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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
彼女が紡ぐ未来への物語
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互いの存在を証明する為に

「っ、は」

 無理矢理意識を覚醒させて、ティンはすぐに立ち上がった。敵地で意識を失うと言う失態を犯した彼女は直ぐに意識を取り戻す。だが、目覚めた場所は切り替わって居て何処かの施設の広場だったらしく。

「ここは嘗て、多くの研究者達が集まり学会の研究発表を行う広場だったそうだ。今から12年前に起きた惨劇で見るも無残に変わってしまったが」

 瓦礫だらけの広間、朽ちた残骸が広がるその場所を、ティンは立ち上がって見渡していく。そして当然の疑問を投げた。

「なんで場所移動が」

「あのまま寝かせておくわけにもいかんからな、持って来た」

「ああ、そりゃどうも」

 気を失う直前、ズタズタにされたと思ったがティンは忘れることにした。と、気づけばアミも立っている。以前見かけた時と同じ様子で立っていたが、特に気にするでもなくティンは流す。

 そんな時に、向かい側からコツン、コツン、とリズムよく音を誰かが近付いてくる。通路に目を向けて見ると、女性が歩いて来た。茶髪に全身黒づくめの淑女、杖をつきながらこちらに歩いてくる。やがて彼女は手にした杖を左手に持ち、もう片方の手で杖の端を握り引く。

 まるで抜剣するようなと思っていると本当に杖の中から刀身を視認し、杖のようなデザインの長剣だと理解するや否や彼女は素早いステップで突き出す。

 唐突の出来事で驚くがその相手は自分ではない事に気付く。理由は単純に軌道の上に自分がいないことを理解したと言うのもあるが、何より指名があった。

「ァァアシェラァァァァッッ!!」

 踏み込みの刹那、如何にも淑女服の裏にあるトキヴァーリュ王国騎士の服が目に入り彼女もトキヴァーリュ王国人なのだと認識するが、直後に彼女はアシェラと斬り結ぶ。

 いきなり始まった剣戟に圧倒されるも、ティンはまず引き下がって観戦を選んだ。しかして勝負は一瞬、アシェラと女剣士の交差によって幕を閉じる。

 女剣士は静止すると、膝をつき憎々しげにアシェラを睨み付けると。

「あしぇ、ら……あ、ァァシェラァァァァ……ッ!」

「うむ、良い太刀筋だったぞアミカ。流石、53位は違うな」

 ふと、その会話でトキヴァーリュ人は恒常的に遭遇戦を行なっているのだとか。であればこれが日常なのだろう、このように唐突に誰かが誰かの剣の勝負を挑み続ける。これがトキヴァーリュの日常なのだ。

 控えめに考え、狂っていると評価を下してティンは振り向くとそこには更に二人の人間が立っていて。

 片方はアミの姉妹かと思うくらいにはぱっと見似ているが、顔つきが似ても似つかないのを見て無関係なのだと把握。尤も、トキヴァーリュ王国人は今国民全員が王族であると言うのなら似ていても仕方ないのかも知れない。

 だがその隣の立っている人間には、ティンは心の奥底から驚かされる。何故なら、そこに居たのは。

「ティン……?」

 確かめるように問いかける。紫の混じった黒く長い髪、血が混じったと思わせる紅色の瞳、薔薇をイメージした軽装鎧を身につけた剣士。その名を、彼女のことを、誰よりもティンは知っている。

 そう言えば、彼が居たのだからここに居ても不思議ではない。だから、呼んだ。その名を。

「華、梨? うそ、なんで華梨が、此処に」

「それは、その、色々あって。と言うかあんたこそ、今の今まで何をやって」

 華梨。孤児院におけるティンの幼馴染。物心ついたときからずっと一緒だった、彼女の。

 彼女の姿を見て、まず目を丸くして驚いた。当然だ、本来彼女がここにいることなどあり得ない。だが、そもそもからして師範代がここに来ていたのだから彼女がここにいても何も不思議ではない。

