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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
彼女が紡ぐ未来への物語
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もう一つの『約束』

(――なんで、あたしは此処にいるんだろう)

 疑問が回帰した。

 振るわれる致命の剣をギリギリで捌いて、生存本能の赴くままに切り弾いて、無意識の状態でもソレは戦い続けるだけの獣として、剣を振るい続ける。その姿は哀れにもほどがあった、生きたい、生きたい、未来には飽きたしどうでもいいけど、生きていくのまでは投げていない、と。

 貪欲なだけの『生き物』がそこにへばり付く様に剣を振るい、戦っているのだ。メアリーはそれでも剣の野獣と化した残骸を討つべく剣を振るう。

 ソレは、そんな彼女の姿を見るだけでメアリーの生きてきた道筋が脳裏に染み渡っていく。

 メアリーは両親もとで育てられた。そして名をティンと変えることもなく、メアリーとして生きて来たのだ。その過程で、彼女は剣を手に取り学んだ。きっと、全ては家族の為だったのだろう。娘の為に多くを捨てた両親の為に、彼女は死に物狂いだったと手に取るようにわかる。

 お金を稼ぐ為に何でもやった、合法であろうと非合法であろうと、家族が泣かないのであれば彼女はどんなことでもしたのだ。子供ながらに思いつくやり方で、最初は父の癒しになればと幼い頃から親孝行をしてきた、思春期からはアルバイトをした、冒険者の真似事であろうとも、冒険者への依頼(クエスト)なら手軽に金を稼げると知ってからはずっと戦いに明け暮れた。

 そんな生活をしつつも少しでも社会に混ざって働くために勉強もした、当然依頼(クエスト)もこなしたしクラスでは成績もトップだった、そこらにいる小娘が、自分の為に全てをなげうった両親に尽くす為になんでもやったのだ。高校生ながら事業だって展開したし、時にはギャンブルにだって手を染めたりもした、全部全部、親が自分にしてくれたことを一つでも返すために。

 それが、メアリー。

 彼女は、親によって生きていた。親が、彼女の生きる理由で、全てだった。

 だからこそ、彼女はティンを許せない。親の愛を知らないならまだいい、でも親の愛に泥を塗り、元気な体を与えてくれた親を裏切る存在を、彼女は決して許しはしない。例え極め近くて、限りなく遠い、対極に位置する存在であろうとも。絶対に会えない存在であろうとも。

 親を裏切る自分、それこそメアリーにとっては存在していけない可能性。もっとも忌むべき自分の姿だったのだ。

 刃と刃が重なり火花が舞う。その最中でも、ソレはそんな彼女の半生を、断片的にだが読み取っていく。確かに自分は斬られるのが通りだろう、だって彼女にとって自分は最も許せない写し鏡だから。

 あり得た自分、そうお互いがお互いをうつし合うカルマだ。鏡の中の自分が、自分を嘲笑い憎悪する。本当はこうしたかったのだろうという見たくもない可能性を剥き出しにして見せつけ合っていたのだ。

 ティンは、素直に親に甘える自分を。

 メアリーは、素直に親を嫌う自分を。

 見たくもない可能性、見たくもない自分、本当は会うことなど許されないもう一人の、鏡の中だけの自分。ただ疑問なのは何故それが出会ったのかということ、何故寄りにもよって壊れた何かだったのかということ。

(嫌なら、見なければいい)

 そう。本来見えてはいけないパンドラの箱であった向こう側にある世界線の自分。なぜ今それが交差する。そして今切り結ぶ。

 理由はすぐに出る、自分がティンではないナニカだからだ。もう、自分はティンではない、それを認めたのである。では、一体。

(あたしって、誰?)

 そもそもの話。

(ティンって、誰?)

 果たして、ティンとは一体誰なのだろうか。此処にいる騎士はティンではないと、散々言われた、言われ続けた。ティンとは一体どう言う人物であると言うのか。親の愛に泥を塗りつけて生きる存在であると、それが彼女の真実であると。

 だとしても、それが今の騎士と何の関係がある。もうこの騎士はティンではない、ティンではなくなったと誰からも指摘されている。


『本当にそうかい?』


(そうだ、あたしは誰でもない)


 誰かが問いを投げる。お前は誰でもない壊れたナニカであると、それは正しいとしてもそれで良いのか。何処かで聞いたことがある気がする声が優しく耳に響く


『本当に、それで良いのかい?』


(だって、あたしは)


