決戦の前に
ティンと華梨は直ぐにババっと起き上がると。
「どっちが勝った!?」
互いに顔を見合わせて、言い合った。そして周囲を見渡し、二人は近くに落ちてた剣を拾い上げて立ち上がろうとして。
「いい加減にしろ馬鹿野郎」
スガードが二人の頭にげんこつを叩き込み、二人はその場所を抑えてしゃがみ込んだ。
「ったーく、こいつらほっとくと延々と喧嘩すっから始末が悪りぃ」
「ったぁいな何すんだよ師範代!」
「ったたた、いきなり何ですかともう急に」
「馬鹿が、てめえらが何時迄も馬鹿騒ぎしてっからだろうが、ったくよ」
「いや、それどう見てもお前が悪いだろ」
ぼりぼりと頭をかくスガードに武旋がビシッと突っ込んだ。それへの返事も『うるせぇ』ではあったのだが。
ティンは目をこすりながら身を起こして周囲を見渡すと、そこに広がるのは先程まで先にいけと催促していたもの達だ。彼らは何故かひと段落したせいか歓談に花を咲かせていた。ある意味珍しい組み合わせであるためか、これを好機として無差別に話し込んでいる。
しかし、此処までの人々を誰が呼び寄せたと言うのか。
「しかし、貴公に縁があると思わしき人間を片っ端から声をかけてみたが、思った以上に引っかかったな」
「そう言う因果を背負っていたとは言え、大変な作業でございましたね陛下」
アシェラは肩を揉み解しながらぼやき、アンナがそれに返事。だがティンはこの会話で聞きたいことがいくつも生じてしまいそちらへと振り向いて。
「おいこら、あたしに縁があるって何だ。因果ってどう言うことだ」
「気にするな。これは、一種の別次元観測をする為の法則という奴だ。特に今回は本来混じり合ってはいけない会合なんだよ、同じ世界に住んではいても本来かかわり合うことすら無い別ジャンルの物語に偶然繋がってしまった、という奴だ」
「別にそれ自体悪いことじゃないんだが、やり方が異質過ぎる。チートコードを使ってまで没になったシナリオを無理矢理プレイさせられてるようなものなんだ。だから、本来切り離されていた法則と絡み合った因果を一旦物語の収束という形で修正する為、そこの女は彼方此方水面下で動き回っていた。ま、実際動いていたのは世界の中心にされ易い本編の主人公様みたいだけど」
アシェラの言葉を繋げるのは酒場の店長だ。彼女は一体全体何者だというのかと思い始めた時、アシェラは肩を竦めて。
「これはこれは、救世主様ではございませんか。かの名高き白黒の勇者姫がこのようなところまでご足労とは痛み入る」
「その厨二くさい痛々しい呼ばれ名は10年前に撤廃させたはずだぞ、どこの馬鹿だ広めたの」
「妖精だが何か。確か他にも新世界の妖精女王、灰瞳の騎士、あと他に」
「わかった。今からこの世界を壊す。そして12年前の黒歴史全てをこの世から抹消する」
「貴殿がいうと朝飯前だからやめて来れ。止められるものが少数過ぎるぞ」
「瑞穂、解説頼む」
急に専門的過ぎる単語の乱舞の耐えきれずティンは最終兵器の投入を決意。しかして齎されるであろうハルマゲドンも真っ青な回答は。
「よーは、今回の事件は異世界どころか別次元からの侵略だったんだよ。しかも強襲、だからティンさんは本来普通に生きてたら会えなかった人に会えちゃったしティンさん自身にとっても会いたくない人にも強引に出会ってしまったって事だね。没シナリオってのも正に、ティンさんが自力で知らなきゃいけなかったティンさん自身の過去と要素って事だね」
「あいつらが無理矢理襲って来たからあたしはイヴァーライルに行った、と?」
「結果的には。ただ世界線なんて観測者の行動と観測次第で無限に増えて行くから問題はそこじゃない。どっちかと言うと、問題なのはパラレルワールドもなんでもありな馬鹿馬鹿しい上にガバガバな世界観の住民が平然と潜り込んで来たことかな。この世界にとっては別に良いけど、おかげでティンさんも凄く面倒な事なってない? 当たり前のようにパラレルワールドの人に会ってない? 私は以前、偶然会った別次元というかパラレルワールドの私とまた会ったけど」
