頂点へと駆け上る二人
勝者なき決闘で終えるはずだったのに、二人の間に火花が舞う。何事かと誰もが思う中で。
「ところでさ」
「何?」
互いに剣を構えた二人は最高の笑顔を見せ合い。
「最後の戦績は3675842戦中、あたしが337921勝337921敗300万分だっけ?」
「ったく、このバカ。3000052戦中私が1000052勝で100万敗で100万分けだったでしょ?」
「はあ!? 何盛ってんだ、あたしの方が勝ってるから!」
「あんたねえ、さっきの戦績じゃあんた勝ち越してないんだけど?」
二人は会話しながら軽く剣を混じり合い、火花を散らす。
「あたしの方が正しいから!」
「私に決まってんでしょ! ったく、このままじゃ拉致があかないし……んじゃ前と同じように」
二人は言い争いの後、都合5回目となる戦績リセットを行い、二人は互いに狂喜の相を浮かべる剣士の顔を見せ合いながら。
「この勝負に勝ったやつが、上ってことだぁッ!」
誰が上で、どちらが下か。何よりもシンプルで簡単な答えを出すために剣を振るい合い、激突し火花が散る。
そう、この二人にとって武器を手に向き合った。ならばどっちが強いか、決められずにはいられない。ある意味呪いとすら言える剣士の性だ。
だからこそスガードと関哉は心底呆れ果てていた。この二人は基本こうだ、一緒にいれば大体ぶつかり合うし競い合う。一緒に育った、唯一何も無く対等に立てる存在だからだ。周囲は二人の行動が理解出来ずに困惑している者が多く、そして始まる光と炎の激突に目を奪われて。
「紅蓮」
「ラピッド」
華梨は爆炎と共に切り上げ、ティンは払いからなる爆光で弾き合い刺突の構えへと。
「蹂躙撃!」
「ライトニング!」
爆炎の一閃と、輝光の進撃が共に交差する。更にティンは振り向きざまに光を剣に送り、華梨は刀身に焔を走らせ。
「シャイニング」
「紅波」
地に足をつきつつ術式による補佐で高速魔力補充を行い、華梨は赤く染まる刀身を地に叩きつけ。
「爆進!」
「ウェーブ!」
爆炎の火柱がティンに向かって疾走し、巨大な光刃が重なり砕け散る。二人はそれを楽しそうに見つめ合うと。
「準備運動は終わった?」
「そっちこそ、吠え面かいても遅いから!」
勝利の天国か敗北の地獄か、ただそれのみを決める決闘が今ここに始まった。
初手からティンは剣の投擲、華梨は叩き落とすでも無く受け流しつつ、火花撒き炎を宿しながら正面へと駆け。直後、曲芸軌道で華梨の真後ろへ流した剣を掴み切る。
誰がどう見ても完璧に見える不意の一撃、だが華梨はそれにさえ瞬時に振り向き対応しティンと切り交わす。更に刀身を駆ける炎を固め。
「紅翔刃!」
叫び、炎の刃を飛ばす。ティンは魔力を纏う剣で切り落とし返す刃で切り込むが、華梨は柄の端を抑え込んで地に刺す。そしてティンの刃が届く直前、炎を吹き出しそれからなる推進力と共に抑え込んだ手を離す。
放たれる妙技は紅火天刃、己の手と地を鞘とする即席の居合抜きである。宛ら天をかける飛行機と飛び上がり切り裂く華梨にティンは全部知っていたと切り返す刃を変えて即座に跳躍しながら切り上げる。
二人は同時に天へと舞い上がり、ティンは光の壁を生み華梨は炎から生まれる推進力を強引に足場とし、二人は空中でも構わず切り結びあったがティンの叩き落としに華梨はあっさりと乗って地に舞い降りる。
諦め? 事実だ。が、諦めたのは宙で争う事。空中でも構わず舞い踊るティンと違って華梨は地上しか知らない。故に、地より炎を吹き出させて飛び込むティンを迎撃する。
