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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
彼女が紡ぐ未来への物語
253/255

どんなときだって、いつだって、あたしは――

 わすれないで。

 どんなときでも、あなたはけっして、ひとりじゃない。

 ひとりじゃ、ないから。

 けっして。

 どんなときでも、一人じゃない。

「どんなときでも、あたしは」

 口にして、自分が寝ていることに気付いて身を起こす。周囲は、暗黒の空間からはうって変わり、宇宙のような場所になっていた。もっと言うのなら星空が照らす荒野と呼ぶべきか、一体全体ここがどこなのかは検討も付かない。

 しかし周囲を見渡して状況を理解、ティンはやれやれと溜息を吐く。何故ならば、一つの見覚えのある巨大な鎧の人形があるのだから。

「クソッ、駄目だ、どの術式でも位置を割り出せない!?」

「あんたも、此処に落ちたのか」

 例の工場長であるマルロウが、鎧の乗り込み口を開けたまま中で四苦八苦しているようだった。彼ですら此処がどこなのか不明なのだという、であるのなら一体全体ここは何処なのか、しかし最早そんなことは。

「どうでもいいか」

「っ、契約者か。お前、今まで何処に、いや今更何の用だ」

 マルロウは神剣を手にして、鎧の中から翳して。

「もう貴様に用はない。お前の手に神剣はない!」

「ああ、そうだ。その通りだよ」

 ティンの軽い返しにマルロウは疑問の声を投げる。だがティンは呆れ気味な調子で。

「やっと分かったんだ、あたしが神剣を持たされた本当の意味が。不条理も、気に入らないことも、全部ぶった切っちまえって言うかーさんのいーかげんな思いだったんだ。本当、あれな人だよかーさんは」

「何を、言っている」

 マルロウはティンの言葉が理解が出来ない。

「だけど。だからこそだ。要らないと思っていた力だった、要らなかったはずの証明だった、だけど気が変わったよ――」

 顔を上げて、真なる光を放つ神剣へと視線を向ける。要らなかった、親から受け取った愛の証明。だがしかし。

「それは、あたしの物だ」

 神剣へと手を突き出し、宣言する。

「戻ってこい、お前が選んだのはあたしのはずだ」

 その言葉に、神剣は鼓動する。マルロウは必死に抵抗を試みるが、しかし光は更なる強さを増していくのみで。

「くそ、これは、僕の、僕のだ! これでやっと、僕の復讐が果たせる、だからァッ!」

「戻れ、あたしの神剣。終焉を告げる黄昏の十字神剣、ラグナロォォォックッ!」

 


 騎士の叫びに応じ、黄昏の光は今元あるべき主の下へと戻っていく。



 光が静まり、マルロウの目の前に一人の騎士が現れる。黄昏の色の鎧をまとい、十字剣を手にする一人の英雄が此処に。

「嘘、だろ」

 術式が塗り替えられたことにではない、その異質な姿に、マルロウは全力で驚愕する。それは正に、神剣の担い手として相応しい姿で。

「黄昏の英雄……ラグナロックの剣士だとぉっ!?」

「――ああ、一緒に行こう」

 黄昏の彼方へ。

 多くは語らず、ティンは輝きを放つ十字神剣を手に構える。マルロウも応じて鎧の乗り込み口を閉じて機体を起動させる。展開されるはオリハルコン武装、ならば良しと惜しくティンは剣を構えて。

『良いだろう、神剣なぞ無くとも貴様などに負けはしない』

 観客なんて何処にもいない、この事件の始まりだった二人の決戦がついに始まる。長々を綴られる神剣の旅路、その最終戦争(ラグナロク)へと続く笛の音が響く。この物語に幕を降ろす時が来たのだ。

