姫と騎士―終幕―
ティンはラグナロックを引き抜くと血糊を払うように一払いする。実際に血は一滴としてついてはいないが。
「はい。こちら天束です。ええっと……ただいま地下教会内の奥で天井と壁が崩壊したので至急地属性魔導師の応援を。それと犯人グループのリーダーの確保に成功しました。ええっと数は大勢で……天井をぶち抜かれているのでまずは地属性魔導師の派遣からいお願いします」
水穂は魔法陣に向けてそう伝えるとふぅっと息を吐く。漸く一息つけたらしい。直後、次々に魔法陣が発生し、中から人々が登場する。甲冑を身に付けた者――神聖騎士団の者達、ローブ姿の者、さまざまな格好の者達が現れ、壊れた天井や壁に魔法陣を展開したり、あるものは甲冑達を拘束していく。
水穂は立ち上がり、服に付いた砂埃を払い落としていく。そこへ神聖騎士団の人が彼女達の元へと近付く。
「ご無事ですか水穂様、星姫様?」
「ええ、ありがとう。リフィナさんも私も無事です。彼女……ティンさんのおかげで」
そう言って水穂は騎士団の作業をぼーっと眺めているティンを指し示す。
「彼女が……! おお、何と。もしや、あの集団を撃破したのは」
「ええ、殆ど彼女の手によるものです」
水穂は少しはにかむ様に言った。実際は半分くらい彼女、水穂の手によるものであるとは正直言えなかったが。
「それは真ですか!? 失礼ですが、彼女は一体何処の家の人間で?」
「……彼女は孤児で、家の名は無いそうです」
「何と、孤児!? ……ふむ、恐らく名のある武人の家の捨て子なのでは無いでしょうか?」
「そんなすっごいもんじゃないよ……」
ティンは思わず呟いた。そうだ、自分の家は武人の家なんかじゃない。ただの会社だ。よく知らない商売してた、会社。
(髪、切っちゃった……また、伸ばすのメンドイな……)
そんなことを適当に思ってた。次々に拘束される甲冑達を見詰める。そんな中、何かのざわめきを感じ取った。ピン、と何かがティンの直感を刺激する。それに誘われるままに体を動かし、体を傾ける。直後、轟音と共に何かが高速でティンの真横を通り過ぎていく。
「え、え、ええっ!?」
ティンも驚いて声を張り上げる。何せ直感に従って動いてみればさっき居た場所へ何かが撃ち込まれたのだから。見れば甲冑のリーダーが何かを手にしている。黒光りしている、拳銃が。
「き、貴様!?」
「は、ハハハッ!? 運は尽きちゃいねえぜ!?」
「皆さん気を付けて下さい! その銃は魔力が抜かれています!」
水穂の言葉に真っ先に絶句したのがリフィナだ。理由は。
「何で、それを知ってるの? と言うか、それってつまり、殺人用の武器ってこと!?」
「え、殺人?」
リフィナの言葉にティンが呟き、部屋に居た者達が一気に動揺する。
「皆さん、下がって下さい! 今の彼を刺激するのは」
「まず最初に」
水穂はそう言って周囲に言い回り、リーダー甲冑はそんな彼女の頭部へと銃口の狙いをつける。そして――。
「貴様が死ね、偽善者がッ!」
再び轟音が響く。命を絶つ凶弾が発射され、まっすぐ、水穂の頭を撃ち抜いた。
時間が止まる。誰もが脳天を打ち抜かれた彼女を見る。
「み、ずほ?」
思わず、ティンが呟いた。そして、動こうとして。
「来ないでッ!」
声が響く。発生者は誰か? 答えは――。
此処で一つ、この世界のタブーと言うものに触れよう。何か? それは致死量に至る痛みを受けた際、如何するべきか。この世界の満ちる魔力は同族殺しを抑制する。つまり、魔力を纏った武器で同族――人間で人間を殺せなくなる。では、実際に剣を頭部に刺したらどうなるか? 簡単だ、刃は体に埋め込まれるが――体に干渉せず、そのまま頭部を刺された痛みが死なない程度に体に駆け巡る。
通常なら此処で人はあまりの痛みに意識を失う。当然だ、限界まで目前に迫った死の痛み、耐えられる人間なんて居ないだろう。では、耐えたらどうなる? 答えは至極単純だ。
「みず、ほ?」
「私は、大丈夫、ですからッ!」
死に近い痛みが耐えている間ずっと体全身を駆け巡る。衝撃と痛みが、だ。想像なんて既に絶している。そんな痛みの中、頭から一滴として血を流さず、水穂がそこに立っている。何故。
「お、おい、何してんだよ、お前」
