姫と騎士―癒ない傷と彼女の本音―
ティンとリフィナは迷宮を歩き回り続けている。ティンはふとリフィナの方へ顔を向けると。
「今あたしたちってどこに居るんだろ?」
「気にしてもしょーがないよ。結構地下の奥深くに潜ってるし、もう遭難の領域だしね」
リフィナはやれやれといった感じに手をひらひらひらする。そんな感じにやり取りをしているとやけに広い大部屋に出る。その部屋は更に通路の入り口が四方の部屋にズラーっと並んで居た。
「どうするの、これ?」
「適当にすすみゃそのうち外に出るでしょ」
リフィナに言われて従い、前に進むと何かがやって来た。こう、あれ。甲冑の集団。
「……あれ」
「……あ」
沈黙。重い空気が数分。そして。
「み、見つけたぞ!」
「え、え、えっと、下がってリフィナ!」
ティンは逆手に持っていた神剣を構え、駆け出す。甲冑達が武器を構える頃には既にティンが肉薄し――瞬間、ティンは敵を切ると同時に背後から猛烈な殺意と敵意を感じ取り、直様踊る様に甲冑集団から離れる。
直後だ。光り輝く渦がティンのもといた場所を一直線に飲み込む。
「チッ、化け物が。あれもかわすか」
そう言ったのは誰か? ティンは信じたかった。だが、その思いはあっさり裏切られる。
「目ッ障りな剣士だなぁ。いつまで騎士気取りのつもりなんだろ。もう良い加減消えてくんない?」
「な、何言ってんだよ、一体、どうしたって言うんだよ!」
「はッ! まだ気付かないとは、頭の中身も剣の道とか言うくっだらないもんに生きるとかしか無いあんたららしい」
「何、これ……何なの……? あんたらって、あたしはあいつらの仲間じゃないよ!?」
リフィナは箒を持ち、冷淡な目で周りを見渡す。その表情が語る。自分以外全てが敵だ、と。
「何、言ってんの? お前らだろう? 私をこんなにしたのは――」
ティンは見る。リフィナが自分を見る目。その目は、ティンははじめて見るものだ。
「お前ら、剣士だろうッ! 人の体が弱いことをいいことに、やりたい放題やり続けたのは、お前らだ、お前ら剣士がッ!」
そう、それこそ――ティンが初めて目にする、浴びせられる、憎悪の瞳と怨嗟の声である。
そんな場面で一際大きな笑い声が響く。元は甲冑集団のリーダー。
「何がおかしい!」
「いやいやすまんな。しかし此所まで出来た茶番はそうはないぞ? 思っていたのだ、あの偏屈屋にして人間不信のリフィナ・オーラステラに騎士? と」
ティンはその言葉に頭を捻る。こいつは何を言っているんだ、と。
「に、人間不信? 偏屈屋? 一体何の話? 誰の話だよ、それ……」
「冒険者の癖に、知らないのか?」
ティンはリフィナを見る。彼女は既にティンを見ていない。
「ならば教えてやろう。そいつはな」
「――彼女に、その世界を教えてはいけません!」
突如、声が響いてきた。ティンがそちらに目を向ければそこには走り込んで来たらしく、肩で息をする水穂がいた。
「水、穂?」
「彼女は知らなくていい世界です! 巻き込む必要なんかありません!」
甲冑のリーダーは水穂のそんな叫びを蹴散らすように告げる。リフィナがどう言う人物かを。
「そいつは、戦士嫌いの魔導師。今まで武術の人間に虐げられて来た、お前ら剣士の敵だ!」
「え……?」
ティンは唐突に告げられた真実に思わず動きを止め、ゆっくりとリフィナを見る。彼女は相変わらずの様子。水穂は苦虫を噛み潰した様な表情で立っている。
「ちっ、教会の偽善者が」
リフィナはそう言うと箒を足元に向け、光を放つ。光は物質的な衝撃を伴って爆発を起こし、粉塵と光を撒き散らして視界を遮る。
「ま、待ってよリフィナ!」
「ど、どうしますか!?」