ティンは光の足場を生み出し突発的に吹き出た炎を踏み込み真下へ突っ込む。これは華梨にとっては初見、だがやり方を瞬時の把握すると更に焔の乱舞を生み出し強襲するティンを焼き尽くす。
だが、それも既知であるとティンは頭へ手を添え。
「光子加速、四倍速ッ!」
掟破りの四倍加速、幼馴染であろうが一切の容赦なくその術式を起動する。それによって炎に焼かれるより前に炎の柱を突き抜けた。華梨程度の魔法なら付着した魔力を燃料に加熱なんて器用な真似は出来ない、からこその強攻策だ。
これを林檎に相手に行えばティンは今頃炎の触れた時点で丸焼きであろう。
見事炎を貫き華梨へ剣を振るうティン、通常であれば四倍加速した人間を相手に真っ当な斬り合いなど不可能、と考えるものだが華梨は一度めはティンに圧倒されつつ防ぐも次の一閃は難なく受け止めた。
「四倍速、だから?」
華梨にとってしてみればあらゆる道を行き、常識を覆しながらも常識に乗るこの馬鹿を相手にしていて、今更加速がなんだ。相手が割れている以上、例え時が止まっていようとも。
「そんなの、四倍早く剣を合わせれば良いだけだ! この馬鹿と、何年打ち合ってると思っている。たかが早くなった程度だろうが!」
叫び、切り返し切り込んだ。ティンもティンで期待通りと剣を重ね合う。先程とは違い、互いに互いが信頼と言う名の殺意の刃を向け合い嬉々として斬り結んでいる。
先程まで抱き合う程に向き合った二人はどこに行ったのか、ここに居るのは最早ただの修羅道を駆け抜ける剣士が二人だけ。どちらが上か、どちらが下か、それだけを決めるための決闘だ。
あなたを心より大切に思って居る。世界一の宝物だ。
あなたを心から掛け替えのない半身だと思って居る。世界で唯一の存在だ。
故に切り伏せる、勝つのは自分だぁッ!
それだけを、ケダモノの如く吠え上がりながらなんの遠慮もなく、容赦情け一切無用とただただ己を高めあいながら駆け上がっていっているのだ。
爆炎が吹き出し、極光が爆ぜ散り、二人は鍛え上げた剣技を技術をこれでもかと披露し合いながら愛情と呼べる殺意を向けあっている。
良い加減やりすぎだと誰かが言った。止めようと言うものは流石にいなかった、これは些かやり過ぎだと誰もが認めるが故に。
ここは敵地、なのに遠慮も無い殺し合いの決闘? あまりにも馬鹿すぎて言葉が出ない。そう思い始めたものたちは互いの刃がモロに入った頃合いを見て止めに入る。
「幾ら何でもやり過ぎだよ!」
「ケンカをしてる場合じゃないよ! ここはお互い穏便に」
「ほら、あんたも頭冷えただろ。ここいらで落ち着いて」
「子供じゃないんだから、もう少し落ち着いて」
そんな優しい言葉に対して二人の返事は至ってシンプルに。
「うるっせぇ、邪魔すんなッ! ぶっ殺すぞォッッ!!」
と、剣を振り払いながら第2回戦へと突撃して行った。突然、豹変といっても良いレベルの言動に周囲は驚き、誰もが呆気にとられるが二人は一切気にも止めず。
刹那、ティンは踏み込みと同時に華梨に切り込める斬線を見極めた。華梨もまた、刀身に炎を走らせ彼女の振るうであろう剣閃に重ねるため剣を走らせる。
「斬る」
「秘剣」
炎が粉塵と吹き溢れ、光に至る剣閃が共に狂気乱舞する。幾重の指摘を受けて改良された剣閃乱舞に薔薇の刻印が重なり。
「クリティカル・ブレイド!」
「ヴァーミリオン・ローズ!」
深紅の薔薇と致命の剣戟が互いに交差する。ティンの秘儀はクリティカル・フラッシャーの更なる改良版、ライトニング・デッド・スタッブとは違うバリエーションである。以前と比べ、隙を無くし無理なく冗長であったところを削除しただ敵を斬り下ろすだけの剣技へと昇華させたのだ。