『滅びろォォォッ!』

 叫びバーニアを吹かせるマルロウに対し英雄は最早何も口にしない。神剣を手に、上段に構える。いつもの自身が見せる剣の構えだ。

 そして軽く跳び鎧と英雄は剣を合わせ、続き二人は激しく刃を重ね火花を散らす。

 槍を振るい、神剣が舞い、大剣が風を切る。突き出された槍を切り弾き、続いて剣を振るうも光の壁を軸にして避け、そこから跳躍し鎧の脇腹をえぐり、追う大剣受けて流し、剣で払い弾いた。

 刹那の間に繰り広げられる応酬の中で、英雄の脳裏に不思議な光景がよぎる。

 ここではない何処か。

「そう、そうだとも。その神剣は君を生かすためのものではない。不条理を切り裂き、黄昏の彼方へと向かうための鍵なのだ」

 仮面を外したライトイエローの瞳を持つ男が呟く。

「君一人の力ではない。その剣がある限り、決して君は独りではない。母が側で見ている、一人ではない。一人じゃ、ないんだ」

 因果が、英雄と繋がる。

 暖かな絆を胸に、英雄は神剣を振るって人形鎧と再び対峙する。だが、鎧は槍を振るいながら足元に、更には両の肩に、果てには頭上に魔法陣を展開し、槍を振るい旋風を巻き起こし剣で英雄を払いながら展開した術式より次々と魔法を発動させていく。

 槍が振るわれると同時に暴風が刃となって暴れ狂い、剣が降られれば火花が爆炎の弾として英雄に迫り、人形鎧が一歩踏み出せば衝撃が光の線となって英雄へと襲い掛かる。だがしかし、英雄はそれら全てを神剣の斬撃にして打ち砕く。

「っらああああああああああああッッ!」

 神剣の閃光は暴風の刃を見事に散らし、その一刀は飛び交う爆炎をすべて両断し、迫りくる光の線をその神剣で受け止め、人形鎧と切り結ぶ。

 まさに英雄の所業、だがこの程度超えられたからどうだと言う。敵が英雄の相手ならば当然のように次の手を打って当然。人形鎧は神剣と切り交わしながら頭上に魔法陣を展開し、火の雨を落とす。

 英雄は神剣と打ち合う槍を両断し、降り注ぐ火の雨を全て切り裂き跳躍から天の魔法陣をも切り裂き払い、人形鎧はその間に再度錬成した槍を突き出し、英雄は見事に神剣を以て受け流す。そんな中、またもや英雄の脳裏に不思議な光景がよぎる。

 とある聖都にて。

「これはこれは、虚無の聖騎士殿。普段は本部の奥に引き籠っている筈の貴公がなぜ外に?」

 燃え上がるような髪を持つ焔進の聖騎士であるブーストが、外で日差しを浴びるミネルに声をかける。しかしその声に返事はなく。

「そういえば貴公、ティンなる人物に覚えはあるか? 我々の同僚とも呼ぶべき彼女だが、最近はどうやら爵位を承ったそうだ」

「――は、はは」

 やがてミネルは小刻みに震えだし、笑い声がこぼれる。

「ミネル、如何した」

「これが、笑わずにいられるかよ。あの女、遂にやりやがった。く、くくくかかか」

 意味の通らない笑い声を出す仲間に、ブーストは奇異を見るような目を向けるが、それも直ぐにやめて空を見上げる。何故か今日は気分がいい、かの輝光の聖騎士が遠い地でも活躍していると知ったのなら、自分も負けていられないと思うのだから。

