二の太刀要らず
亮は全力宣言を行うと手にした刀剣を地に差し、腰から抜いた短剣を引き抜くと駆けだす。ティンは剣を握り直すと亮の動きを見る。
「スガードが教えたのは、後手の戦か!?」
右手に握られた短剣が舞い、ティンは同時に剣を振るい火花を散らして剣が交差し。
「違うだろう、奴が仕込んだのは!」
直後、亮はもう一本の刀剣を握り締め一閃し、ティンも対応して剣を振るって空を切って飛んで来る剣を切り結んで弾き、続くように踏み込んで剣を振るうが亮は双剣を手にしていた筈が一本の剣を持ってティンと切り結ぶ。火花が散り、再び互いに剣を振るい合い切り結び火花が散るがティンは直後に膝を折り腰を曲げ慌てる様に後ろに下がり、直後にティンの額の真上を短剣が通り過ぎる。
攻撃直後にこんな行動をとったのはティンの中の危機回避力――いや、もはや予言と同義とも言えるほどの先読みからである。今の行動、攻撃直後の回避は彼女がちらりと亮の手の動きを見ていたからである。何を見て感じたのかと言うと、両手で握っていた刀剣を片手持ちに変えた瞬間である。この時点でティンはこいつが別の剣で即座に追撃を行うと、感じた……と言うのは正直正確ではない。あの瞬間だけでティンの中には無限にも等しい可能性の差分が浮かんでいた。微かな動きから幾つもの未来を予測する彼女の先読みから一番多い対処法である『後方に避ける』を選び取っただけである。
「あいつは誰よりも速さを求めた! 何よりも速く剣を振るい」
ティンは地に両手を付くとそのまま体を後ろへと投げる様に飛び退く。ティンは亮を見て彼の手からまた剣が一本になっている事に気付く。一体どういうことなのか、いやそもそも――持ってる剣の形状が変化してはいないか? 何故だろう、とティンは思考を回すが亮は尚も口を開き肉薄する。
「何よりも速く敵を討つ事を目指したあの男が――」
何か喋っているが、気にしない。ティンは思考を入れ替え、肉薄する相手の動きに合わせて踊るように背後へと回り込んだ瞬間に亮の剣が周囲を一閃しティンはそれに剣と剣を切り結んでそこを軸に身を持ち上げ攻撃を流してそれを生かして亮の首元へと目掛けて剣を振るうが瞬間亮は剣を首元に回して剣が重なり火花が散るがティンは亮の剣を蹴り付けるとそれを踏み越え背後に飛び越え剣を振るうが剣風を巻き起こす程の勢いを持って振るわれたそれは確実にティンを吹き飛ばすであろう。
「教えるものと言えば、常に突き進む先手の戦だ!」
ティンはこの瞬間に思考を巡らせる。この風を切り抜けるには如何すれば良いのか? ティンはこの状況で打開策を見出す為にこの刹那の瞬間に答えを探る。生憎とティンは風の魔力を持ち合わせていない為風による攻撃を無効化は出来ない。光の物質化による自身を空間に縫い付けると言う手段も無くはないが彼女程度の魔力制御にそんな真似をするには時間が掛かるし、そもそもそんな事をすれば亮に一刀両断されるのは目に見えた結末である。では如何すれば良いのか? ティンは瞬間的に先読みを行い一瞬にして十、二十、百と未来を予知してこれの対処法を一秒以内に模索する。いや、一秒所ではない、相手の剣速は凄まじく一秒もあればティンを切裂くのに十分過ぎる時間だ。風は目前、亮が剣を振るえばその場で発生する、かわすにも宙に浮いている以上は時間が掛かる、何よりその剣を止める手段は彼女の中には無い。剣を止めようと重ね合えば叩き落されるか空しく弾かれるか下手すればそこから切られると言う選択肢もある。と、そこでティンは幾つか対応策を見つけ出して動き出す。