瑞穂の回答にティンは頭を抱えた。つまり、父親との会合もそれ由縁の出来事も全部ここにいる連中が介入した事により起こった事象という事だ。しかし、ティンはそのことに素直に悩みたかったのだが視界の端っこで。
「嘘だろオイ瑞穂が普通に解説してるぞ」
「なんてことだ。瑞穂の奴、前置きに嵐の前の静けさを習得するとはどこまで我々を振り回す気だ」
と言う感じの自由人の会話がなければもっと正面から受け止められたと心内で突っ込んだ。彼女達は一々話をコメディに持っていかなくては生きていけない呪いにでも侵されているのだろうかと悩み始め。
「先輩方、一々ボケなければ死んでしまう呪いにでもかかっているのですか」
戦いの最中に現れた水凪と言う名のフードを被った錬金術師が突っ込んだ。ティンは遂に瑞穂の後輩まで来たのかと黙って見ていることにして。
「お前さ、よく分からない話には茶々入れなきゃって使命感に」
「燃えません」
「水凪、言葉は口に出さなければ死んで行くんだ。この世には死語と言う言葉が存在する、そう時として言葉だって死ぬんだ。こうして話題に絡まねば我々も時に」
「流されてそのまま風化した方がよろしいかと」
背景で好き勝手に繰り広げられる雑談の中、水凪は的確な突っ込んで行く。が、問題の先輩達がたどり着いた結論はと言うと。
「だって瑞穂がマトモな解説役やってるの見ると、なんか違和感覚えるんだもん」
「もんとか言わないで下さい、キャラじゃないでしょうに」
「つか出来るなら始めからやれよ。付き合わされた我々の苦労を少しは考えてくれ」
「心中お察しします」
ティンはそろそろ頃合いかと思い瑞穂に。
「ってか後輩までつれて来たの? 節操なさすぎじゃ」
「役に立つんだから仕方ない」
瑞穂が短く返すと自分が話題の中心にいると感じたらしい水凪がティン達の方へと歩み寄る。背丈は155前後か、ティンからして以外と低く見えたが、フードを目深まで被ってるためか表情が不明だ。
「で、先輩。この後の予定はどうするのですか」
「取り敢えず行きたい人と行かせなきゃいけない人で纏めて突っ込んで終わらせるよ?」
「可及的速やかにお願いします。私まだ大学の課題が終わってないので」
大学の課題、と言う単語でティンは彼女が現役の大学生であることに驚いた。しかも暇ではないらしいのになぜ異世界の援軍に来たのだろうか。何か特別な理由があるのかと思案し。
「課題くらい放置でいいんじゃない? 今は色々物騒だし大学にしがみついてた方がいいと思うよ?」
「いやいやなんですかその暴論、否定出来ないので流しますが」
「そもそも異世界に来たんだし課題なんて投げ捨ての覚悟くらい」
「してから連れ来て欲しかったです。覚悟も何も無しに行成連れ去られたのですがそれは」
意外、それはただの誘拐脅迫だった。いやしかし瑞穂達の行動だと思うと何も不思議がないと言うこの異常事態に心底驚きが隠せない。きっと目の前の水凪とやらも軽く落胆しつつも受け入れているのはそう言う背景があるからなのだろう。
「それよりも先輩、早く動きべきかと。我々はただ集まっただけでどこも制圧に成功していません」
「そりゃあちこちから無尽蔵に湧いて来るんだからしょうがないよ。まるで真夏の蚊だね」
「蚊の方がまだ可愛いかと。殺虫剤を巻けば殲滅できるという意味で」
「あんたら話纏めろよ。さっきから長いわ」
流石に話が長すぎる為、ティンがいい加減仕切ることにした。瑞穂も水凪も少し不満げだが気にしていてはいつ次の話に移れるかわからない。そしてティンは取り敢えずと先に行く面子を考え始めた時。