対する華梨の技はもはや彼女の十八番と呼ぶべき代名詞。芸術とも呼ぶべき剣からなる薔薇の絵を描き燃やし尽くす秘剣。
久し振りに目にした幼馴染の技と、更に洗練された幼馴染の技に二人は更に熱を上げて剣を重ねる。
それを見た男が二人。
「おい、スガード。てめえ」
「五月蝿え、何も言うんじゃねえ」
「お前のせいじゃねえか! あいつら、あれが本性だろ!?」
開幕からの大技からさらなる剣戟、ティンも華梨も普段ばーさまことサヤ氏によって矯正された言葉遣いが消え失せて完全に素の喋り方になっている。それに対してスガードは頭をガリガリとかきながら。
「あー、わぁーってるよ。ありゃ完全に俺が悪い」
「悪いで済むかよ!? お前教育者の自覚あんのか!?」
「見えるか?」
「ったーっく、この馬鹿は」
とうとう武旋は顔を手で覆って見上げた。これは幾ら何でも無い。ないとしか言いようがない。
しかして、目前にて繰り広げられている戦いにふと奇妙だと言い出すものが現れた。
例えば、ティンが突きを出し華梨はそれを捌き更に追撃として死角へと切り返すがそれにすら華梨は打ち返すのだ。返されたティンに更に華梨が追撃を仕掛けるがあっさりと返し技で切り返されるが華梨はそれにも対応し斬り結んだ。
何が変か、それは勿論。
「なんでティンさんの未来視についていけるの、あの人」
瑞穂が口にした。そう、華梨は何故か常に詰みの未来を描き続けるティンと互角に渡り合っている。どう見ても後手後手の動きをしているのに。
「いや、あれは追いついていると言うより無視しているんだな。読まれても、体に染み込ませ理解し尽くした剣に物を言わせて無理矢理動きと狙いを理解し追いついている。成る程考えたな、あれなら確かに幾ら動きを読まれようと先読みをされようとその意図を剣術理論で理解されては意味が薄い。尤も、あの女専用の手立てだ。理解し尽くした剣を使うからこその裏技と言うべきか」
「成る程、そりゃ何度も何度も打ち負けもすりゃ引き分けもするか。常に自分と同じレベルになられるんじゃ、どうやっても追い越せないや」
華梨は、ティンの剣を受けその上で更に炎をまとい弾き押し返し、そこから全く別方向から刃が華梨の体へと飛翔する。それへ跳躍してかわし、更なる追撃が迫る。
一見して必殺とも言うべき死角からの一閃、誰がどう見てもこれが一刀受けるかと思いきや、華梨はそれにさえ対応し瞬時にティンへ切り返す。誰の目から見ても明らかに死角で、不意の一閃であると言うのに、彼女はティンの姿を見るだけでその狙いを瞬時に把握し対応する。
最早思いと思い、心と心で繋がった幼馴染だからこその阿吽の呼吸で行われる決闘だ。これでは確かに決着が付かない、どっちが上か決まらない、決めようが無い。常に実力が拮抗してしまう決闘に、上下をつける意味がどこにあると言うのだ。
ここまで来れば呪いの類だ。剣士である以上、目の前の、それも誰より何よりも深く知り合う間柄であるが故に譲れぬ境界線。己が強い、己の方が上だ、例えそれ以外の誰に負けてもいい、自分にすら負けたとしても目の前の現実として存在するもう一人の自分とも言うべき御敵にだけは負けたく無いと言うただのワガママ。
だが、そうであるが故に二人の剣は止まらない。
他の誰が相手であろう、どこの誰が相手であろうと、そんなどうでも良い誰かに負けるだの勝つだのと、そこに価値は無い。しかし、だからとて意味がある訳でも無い。ただ、ただ、何よりも楽しい決闘だから、気分良く終えたいだけだ。