この間は正に刹那と呼ぶに値するわずかな時間、いや時間として表し様の無いほどに切り詰められた短い間、ティンは亮の剣に向けて足を出す。その軌道は紛れもなく斬撃の軌道上、つまりこのまま置けば足は斬られると言うことになる。何故この様な行動に出たのか答えは直にやってくる。振り下ろされた亮の剣がティンの足――いや靴の爪先を捉え、瞬間ティンはそのまま刀身に足を滑らせる様に乗せるとそのまま蹴り付けて跳び上がり超至近距離からの剣の投擲を行うが亮は突如取り出した短剣でティンの剣を弾くとそのまま身を捻って持っていた刀剣をそのままティンの胴へと振るうがティンは再び刀身を蹴り付けると。
「二度も同じ手が」
ああ、確かに通じはしないだろう。だが。そう、だが、だ。他者が同じことを行うのとティンほどの人物が行うのとでは天地ほどの差が発生する。彼女の鍛えぬいた荒地のダンス力は例えこの様な刀身であろうと問題は無い。例え踏みつけた者を無慈悲に切裂く剣であろうと、ティンからすれば人が乗れそうにも無いほどの細く柔らかい枝の上に立つ方がよっぽど困難である。
「何ぃ!?」
亮は驚愕の声を出す。何せティンは刃の上に立っただけではなく落ちる木の葉を切る要領でティンを切裂こうとするが肝心の相手が刃の先端、鋭利な部分には足を乗せず磨がれ斜めになった部分へと足を乗せている。そこに強く重心を一瞬傾け後ろへと跳躍するとティンはもう一本の剣――銀の騎士剣を引き抜いて距離を詰めるが亮は短剣を三本同時に投げると同時に駆け出し二人は一気に距離を詰め合って剣を振るい合うがティンは剣を振るうと見せかけて背を低くして亮の剣を掻い潜り周囲を舞う短剣を切り払うが亮は弾かれた短剣を掴み取ると潜り込んだティンに向けて振り下ろすもティンは即座に上半身をそのままに下半身だけで滑るように移動する。
「良い判断だ! そうでなくてはな!」
瞬間、亮は一気にティンに迫るも直後にティンは後ろに回るがそこにも振向くと同時に振られる剣にティンは身を低くして潜り込んで突き上げるが亮の左手に握られた刀剣――そう、最初に彼が抜いた剣――がティンの剣と重なる。
「ほう!? そう来るかッ!」
亮は驚きに満ちた声を上げる。この瞬間ティンは捨て身の行動に出ている。そう、強引に敵の首元に向けて剣を振るおうとしているのだ、それも亮の剣を受けながらも、だ。剣を受け入れることを容認し、ただ勝つ為だけに。いっそ潔いとも言える無謀なこの構え、亮は見事と称えながらも。
「だが甘い!」
叫ぶと同時、ティンは不思議な感覚に囚われる。一瞬自分に付与されていた剣の重みが消え去り好機と剣を突き出すが直後に剣が勝手に横に向いたと思ったと同時に右の肩口から切裂かれる。
「え……え?」
「これ程肉薄したうえに危険を顧みずに攻撃したのが裏目に出たな。貴様が俺と対等に渡り合えたのは卓越された危険回避力とその剣術の腕前があればこそ、片方でも欠かせばそもそも勝負にさえならないと言うことだ」
「何、を……ッ!」
ティンは引き抜くと舞う様に距離を取り弾かれた自分の剣を掴み取ると銀の騎士剣を納剣して亮に再び飛び掛るが亮も対応する様に剣を振るい、二人の剣が激突する。瞬間、ティンは亮の剣を見て驚愕と納得の念を同時に胸に抱く。何故なら、そこには亮が使っていた二本の刀剣が組み合わさっていたからだ。つまり、これが差す事実はただ一つ。この剣は、複数の剣を何らかに技術を持って合体させているのだ。幾つもの剣を持って一本の剣となる剣、と言うことだ。
だが正直そんな事はどうでも良い。ティンはただ目の前の敵を切裂く為に動く。
しかし、正直思う。
(こんな奴、どうやって勝てって言うんだ?)