 彼女をよく知る沢山の人が指摘する。お前はティンではないと、もう以前のお前ではないと。だと言うのなら、この騎士は既にティンと呼べは。


『かつての己ではない、君にとってそれは本当に大事なことかな?』


 いつかどこかで、かつてあらゆる幸福を取り逃がした声が響く。


『君は、誰かに決めて貰わなければ<何か(・・)>になれないとでも言うのか?』


 そう言えばと、騎士はどこかでこの声を聞いた覚えがある事に気づく。遠い昔、当たり前に存在していた音であると。思えば、この声は常に自分をやさしく包み込んでくれていた。この暖かい毛布にも似たこの感触は一体何なのだろうかと考えたりしてみる。

 ああだけど。そう、だけども。もしもこの声が自分を特定の何かであると決めてくれるというのなら、それを受け入れてもいいと思い始めた刹那。


『もしも、そうだと言うのなら一つだけ。僕は君に言えることがある、君は僕の大事な――』


 砂嵐が耳を塗りつぶす。理解不能。理解不能。とても大事な言葉で、温かい、だけどその声はティンに耳に響くことも脳裏に付くことも何もなくて。


 ――ねえ、それが貴女の答え?  


 どこかで聞いた、先ほどとは全く違う声が脳に響く。


 ――世界を巡って、辿り着いた答えがそうであると貴女は謳うの?


 答えはない。もう、自分にはなにも無いと思っているから。壊れた自分には、きっと誰でもないナニカで。


 ――これまでのことを、なかったことにして、幕を下ろすのが、答えということ?


 (これ、までの、こと)


 そう言えばと、ふと彼女は何かを忘れていると思った。大事な何かを忘れている、何処かに何を置き去りにしてきたのか、何も覚えてはいないけども、忘れていると何処かで感じてしまう。

 大事な何か、いや忘れたのに大事だったのか、それすら思い出せない。そもそも、過去の記憶さえもが曖昧だ。己が本当に誰だったのか、存在が刻一刻と過ぎて行くほどにとても希薄で朦朧として行く。

 もう誰でもない自分、誰かとは言えない空虚な何か。諦めてしまえば良いのに何故自分は抵抗を続けるのか。

「この、化け物が!」

 無意識の獣と戦い続けるメアリーが吠える。一手一手、攻撃を加えてもその全てを最小限の動きで捌かれていく。だが、それでも一撃、また一撃と追い込まれて行く。

 もう相手には敵意が無い。相手が親の愛を知るメアリーだから、などではない。それが完全に無いわけではない、だがそれ以上に確かな存在を持つ彼女に、誰かですらない騎士が今更何故立ち向かえるというのか。

 心から、勝てないと。勝ってはならないと、騎士の剣が一振り一振り剣を振るうごとに覇気を失っていく。

「これで、終わりか」

 メアリーが騎士の剣を弾き、その身を刻みながら。

「こんなモノで、お前が終わりだと」

 乱舞する双刃が騎士を削り落とす。

「帰るべき場所も」

 それでも、意味はなくても生きてはいたいと叫ぶ貪欲で醜い獣の如く剣を振るい斬撃を凌ぐ。

「帰りたい場所もなく」

 火花が舞い上がり、刃を重ね合いながら。

「守りたいものも、何も無い奴が!」

 メアリーは一手ずつ、一歩ずつ獣を追い込んで行く。

「家族の愛を知らない、持っていなすらいない、そんな奴にあたしが」

 致命の一撃振るわれるその刹那、騎士の剣が切り返した。一方的に斬られるがままだったはずの騎士が、ここに来て反撃の一手を撃つ。

 だがメアリーはならば良しと両の手に持つ双剣で迎え撃つ。メアリーが振るう双剣は流麗に舞い、並みにいる強敵を微塵と切り刻む。だが騎士が振るう剣は一振りであるにも関わらず変幻自在をここに描き出し、繰り出される双剣乱舞を見事に圧倒。

「あたしは、負けない」

 それは一体誰が口にしたものなのか。

「家族の愛を知らない奴に」

 騎士は一歩踏み込んでメアリーに立ち向かいながら。

「妹達への愛を、じーさまとばーさまの愛情を知らない奴なんかに」

 例え血の繋がりが無かろうと、それでも変わらずに我が子と同じく愛を持って接し続けたあの老夫婦の愛情を蔑ろにする奴に。なによりも、未来へと歩いて行くあの妹達との絆を嗤う奴に。

ティン(あたし)は、絶対に負けない!」

 騎士は――ティンは、メアリーに鋼鉄の刃を叩き込む。

 そう、ティンとは親の愛を知らぬと泥を塗るものでは無い。寧ろその真逆、血の繋がりなどなくとも確かな絆を知る者である。停滞した何かの中に甘んじるモノでは、決して無いのだ。


 ――答えは出た?