「負けるなよ、黄昏の聖騎士。俺は、あんたに賭けるぜ」

「その言葉の意味は分からん、だが同意しよう。ティン殿、何れ貴公とはゆっくり話したいものだ」

 因果が、英雄と結ばれる。

 とある喫茶店にて。

「そう言えば店長、またあの歌の上手い冒険者来ませんかね? 金髪で髪の長い」

「ん? ああ、彼女か。確か浅美君だったね」

 夕暮れ時の休憩時間、喫茶店の店長と大学生のアルバイトが談話していた。

「しかし、君にしては珍しいね。冒険者は基本嫌いじゃなかったかい?」

「ええ、嫌いですよ。あいっつら基本粗野で乱暴な奴らばっかだし、女冒険者でも自己中な奴が多いしで。でも、あたし浅美ちゃんは好きかな。冒険者によくある雰囲気ないし」

「冒険者にもピンキリだ、嫌ってたら客商売なんてできないよ」

「さっすが店長、人が出来ていますよねぇ」

 言い合いながら、二人は笑い合う。これで、雇用主とバイトという関係で二人が共に働くようになって二年も経つ。もう直ぐ年が変わろうと言う時にほんの一瞬しかないであろう穏やかな時間を過ごしていた。

「そういえば、金髪と言えばもう一人いたね。踊りの上手い冒険者、誰だったかな」

「あ、それ! ティンちゃんだ! あの子人形みたいに可愛い上に動きも軽快で好きだなあ、それに正統派金髪美少女! あの子もまた来ないかなぁ?」

「ハハハ、冒険者ならいつか来るさ。きっとね」

 笑い合いながら、店長とバイト少女はいつか、もう一度彼女たちと出会える未来を描いていく。

 因果が、英雄に届く。

「暗と明の境界映す地平線へと」

 英雄が神剣を振るう。斬撃が、剣閃が、閃光が、一筋の煌めきが空を彩る。誰の目にも映らず、気付いたときには切られている切り裂いている瞬速の技。

 光と闇、二つの明らかなるモノと暗なるモノとの境界線、その先へと誘う双武の剣舞。そこに映るモノは虚か真か、その正答アンサーは行き交う剣だけが知っている。だからその名は。

「イベント・ホライズンッ!」

 外から見えず届かない、出る事すら出来ない剣戟が人形鎧を切り刻む。忘れかけていた何かの思い出達が英雄を強く、そう強く鼓舞するのだ。因果が此処に集う、英雄と結んでいく、果てを超えてその彼方まで、地平線へと向かってかけていく。

 それでも英雄の進撃は止まらない、進み続ける。だが人形鎧も止まらない、吹雪の嵐を生み出し、雷を迸らせ、火の雨を次々に繰り出していくも、全てが神剣の前に切り伏せられていく。

 互いに譲らぬ激闘のさなか、人形の主と英雄の脳裏にまたもや不思議な光景がよぎる。

 とある居酒屋にて。

「最近の試合詰まんねー、もっとエキサイト試合が見てえよなー」

「お、そういやさ、金髪美少女剣士が前に闘技大会に出てたけどもっかい出ないかな? 名前は確か、ティンだ! ティン!」

「居たなぁ、ティンって女剣士。俺もあの子の剣技をもっかい見てえなぁ」

 因果が、英雄へと導かれる。

 とある公爵館にて。

「いっそげ、いっそげ」

「おっそうじおっそうじ」

 メイド達が慌ただしく館の中を駆け回っていた。その様子を見た騎士がポツリと。

「また、会いたいものだな。レディアンガーデ卿、いえ」

 そこで言葉を一度切り、天を仰いで。

「ティン殿」

 因果が、英雄の下へと送られる。

『くそ、これ、は!?』

 人形の主の脳裏に何かが走る、走る。誰かと繋いだ因果が、誰かと歩いた道筋が、溢れ返っていく。

『これまで繋いだ因果の意図が収束して、我らの力となっている!? くっ、それでも、僕は、もう!』

 人形の主は振り切るように魔法を放ち、剣を振るい、神剣とかち合わせ、槍を突き出し、神剣と交差する。英雄にとってはすべてが過ぎた昔日で、何もかもがみんな懐かしいものばかりで。またも、不思議な光景が脳裏をよぎっていく。

