黄昏と大紅蓮地獄
光の中、黒い髪の女が呻きながら身体を起こす。もう片方の銀髪の女も同じ様に身体を起こして周囲を見る。そしてお互いに見詰め合って言い合った。
「あれ、瑞穂さんが居ます……」
「あ、雪奈さんが居る……」
そう言い合って、瑞穂と雪奈ははてと何かを考える。が、あっと。
「も、戻ってる!?」
「ほ、本当です! 戻っています!?」
「雪奈さん危ない!」
瑞穂は叫んで雪奈を押し倒すと背後からの攻撃を回避し、直後にその頭部を電刃が貫いた。
「大丈夫二人とも!? ……そう言うのって確か百合って言うんだっけ?」
「その知識は即座に捨てるか今直ぐ殴り飛ばされろ」
エレナは瑞穂達のポーズを見てそう言った。瑞穂は呆れた様に言った。
「って、元に戻ったって事は――」
――やっと戻って来たんだねお母さん!
(誰が母だ!)
瑞穂は心の内に居る精霊に語りかける。そこにはやはりと言うか、何時もどおり自分の持ち霊がそこに居た。
――全く、急に消えて変な人が入って来るし、本当に混乱したよぅー。
(じゃあ行くよ、アレで一気に決める!)
――おっけー! 詠唱分、やっと完成したからそっちに送るねー。
(分かった。じゃあ)
瑞穂は体内の魔力を動かし、心臓部にある契約の術式を起動させる。そして紡ごう。
(超越と)
――反逆を!
《世界は幅広く、永久を持ってしても見通せぬ。深遠なる英知こそが不変》
瑞穂は精霊から送られる思念に合わせて言葉を紡いでいく。同時に瑞穂を中心として作られて行く。
《永遠たるあの月を掲げ、今こそこの荒野の果てで願いあげよう》
言葉を紡ぐたびに魔法陣が形作られていき、その形はまるで時計と氷の様で。
《どうか聞いて欲しい。美麗な月の如く、貴方はあの高みへと登ってくれと》
更に生み出されるは満ちてかける円形の術式。それは正しく月であった。
《その輝きの下で、今此処に祈らせて欲しい》
ミズホと瑞穂が望むもの。今この時に欲する力はただ一つ。
《時よ、凍れ。その輝きは何よりも美しいから》
森羅万象の凍結、それのみであった。その世界は正しく悠久なる大紅蓮地獄。
《永遠の月に願う、かの者を高みへと導いて――》
瑞穂の詠唱を止める者は誰も居ない。いや、止め様にも彼女の周りに近付くだけでも肌が凍て付くほどの冷気が漏れているのだ。真っ当に近付いては遠慮なく氷付けとなるだろう。
「起動、解放――!」
完成した術式がうねりを上げる。その役割を果たさんが為、術式は輝きを放ち、瑞穂の背後にまるで守護神の如くミズホが出現する。
「超越を詠え――月と反逆の物語!」
神座への道が開く。瑞穂の同時魔法使用による世界を騙すからくりが動き出す。そして――。
「え?」
ドクン、とティンの心臓が跳ね上がった。
「な、何?」
魔力がうねりを上げる。ティンの呼吸が乱れるほどの魔力が動き回る。
「何だ?」
真っ先に異変に気付いたのはメイリフであった。闘いの途中で周りを見渡し、異変を調べる。そして目を止めたのはティンだ。闘いの途中だというのに彼女は立ち尽くしていた。いや、問題なのは寧ろ。
「あいつ、何であんなに魔力を垂れ流して」
――お気をつけなさい。アレは恐らく、神々の黄昏。
「え? あ、おい、どういう」
メイリフは何処からか聞こえた声に導かれて振向くと背後で光が立ち登る。そして、情熱的な声が響いた。
「EchteralserschwürkeinerEide;」
「こい、つは!?」
メイリフは目を見開いて振り返りながら叫ぶ。
ティンの意識は半分ほど吹き飛んでおり、脳裏に刻み込まれていく言葉を無意識の内に言わされ続けている。
「treueralserhieltkeiner Verträge;
lautrer alserliebtekeinandrer:」
「この、言葉は……もしかして!?」
瑞穂は響くティンの声に驚いてそれを注視する。
「unddoch,alleEide,alleVerträge,dietreuesteLiebetrogkeinerer
Wißtinr,wiedasward?
DasFeuer,dasmichverbrennt,rein'gevomFluchedenRing! 」
「こ、これは……ニーベルングの指輪物語!? 何故彼女が此処でオペラの台詞を!?」
更に驚愕の声をあげるのは有栖。彼女も凄まじい光を放つティンを見る。
「IhrinderFlutlösetauf,undlauterbewahrtdaslichteGold,
daseuchzumUnheilgeraubt. 」
ティンは高々に天を突き刺すように指差す。
「DennderGötterEndedämmertnunauf.
So - werf'ichdenBrandin WalhallsprangendeBurg.」
高々に言葉を告げるとティンの体から光が線を形作り、手の先で十字架の形を作っていく。
――く、っぐ……な、に、これ……?
――このオーラは……もしや、ラグナロックの継承者!? 何故このタイミングで!?