「落ち着け! そこのお前らで足止めをしろ! 残りは俺と一緒に姫を追うぞ!」
声に合わせて甲冑が動く音が響き渡る。ティンはどう動けばいいのか戸惑うが急に遊んでいた左手が引っ張られる。目を向ければその腕を水穂が掴んでいる。
「一旦この場を離脱します!」
水穂はそう言って懐から数枚纏まった紙切れを取り出し、それに向けて叫んだ。
「テレポーテーション!」
紙切れから魔法陣が浮かび出し、続いて光りだす。そしてティンと水穂は足元から浮かび上がった魔法陣に飲み込まれて消え去る。
光が一切見えない地下教会の何処かの宙に魔法陣が現れ、それが下に向かって動き出す。すると魔法陣が取った後に頭から金髪と茶髪を長く伸ばした女性達が現れる。
水穂と、ティン。
現れた水穂は直ぐに懐から別の魔法陣を取り出すとそれに向けて話し出す。
「現在逃走中の犯人グループを補足しました。目標の位置と、予想される逃走経路を各部隊に伝達。各部隊の報告は私ではなく、上で待機して居る現場責任者のヨハンへ送って下さい。通信は以上です。皆様に神のご加護あれ」
水穂が言い終えると魔法陣の内から「神のご加護あれ!」と重なって響く。そして、ティンの方へと向き。
「ティンさん」
「ねえ、あれどう言う事? 何でリフィナがあたしを攻撃するの? どうして?」
水穂が口を開くと同時にティンが疑問をぶつける。
「……そもそもの始まりは誰も知りません。魔法武術なる戦闘スタイルが確立されてからか、そもそもストリートバトルなる個人戦がスポーツ化してからか、少なくとも大きな戦争が減少し、個人戦が流行り始めてからしばらく経ってから極一部の冒険者の間である風潮が流行り出しました」
「風潮?」
「はい。それは魔導師狩りと言うか、魔導師卑下、と言うか。肉体の鍛錬を行わない魔導師はどうしても一対一と言う状況下では不利になりがちな魔導師を見下す、と言う様な風潮になってしまったのです」
「……へ? どう言う事?」
ティンは耳を疑った。今、彼女は何を言っている? と言うか、何だその訳の分からん理論は? と。
「ティンさんは知らない、いえ知らなくていい世界です。単なるどんぐりの背比べとも言うべき下らない風潮です。後衛と前衛の下らない争いですから。
でも、それでも彼女……リフィナさんは世界人口の約一割……大体七億人の人達からただ魔導師だからと蹴られ、運動神経が無いからと石を投げられる様な人生を送らされて来たのです。どうしようもなく、理不尽ですが……」
水穂はそう言って一度切って目を伏せる。ティンはあっけに取られながら口を動かす。
「じゃあ、何? リフィナは……ずっと、虐められてた、って、言うの?」
「詳細は私も知りません。ですが、彼女は所謂戦士を憎む一般的魔導師の一人、と言うところです。一般と言うには、世界人口の一割なので正直あれですが……」
「何だ、それ。なんだ、それ!?」
ティンは激昂し水穂に歩み寄る。
「ふざけるなよ、何なんだそれ、それって何、リフィナはずっと虐められて来たって言うのかよ!?」
「……ええ」
「それで、あたしもその内の一人だって言うの!?」
「はい。彼女にとって、もう剣士や戦士であれば全て一緒なのでしょう」
「……何で」
ティンは搾り出す様に呟く。
「何で、あたしには……あんな風に」
「……彼女、貴方には何かしたんですか?」
ティンは今までリフィナと一緒に暮らしたときのことを思い出す。わずか、本当にわずかな間だけど、本当の友人の様に付き合ったあの時間。その思い出があるから、ティンは思う。あれが本当の彼女じゃないか? と。
「……楽しく、話しとかした」
「……そう、ですか。彼女が……」