 その事実に至る前に、いや至ってもなおティンの心は打ち震えた。かつての残照とも言うべき記憶と寸分違わぬ幼馴染に涙を堪えることすら困難だ。懐かしさと自分の嘗ているべきだった居場所にティンは震えながら華梨の元へ歩いていく。久し振りに出会った幼馴染との、感動の会合を。華梨もまた、久しぶりの再会に声を震わせつつも息を飲んだ。

 お互いに言いたいことが山程あった。お互いに伝えたい思いが山程あった。だけども、こうして唐突の再会に言葉が出ない。だけどもティンは泣きそうな声で、顔で華梨の手を取り。

「あの、さ。あたし、さ。いっぱい、いっぱい、色んな事があって、本当に、大変で、それでも、此処まで歩いて来て」

 久しぶりに再会した幼馴染はあの日のままで、最初は喧嘩別れしたことさえ思い出すのに苦労して、それでも思い出と何も変わらない幼馴染に涙が溢れそうで。

 だが、華梨は。華梨だけは、悲痛で、哀しい真実を面と向かって突きつけた。



「お前は、誰だ」



 空気を切り裂く一言がティンの心を苛む。

「はぇ……? 何を言って」

「誰だ、お前。私はあんたなんか知らない」

「何、何を言ってんだよ!?」

 ティンは必死に伝える。彼女の幼馴染は自分だと、ずっと喧嘩別れしていた相手は自分であると、だが。

「何でそんな必死なんだ。何でそんなに余裕が無いんだ。お前が? あのティンが? 冗談言うな、私の知ってるティンはそんなやつじゃない!」

 掴んだ手を弾き、華梨は腰に下げた太刀へと手をかける。

「いつもみたいにヘラヘラして、人が何を言っても知らんぷり決め込んで、そのくせして大事な時だけは聞いていて、そんなお前はどこに行った!?」

「此処だよ、此処にいるよ!」

「うるさいこの偽物! あいつが、ティンがいるからって来てみた。でもいるのはよく似た偽物だ! 大体、長い髪はどうした!? あれだけ丁寧にしていた、大切にしていた髪まで切り落として。あんたがティンなわけが無い! そんなこと、あるものか!」

 華梨の叫びを聞いて、ティンは肩を震わせながら同じように剣に手をかける。聞き分けのない奴には、初めからこうするのが早いと相場が決まっている。

「そこまで言うなら、教えてやる。あたしが今までどんな苦労をして来たか」

「苦労!? ティンがそんな面倒なことするか!」

「まだ、言うか。華梨ぃぃぃぃぃん!」

 互いに剣を抜き合い、二人の立会いが始まった。ティンは抜いた剣を両手で持ち上段へ、華梨は両手で持ち下段へ、まるで合わせ鏡みたいに構えると二人は、宛ら離れ離れだった双翼が一つに戻るように斬り結んだ。

 光と炎が交差する。炎が光を飲み込み、光が炎を引き裂く。剣王にさえ届かせたいティンの剣を華梨は見事に食いついた。何故なら二人は幼馴染、剣をいつもいつも交わし合い続けた旧知の仲。多少変わっていようとも、相互に熟知し合った二人の剣に差など生まれない。

 どれだけ変わろうと一太刀交わせば分かるのだ。運命など知らぬ、宿命など無い、だけども生まれ落ちて紡いだ絆が此処に確かに有った。だが、だからこそ華梨は認めない。

 変わり果てた幼馴染を、ボロボロに擦り切れた彼女を、剣に乗せて訴える。何で今の今まで黙っていたのか、馬鹿なくせに何を必死に努力してたのか。どうして何も言わずに消えたのか。

 言える訳が無い。ティンは剣から伝わる華梨の訴えを真っ向から否定する。これは自分の問題で、誰かを巻き込んで良いものじゃ無い。誰かとではなく、自分で向き合う必要があったのだと。

