悪くない、悪くなかった――
駆け抜ける。ただ駆け抜ける。脇目も振らず、ただ前へ前へと。ティンは機械人形の群れの中を無心に、収めた剣はそのままに。抜いたら何か、大切な何かが失せていくような、そんな予感があるから。
だがほぼ単独で前進するには幾ら何でも数が多過ぎた。ティンは息を深く吐いて剣の柄を握れば。
「――チェック」
唐突に、最近聞き覚えた声が耳に届いた。そう言えば、ここは何故か風が吹いている。ああ、つまるところ彼女もいるのだろうなと思い。
「展開駆動――風精は歌い踊る、巡り廻るは四天方界」
ティンは思わず柄から手を離して目を閉じた。完全に目を閉じたティンに対し、機械人形が一気に襲い来るが、彼らの手は急に停止しひしゃげて潰れ機能が完全に停止する。
次々に奏でられる鉄がへし折れる音にティンは内心驚きながらもゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。機械人形は全滅できていない、だがティンの周りには無残な姿に変わり果てた鉄の残骸が転がるのみだ。不可解な現象に動きを止める機械たち、おそらく予想外の状況に対応し切れていないのだろう。
「だからダメなんだよね、機械って。エラったらそこで終わる。ああ、全然たりないの……面白くない。ワンサイドゲームにやる意味なんてある?」
「ならば殲滅戦に移行するまでだ、君はそこにいてくれ。残りは引き受けよう」
風を切り裂き降り立つは黒き剣客、その姿を見てこの状況を構築した存在が誰なのかを把握。では手並みをと思った瞬間まるで積み上げられるように風がティンを容易く持ち上げ。
「動かないコマはいらない、どっか行って」
「ちょ!?」
声が降って来たと天井へ見上げれば、瞳を愉悦に染めながらも極めて退屈そうに下を見下ろす美佳子が居る。そして、投げられる直前に。
「安心し給え、彼女は悪い人間ではない。少々、こう行った戦略遊戯を好み得意としていてね、風で現場を把握し盤上に見立てて人を動かすプロだ。故に、ここは任せろ……と言わせてもらおう。案ずるな、美佳子の指揮に狂いはない」
説明完了、と言わんばかりにぽいっとティンはあっさりと戦場の外へと投げ飛ばされた。着地には失敗し転がるがティンは悪態つく代わりに。
「ごめん!」
とだけ告げて駆ける。ただただ前へ前へと、通路を抜けてまた瓦礫の山に遭遇して機械人形の待ち伏せも追加され。
「よ、元気してたか?」
格摩の鉄拳が、機械人形の顔面を易々貫いた。ティンは驚くことさえなく、寧ろ今かよとさえ感じつつ。
「ああ、いたの」
「いや、ただの散歩さ。何、ちょっと」
上機嫌に語り出す格摩、だがそんな彼の足元に瓶が転がって来たのを見てティンはこくんと頷き即座に転がり逃げた。呆気に取られる格摩、その真横で発光し爆発するフラスコ。そして、姿を見せる道化師。
「かの者、叡智を授けながら主神の言葉を伝令する為地上を流離う旅人なり。盗人へ教師へ医者へ商人へ旅する流浪人へ、己が神秘の欠片が織りなす宇宙を見せる賢人。太陽へ竪琴を譲り欺くは冥府への案内人、祖は偉大にして偉大の偉大なる有翼の靴と帽子を纏い双蛇の杖を手にする錬金術師」
いざや披露してみせよう、これぞ水の大道芸。
「連結起動--地を這う水銀道化、騙り語る我が錬金術」
出てきて早々に見せつけるように詠唱を始める水色髪の道化師、当然無策に詠唱してるわけでもなく近く機械人形は全て異臭を放ちながら融解を始めて行く。