 とある屋敷にて。

「やれやれ、酷い目に合ったものだ」

 屋敷の主は一息付きながら己の椅子に座った。

「ふう、やはり持つ者は腕が良く理解力のある弁護人と聡明な裁判長か、思ったよりも短い刑期で助かった」

 己の椅子に腰かける男――エドワード・フォン・ベルリットは肩を揉みほぐしながら呟いた。そのうち思い出したように電話を手にある場所へと連絡を取る。

「やあ元気かね我が友よ。刑務所行きの話かね? ああ、それならもう終わったさ。いやあ、普段の行いが良いからね私は。そうだ、今日は実に面白い話があるのだ、君の娘の一人をスーウェルという男に嫁にやったのは覚えているかね? そう、失踪したあのスーウェルと君の娘だ。なに、この前ちょっとその二人の娘……君の孫娘に出会ったのだよ。名前は、ティン。そう、この間爵位を承ったというあの子娘だ。君に、何より娘によく似てたから直ぐに気付いたよ」

 因果が、英雄と連なる。

 とあるお茶の間にて。

「お茶が入りましたよ、あなた、ドンゴルさん」

「む」

「いや、これはすまない」

 愛子は夫と客人であるドンゴルの前に茶を出すとふと空を見上げる。

「どうした」

「瑞穂とティンちゃん、元気でいるかしら」

 僅かに微笑みながら呟く愛子、対して夫は静かに頷くと。

「奴の孫。我が孫。共に、優秀だ」

「ええ、出来ればうちの孫共々長く付き合ってほしいものですな」

 相槌を打つドンゴルに水都議員も力強く頷いた。愛子は微笑みと共に。

「ええ、そうですね。信じましょう、あの子達を」

 因果が、英雄と重なる。

 あらゆる思いが、願いが、祈りが、此処に集う。時には英雄を思い返し、時には英雄を信じて思う。思いが、心が、折り重なり英雄を更に支える力となっていく。数多の心が、英雄を支える力となっていくのだ。

 だからこそと、英雄は激しく人形鎧との激闘に身を投じていく。この物語に終焉を、幕を引く為に、長々と続いてきたこの舞台を終わらせる為に。

『くそ、くそ、くそぉぉっ! ふっ、ざけるなぁぁぁっ!?』

 人形鎧から拒絶の悲鳴が響き、剣と槍が乱舞し、展開された魔術式より様々な魔法が飛び交う。だがしかし、されどもしかし、英雄は果敢にも真っ向から乱舞する域際豊かな嵐へと挑んでいく。

 降り注ぐ火の弾を、暴れまわる風の刃を、渦巻き押し寄せる波濤を、枯らし砕く氷結を、迫る岩群を、無数に分かれる光の熱線を、闇の波動を、輝く神剣で挑み切り裂き、両断して人形鎧と対峙する。

 振るわれる槍と剣を切り弾き、更に追撃する魔法群を薙ぎ払い、英雄は人形鎧を追い詰める。黄昏の神剣と神代の金属で構築された剣が交差し、金属が掠り合う音と鋼がこすり合うことで火花が散っていく。

 英雄は空中を足場とし、振り下ろされた槍を神剣で弾き飛ばし、そのまま懐へと飛び込んで肩口より一閃。抉られる鎧、だがそれは瞬時に修復されていくも英雄は追撃の一刀を振るい、そこに人形鎧の剣が迫るも英雄はその一撃を回避する。

 上に跳び上がることで避けた英雄は兜を切り裂くも、斬撃が届く前に人形鎧が放った魔法が英雄の体を掠る。続き発動する魔法と、追加で繰り出される槍の一撃、英雄は一歩下がっては迫る魔法を切り裂いて槍を真ん中から両断し、もう一度肉薄。しかし人形鎧は今度は槍を剣へと変質させ、双剣を以て英雄へと挑む。