 そんな、互いに己と言う存在を刻み合うかのように。平行線の話を続けながら極光と爆炎を互いへ放ち合い、炎と光が互いに互いを害そうと刃と刃が重なり合う。

「華ぁぁぁりぃぃぃぃぃぃぃんッッ!」

「ティィィィィィィィィィィンッッ!」

 大振りの剣閃が互いに交差して閃光と火花を散らす。互いが互いの証しを示すように、剣を振るい合い鋼の音を響かせる。

 剣で語る、此れこそがこの二人にとって一番ストレートで一番分かり易い証明がこれなのだ。下手に口を開くよりも、下手に互いを語り合うよりも、15年間切磋琢磨しあい、鋭き研ぎ上げて行きあったこの幼馴染だけにしか通じないこの方法こそが。しかし、立った数ヶ月の別離は剣だけで終わるような次元ではなく。

「ずっと思ってた、あんたの馬鹿さ加減にはうんざりだって!」

 華梨の剣が爆炎を伴ってティンの剣と絡む。

「こっちも、お前のお小言には何時もうんざりしてんだよ!」

 負けじとティンの剣が閃光を持って爆炎を切り返す。

「いっつも、人のやる事なす事、ケチつけて!」

 返された華梨は舞う様に足を軸に体を捻って紅蓮を以って切り返す。

「あんたが、いっつも文句言われるような事してるからでしょうが!」

 閃光に負けじと返し更に切り込み続ける。その様は正しく紅い蓮。咲き乱れる紅の華とはこの事か。だがティンだってそれに劣らぬ剣閃を返す。

「お前が頭固いだけだろ!?」

 放たれる剣閃は網目の様に、それこそ見切れるような代物ではない。並みの者が飲み込まれれば粉微塵と消えるのは必須。だがそれを前にして華梨は。

「あんたの頭が、お花畑なだけでしょう!? いっつも妹の面倒見てるのか見てないのか、分かんないし!」

 切り返すべき剣閃へと向けてその紅い斬線を走らせる。ティンが繰り出す無数に舞う剣閃は艶やかで華麗、その上で豪華な仕上がりで抜け目など一切無い。しかし、その実無駄に振られた剣閃が存在する。ブラフなのか、ただの物臭か、恐らく後者だろうと華梨は断じて徐々に元に戻りつつある幼馴染へと目を向ける。

「おかげで、こっちはいっつも妹の面倒、見せられて……!」

 的確に、返すべき剣閃へと紅い斬線を走らせ、強引に開いた穴へカウンターだと言わんばかりに剣を振るう。

「お前は、心配性なんだよ!」

 それを見切っていたと言わんばかりにティンはそこに合わせて剣を振るう。

「あいつらだって、たまにはほっとかれた方が良い時も、あるんだ!」

「いつまでもほったらかしが、どの口で!?」

 更にその上で返すと言わんばかりに剣を突き出す。弾かれた華梨はしっかりと踏み込んで、弾かれても尚前に向かって一歩踏み込み。

 互いの剣が激突して、互いの顔がまじかにまで迫り額を重ねあうように鬩ぎ合う。剣で語り、足りずに口で語り、それでも足りずに目でも語り合う。

 それでも足りない、足りないと騒ぎ立てて二人は何度も剣を重ね合う。

 遠目に見ていたアシェラは、臣下達と共にその光景を見ていた。自分達にはない剣に生きる、剣と生きる、人であり剣である彼女達を。剣であり王である自分達とは違う彼女らを。

「羨ましい。私には、あのように接せられる友がいなかった。王になった事、悔やんではいない、自らが望み選んで掴み取った道なのだ。だが」

「陛下」

 不意に、アミとアンナの言葉が重なる。

「私にも、ああ言う友が欲しかった。見ろよ、あいつらの剣。互いに殺意も敵意も向けず、思いの丈を、正に愛としか言いようのないそれをぶつけ合っている。互いこう見ていたこう思っていた、その素直な気持ちを剣に、全身に、魂に、乗せて刻みあっている。率直に言って、美しい」

「我らは剣の一族、所詮は剣です。ですが、恐らくはあれこそが剣士と呼ぶべきものなのでしょう」

 愛憎混じった剣の応酬に王は憧憬して見つめ、自分はなぜああなれなかったのかと自答する。己の覇道に、いや進んだ修羅の道に悔いはない。だが、いや、きっとだからこそ自分とはまるで違う道に至った彼女らがとても眩しく映るのだろう。

