姫と騎士―神剣を得た代償―
数時間前。
「ねえ、リフィナ」
ティンは暇そうに近くの置物に背中を預けていた。そのだるそうな目線の先にいるのは茶髪の髪をポニーテールにした少女、リフィナだ。彼女もだるそうに箱の上で寝っ転がっている。
「ねえ。いくらなんでもさ、遅いにも程ってのが無い?」
「ああ、気にしなくても良いよ。別に問題ないから」
そう言ってリフィナは欠伸をする。そしてぐるり寝返りをうち。
「そういやさ、あんたって何か身体に色々細工してない? 色々感じるんだけど。やめた方が良いよーそれ、ほぼ禁忌と言っても良いもんだよ。一体何があったのか知らないけどさ、身分相応って言葉が世の中にはあるわけでね」
リフィナは暇そうに言った。対するティンはと言うと。
「え、えっと……何だろ、これはあたしがやったんじゃなくて、親がやったんだけど」
「え……じゃ、じゃああんた、本当に障害者? ちょ、つーことはなに、その身体はそういうこと? わ、何その親、本当に正気なの!? よくまあ実の娘にそんな鬼畜な事を……」
リフィナはブツブツと呟きながらティンを見る。その目は何処か同情と、空虚なものが宿っている。
「ねえ、今なんか言った?」
「いんや別に。で、人体媒体なんて狂気の沙汰までやってあんたは何を手にしたの?」
「人体媒体……?」
「人体媒体って言うのは人の身体使って魔法を使うこと。で、何が出来るの?」
「えっと、神剣が呼べる」
その言葉に、リフィナはにやりと口の両端を釣り上げる。
「へぇ……んじゃ、ちょっとあれだ。変身ポーズでも練習するよ」
そして現在。
「な……何、これ。何なのこれ。一体、何がどうなってるの!?」
「それが人体媒体ってもん。あんたさ、もしかして人を使った魔法がなんなのか、知らない?」
ティンは震えながら振り返る。
「人体媒体って言うのはね、昔の地方で言うところの生贄。人の身体そのものを魔法を使う道具にする狂気の術式。人間の身体を術式の媒体とし魔法を使用する禁忌の術式。それが、人体媒体。その身体中の傷は魔力の管、魔力を通し、術式を動かすためのもの。まさか、術式書くのにマジックで書くとでも思った?」
「な……え……?」
「後、前」
言われてティン前を向くと同時に剣を振る。振られた剣は直ぐさま直前まで迫った甲冑の持つ槍にぶつかり、火花が舞う。
「落ち込んでる暇なんてないよー?」
「う、うる、さい!」
ティンは槍を蹴り付けて弾き、身を返しつつ甲冑の身にその黄昏の十字剣を叩き込む。ティンの手によって振るわれたその一撃は易安と甲冑の鎧に食い込み、それどころかバターでも切り裂いているかのように刀身が甲冑の身体を文字通り滑る様に通り抜けて行く。
「え」
ティンは予想外の結果に思わず手を止める。その瞬間。
「呆けるな! 次来てる!」
言われてティンは前を見れば、次々に甲冑連中がティンに殺到している。ティンは咄嗟に甲冑連中を飛び越えて。
「馬鹿め、大事なお姫様が剥き出しだぞ!?」
瞬間、甲冑集団が一気に薙ぎ払われて行く。甲冑達が剥き出しにした油断が原因となって。
ティンはその手に握られた神剣へと目を落とす。黄昏の如き黄金の輝きを放つ十字架へと。何時もこの剣を握る時は正気を失っていた。いや、正気を失った時しかこの剣を呼べなかった。だからこそ、この剣の異常性が分かる。理解出来る。なるほど、これこそ神の剣、正しく神剣の名を冠するに値する代物。鋼鉄さえバターの様に切り裂く切れ味、触れてるのに握っている感覚が全く無い重さ、そして何よりも。
「――何て、暖かい」
思わず、呟いた。剣が放つ光が、凄く暖かい。まるで母親に抱かれてるかのような暖かさと安心感。体中から溢れ出して来る光。そして、ティンは呟いた。
「誰にも、負けるが気がしない……!」
「潰せぇ! そこの騎士を叩き潰せぇッ!」
リーダー格の男の呼び掛けに応じ、甲冑連中が各々武器を持ってティンへと殺到する。ある者は大剣を、ある者は槍を、ある者は斧を、ある者は――ライフルを。
鋼鉄の鎧姿に似合わぬ鉄砲を持った集団が囲み、その中へ武器を持った連中が寄って集って襲い掛かってくる。
「掃射!」
