし、相変わらず空気悪いし、紗羅は妙に張り切ってるし、色々都合が良いから俺も旅に出してもらったんだよ」
「んで、そろそろのあんちゃんを紹介して欲しいんだけどよ」
話に割って入ったのはまだ居たスーツ男だ。
「俺の名は格摩。見ての通りふら付き者さ。で、そこの兄ちゃんは何て名だい?」
「あたしには聞かないのかよ」
「あー、うん。そこの残念系美少女はもう用は無いんだが……えーと、あんさんの名は?」
「ティンだよ!」
そう言ってティンは元気よく名乗り上げるが格摩は軽くスルーしてコート男に振り返る。
「んで、お前さんは?」
「男に、名乗る、名前は、ねえ!」
対する相手はそう言って格摩を全力で拒絶する。まさしく、ティンから付けられた渾名まんまな男なのだろう。
「そいつなんてナンパ野郎で十分だ」
「ナン・パ・ヤロー? それともナンパ・ヤ・ロウ? 或いはナ・ンパヤ・ロウ?」
「……一応、関哉って名前があるよ」
「関哉か、良い名前じゃん」
そう言って格摩は関哉の肩に手を回すが、対する関哉は酷く嫌がっている。
「ちょ、手前俺の肩に触ってんじゃねえ! 俺に触って良いのは美少女限定、百歩譲って女だけだ、野郎はさわんじゃねえ!」
「硬ぇこと言うなよ。なあ、此処であったのもなんかの縁だし、どっかに飲みにいかねえ?」
「ばっ、俺ぁ未成年だ!」
「無礼講だ無礼こー、良いじゃねえかちょっとくらい。俺だってこないだ二十歳になったばっかだしね、たまにはぱーっと飲もうぜ」
そう言って格摩は関哉にべたべたと触れ合うも当人は最高に嫌がり、顔を押しのけようと腕を必死に伸ばすが格摩は退こうともしない。
「っざっけんな! 何で男と、っつかさわんな叩くな声かけんな男色か手前は!?」
「なっ、ふざけっ!? 俺だって野郎と付き合うなんざごめんだっつーの! 単純に出会った奴と飲みたいって思っただけだっつうの! ほらよ、女が居ると出来ねえ様な会話だって男同士ならできんだろ? 大丈夫だって、これから金稼ぐところだからよ」
そう言って格摩は関哉と肩を組んだまま立ち去っていく。置いて行かれたティンはと言うと。
「っておーい! お前らー! あたしはー!? ねー!? 焼肉奢れーッ!!」
ティンの叫びは全く意味が無く、空しく響く。誰も返してくれない街角の一角の中、ティンは。
「いーもんねー! お金いっぱい持ってるもんねー! 一人で焼肉いっぱい食べるもんねー! おなかいっぱい食べてやるもんねー!」
ティンは叫ぶも、二人の姿は雑多の中に紛れて消えていった後だ。故、余計に空しく声が響くのみである。
頬を膨らませ、地面を思いっきり踏みつけると焼肉屋の方へ視線を向ける。そして大またで焼肉屋の方へと歩いて行き、店の中に入る。
「いらっしゃいませ、何名様で」
「一人っ!」
ティンは胸を張ってそう言った。対する店員はその態度と返しに驚きながら。
「お一人様で?」
「一人っ!」
再びそう返すと店員から引かれつつもティンは剣を渡して席へと案内される。そしてティンは腕を組んで席にドスンと座り込んだ。
「全く、あいつら……いいもん、とびっきり美味い肉くってやる。えーと、取りあえず何食べよう」
ティンはメニューを手に取ってうんうん唸りながら選んでいく。そして適当に選んで店員に告げるとまた腕を組んで座り込む。
「そう言えば……此処何処だろ。瑞穂達、何処に居るのかな? と言うか、今何日だろ? ケータイ……はそう言えば何処にやったっけ? 買ったと思うけど……あ、瑞穂に渡しっぱなしだ。会った時返して貰えば良かったかな……ん?」
ティンは呟いていて誰かに見られている事に気づいた。そして窓、店の外へと視線を向けるとそこには一瞬、何処かで見た男二人が居た――気がした。直ぐに雑多に紛れた為、よく分からなかったが。
そして、誰かが店に入って来る音がするがティンは一切気にせずメニューへ注視しており、一切に気にしていない。そんな時だった。
「そこの連れです」
そんな声が聞こえる。次に聞こえて来るのは近寄る足音。ティンはメニューから目を離してみれば。
「……はい?」
さっき分かれた二人が座っていた。
「ねえ」
「お、この肉うめえな」