 王は黙して二人の決闘を見守り続ける。あれには混ざってはいけない、口を挟み弁を以って表すことでさえ、神聖な決闘を汚す愚行だ。

 そこに、戦闘をあらかた終えた者達が追いついて来る。誰も彼もが驚いてどうなっているのか騒ぎ始めた。何故かティンと見知らぬ誰かが激しく斬り結んでいる。

 誰かが制止を求めた。誰かは放置を勧めた。誰かに至っては賭けまで始めた。言うまでも無い誰か達はのんびりと食事の準備にポップコーンとジュースの要求まで付けて、無いことに文句まで足した。

 技も何も無い純粋な技術だけの、想いと思いの重ね合い。本当はこんな事がしたいのでは無い、傷付ける気なんてない、だけども譲れない気持ちが邪魔をしてこんな風にしか語り合う事ができない。

 もどかしいとも思う。不器用にもほどがある。きっと言いたいことも、伝えたい事も、一言で済むと言えば済むのだ。だが、自分達には此れこそが、きっと一番速い気持ちの伝え方で、万の言葉を並べて、億の文字を繋げても、剣を結び混じり合う。これの方が何よりも上手く早く、そして一番よく伝わって来る。

 華梨も分かっている。あれだけ大事だった何かを落としながら歩いたティンが辛かったであろう事も。剣を二度三度交えて痛い程伝わって来た。向き合いたくないことと沢山向き合った、知りたくなかったことも山程知った。たった数ヶ月の旅路が数度の剣閃で悔しいほどに伝わって来る。だけども。

 ティンにも分かっている。ティンの経験なんてどうでもいいことを、彼女が言いたいことも。喧嘩別れして、自分の一番大事な何かを自分で台無しにした痛みを、誰よりもティンが知っている。この幼馴染の事なんて、世界中のどこの誰が何と言おうとも、自分が理解しているのだ。だけども。

「あたしは」

「私は」

「お前が」

「あんたが」



「大っ嫌いだッッ!!」



 こんな言葉しか言えなくて、仕方なく、だが何よりも慈しみ尊び剣を振るい合う。誰よりも、何よりも、大事な人だと、世界の中心で言える相手だから。掛け替えのない半身だから、でもだから、そう。だから。



「お前には、負けない」



 弾ける極光と共にティンは宣言する。



「あんたは、私がぶった斬る」



 灼熱の業火と共に華梨は宣告する。



 ああ、つまるところ。この二人は只々、今更素直になるのが照れ臭いだけで。言葉にするのが億劫で。だから、剣で以って叫び合う。

 今正に、世界にはたった二人しか存在しないのだから。



 互いに負けないぶった斬る、故に勝つのは自分であると謳いあげて必殺の一閃が抱き合いながら混じり合い、光と炎が愛し合い溶け合うように激突する。やがて衝撃が生まれて、二人は見事に互いの得物を飛ばしながら吹き飛んだ。

 仲良し幼馴染が、喧嘩で額と額をぶつけ合ったように、二人は今確かにここにやっと元に戻ったのである。

 地に横たわりながら、二人の剣が宙を舞い近くに落ちた。戦いは終わったのかと周りは固唾を飲んで見守り続ける。

 そして、二人は何事もなく立ち上がり見つめあい。

「ただいま。華梨」

「おかえり。ティン」

 穏やかな表情で、和やかに、微笑みながら。でもどこか照れ臭そうに言い合った。

 これだけでいい。これだけで良かったのだ。言いたいことも、謝りたいことも、何よりもこの言葉を交わしたかったのだ。

 見ていた者は誰もが思った、決闘は終わりを告げたのだと。勝者はいない、いや二人が勝ったのだと、多くの者がそう思って彼女らを心で祝福する。



「ここからだな」

「ああ、マジ面倒クセェ」



 だが、二人をよく知るものこそがこの後の展開を嫌というほどに理解していて。手始めと言わんばかりに。

 二人の間に火花が舞う。

んじゃ次回。

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