姫と騎士―あなたを守らせて―
「おい、どういうことだよ」
ガチャガチャと音を立て甲冑達が歩く中、一人が洩らす。
「何が姫一人攫うだけの簡単な仕事だよ、騎士はいる、教会の連中が出張って来る、かんたんじゃねーじゃねーか!? 話が違うぞ、どういうことだよ!?」
「うるせぇ」
先頭に立つ甲冑が静かに返す。
「騎士つってもただのがきじゃねーか。始末すりゃ良い」
「教会の連中はどうすんだよ。あいつら、俺らを本気で捕まえる気だぞ、もう出口は塞がっている、もう逃げ場はねえ!」
甲冑の声が地下教会に響き渡る。
「くそっ、もう俺は降りる! リーダーの狂言に付き合ってられるか!」
甲冑達が一気に最後尾にいた一人に注目する。やがてリーダー格の甲冑がソイツに向け。
「降りる、だぁ……? 逃げ場はねえぞ?」
「うるせえ! 一人ならどうにでもならぁ! もうあんたの無茶な作戦に付き合ってられるかよ!」
甲冑の叫びを誰が止めない。いや、誰もが口に出さないだけで意見は皆同じなのだ。だが、誰も彼の様に口を挟める気にはなれなかった。
「降りると……もう無理だと? こっちには最終兵器だってあるんだぜ?」
「はぁ? もうあんたの寝言は沢山だよ!」
そう言って甲冑の一人は背を向けてきた道を返す。
「おい、待てよ」
「待てるかよ。どうせその最終兵器とやらもくっだらねえ小細工だろ? そういうのいいから、後はあんたらだけでやってくれ」
「……リーダー」
「おい、なあこりゃあ立派な裏切りだよなぁ?」
リーダー格の甲冑は芝居のかかった口調で周囲に煽る。急な事に甲冑達に動揺が走る。
「ああ、そうだ。裏切りだぁ! 裏切り者は……罰を与えなきゃなあッ!」
リーダー格の甲冑は懐からあるものを取り出す。黒光りする鉄塊。それは正しく――拳銃だ。それもかなり大きな。もはやそれはハンドカノンと呼んだ方が早いというくらいに。背を向けた甲冑はめんどくさそうに振り向き。
空気を振動させ、爆発音に近いものが響いた直後、鉄を叩く音が響く。
頭部に直撃。結果だけ書けばこんなかんじだろう。甲冑は思いっきり頭を仰け反らせ、力を抜いて膝から落ち、うつ伏せに倒れる。誰もが初めは“頭部にでっかい玉が当たって気絶した”とか“裏切り者を置いて行くんだろう”と思っていた。しかし、直ぐに何かが違う事に気が付く。こう、倒れ方が変、とか。何だか、死んだみたい、とか。
疑問を持った。ならば答えを得ようと動くのが普通であろう。しかし、回答は向こうから来た。倒れた甲冑の頭部から赤い水溜りが広がって行く。赤い赤い、真っ赤な水溜り。そう――血だ。つまりだ、頭を撃ち抜かれた甲冑が頭から血を流して倒れている……と言うことは?
「死ん、でる?」
瞬間、誰もがぞっとして動きを止める。今リーダー格の甲冑は躊躇も無く、罰と称して仲間を射殺した。このもの達はみな二桁に及ぶ程同種族を殺して来た凶悪犯だ。このくらいで恐怖に縛られて騒いだりはしない。だが、誰も彼もがいきなりの状況に戸惑っている。更にこの状況でリーダーは真上に向けて発砲する。
「おい、何だんまりしてんだぁ? まさかてめえ等……俺を裏切ろうって言うんじゃねえよなぁ?」
空気が一変する。この状況は激しくまずいと誰もが認識する。今誰が死んでもおかしくない。リーダーが誰を射殺するか、もう予測が付かなくなってきている。
「なぁ、おい」
リーダーは静かに呟き、仲間の一人の頭に銃口を突き付ける。
「ふひ、ひぃぃッ」
「もう一人死ななきゃ、駄目か?」
「い、いやッ! 裏切らねえッ! 裏切らねえよッ! 地獄の底までだってあんたについていくッ!」
甲冑はそう言って最後の言葉を飲み込んだ。だから、殺さないでくれ、と。リーダーは周囲を見渡し。
「で、おめえ等は?」
ついていく、と言う台詞が乱舞する。誰も彼もがそう言って命乞いをした。
実に滑稽である。彼等はこの人生、何人も殺してきたと言うのに、いざ自分の番になるとこれだ。
リーダーは満足げに頷きながら銃をしまい。
「ようしよし、それで良い。俺に従えば身代金を山分けだ。てめえら、絶対に裏切るんじゃ、ねえぞ?」
彼等の頭からはもう儲け話何てなかった。ただこのまま撃ち殺されたくないと、意地汚い生への渇望だけ。