水穂はそう返すとその部屋に静寂が満ちる。とたん、ティンの足が急に折れた。と言っても膝を付いただけだが。
「え、と、何、これ」
「ティンさん、その右手の黄金の剣……もしや、神剣ラグナロックでは?」
「え、何で……」
知ってるのかと続けたかったが、途中でティンはいよいよ全身から力が抜けていく。その体を駆け寄った水穂が支える。
「文献で。まさか実物をこうして目にすることになるなんて……ああ神よ、この出会いは主が齎した運命の出会いなのですね? まさか神剣の担い手と巡り会うなどと、この身に余る運命にございます」
「神なんて……そんな。居るか、どうか分からないの……どうでもっ、いい、よ」
ティンは次第に肩で息をしながら水穂の言葉に返す。水穂は一先にせず。ティンの体と神剣を見つめ。
「恐らく長時間神剣を召喚し続けていたことによる魔力負荷が今になって影響された……いえ、神剣維持の為の魔力が底をつきはじめているのでしょう」
「どう、すれば」
「剣に帰れ、と願えば消えるかと思いますが?」
ティンは言われたとおりに願う。剣に、帰れ、と。消えろと。だが、どうにもならない。
「駄目、消えない」
「……もしかして……この術式、ティンさん、貴方は何かの病気とか、障害とかをお持ちでは?」
「何、で」
「この術式……確か自身の身で抑えられないほどの魔力を持った赤子に刻まれると言うものに、似ている様な。そして、貴方の神剣への操作に魔力の動きを見ませんでした。と言う事は、貴方はその剣を召喚する術式で魔力を抑えている、と言う事も考えられます。召喚者である貴方が神剣を制御できない、と言う事はその可能性が高いです」
水穂は目でティンに答えを問う。分かってか分からずか、ティンは縦に首を振った。
「召喚、あたしじゃ……」
「え?」
「リフィナが……」
「リフィナ、さんが……? もしかして、じゃあリフィナさんが貴方に近づいた理由って」
瞬間、水穂の首筋にラグナロックが置かれる。握り締める手も腕も汗まみれで、疲労を彩る顔で、荒い息をしながら尚も、誰にも気付かれないほどの速度でティンは人の急所に剣を置く。その目には確かな怒りと殺意があった。それ以上喋るな、切り殺すぞ、と表情と目で訴える。確かに、化物だ。
水穂は口を閉じ、自分の身に起きたことを認識しながら、尚も動じることなく刀身を握り締めてそっとそれを下ろす。
「つまり、リフィナさんが代理召喚をしたんですね?」
ティンは言葉も無く頷く。余程に苦しいらしく、呼吸は荒く体中汗まみれだ。
「……ならば、方法があるとすると、貴方の中にあるものを拒絶する以外に方法はありませんね」
「拒、絶……?」
「はい。何でもいいです。貴方の嫌いなものでもいい、それを想像して拒絶、いえ追い出してください。それで、送還されるはず」
ティンはそれならと、自分の中で嫌なもの……そうだ、あの高飛車で意地っ張りな金髪お嬢様を想像する。自分の家でふんぞり返っているあいつの姿を。そいつを蹴っ飛ばす様に追い出す。すると、何かが出て行くように弾けて出て行った様な感じがする。と、同時。ティンの右手から神剣が消えて失せる。
その光景を見て安心したのか、ティンは眠り落ち、水穂はそれを抱きしめた。
「今はお眠りなさい……ゆっくりと」
地下教会の何処かで。リフィナは歩いていたが、途中で歩みを止める。
「――何が、守らせてだ。何が、信じろ、だ」
リフィナは虚ろな瞳で何も無い空間に向かって言った。
「……私を、拒絶したくせに」
そして、繋げる様に。
「裏切られるのは、慣れっこだけどね」
うん、今回はこのくらいで。さあて、これからどうなるんだろうか。