そして完成したそれは数貴の体内魔力へと接続し連結され術式として駆動しその効力を、一定範囲内の空気中に漂う水分を制御下に置き言葉通り、空中で錬金術を開始する。まず始めに作るは無論。
「ニトログリセリンーー困った時はこいつで決まりダァ!」
「止めろよそれ確かダイナマイトの原液じゃ!?」
ティンのツッコミはもう遅い、数貴の魔術制御によって化学反応の連続反応から生み出されたニトログリセリンは魔法として機械人形の群れを爆破する。なお、側には彼の幼少時からの友人がいたような気がしたものの、秒速で記憶を虚空の彼方に消し飛ばしさらなるニトロの錬成を。
「止めろこのバカ!?」
「あ、格摩君生きてたの? 良かったわ〜友人殺すところだったヨゥ」
爆炎の中、鋼鉄の盾を構えながら転がり込んで来た格摩に数貴は頑丈だなとウンウン頷きながら感心気味に感想を口にする。当然、そんなふざけた発言に返す言葉など。
「死ぬか馬鹿野郎! と言うかてめえ軽く殺す気だっただろうが!?」
「格摩がこの程度で死ぬか、馬鹿も休み休み言え」
「お、おうそうか、まっ確かに言われてみればってなんの慰めにもなってねえ上にあれぐらい平気だろ的な空気出すな、死ぬわ!」
「えっ、違うの?」
ティンを置き去りにする昔馴染みコンビのやり取り、ティンは既に聞く耳持たずに駆け出していた。そこにやって来る機械人形軍団、舌打ちしながら剣へと手を伸ばして。
「氷華降刃! そこのあんた、一旦下がれ!」
柄に触れる直前、天より降り注ぐ氷刃の雨にティンは攻勢よりも回避に転ずる選択を取る。それによって進撃は止まり、機械人形達が上から降り注ぐ氷刃に一瞬気を取られるも関係ないと言わんばかりに氷漬けにしていく。
足止めをしただけ、否。上から続けて投げつけられる長剣が機械人形達は見るも無残に砕け散らす。人形に突き刺さった長剣を軸にその誰かは上から滑り落ちるように舞い降りては長剣を振り抜き、氷付かせた鉄くずを一蹴。
氷鎖を握り、振り回して機械人形を次々に氷像へと変える何処かで見た援軍。続けて格摩が、数貴が生み出される氷像を打ち砕く。
「氷牙、てめえは道を作れ。そこの馬鹿を先に送るぞ!」
「おうよ、俺と数貴のコンビに敵なんかいるわきゃねえもんな!」
「待てこら、俺は無視かよ!?」
男二人が視線を交えずに、指示もなく全てがアドリブのままで連携し次々と機械人形の群れを撃破していく。ティンと同じく置いてけぼりを受けた格摩も文句を口にするが、その表情は何処か楽しげで。
「一生やってろ」
ティンは心の何処かその絵を妬きながら踵を返す。彼らを見てると何処かで思う、もしも自分の幼馴染がここにいたら、と。彼らと同じように手放しに全てを預けられる親友がここのいたのならば。だがそれは。
一歩踏み出す彼女へ格闘家が声をかけた。ティンは視線だけを後ろに送ると格摩が拳を突き出し。
「先に行け、必ず追いついてやっからよぉ!」
「……悪いね」
返し駆け出した。が、そこにもしつこくしぶとくティンに特攻をかける機械人形、ティンは視線だけで確認すると剣へと手を伸ばし、その機械人形は爆散する。一体何事かと思い振り返れば、黒髪をたなびかせ奥で弓を構える女性が。
「楓さん!?」
「ティンちゃん」
楓は長弓の鶴へ鉄の矢を引き、真っ直ぐに彼女を見ると。
「走って」
呟き、放たれる無数の鉄矢。空中で錬成された万を億を兆を超える矢の数は容赦無くティンの行く先を補佐するかのように宙を翔け抜け、道を遮る機械達を蹂躙し砕き散らす。ティンは避けようとも思うが真っ直ぐ進むのが一番被弾しないルートであると知るとティンは心内で謝りながらさらに奥へ奥へと進み、矢の援護が無くなると次は。