掛声に合わせ、ライフルが火を噴き、弾丸が甲冑達の間を潜り抜けてティンの元へと突き刺さり――。
「――奴は、何処だ?」
瞬間、ティンは消えていた。何処かへともなく。影も無く。直後、ライフルを構えていた甲冑が光に包まれて弾かれる。
「そこかぁッ!」
火を噴く機関銃。ティンは銃口向けられた時点ですばやく駆け出し、擦違い際に次々と銃を構えた甲冑達が薙ぎ払われて行く。そして、ティンが剣を振るえばその軌跡が黄金の輝きとなって斬線に現れる。それを見た者達は次々に震えた。
「な、んだ、あれは。化物、か?」
「う、美しい……何と、美しい剣閃だ……」
踊る様な、嵐の様な、荒れ狂う暴風の様で丁寧に編まれた裁縫の様に繊細な剣戟が次から次へと甲冑を飲み込んでいく。
ある者は剣を構えて切りかかり、ある者は槍を構えて突撃し、またある者は斧を手に振り回し、ティンへと襲いかかった。だがその結末は全て同じ。
剣で襲えば剣の一撃を払って黄金の輝きが飲み込み。
槍で襲えば槍を切り払って間合いを詰め、黄金の輝きが飲み込み。
斧で襲えば斧が振るわれる前に黄金の輝きが飲み込んで行く。
そんな風にティンは次々と甲冑達を切り捨てて行く。いや、これはもはや剣戟と言うより猛獣の狩だ。黄金の輝きが甲冑を飲み込み、そして吐き出して行く。その単純作業だが、荒れ狂う剣閃と混ざり、酷く美しかった。やがて、気が付くとそこには誰にもいなかった。そう、誰一人として、ティンを除いて立っている人間は誰もいなかった。誰も。
「あれ、リフィナ……? 何処……?」
ティンは呆けて周りを見渡すと足音が響いて来る。その方向へティンは振り返って。
「敵、か……!?」
ティンはラグナロックを構え直し、音の先へと視線を集中させる。そして――。
「でぇぁぁぁッ!」
「全員、即刻戦闘行動を中止して武器を捨てなさい! これよりこの場は我等神聖教会団が預かります!」
思わず剣を止めてこの場に入って来た女性を見つめる。その女性は。
「水、穂……?」
「ティン、さん? な、なぜ、此処に……?」
天束水穂。先日会ったばかりの女性。彼女はさっきまでなぎ払って居た甲冑連中によく似た連中を連れ、この場に割り込んで来る。
「ど、どういうこと!? 何で水穂が此処にいるの!?」
「わ、私はこの付近に潜伏中と言う凶悪犯の捕獲の為、こうして神聖教会団戦闘部隊である神聖騎士団を率いてやって来ました。ティンさん、まさかとは思いますが……あなたもその一味ですか? 或いは賞金首を狙ってやって来た冒険者?」
言われたティンは跳び上がりそうな程に驚く。何せいきなり犯罪者扱いか賞金稼ぎ、その上自分が今しがた切払ったのは例の凶悪犯で、リフィナを狙っていると言うのである。てんこ盛りの情報にティンはただただ驚くのみである。しかし、これでティンは己が何をするべきかを知った。ならば。
「……どちらにせよ、あなたを重要参考人として我々とご同行願います」
「水穂様! こちらに犯罪集団と思わしき者達が気絶して居ます!」
水穂の下に十字が刻まれたローブを纏った男が報告し、水穂はそちらに視線を向ける。
「分かりました。一部は気絶している犯罪者達を拘束し、この場で待機! 残る方々でこのまま追跡を続けます! 罪深きものと言えど彼らは同じ人間、手荒な真似は一切許しません! これは、神聖教会団副神官長である天束水穂が厳しく命じます! 後重要参考人から話を伺いたいのでそちらの準備もお願いします」
「ハッ! ……水穂様、少し宜しいでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「その重要参考人は……どちらでしょうか?」
「え? 彼女なら此処に……って、え?」
水穂が見渡せば、先程まで目の前に居た筈の少女が何処にもいなかった。
ティンは踊る様な足取りで教会地下を駆け抜けていく。やがて、見覚えのある後姿が目に入って来る。白い服に、結い上げられた茶髪。間違いない、彼女は。
「リフィナ!」
「……星光よ、我が敵を打ち砕け」
呼ばれた彼女は、空虚な目でティンに向けて躊躇もすることなく、光る箒を構える。
「――へ?」
「シャインバスター!」