 その刹那、脳裏に不思議な光景が浮かんだ。

 とある一家にて。

「しょこちゃん、今何やってるかなぁ?」

「きっと、今の仲間たちと楽しくやっているだろうさ」

 菜々乃と裕一は居間でコーヒーを飲みながら、どこか遠くにいる娘に思いをはせている。菜々乃はコーヒーを一口飲みこむとコップをテーブルへ戻し。

「ティンちゃん、今どうしてるかな」

「さあ。でも、心配はいらない筈さ。きっと、翔子も一緒だと思う。なんだか、そんな気がするんだ」

「しょこちゃんか……」

 菜々乃は窓の外に目を向けた。その先にいるであろう娘と、近くにいるであろう彼女のことを思い。

「うん、きっとしょこちゃんとも仲良しになれるよね」

 因果が、英雄に送られる。

 とある国境砦にて。

「異常は無いか?」

「はっ、本日も何事もなく平和であります」

「平和か」

 メタナンは国境を守る砦で守備隊の兵士から報告を受けていた。城壁の上に立ち、彼方に見える他国へと見据える。

「退屈か?」

「い、いえそのような」

 メタナンの一言に兵士は動揺する。確かに、平和である以上兵士たちにとっては退屈そのものである。だが。

「ふ。済まない、意地の悪い質問であったな」

「申し訳ありません」

 他愛の会話、しかしこんなやり取りが出来るのも今が平和だからこそだ。メタナンは唐突に天を仰いで、数日前剣を交えた盟友へと思いを馳せる。

「何故だろう、無性に彼女のことが気になる。いや、だが心配はいらない筈だ。私にとって最も信頼できる部下たちが側にいるのだから」

 因果が、英雄の下へと結ばれる。

 凡そ4m前後という巨体を持つの人形鎧が双剣を操り、神剣を振るう英雄と激突する。

 しかし英雄は神剣に魔力を流し込み、光の刃を飛ばし、光の壁を跳び渡っては乱舞する魔法と双剣を避けて掻い潜り、装甲を削り取っていく。

 刃に光が灯る、剣閃が聖なる十字を描く、神剣の威光が輝きを示す。これぞ光魔法の極意。

「セイント・クロスッ!」

 ラグナロックより放たれる、聖十字の斬撃が穢れを浄滅させるのだ。

 削ぎに削がれる人形鎧、だが多少の損害はすぐに再度の錬成が行われ、元に戻されていく。必殺の一撃を叩き込まなければ恐らく勝つのは難しいのだと、英雄も理解できて来た。

 だがそれは人形鎧の側も同じこと、武力において英雄には勝てない。ならば持久戦に持ち込み耐える以外に道はないのは必然だ。妖精界で生み出された行使出来る持ち得る属性を無視して起動出来る術式を使っての魔法を連打しても、神剣の前には全て両断されるのみ。