「レディアンガーデ公、宜しいですか」
「え、えっと、水凪つったっけ。何?」
ティンはいきなりレディアンガーデの名で呼ばれたことに内心驚きながら返すと水凪は翼付きのフードを外して素顔を晒す。中身は小柄な体躯に合う可愛らしい顔立ちで、薄い青の髪に深淵の闇を思わせる濃紺の瞳を持って。
「彼らとの決戦に志願したいのであります」
「えっと、なぜ?」
「彼らの持つ技術に非常に興味が唆られたので、もしも閣下が戦いの場に赴かれると言うのならこの私、水凪理央もお連れ下さい」
素顔を見せ、有耶無耶しく礼儀を示す理央にティンは圧倒された。何せ生まれてこのかた一度たりとも貴族扱いされた覚えなどないのだ。と言うか見知らぬ彼女にそんな扱いされても困惑する。
一体、何故彼女は自分のことを知ったのだろうか。瑞穂たちにでも聞いたのか、ティンは少し面食らいつつも。
「あ、ああ、いいよ別に。というかよく知ってるねあたしのこと。爵位を貰ってから日が浅いのに」
「は、何を隠そう私も閣下の即位式に出席させていただいたので存じております。その際、レディアンガーデの方の政策についても興味を持ったので一応挨拶をさせていただきましたが、閣下は別件で頭がいっぱいであらせられた様子でしたのでもう一度挨拶をするべきかと」
「おい待て瑞穂、人の預かり知らぬところで何呼んでんだ」
「いや別に私が誰呼ぼうがティンさんには一切関係ないと思うよ」
まさか知らない所で出会っていたを後出しされるのは流石に驚いた。まあしかし、ティンとしてもここまで意欲のある若者を無視するのは忍びない。
「まあ、来てくれると言うのならお願いするかな。えっと、他は誰が来るの?」
「我らトキヴァーリュ王国は今回の事態を見守る必要がある。特に妖精王の系譜として彼らの研究の成果は見届けねばならない。共に妖精と生きて来た者である以上、見過ごすことは出来ない」
「そう言われると、あたしも行かざるを得ないんだよなぁ……一応、此処がこうなった原因の一人で見てきた人間だし」
アシェラと、更に居酒屋の店長まで乗り出した。二人の言っている意味は全く分からないが、ティンにとってはきっと意味も無ければ掠りもしない運命なのだろうなと思うと気にもならない。
「じゃ、行こうか華梨」
「って、私も行くの? あれだけ人がいるんだから別に必要はないんじゃ」
さも当然と言わんばかりに声をかけるティンに対し、華梨は戸惑いながら集まった人々を指差すがティンはやれやれと首を振って。
「分かってないなぁ、あたしとソラで組める奴って言ったら華梨以外に誰が居るんだよ。良いから来いよ、あたしと華梨で最高のステージを作ってやろーじゃんか」
「はぁ。全く、しょうがない。あんたとセッション出来るのは世界中探しても私だけだしね。幼馴染になったのが運の尽きだと思って付き合ってあげるよ」
ティンの自信あり気な返しに華梨は呆れ気味な苦笑を浮かべつつ手の甲を打ち合い。
「そんじゃ、ちょっくら言って問題を全部片付けてうちに帰ろうか!」
「後、他にもちゃんと選んで。実質理央だけだよ、まともな戦闘要員」
盛り上がったところで瑞穂が早速水を差す。そしてティンは瑞穂の方に一瞬何言ってんのお前も来んだよやだよと表情で送ったが刹那で拒絶されたので無視し。
「待って下さい先輩、そこの明らかなザ・チートな連中は一切手を貸してくれないとでも言う気ですか!? 見届けるとか、ガチで見てるだけ!? いらなぁッ!?」
「ほらよくあるだろ? 偉そうな事言うだけ言って結局何もしない賢者とか騎士団長とか王様とか」
理央は素の声を出しながら突っ込み、店長がしたり顔で補足した。ティンは理央に心内で感謝しつつもその豊かな将来性を垣間見たことで少し彼女が齎すであろうレディアンガーデとイヴァーライルの未来を夢見ながら。