瞬間、ティン目掛けて光線が走る。ティンはソレを素早く方向転換を行い、リフィナの下へと跳び降りる。
「な、なにすんだよいきなり!?」
「――あ、ああ、ティン? ご、ごめん、敵と見間違えたよ。此処暗いからさぁ」
(く、暗い? 確かに暗いけど、あんた灯りをつける魔法使えたんじゃ……)
ティンは凄く白々しいリフィナの言い訳に凄く苛立ちを覚える。だが、昨日の事を振り返る。変身ポーズや、好きな漫画とかを語り合った昨晩。だから、どうしても彼女を嫌な奴とは思えなかった。思いたくない。昨日まで見せたあの笑顔に嘘は無いと思っているから。だから、何となく。
「……そっか、それじゃ仕方ないね」
――ティンは、その言葉を信じた。飲み込んだ。
思えば、これが彼女にとって、騎士としての試練だったのかも知れない。後に彼女はこの選択を後悔する。あの時に――。
「水穂様、各部隊の編成が終わりました。これより犯罪者集団を追います!」
「ああ、そうですね。ところで思ったのですが、私一人で重要参考人の捜索を行うので、私抜きでいって来て下さい。彼女は私一人で捜索しますから」
「し、しかし、それでは水穂様――」
「それと貴方達に一つ言っておきます」
水穂はちらりと背後を見る。
「教会の幹部を両親に持ち、教会の学校で学び育った私にとって神聖騎士団は一種の昔馴染みなんですよ。幼馴染と言ってもいいんですよ? そんな私からすれば、貴方達の甲冑を見れば、全くの別物です。一目見ただけで十は違う所が見つかりますよ? その本心は分かりませんが、その行いを悔い、私に懺悔すると言うのなら今はちょっと説教するだけで許してあげます。が」
水穂は柔らかい笑顔のまま後ろに振り返る。だが。
「相手は丸腰の女一人、バレたならやっちまえ!」
「その気は……皆無のようですね」
甲冑達は武器を握り締めて水穂に襲い掛かる。その武器の刀身、そこが水晶となっている――つまり、魔力砕きの宝石、クリスタルだ。これは魔力の結合部分を分解する性質を持っている。これを前に、魔導師は全く意味を成さない。水穂は神官で、魔導師。ただこの武器に蹂躙されるだけなのだ。
対する水穂は足元を蹴る。同時に起こる光の爆発。宙を舞う破片、それらが甲冑達を一瞬で薙ぎ払って行く。彼らの持ってる武器が魔力砕きの武器。確かにこれは魔法を打ち消す。しかし、魔法によって吹き飛ばされた瓦礫は、どうしようもない。打ち消しようが無い。ただ、吹き飛ばされるだけだ。瓦礫に巻き込まれて。
一瞬にして半数以上を吹き飛ばされる甲冑達。水穂は再び柔らかい、聖母の様な笑顔を浮かべていった。
「まだ間に合います。さあ、懺悔なさい」
言ったはいいが、甲冑達は既に逃走の直後であった。水穂はただ悲しそうな表情で魔法陣を懐から取り出す。
「御免なさい、犯罪者集団の一味と思われる人達を取り逃してしまいました」
『ええ、先ほど報告を頂きましたし、水穂様が通信魔法を起動していたのでそちらの情報は全て把握済みです。しかし、ご無事で何よりです』
「それにしても本当に御免なさい。貴方達も肝を冷やしたでしょう?」
『本当です。貴方のことは幼少期より見ていましたが、人生で最高の無茶ですよ。少しは自重をお願いしたいところです』
水穂は思わず苦笑する。確かに彼女は昔から彼ら騎士団に迷惑をかけっぱなしであったと思い返す。そうしていると見覚えのある、ちゃんとした神聖騎士団の面子が到着する。
『ですが、まさか連中が此方の鎧を模倣するとは盲点でした。貴方がいれば大丈夫と思い、新米ばかりで編成したのが裏目に出るとは……』
「いえ、それを進言したのは私です。この失態は私に責任があります」
『いえ、それを受け入れたのは私で……この話は止めましょう。お互いに責任があります。責任の転嫁をしても仕方ありません』
「そうですね」
水穂は一息はいて考え直す。一先ずこれからの事を考え直す。
「取り合えず、貴方達は上で待機している部隊と連携し、この地下教会の出入り口を封鎖して下さい。犯人集団を見つけ次第に逮捕して下さい。
神の名の下に」
「神の名の下に!」
地下礼拝堂に聖職者達の声が響き渡る。
あけおめー。と言ってもこれしか書き留められなかったぜよ。
じゃ、また。