「あら、こんにちは」
今だと諦めずに襲撃の機会を狙ってた機械人形群が上から舞い降りた鋼鉄の衝撃によって粉砕されていく。強烈な星の引力による重圧が鋼鉄の悲鳴さえ置き去りここに降臨した。呑気な声でティンに挨拶するは楓の姉。
「桜花さん、でしたか?」
「うん、そうだよ」
ティンは状況に対応し切れずそんな頓珍漢な事を返すも桜花は気にした様子も見せずに朗らかに微笑むのみだ。そんな時、ティンの背後へ何者かが忍び寄り何かをティンに刺した。誰か、と思って振り向けばそこには。
「警戒しなくてもいいよ、打ったのは栄養剤だから」
「えと、椿さん?」
そこには注射器を手にした椿がそこに居て、声を掛けると彼女はエリアの端によると残骸に座り込んだ。
「そう、まあ一応ここには散歩で来てるってことになってるから余計な詮索は無しでお願いね。こっちとしてもあんまり突っかかるつもりも無いしね」
「って事だから、此処は任されるよ。大丈夫、お姉さんはこれでも強いんだから!」
桜花はそんなアピールをしては宣言通りに現れる機械人形の群を一撃の下に見事粉砕する。突き出される拳は空を打つが、その一撃は重力波を伴ったもの。当然のようにその一撃は機械人形群をものの見事に粉砕し尽くし残骸さえ消し飛ばす威力だ。
「ほらね?」
「ま、あたしが居るんだからこの子が無茶しても大丈夫。あたしは此処にいるから、怪我したら遠慮せずに戻ってきな。腕が取れたとかじゃなけりゃ、大体直せるよ」
結構物騒な言葉も飛び出たが、ティンはそれでも二人に対し感謝の念を浮かべて。
「ごめんなさい」
一言返すとティンは視線をまっすぐに向けて駆け出す。ドアを蹴破る勢いで次にエリア、次のエリア、次の次の、次の次の次の次の次の、と機械人形の増援も気にせずに只々前進する。だがここに来て、機械人形にも新たなるバリエーションが。
「さて、ここで紹介するのは新しいマシニングウェポンだ。こいつはスペック上なら鋼鉄をも断ち切る連鎖刃型の戦斧でね」
機械人形が、大型の機械人形の内部に乗り込んで操縦するタイプらしい。合計で3機、ティンの行く先を見事に塞ぐものの、その一体が今し方紳士の持つ電動式戦斧に両断された所だ。
「どうだい、爽快だろ? うーん頑丈性もあるが少しうるさいな、騒音被害がデカそうだと主任に伝えてくれ。こいつの耐久テストを行う、何カカシは売るほどあるさ」
「了解です、社長」
そこに立つのはノルメイアの社長とお付きの秘書だ。当然、以前見かけた自身の妻ではなく長年付き添ったであろう男性である。彼はすぐさま何処かに連絡を取り何やら指示を送っている。ティンはもう突っ込む気も起きずに剣へと手を伸ばし。
「おっと、その手はよしてくれ。ここは紳士的にいかせてはもらえないだろうか、レディ」
「でも」
「こいつはテストさ。何、これでもノルメイアの社長だよ? 武器の使い方はとうにマスター済みだよ」
ティンの心配をよそに、本当に軽い調子で新型をあっという間に二体目もなます下ろしが完了。残り一体という状況に流石の機械人形たちも驚いているらしく。
「行きたまえ! ここは任された!」
ただの回し蹴りで、魔法込みとは言え巨大な機械人形を蹴り飛ばすアレイス社長の言葉を受けてティンは。
「すみません!」
返し、作られた隙間へと潜り込んで行く。アレイスは魔道書から門を開きさらなる武器を手に取りつつ苦笑して。