一先ず突入パーティの選択を始めるのだった。
ティンは出撃メンバーとして立候補した理央に加え、一先ず後輩が行くなら先輩が行くのも当然と加えておいた。火憐はならばと数峰と言う魔女の先輩をつれていこうかとしたが、数峰という名の魔女がヤバいと聞いていたティンは即座にノゥセンキューと断りをいれる。
火憐とその先輩は非常に不服そうな声を上げていた。特に先輩魔女は目に見えて落ち込んでいて、暫く火憐が必死に宥めていたのだが最後には気でも触れたかのような声を張り上げ始める。
率直に言えば、ヒステリーをを起こした。あっさりとキーキー騒ぎ、周囲の目も気にせず叫んで喚き出した女性を見てあっけにとられるティン。
更には面倒になったのか、火憐はよりにもよってヒステリーな魔女先輩をつれてきた同級生に力技で押し付けてやって来た。
ティンは噂以上のヤバさにドン引きしつつ、そんなマジヤバ状態の先輩を罪悪感0で同級生に押し付けてやってくる火憐に対しても輪をかけてドン引きだったが。
「皆が、相変わらず過ぎる。過ぎて、引く」
「おう浅美、お前も同類だからな?」
「いやそれはない」
「そういうのいいから」
そしてその様子を見ていた浅美も同じく引いていた。なのでティンは問答無用で浅美も出撃メンバーに加えたが、当然のように本人は猛抗議を行うもののティンはわがまま言うなと短くねじ伏せる。
「待ちなさいティン、いいの今の!?」
「何をいってるの華梨、こんぐらいでごたごた言ってたら身が持たないよ。この連中下手なコント集団より激しいんだから」
衝撃を受け戦慄する華梨を説き伏せたティンは、満足気に今自分を含めて7人決まったところであともう一人加えるかと考えた頃、とある冒険者が近づいて来る。
見覚えの無い女冒険者の登場に首をひねった。見た目はとんがり帽子にローブ、腰にレイピアを下げた、紫で長めの髪を縛った女。見覚えなんて一切無いのだが。
「あたしは芹奈、理央の友人です。彼女が行くのなら、私も行きます」
「自主的な志願、非常に有難いがものすっごく行きたくなさそうなのは何故?」
ティンの元に芹奈と名乗る女が歩み寄ってきた、がティンの指摘する通り表情から不服だと訴えながら志願だ。芹奈はため息交じりに。
「いえ、理央は無茶を平然とするので、せめて一人は静止役として行かないと、心配なので」
「ああ、その辺も瑞穂の後輩なのか、彼女」
「氷結先輩と比べないで下さい。あれはレジェンドです。私どもは先輩方に比べればまだまだ可愛いものですよ」
「待てこら瑞穂、お前学生時代何してたんだよ何で関係者全員黄昏るんだ!? しかも分かり易すぎる面子が一斉に黄昏たぞ、本当にお前ら何してたの!?」
芹奈の自嘲げな台詞に対し、自分は瑞穂と同級生だと自己申告していた人々が一斉に彼方を見つめ黄昏る。それだけで意味があらかたわかると言うものだが、それでもティンは突っ込まざるを得ない。
なにせ瑞穂も火憐に有栖までも同時だ。幾ら何でも流石にツッコミが出る。
「お気になさらず、閣下。先輩方は伝説の『悪名高きB組』と呼ばれた人達です、色々あったのでしょう。ええ、我々からしてもあれはレジェンドです」
「自分の後輩にまでそこまで言われる伝説って一体。悪名高きってつく辺りから想像出来るけど」
「と言うかティン、あんたもそのコント集団入りしてると思うけど大丈夫?」
「大丈夫じゃないのは確定だから気にしないで、華梨」
ティンは心配そうに声をかける華梨を遠慮なくぶった切り、だがしかしてやっと本筋に戻れると幼馴染に心内感謝しつつこれで揃ったなと重くなっていた腰を持ち上げる。
「じゃみんな、行くよ!」
柄になく、それでもついてきてくれると言ってくれた優しい人達へと。気恥ずかしさもあるけれど、感謝の気持ちを混ぜながら、ティンは号令をかけた。
んじゃまたね。