リフィナには分かる。彼女のやったことが。水穂はそう大したことをしていない。ただ魔力のオーラを纏ったのである。そう。人を殺す凶弾を、人を死なせない銃弾に変えるほどの魔力を。大したことじゃない、魔力のオーラ自体は。問題なのは、その銃弾を頭部に受けてなお、意識を保ち続けていることだ。
「な、にぃぃ……ッ!?」
一番驚いたのは、無論リーダー甲冑。理由は当然、水穂が誰もが呆然としている中、リーダー甲冑は迷わずもう一発銃弾をうちこむ。
真っ直ぐにそれは水穂の頭部へと飛び込み、彼女は大きく仰け反った。そこでやっと周囲の者達は金縛りから解き放たれた様に動き出し――。
「来ないでっ! ッグァゥッ!? ……っくぁ、く、誰もその場から動かないで下さいッ!」
「な、んでッ!?」
水穂は叫びながらも三発目の銃弾を脳天に刻みながらも歯を食い縛って前を見、一歩踏み出す。
「く、来るな」
リーダー甲冑は水穂の頭部へ何度もヘッドショットを決めるが、水穂は歯を食い縛るばかりで決してその歩みを緩めることなく、前へ、ただ前へと進む。
「な、何故平然と立っていられる、普通なら、頭部がふっとんで居てもおかしくは無いはずだぞ!? 魔力の加護にしても、衝撃だけで死に近い痛みが」
「こんなもの、何でもありませんよ……貴方が殺して来た命達に比べれば」
水穂はリーダー甲冑の前に、一歩ずつ歩み寄る。
「貴方が、殺した、貴方の仲間の痛みに比べれば」
「ひっ」
リーダー甲冑は思わず水穂の頭へ銃を乱射する。そんな事をすれば自分の体に異常が起きることも気にせず――いや、それについてはもう遅いか。
水穂はそれでも真っ直ぐ前を見続け、吼える様に言った。
「こんな痛みッ! 苦でもありませんッ! 大丈夫、貴方の罪は私が抱き止めましょう」
そう言って、水穂は歯を食い縛りながらも何とか笑顔を作って、両手を広げて。
「さあ、懺悔なさい」
ただ、そう告げる。そうすれば全てが許されると言わんばかりに。
対して、リーダー甲冑は。
「う、あ」
硬直し、そして。
「うあああああああああああああああああああああああああああああああッッ!? 死ねッ、死ねッ、死ねぇぇぇッこの化物おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!?」
乱射する。とにかく、目の前の異物を排除するために。もう銃弾は一切出ていないがそれでも狂った様に引き金を引き続ける。
「何で……」
水穂はその姿を見て、瞳から涙を零す。
「どうして、分かってくれないの……私は、ただ、貴方に罪を償って欲しいだけなのに」
「消えろッ、消えろッ、消えろッこの化物めがあああああああああああッッ!」
「何で――」
「ああもう」
ぬっと、暗闇から手が伸びる。正体は――女だ。水穂と同じ、いやそれ以上に豪華な衣装に身を包んだ茶髪のおかっぱ頭の女性。彼女はリーダー甲冑の腕を掴みそのまま鮮やかな一本背負いを叩き込み、そのまま肩の骨を外す。
「何で、貴方が」
「だから、お前に任せるのは不安だったんだよ」
水穂は目の前に現れた女性を見て絶句する。いや、彼女だけではない。神聖騎士団にリフィナでさえも恐れ戦く様に一歩下がる。
「何故此処におられるのですか」
「な、んで、こいつが、此処に居るんだよ……」
水穂とリフィナが同時に叫んだ。
「女教皇閣下!」
「女教皇ッ!」
ティンは一人訳も分からずに疑問を撒き散らす。
「え、何、何? じょ、きょーこー?」
「アホッ! 神聖教会団のトップ、奴らの旗印だよッ!?」
「別名、大神官長。神官達を纏める長だよ、孤児の騎士」
そう言って女教皇はリーダー甲冑の手から銃を奪い、続いて懐を探り何かを取り出す。それは――銃弾。それを銃に装填し両手で銃を構える。向ける先は、リーダー甲冑の頭部。
「さて、意識はある筈だ。こいつが見えるな?」
「は、ひ、ひぃぃ!? き、貴様、女教皇の癖に何してるのか」
「分かってるよ? こいつは殺人用の銃弾だ。いま、此処で貴様に裁きを与える。散々人を殺したんだ、自分が死んでもおかしくはあるまい?」
そう言って撃鉄を起こし、発砲準備をする。人の命を容易く消し飛ばす凶弾が。
「お待ち下さい女教皇閣下ッ!」
「聞かん、貴様は今回の件で私に意見出来ると思っているのか?」
「でっ、ですがッ!」
「こういう奴はな、水穂」
確りと撃ち抜く対象を見抜き。
「や、止めろ」