正しく、この言葉に尽きる。何せ相手は自分の攻撃を悉く受け流しあまつさえ反撃さえし、捨て身の特攻は無意味と言われた。では如何しろと? 捨て身でもない限りあれには届かない。技が届かない以上、届かせるには強引な手段に出るしかない。先読みに次ぐ先読みを行っても自分が敗北する未来は見えないが、勝てる未来も見えてこない。つまり平行線であり、勝つには何かを持って相手の上を行くしかない。だが何を? 此処まで絶望的であると絶望に呑まれそうだがそれは押さえ込む。一応、最終手段と言う切り札が無くはないが、あれは流石に問題があり過ぎるしそんなので勝ったとしても後々問題になるし論外にもほどがある。ではどうしろと? とそこでティンはならと思いつく。限界まで速さに拘れば良いのだと。ならばよし、直に始めよう。反応さえ出来ないほどの剣閃。
ティンは即座に肉薄し。
「同じ手に出るか、面白い!」
亮は期待に満ちた瞳でティンを見、ティンは目に集中し瞬間的に亮の隙と言う隙を見出す。この男に隙などありえはしないだろう、が彼女が探しているのはそんな隙ではない。言うなれば物質の欠点、分子レベルの解れが存在する切裂かれ易い箇所、そう言った部分を見出す。そして約十七点、見出し――刹那、ティンは亮と擦違う。
限界まで力を削ぎ、技による剣捌きによる一瞬にして十七個所の切り込み口に剣を斬り入れる。
「き、様……ッ!」
同時。亮には三つの箇所に斬線が、ティンには一つ斬線が走る。
「がハッ……く、そ……ッ! こなくそ!」
「は――ははは! よい、よいぞティン! それでこそ――!」
ティンは悪態付きながら振り返ると亮もまた刀剣を握り、ティンと肉薄する。ティンは今度こそ、と亮の体を凝視する。今度は油断も遠慮もしない。
この瞬間、亮が行ったのは至極簡単なことだ。ただティンが振るった剣閃全てに向けて同じく剣閃を返しただけである。これが十七本の斬線と言う無駄な動きががあるから亮も反応でき、おまけに一撃返すことが出来た。が、これが一本でもっと早かったのなら――と思うと亮はぞっとしない思いに駆られる。何せ相手は曲がりなりにも二度も剣を当てた相手だ、何とも記念すべき相手であろうか。
ティンは情けないと思っているであろう、しかし実際の所これでもティンは善戦している。あの剣帝が、二ノ太刀要ラズとまで謳われた男が、二度も剣を当てているのに倒れない。こんな相手は彼としても未だに片手でしか数えられないが、正直ティンを入れて良いのか不安だ。一応彼女の受けた剣は全て掠った程度のものではあるものの、確かに当ったことには間違いない。
ティンは一旦後ろに回りこみそのまま踊るように距離を開けると直に亮に向けて一直線に駆け出す。亮も対応して動き出すがティンは目に集中して亮の弱点を瞬間的に見切る。いや、奴にはないであろうがこの場合の弱点と言うのは人間の鍛えようも無い箇所、ティンは頚動脈を見つけそこから心臓へと一点に続く線を結び、そこに狙いをつける。技術は最大限に利用し、あくまで技だけによる斬撃を送り込む。
舞う様に限界まで体をばねの様に跳ね上げ一気に加速して相手と肉薄する。亮は駆け出した足を止めると当然の様にティンがすっ飛んで来るが亮は冷静にティンの動きを見切る。ティンと重なり合う瞬間、ティンの振り上げた剣が物凄くずれて襲い掛かってくる。下に置いていた剣が突然上に振り上げられ直後に速度を殺すことも無く亮の体に振り下ろして来る。見れたのと反応出来るかと言うのでは全く違って来る。亮の目には奇跡的にもティンが振り下ろそうと構えてくる所だけが見て取れ、その刹那になって漸く身体が動くがこうなっては出来ることなどたった一つだ。
(ならば、此処で打って出るッ!)
そう、英雄を志し目指すなら死中に活を見出してこそだ。それがこの男の目標、故だ。ならばこそ、この劣勢を返して常勝の礎にしてこそであろう。相手は目前、もう剣を振るおうとしている。亮は全力で剣を振り上げ、ティンと交差し――。
では、次回にまた会おう。