ティンは水穂から聞いた事すべてをリフィナへと伝える。凶悪犯のことや教会のことなど。するとリフィナは鼻で笑い。
「んなのどーでもいい」
と切り捨てる。
「え、なんで?」
「どうせあれでしょ? 姫を人質にでも取れば色んな所から金を搾り取れるとでも思ったんでしょう? 甘いっての。私に所属して欲しい会社はオークションの様に身代金を用意しようとするけど、姫連合は鐚一文も払うもんか。寧ろ自力で脱出しろとか言ってくるよ、人を戦略兵器か何かと勘違いしてる様だし」
リフィナは言うだけ言うと腰のポシェットからペットボトルを取り出し、キャップを外して口に突っ込む。
「……ねえ、何で一人で行ったの?」
「そりゃ、あんたの邪魔になんない様に退いてあげてたのよ」
そう言ってリフィナはさり気なく目線を遠くに置く。ティンはそんなリフィナに気付かずに納得する。
「……でもさ、やっぱり傍に居てくれた方が都合が良いからさ、なるべく、一緒に居てくれない? あたしが……あんたのこと、絶対守るから。信じて、ね。約束、するから」
ティンはリフィナの前に跪き、懇願する様に、願う様に言った。ただ、守りたいと願い続けるのみだ。騎士でありたいと。
リフィナはそんなティンに戸惑いながらも。
「わ、分かった。分かったよ、これからはあんたの側に居るようにするから、だから頭上げて、ね?」
そう言ってリフィナはティンの顔を上げる。リフィナにつられてティンも顔を上げる。
「……あたし、さ」
「何?」
ティンの呟きにリフィナは返す。
「あんたの、こと……さ」
ティンはリフィナの手を掴み、立ち上がるとリフィナの顔をじっと見て、追い縋る様な眼差しで。
「守らせて、くれる?」
「――うん、いいよ。じゃあ、私のこと、確り宜しくね」
そう、リフィナは笑顔で返す。ティンはそっとリフィナの手から力を抜いて放す。
ティンは心の中で新たに、強く誓う。もう二度と友達を、自分が大事だと思う人を、この手で守り通したい。かつて聖都で誓った、神聖なる騎士の誓い。ただその信念にのみ己の剣を捧げると誓った思い。浅美のときは守れなかった誓いだけど、今度こそ守りぬくと、ティンは新たに誓い、思いを強くする。
「兎に角、ここからでよう。ここに居るよりはマシだと思うから」
「そうだね、外にさえ出れれば後はあの偽善者どもがどうにかしてくれるでしょう」
リフィナが言うとティンは彼女の手を引いて歩き出す。今度こそ守り抜くんだと強く思って。
「誰が信用するか、お前なんか」
水穂は結局一人でティン達を探すことにした。連れて来た騎士達の中にも偽者が混じっている可能性も高い。故に彼女は単身で探索を行っている。のだが。
「ですから、皆さん心配し過ぎです」
『ですが水穂様、幾ら貴方の実力が高くても譲る訳には参りません。誰も連れて行かぬなら、我々の監視の目くらいは許して欲しい』
浮かぶ魔法陣の中に映る、兜を付けた青年が溜息混じりに洩らす。それを見て思わず水穂は苦笑する。彼等とは幼い頃から知り合いとは言え、ここまで来ると耳にタコが出来る。
と、そんな会話をしていると水穂の前方から甲冑を来た集団がやって来る。
「これはこれは水穂様ではありませんか。何故此所に?」
『――貴様、先ほどの命令が届いていないのか?』
別に表示された魔法陣の中から別の男性が映し出される。容姿はまず銀髪の美丈夫と言う所だ。貫く様な冷たい目で現れた甲冑集団を見る。
「先程の命令、と言いますと?」
『一から指示し直さねばならないとはな。貴様、もしや私の顔を忘れたか?』
「ぷ」
思わず水穂は吹き出し、よそを向いて肩を震わせる。
『……水穂様、今重要な話の最中でして」
「い、いえ、だって、あのアルバートが小粋なジョークが出来る様になってるなんておかしくて……私も結婚しちゃう訳ね」
『ああ、あれ冗談か、アルバート。本気で言ってるとばかり』
水穂はとうとう背を向けてうずくまり、兜男は対応に困った様に頭を掻く。
『……私とて冗談くらい言いますし、そもそもこれは冗談では無く単にカマを……解説してて阿呆らしい』
『と言うわけだ。貴様らの正体は掴んでいる。もう逃げ場は無い、観念して大人しくしろ』