ティンがしかめっ面をして二人に言葉を投げるが、二人は無視して肉を焼き続ける。
そして格摩が焼けた肉を端を掴んで口に運ぶと関哉はあっとした表情で。
「手前そりゃ俺の焼いた肉じゃねえか!」
「男が固ぇこと言うなよ」
「っざけんな、俺ぁ今四万しかねえんだぞ!?」
「そりゃすげぇ、俺ぁ一万ちょい。奢ってくれよ」
「美少女ならいざ知らず、何で野郎に奢らにゃいけねえんだよ!?」
関哉は格摩に持った箸の先を向けながら講義するが、当人は冷ややかな表情で肉を焼いていく。
「つうかティン、手前今いくらだよ。まさか、本当に持ってねえとか言うんじゃねえだろうな?」
「ん? 確か……二十万は持ってるね」
「手前が奢れや!」
「おいおい、男が女に奢ってもらうなんざ恥だぜ?」
「ぐっ……いやまあ、確かにそうだが、よ」
格摩は肉と一緒にご飯を食べながらにやりと笑いつつ関哉に言うと、対する関哉もどもって自分の頼んだ肉を焼き始める。
「ねえ」
「んだよリッチ」
「女が男に奢るのって、そんなに駄目なこと?」
「おうよ」
答えるのは関哉ではなく格摩だ。
「女に奢られる男なんざ、性根の腐った奴がすることだ。男の花道でも王道でもねえ、風上にも置けねえし男として失格だ」
「……あのさ、男とか女とか、大事?」
「大事だよ」
格摩は即座に言い切った。それこそ心理と言わんばかりに。
「……よく分かんないや」
「女にわからねえもんだよ。つうか分かるな理解すんな」
「そーそ。女にはわからねえよ」
二人は言いながら黙々と肉を焼いて食べていく。ティンは未だにこの状況に納得出来ず、不満げな表情を見せる。
「と言うかさ、何で二人ともあたしと同席して肉食べてるんだよ。さっきは無視したくせに」
「海鮮追加すっか」
「お、いいなそれ」
「無視すんなおーい」
ティンの言葉を無視して二人は注文を追加していく。
「と言うかさ、格摩ってそんなに頼んで大丈夫なの?」
「男は宵越しの金はもたねえのさ」
「あ、そう言う人何て言うのか知ってる」
ティンは焼いた肉をたれに付け、ご飯に幾つも盛って言う。
「駄目人間だよね。うちの師範代がそう」
「……男の生き様は、何時だって閃光なのさ」
「じー様が言ってた。そう言う事言うのは明日を見ない腐った男が言うもんだって」
格摩はついに吹き出しかけて口を押さえ込み、胸を叩き始めた。
支払いを済ませるとティン達三人は店の外に出た。
「さーて、もう一稼ぎすっかー。関哉、お前もどうだ?」
「あ? まあ良いけどよ」
二人の会話を聞くとティンは人混みに紛れるように立ち去る。よくは分からないが、まああの二人と一緒に居る理由など彼女には無い。
一先ず目指すべきはと言うと。
(瑞穂との合流、かな。ケータイのこともあるし、もしかしたら連中のアジトについて知ってるかもしれない。でも、此処何処なんだろう?)
ティンは流される様に街の出入口へ向かう。そして整理された道路へと出た。店を出た時は日が落ちかけていたが、今では完全に月が夜空を彩っている。
とりあえずティンは街道に沿って歩いていく。整理された道路があるということは、続く先にあるのは次の街だ。それくらいティンも知っている。故に歩いていくが。
「夜道に街の外に出るとは……愚かにもほどがあるのではないか?」
突然、そんな声がする。ティンは待っていたと言わんばかりに剣を引き抜く。
「いや、邪魔なら切れば良いし」
「では、死ね」
一斉に仮面の軍団がティンに飛び掛る。ティンは未だに剣を抜いたまま周囲を気にする事無く歩いていく。このままなら彼女の下へ幾つもの殺人拳突き刺さることになる。
しかし、結果は一瞬で巻き起こる斬撃の嵐――ではなく、重力の突風であった。
「おおーっと、悪い悪い。ちょっと酒飲んでてよ、手元が狂っちまった」
「同じく。未成年の癖に酒飲むんじゃなかったぜ、思わず迷っちまった」
そう言ってティンを守る様に側に立つのは誰かと言うと。
「格摩に、ナンパ野郎!? 何で此処に!?」
ティンは混乱して叫ぶ様に言った。と言うか、何故この二人は自分の行く先々に出てくるのか? そう思っていると、二人は振り向く事無く、同時に言い切った。
「迷った、偶然だ」
それじゃ、また。