 問われる声に返事はない。しかし、それでも。


(例え、偽物であったとしても)


 一歩踏み出して、振るわれる双剣を切り返しながら。


「あたしは、ティンだ――それ以上でも以下でも無い。壊れていようとも、偽物だろうとも、ティン(あたし)が紡いだこの物語(ぶたいげき)に、嘘はないッ!」

「なら――」

 ただ一つの真実を胸に、ティンは毅然とメアリーと対峙する。だからこそ彼女は毅然と剣を握り。

「示してみせろ!」

「うるさいんだよ、このあまえんぼがッ!」

 運命を分けたもう一人の自分との果たし合いがここに、遂に始まった。

 二人とも、同じタイミングで鏡合わせのように踏み込み剣を合わせる。共に超脳の持ち主、未来を手繰り寄せ必ず正解に辿り着くと謳われる正答者(アンサラー)。つまり、先に正しい未来を引き寄せた者が勝つ戦いだ。

 互いに刃を振るい、重ね合わせる。それこそ姉妹のように、しかしどちらかが必ず上に至るように、剣を重ねて、思考を重ねて、相手の動きから常に勝利に至るまでを読み切ってから剣を振るい合う。響く剣戟だけが、漆黒の空間にこだまする。

 やがて二人は同じタイミングで跳び、光の壁を生み出し、更に光子加速を同時に発動して空中を飛び交いながら斬り結ぶ。武器以外の何から何までが全く同じで、光に包まれて斬り合う二つが黒の空間をやがて黄昏の夕焼けへと染め上げた。

 そして地に降り立つ二人、メアリーはティンに剣の切っ先をつき向けて。

「分かったよ、ティン」

 呟き、二人は同時に駆け出した。

 剣を交え、火花散らし、突き抜けて反転しては切り結び、メアリーはそれでもなお双剣を駆使してティンに猛攻を仕掛ける。しかし、その刹那。

 二の太刀を振るおうとしたメアリーの喉仏にティンの剣があった。

「あ」

 短くこぼすメアリーの声、そして彼女は力なく地に崩れ落ちる。ティンはメアリーが剣を落とすのを見て、剣を引き前へと進んだ。

 二人の勝敗を分かったのは、単純に経験の差だ。メアリーは戦いに手は抜かなかったし、半端な修行をした覚えもなかった。だけど、それ以上にこのティンは戦いに塗れた運命を歩いただけ。只々、その違いが一瞬の読みの違いを生み出したのだ。

 敗者に送る言葉なく勝者は先に進み、敗者は項垂れて自分の敗北を噛みしめる。だがこれで良い。

 メアリーとは過去にしがみつく者だ。親から受けた愛を枷として生きる者であるのだから。

 ティンとは未来だけを見る者だ。過ぎた昔日を切り捨て目を瞑って、黄昏の彼方を焦がれる者であるのだから。

「流石は、あたしの」

「ああ。流石は、あたしの」

 その先の言葉を紡ぐ必要はここに無い。そもそもこの出会いはあってはいけないのだから。吹き荒れる砂嵐に終わりはなく、それでも彼女達は前へと進むのだから。

 前へと進みゆくティンに背後に。優しく、そして力強く見守る誰かは仮面を付け直してうなづいた。微笑んで見守る誰かは満足堂にうなづいた。黙って見てた誰かは暇そうにあくびをした。そんな光景を感じながらティンは少しだけ口端を釣り上げる。

「もう、迷いはないね」

「分かんないよ、そんなの」

 互いに振り向かない、向き合う必要はない。

「じゃあ、約束ね」

「約束」

 言葉だけの口約束だ。それでもティンは頷いて。

「ああ、約束だ」

 何の約束か、そこにはきっと意味が無いのだろう。きっと、この事件が終わった暁には、何もかもが忘れられているだろうから。

 だから、最後に。


 ――もう一つ、約束。


 優しい(別のメアリーの)、声がした。これだけは伝えたいと、知っておいてと。


 ――忘れないで。あなたを無敵にする最強の呪文があるということを。いつだって、どんな時だってあなたは。


 虚空へと歩き出したその先に、己の立つ足場の先へ。毅然とティンは、誰かの言葉を背で受け止めながら歩き続けた。


「どんな時でも、あたしは――」

んじゃまた次回。もうすぐこの物語も終わりだよ。

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