瑞穂の頭に直接声が響く。軋む様な、苦しむ様な声が。
「何、一体如何したの!?」
――よく分かんないけど、神座から、引き摺り、下ろされ、っる!?
――所詮我々は偽神と別の神、人世界の秩序を動かすなど本来は許されない暴挙。つまり、我々にとってより上位の神には無力。
(待って、ラグナロックって言ったけど、北方の神々って貴方よりも上位の神なの?)
眩い光を前に、瑞穂は両腕でその光を遮る。それでもその光は凄まじく、ティンはその光を掴むと十字架はより形を成していく。
「召、喚ッ!」
体中の術式を隠していた術式が消し飛び、黄昏の光を放つ十字架が顕現する。
――いえ、ですがラグナロックはその神話の集大成とも言える神剣です。その性質は神を焼き払い、終焉と滅びを齎す力。故に、偽神が勝手に人の世の法則を乱すことに対して怒りを抱いたとしても不思議ではありません。
瑞穂は苦い顔で舌を打つ。メイリフははっとした顔で、鬼の形相で瑞穂をにらんだ。
「瑞穂手前、今抱えてる問題は何だ!? 何であいつはブリュンヒルデの台詞を高々に叫んでいる!? あいつが言っているのはラグナロクの宣言だぞ!? 一体あいつは何なんだ!?」
「よく分からない。ただ、浅美さん曰く神剣を持っているらしい。名前はラグナロックって言うらしいけど」
「ラグナ、ロックだと……!? お前、それをいやもういい。お前の問題収集力を舐めてたあたしにも問題はある」
「いや、あまりよくは」
「っつか、これどうするよ。何であいつラグナロックを、しかもありゃ暴走だぞ!? 何で呼んでいる? と言うかお前今何した?」
メイリフは幾らか落ち着いたようだがその目の鋭さは全く変わっていない。メイリフは自然と瑞穂の胸倉を掴むと遠慮の無い眼力は変わっていない。
「あたしを騙せると思うなよ。ありゃ何だ? 起動させただけの術式に合わせてお前持ち霊に何させた? 真後ろに現われたあの精霊、ありゃ現世にいないよな? 何処にいる? 何処にやった? お前、何をした?」
「……あまり、人には言えない。あえて言うなら、チートと言うか」
「あーくそ、どいつもこいつも」
胸倉を掴む手により一層力が強くなった瞬間、地響きにも似た衝撃が此処に落ちる。そう、その名は――。
「神々の黄昏、ラグナロックッッ!」
と、同時。
「――え?」
――負ける、もんか!
神座に至った彼女が必死にしがみ付く。しかし、人の世を勝手に動かすと言う暴挙を許さぬと言う意思が相互にぶつかり合う。共に現世を板ばさみに行われる神威と神威のぶつかり合いにとうとう現世が悲鳴を上げる。そして――ティンの意識は、そこでぷっつりと消えた。
気が付けばティンは何かよく分からない空間に浮いていた。いや、浮いていると言うのは正直分からない。周囲を見渡せば……いや、そもそも首を回してると言う間隔さえない。ただ分かるのは手に握っている十字神剣がまだ顕現しているのに何故か自分の意識が確りあると言う点だ。そんな中。
「大いなる冬、終焉の時。天地万象全てが凍て付き、何もかも悉く氷雪に沈む。」
響く歌声、徐々に包む冷気。何も無い空間にティンの感覚を突く空気が満ちていく。
「例えいかなる戦慄が待ち受けようとも果てには滅び、全ては空しく冷めて行く。全世界へと広がって行くは滅びの冬、永久なる終焉の訪れ、皆須らく氷結の元に死すべし」
冷気は徐々にこの空間を包み、やがて吹雪が舞い始める。
「かの日、涙さえも凍て尽くす極寒の冬。汝らその運命に逆らうか? されば汝らよ、その時こそ真なる罰を与えよう」
ティンは感じ取った。どこかにこの冬の中心点が居ると。そこに向けて舞う吹雪を踏みつけて神剣を構えてそちらへと刃を向ける。
「愚か者よ、今汝らに無限なる紅蓮の地獄へ誘おう――」
「ってあああああああああああああ!」
「起動、解放。氷結と沈め」
ティンは飛び掛って斬ろうとするが直後、またで世界が軋む。一体何がどうなっているのか、この冬は一体何なのか。そしてこの世界の名を告げられる。
「氷死世界・凍結地獄」
「らああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」
ティンは全力を込めて咆哮してその世界に突撃するが氷結に叩き潰されるように打ち砕かれた――そう思った直後、ティンは気付くと地面に叩きつけられていた。
「え、へ、何?」
「行き成りそんなものを向けて飛び掛ってこないで。思わず攻撃しちゃったじゃない」
上から女性の声が降って来る。やっと感覚が戻ってくる。どうやら自分は地面に寝転んだらしい。見上げてみると妙な感覚に陥る。ノイズがかかる、視界に砂嵐がかかる。そして、その姿は自分の知っている姿と比べると相当に違っていたがそのシルエットは間違いなくあの人物。
「瑞、穂……?」
「ん? 何処かであった?」
そこには赤と白で彩られた服装の、蒼い髪の瑞穂が立っていた。
じゃ、また。