呆れ果てたアルバートに対して、兜男は甲冑集団に向けて降伏を促す。
「――チッ、知られてんならやっちまえ! 相手は女一人だッ!」
瞬間、魔法陣の向こう側で空気が一変する。言われた本人は少し困った顔をしている。そんな所で甲冑のうち一人が彼女に斧を叩き込んで来る。水穂は慌てず騒がず相手の足を引っ掛けながら優雅な動きで横にずれる。すると男はあっさりとバランスを崩して地面に突っ伏す。
『クソッ、やはり物怖じさえしないか!』
『くっ、おいッ! 魔導師部隊と突入班の編成はまだかッ!?』
『は、はいッ! 現在大急ぎで本部の方に転移魔導師の部隊を編成していますが、なにぶん急なことで対応が悪く』
『この様な非常事態に何を悠長なことを言っている! 水穂様に何かあってからでは遅いのだぞ!?』
アルバートの必死な声が響いて来る。水穂はその声にやはりと溜息を吐いた。ちょっと考えれば当然だろう、何せ連れて来た騎士に偽者がいるなら地上部隊にも混じっていると考えるのが普通だ。水穂は一応上にはベテランを、実際の現場には新人を連れて来たのだが流石に動揺が広がっているらしい。
『こ、こちらも何度も急ぐ様伝えているのですが、向こうも相当に混乱しているらしく……』
『何をバカなことを……! 水穂様に何かあってからでは遅いと、何故分からない……!』
『こうなればやむを得ん、私が直に向かう!』
今度は別の魔法陣に映る兜男が叫んだ。
『ヨハン、バカな事をいうな! 現場責任を請け負う貴様が容易く動くな! 此所は俺がいくッ!』
『馬鹿者ッ! 指揮官である貴様が動いてはただでさえ動揺している部下に歯止めが聞かなくなるんだぞ!? 彼らが混乱に陥った時、どうする気だ!?』
『それこそ貴様がまとめ上げろ! 今は水穂様の』
「あーもー良いです! 私一人で十分ですのでお二人は混乱中の地上部隊の収集と偽者探しに勤しんで下さい!」
水穂は動作中も喧しい二人をそう言って片付けると水穂は錫杖を手に取り、甲冑集団と向き合う。
「女一人で俺達をやれるとで思ってんのかよ!?」
「ええ。神に代わり、私が貴方達に罰を下しましょう。人が人の罪を裁く罪を背負いましょう。さあ、懺悔なさい」
水穂の言葉が引き金となって甲冑達が一斉に襲い掛かる。水穂はそれに対して思いっきり錫杖をぶん回した。甲冑達もそれを甘んじてそれを受け入れる。所詮は女の腕力、大したことなどないと思っていた。振るわれた杖だって素人の動き、単調でただの力任せ。故にだ。
だから、直後の衝撃を理解出来なかった。
瞬間、水穂に一番近くにいた列を組んでいた三人が、爆音に近い音を撒き散らして一斉の吹っ飛び、粉塵巻き起こし轟音響かせて壁に叩き付けられる。それだけで甲冑集団は足を止めた。全く状況が理解できぬ、と。
「……何、何だ、これは」
「何か?」
甲冑達は吹き飛ばされた仲間達を見やった。直撃を食らった相手は凄いことになっているのが目に飛び込んでくる。魔力の保護によって死んではいないが兜は吹っ飛び、拉げた顔面を見せ、ぴくぴくと気絶。これだけでこの司祭がどれ程の腕力を兼ね備えているかがよく分かると言うものだ。
「ば、馬鹿力だけで俺達を倒そうってのか!? な、舐めるんじゃねえ!」
「淑女に向けて」
水穂は再び思いっきり杖を振るう。
「何て酷いことを」
縦に振り下ろされた杖の一撃は甲冑一人の兜を易々と打ち砕く。
本来彼らが身に付けているのは魔力を練りこんだ防具の筈。魔力を練りこんだ防具は基本、精神の強さに通じる。強く、硬く思って防具に魔力を注げばその分防具は強固な物となり、弱く魔力を注げばその分防具は本来の防御力のみが残る。武器も同じだ。強く武器に魔力を注げば、その分武器が強固になる。場合によっては木の棒でさえ、鉄を砕ける様になる。
ならば、この状況では彼女の注ぐ魔力が、その思いが、兜の防御を超えた、と言うことだ。いや、さっきの光景を見ると全然そう思えないのは蹴っ飛ばしておくとして。
水穂は振り下ろした杖を構えなおすと次に四人が武器――槍を突き出して一気に水穂に飛び掛って来る。水穂は直ぐに握った杖を殴打からただ握るだけに変える。ただそれだけ動作だ、直ぐに済むし、止められない。