「全く、違うだろうに。こういう時は謝るべきじゃあないだろう?」
秘書と共に、新型武器のテストプレイへと洒落込んだ。
ティンは次のエリアへと転がり込むと、そこには無数の機械人形たち。先ほど見た新型も多数取り揃えられていて。
「想定外の邪魔が入った。だが、ここであれば主人がいる限り我らは無限に現れる」
「貴様の進撃もここまでだ」
勝ち誇る鉄の人形達、ティンは瞳に決意と殺意を宿してお前らの命運こそここまでだと魔力を滾らせながら柄を握り。
「誰よりも早く、そう何よりも早く」
歌い上げるは無限への憧れ、雄々しく翼を広げ彼方へといざ行かん。
「この祈りこそが、私の原初!」
果てなき理想を、揺るぎなき思いを、あの日焦がした憧憬を。胸に焼き付けながら只々、繋いで絆を握りしめ神威の鳥は羽ばたく。
「創世ォォォッ!」
今こそ、神の翼で天を包む。
刹那さえ超越して天よりそれが堕天がごとく舞い降りる。此処に来たるはティンの運命を切り開いた存在。思えば最初の羽ばたきは彼女からだった。
「あ、浅美!?」
結城浅美、神速にして最速の翼が此処に降誕す。羽根と見紛うほどに濃厚な風の魔力粒子がティンの頭上より降り注ぎ、更に。
「術式起動、Der Freischütz!」
「翔子さん!?」
何も無いはずの、浅美の背後より飛び出す無数の銃身。それらが一気に火を噴く、一気に4桁を超えて5桁を凌駕する砲門の数々。逃げ場などないし一切許さない、魔弾は必ず敵を撃ち抜く。
いきなりの一斉掃射を打っ込む翔子もそうだが浅美がいきなり此処にやって来た事にも驚きで、もう一つ。
「ほらティンちゃんキャンディでも舐めて、ちょっと下がろう!」
「何言ってんの、生島。此処で暴れずにいつ暴れるっての!?」
「ああもう、お前黙れよ戦闘狂! 勝手に暴れてろ! あ、ケーキがいい?」
どこから出て来たのか、言いながらティンの手を引きつつ懐から苺のショートケーキを取り出す生島に度肝を抜かれるティン、それさえ無視して馬鹿でかい鉄塊を振り回す伊能、更にかつてのトラウマを掘り起こしながらも兎にも角にも魔弾をばらまき続ける翔子。彼女は唐突に浅美の背後から出撃するとそのまま空中を陣取り固定砲台として縦横無尽にレーザー弾丸ミサイルをこれでもかこれでもかと放ち続けた。
忽ち世界は灼熱に飲み込まれ、もはや地獄と化す。そんな中、焔の中から飛び出す浅美は怒りの眼をティンに向けながら。
「ああっと、切れて、います?」
「いや、別に」
それはよかった、そう思うティンは浅美の目にも留まらぬ抜剣からの鼻先に切っ先を突き出されていたことに気づくのに小一時間ほど要した。驚くティンを置き去り浅美は。
「ただ、随分と人に迷惑かけるの上手だなって。それはあるね」
「あ、いや、これはその」
何かを言わねば、そう思うティンに浅美は首根っこを掴んで翔子と伊能の二人が切り開いた道へと放り込み。
「すぐに終わらせて、可及的に、速やかに」
「ご、ごめん」
「ごめん?」
着地と同時に駆け出す彼女に、浅美はなにを言っているのかと表情を浮かべる。此の期に及んで何理解していていない、バカに浅美は。
「こう言う時は、お礼が先じゃないかな!?」
「あ」
ふと足を止め、頭に響く浅美の言葉へ思わずそう言えばと思い返す。一体己は何を言っていたのかと、ここに置いて必要なのは謝罪じゃあなく。
「ありがとう!」
「いってら」
浅美と背中越しに言葉を交わし合うとティンは先へとかけた。
んじゃ次回にでも