「ブーストッ!」
「裁きの煌めきで!」
華梨は剣聖仕込みの得意技であるブーストダッシュで無理矢理体を吹っ飛ばして自身を押し出し、ティンもまたそんな彼女に追いすがろうと光を刃に走らせ光の足場を踏みしめ跳び上がる。
宙を舞う二人は交差し、華梨はそのまま押し上げようと爆炎で自身を吹っ飛ばしティンは足場を利用して華梨を逆に地へと叩きつけようと剣を振り下ろす。二人の睨み合いの競り合いはそのまま互いがすれ違い、その瞬間に互いを軽く裂く程度で終わりそのまま地上へ。
「紅衝刃!」
「ライズオブラピッドッ、っけぇ!」
などと大人しく落ちる気は微塵の無い。華梨は空中から無数の炎刃を飛ばしティンは即座に跳び上がり、華梨は足を上げ足元を爆発させて無理矢理落下速度を上げることで跳躍するティンに立ち向かい、ティンもティンで空中に足場を展開し更に加速をつけて空中で華梨と激しく切り結ぶ。
二度三度と斬線が描かれる。だがこれは一刀一刀が相手を仕留める為に振るった必殺の刃。だがそれすら二人は互いに次々と剣閃を繰り出し。
「秘儀、ヴァーミリオン」
華梨が地上へ向け薔薇の剣閃を描きながら駆け抜ける。しかし描かれるは一輪だけにあらず、さらに一つもう一つ、と次から次へと深紅の薔薇は描き出されていき。
「ローゼン」
灼熱の薔薇が焔の刃によって咲き誇り、紅蓮の庭園がここに燃え盛る。これぞ華梨の繊細な剣捌きだからこそやってのけた爆炎秘剣。
「ブレイジングガーデンッ!」
幾百に至ろうかと言う程の数の薔薇がティンの周囲を駆け抜け一気に爆発し焼き焦がす。その衝撃でティンは吹き飛ぶが、華梨は背後を爆発させ自身を炎と一体化させ弾け飛んだ。吹き飛んだティンを追い越しその先にたどり着き、燃え盛る太刀を収め、吹き飛んで来るティンに向けて。
「さっちゃん、直伝ッ!」
炎の踏み込みと共に、収めた太刀を業火を飲み込んで解き放つ。それ即ち、居合抜きである。皐仕込みの、即ち月華閃流剣刀術の居合抜きを、炎に巻かれて吹き飛んだティンに向けて、だがティンも空中で姿勢を直して手にした剣を構え、華梨の爆炎を伴った居合とティンの放つ一瞬の斬撃が交差する。
二人の剣は激突し、まず爆発が巻き起こった。華梨の放った爆炎一閃が剣を重ねたティンの一撃で鬩ぎ合い、燃え盛る灼熱の勢いに乗ってティンは華梨の一閃を受け流し後方へと回り込んだ。しかし、そこで華梨は。
「まだだ」
愛刀、紅蓮弐式の鍔に括り付けられた縄を掴み手首に巻き付ける。
紅蓮弐式の縄は特殊な魔糸で作られている為、炎を握って掴むことによって太刀とリンクし、更なる強力な炎を生み出し操る事が出来るのだ。通常なら魔法の制御ランクD程度の華梨がC+の領域に達する事が出来るのはこのカラクリあってこそだ。
太刀を燃やしながら揺れる縄を握って手首に巻き、更なる業火を生み出しティンに向けて巨大な火達磨と化して突っ込んだ。ティンも同じく、十分に精神が研ぎ澄まされたことにより必殺の一閃を放つ準備を終えている。故に。
「極奥義――」
「必滅炎閃――」
二人は同時に、己の持つ最終奥義を打ち合った。
「インフェルノ・ブレイカーッ!」
「終ッ!」
刹那を超える斬撃と、業火さえ砕き切る一撃が交差し炎が舞った。炎が消えた後に、残るのは倒れ伏した少女剣士二人。彼女達の激しい決闘は引き分けに終わったのだ。
それを見届けた見物人は、代表者を気取る誰かが堂々と。
「はいてっしゅー」
宣言し、持ち帰られることになった。
んじゃ次回。