 つまりこれが最善、大打撃を出される前に一気に攻め立てる以外に勝ち目は無い。現に英雄には掠りダメージが徐々に蓄積されている、このまま押し切るのみだ。

 人形鎧と英雄が激しく激突する中、なぜか不思議な光景ばかりがよぎっていく。ふと、英雄はその光景を認識し何処かであった人達の今が脳裏をよぎっているのだと気づいた。

『これが、因果の彼方の影響だと!? 凡ゆる、繋がれた因子が集う地平の彼方が次元の何処かにあるという噂は聞いていたが』

「知るかぁッ!?」

 英雄はそれがどうしたと切り裂く。もうそんな事はどうでも良いのだ、今あるのは目の前の敵を切り裂くことのみ。そんな英雄の脳裏に不思議な光景が広がる。

 とある廃墟にて。

 多くの英雄の同志達が、彼女のことを思い返す。何故だろうか、消えてしまったからだろうか、ふと彼女との思い出ばかりが目に浮かんでいく。

 そんな中で、一人の王が徐々に口端を釣る上げやがて笑う声が漏れ出す。

「どうしたの、アシェラさん」

「これが、笑わずに居られるか。あの騎士は、因果の彼方、その地平線の遥か遠くに至ったのだ。そこまでやったと言うのか、あの騎士は」

 王の言葉を、流浪の黒猫は理解出来ない。だが、数多の剣を束ねし王は天を仰いでは。

「ああ、何と言ったかな、あの騎士」

「ティンさんだよ」

「ティン、か。そうか、メアリーの方で覚えていたから忘れていた」

 散々聞いたはずの名前だ。しかし、王は魂の名で記憶していたと王は言う。

「ティン、その名を覚えておくぞ」

「うわぁ……」

 大凶を引いたよ、と言いたげな表情を浮かべる黒猫を放置して王は更に笑い出す。

 因果が、英雄と一つになる。

 とある孤児院にて。

「神様、もしも本当に神様がいるならお願いを聞いてください」

 とある少女が、部屋で一人祈っていた。

「ティン姉ちゃんが無事に帰って来ますように、またみんなで楽しく暮らせますように」

 あの日から、孤児院から日に日に笑顔が消えて行った。やっぱりここには、華梨とティンの二人がいなければと、妹達の誰もが感じていた。

 最近、紗羅がやたら頑張っているけどもやはりもう一人の姉が消えた事実を拭えるほどではなかったのだ。

 孤児院の入り口付近で、長い金髪を結い上げた少女が寂しげに膝を抱えて座り込んでいる。そこへ幼い少女が駆け寄って来て。

「リノちゃん、家に入ろうよ。風邪ひいちゃうよ」

「大丈夫だよ。ティン姉ちゃん達が帰ってくるの、待ってる」

 か細い声でリノは返した。顔を伏せてうずくまり、ポツリと。

「はやく、かえってこないかな」

 因果が、英雄の内へと紡がれていく。

 英雄は神剣を強く握りしめた。

 ここへとたどり着いた様々な因果の糸が英雄を鼓舞していく。より強く、より高く、遥かな次元へと英雄を押し出していくのだ。

 それは人形鎧を動かしているものも同じはず。彼も同じように思うものたちから繋がった因果から祈りが届いているはずだ。

 その想いに応えるために、その祈りに報いるために、その声に返事をするために、今を生きる英雄は戦場をかける。

 ある記憶が蘇る。今日という日が終わらないでほしいと思う妹に、英雄は語りかけた。


「でも、いくら願ったって過ぎた“今日”はもう戻ってこないんだ」


「だけど、明日はくる」


「明日だけは、必ずやってくる」


 だから、黄昏を何より愛したのだ。今日という1日を振り返って、そして何よりも素晴らしい明日を迎えるために。

 過ぎ去った昨日に興味はない。

 終わった今日なんて真っ平だ。

 だから。


「あたしは、明日が欲しいな」


「みんなで一緒に、明日を迎えようよ」


「みんなで、一緒に」


 それこそ、英雄が黄昏を愛する何よりの理由。

『明日がいい日でありますように』

 心から願った、ただ一つの渇望。黄昏を迎えた先にある一歩先の未来に想いを馳せて、それが何よりもいいものであることを願い祈る。それこそが、今ある英雄の原点だ。

「だから」

 剣を交え、飛び交う魔法を両断し、英雄は傷付きながらも前へと進む。この神話に、舞台劇に、物語に、幕を引くために。

「お前は、邪魔だ!」

 神剣から思念が送り込まれる。これぞ、十字神剣を持つ者のみに許されるという、究極の秘剣。英雄は黄昏の輝きを以て、人形鎧に刃を向けて。

「これぞ、神義!」

 繰り出される無数の剣閃、だが人形鎧も負けてなるかと双剣を操り切り返す。

 しかし、灯される終焉の輝きの前に抵抗など無意味。いざ刮目せよ、これこそ十字神剣ラグナロックを継承せし英雄のみが使うことを許される奥義、その名は。

「ラグ、ナロクッ!」

 黄昏の十字が、人形鎧を撃ち抜いた。

 爆ぜる黄昏の輝きに飲み込まれ、再生すら追いつく間も無く、溶けて落ちるかのごとく削られ爆散し、大破すら許さずに消滅する。

 その爆発を背に、英雄はただ神剣を天に向けてかざした。

 んじゃまた次回。

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