そして四人の突き出した槍が水穂の体に触れようとした瞬間、槍も甲冑達も全てを輝く鎖が縛り上げる。
「ぐぁッ!?」
「輝きし聖なる縛鎖よ、罪深き者たちに苦痛の裁きを与えたまえ」
鎖の出先は水穂の足元より広がる光輝く魔法陣、そこからだ。未だ生まれ出でる数多の鎖は甲冑達の体を貫き、その体を縛り上げてより強く拘束する。
「――ディバイン・バインド!」
水穂の宣言に連動して鎖は甲冑達を宙に縛り上げる。この間にも甲冑連中は水穂に群がっていく。同時に水穂は杖を構え直して一歩踏み出し、錫杖を振るって近付いた甲冑に叩き込む。甲冑は逆にそれを取ろうとしたのか、水穂の一撃に突っ込んでいくが見事に直撃を受けて甲冑集団の中へと打ち込まれる。
「ど、どんな馬鹿力して……」
「もう、レディに対するものいいじゃありませんよ?」
レディならもっと非力でいろよ、と甲冑達は思うが、同時に後ろから回り込んだ数人の甲冑が水穂に襲い掛かる、が水穂は慌てず騒がず、くるりと回って更にその勢いに任せて思いっきり蹴りつける。
やはりと言うか、その瞬間に凄まじい轟音が響き、甲冑がボールの様にすっとんでいき、甲冑連中に飛び込んでいき、続いて水穂の後ろに回った連中が襲い掛かるが、水穂は振向く必要も無く光の爆発を後ろに発生させ、一気に吹き飛ばす。
「ひ、怯むなぁ! 相手は一人、押さえ込めば」
甲冑の一人が自棄に叫んだ言葉は続く光の爆発で潰される。気が付くと、立っている甲冑はもう彼一人だけであった。
「……さて、ではどうしますか?」
「……ま、参った。別に俺らは奴らにそこまでする義理は無ぇ」
「分かりました。では」
水穂は背を見せ、魔法陣を動かし。
「油断」
「していませんが、何か」
錫杖で地を叩き、動き出した鎖が甲冑を縛り上げる。
「では近くに散分している各部隊へ通達。私の現在居る座標を送ります」
水穂は展開した魔法陣にそう伝えると了解と言う言葉が何度も出て来る。続いて外の様子が映されている魔法陣へと目を移す。
『水穂様あああああああああああ今参りますううううううううううううう!』
『お、落ち着いて下さいヨハン隊長! 隊長が動かれては皆が動揺します!』
『ああ……水穂様、お一人で戦うの宜しいのですがせめて淑女らしく勝って頂きたい。貴方ももう人妻、派手に開脚して蹴り飛ばすなどの様な真似などしては居ないであろうか。大体貴方は昔からレディとしての心構えと言うものが……』
『アルバート様も苦労なされて……』
水穂は猛烈に頭痛を覚えた。彼女的には出来るだけまともなベテランを連れて来たつもりだが、流石に目も当てられない状況であった。
『あ、水穂様、一つ宜しいでしょうか』
「あ、はい」
と頭を抱えていると魔法陣の中から一人の兵士が彼女に語りかけて来る。
『先程から“漆黒の氷姫を出せ”と言う要請が出ているのですが』
「私は天束水穂です、氷結瑞穂じゃありません」
『いえ、でも“みずほが居るなら出せ”と言う感じの要請なら多数のものが存在し、一部は姫連合から来てますし』
水穂はこめかみを押さえながら悩む。いや、名前の読みも同じだし髪型も似てるからたまに間違えられるが、こんな間違えられ方されるとは思っても無かった。しかし、何故。
「一体どうして」
『ああ、ヨハン隊長が』
『水穂様あああああああああ! 今お傍に! 水穂様あああああああ! 貴方に何かあれば社長に顔向けがああああああ! 水穂様ああああああああああ!』
『と言う感じで』
「今直ぐ教会本部に送り返しなさい。もう少しマシな人を寄越すように言っておいて」
水穂は言ってから泣きたいと思った。流石にこれはもう酷いと言うしかない。
『あ、氷姫様と是非とも話したいと言う企業の方が此方に尋ねているのですが、どうすれば』
『こちらにも同様のものが来ているのですが』
「全員人違いだと言って置きなさい、と言うか無視しなさい。私は天束です、氷結じゃありません!」
『あー誰か精神安定剤を持って来い。水穂様が御乱心だー』
そんなやり取りの間に突入部隊がやって来て水穂が蹴散らした甲冑を逮捕して行きましたとさ。
おはよーっす。
今度から土曜日の定期更新となりまーす。としたいでーす。
では、また土曜日に。さーいならー。