「いっぺん死んだ方が良いんだよッ!」
「止めッ、止めろおおおおおおおおおおおおおおッッ!」
引き金を引き、号砲が鳴り、派手な金属音が響く。女教皇は大きく吹っ飛び、手のひらをひらひらと動かす。
「いっっ、ってぇぇぇ……」
「な、何てことを……じょ、女教皇閣下、貴方と言う人は」
「おい、何ぼさっとしているッ! さっさとそこの犯罪者を回収しろ!」
そう言って彼女は先程撃ちぬいたリーダー甲冑を指差す。
「何言ってるの? 自分で殺しておいて」
「あんたは馬鹿?」
ティンの呟きに答えたのはリフィナだ。
「あいつ、両手で構えた瞬間に銃に魔力そのものを込めたんだよ。死んでない、ただ気絶しただけだ」
「何でそんな事を……」
「当然だ」
と、女教皇はティンの前に立つ。
「ああ言う奴はただ殺してはダメだ、とことん苦しませ、生き地獄を味わってもらわねならん。簡単には死なせはせんよ、人を殺したと言う罪の重さを理解させる」
そう言って彼女は踵を返す。代わりに神聖騎士団の一団がティン達の前へと現れ。
「転移術式の準備が整いました。どうぞ此方へ」
「あ、うん」
「やっと、か」
リフィナとティンはそう返すと案内された魔法陣の上に立ち、そして魔法陣が動き出す。
外に出ると沈みかけた太陽が見えた。そう、東の方向に沈む太陽が。
「だよね?」
「太陽は東から昇るものだ。現実を直視して受け止めろ、これは朝日だ」
ティンの言葉を切り裂く様にリフィナが断言する。そんな空気を切り裂くように乾いた音が響く。
「お前、自分が何したのか分かっているのか?」
見れば女教皇が水穂の頬を張っていた。
「で、ですが女教皇様!」
再び女教皇は水穂の頬を張る。
「お前の立場を述べてみろ」
「……副、大神官長、女教皇閣下の、補佐」
「そうだ、単なる旗印であり居るだけ職業の私と違い、お前はきちんとした管理職、実質的な教会の指導者だ。そのお前が、一体今回の任務で何をした!?」
「……犯人逮捕に、尽力を」
「してないだろ!?」
女教皇は更に水穂の頬を張る。水穂はただ黙って項垂れるだけだ。
「貴様がしたのは、自ら現場に赴き、現場を荒らしただけだ。違うか!?」
「違います、私はただ」
女教皇は計四度目となる水穂の頬を張る。
「何が違う? お前は持ち場を離れ、せんでもいいことをして、挙句に体を張り命を張った? ふざけるな! それが上に立つ者のする事か!?」
「……口を挟む無礼をお許し下さい、女教皇閣下。ですが、水穂様のおかげで早急に犯人逮捕出来たのもまた事実」
「貴様らも貴様らだ! 何故水穂を行かせた? こいつがどういう女か、一番良く知ってるのは貴様らだろう!」
女教皇の話に割って入ったヨハンだが、女教皇はそちらにも咎める。
「……その通りです、返す言葉もありません」
「ふん、今は客人の前だ。続きは後にする。貴様ら、始末書くらいは覚悟して置け! さっさと帰還の準備を進めろ! さてと、今回の件は本当にすまなかった。こちらとしては幾ら謝罪の意を示しても足りない位だ。本当にすまない」
女教皇は指示を飛ばすとリフィナ達の下へと歩み寄り、何より先にと頭を下げる。
「……まあ、良いけどね。別に」
「うん、あたしも特に気にしてないし」
「そう言ってくれるとこちらとしてもありがたい。あの馬鹿がそちらに多大な迷惑をかけたと思う、本当に許してくれ」
そう言って女教皇は深々と腰を折って頭を下げた。
「後始末は此方でやっておく。もう二人は帰って良いぞ」
女教皇は顔を上げるとそういって踵を返す。
「じゃ、あんたはもう行って良いよ」
「――え?」
「気付いてないと、察してないとでも思った? あんたのことを調べればなんかの事件に巻き込まれてるのが容易に想像付く。まずそっちを片付けて来いよ、そしたら……本当の騎士にしてやる」
ティンは唖然とした表情でリフィナを見る。彼女はティンに背を向け続け、喋る。
「とっとと行けよ。んでもって、とっととお前の事情って奴を終わらせて来いよ」
「……良いの?」
「良いよ。いいからとっとと行けよ」
「……分かった。ありがとう、リフィナ」
ティンは言い負けて歩き出す。せめて笑顔で、と。朝日を受けて街の方へと向かって。
やっと終わりました。いつか、この編だけを絞った解説をしたいと思ってます。
ではまた日曜日に。