全ての剣を統べる者
まず、口端を歪めた。釣り上げ、これこそが至上であると謳わんばかりに。
次に息を吸い、薄く吐いた。その笑みは嘲笑か、あるいは悪魔もささやきか。最早、騎士さえ呼べぬ程に、奈落へ滑り落ちる程に研ぎ上げられた剣には意味などない。
「はじめまして、と言いたかったな。私の名はアシェラ、高嶺アシェラと言う者だ」
「……闘技場で、あった?」
「ああ、少し記憶を弄らせてもらったがな」
パンツスタイルに青いセーター、その上に手甲やレガースを身につけ、マントに白い帽子を被った青い髪を短く切りそろえた女性。間違いない、瑞穂とともにいた女性だ。
今彼女は以前と変わらぬ姿で客間の椅子に座っており、後ろには二人の女性が両の腕を背に回して組んで真っ直ぐ立っている。片方黒い髪を肩口で短く切りそろえたオカッパでもう片方は長身の金髪ロング。どちらも黒いスーツみたいな制服に下はロングスカートを身に纏っていた。そして一番目を引くのは、二人とも腰に剣を下げていたことだ。
オカッパは薄めで地面に視線を向け我関せずを貫き、金髪ロングはぼーっとティンの方をへと視線を向けている。その姿は 何処か一振りの剣を思わせる様なもので、以前いなかった彼女達は一体何者なのか。
「後ろの二人は」
「私の騎士だ。黒いのは幼馴染のアミ、金髪は学生時代の後輩ことアンナだ。アンナ自己紹介でもしてやれ」
アンナと呼ばれた女はげっと漏らすと溜息を吐き己の主君に対して。
「陛下、私のことなどどうでもいいじゃないですか。今更何を話せと」
「私は別に、いつでも反抗を受け付けるが」
ちらりとアシェラはアンナの隣に立つアミに視線を向け。
「陛下に逆らうとは、覚悟はよろしいのですねアンナ」
「と、トキヴァーリュ王国王位継承権第267位のアナストレイシェ・トキヴァーリュです! 長いからみんなにはアンナと呼ばれています、以後お見知り置きくださいませ!」
アミから吹き出る殺意の奔流に怯えたアンナは左手を剣を握るかのような拳を作りそれを胸の前にとんと起き名乗り上げた。ティンはふと、その口上に妙な違和感を覚えるがそんな事はどうでもいいとし、エーヴィアから受け取ったアタッシュケースを起きその中を見せ。
「これは、なんだ」
「仮面だな」
「どこで手に入れた、何を知っている、言え」
さもなくば、と言い含めティンは強い意志で彼女を睨む。だが相手は只々肩を竦めてはまるで聞き分けのない子供をあやすように。
「ああ、どこで手に入れたんだか。アンナの私物だったよな?」
「えぇ? いやまあ一応お金出したのは私ですが、いやまあ買った場所ですか? ナイヴィ帝国の第三塔城都市で買った観光土産ですよ。満足ですか、レディアンガーデ卿」
このくらいで何をガタガタゴタゴタ、とでも言い含めるかの如くアンナ軽い調子で言い返す。だがティンは無論納得なんてしておらず、アシェラははっはっはと笑い飛ばすなり。
「貴公はこの仮面をどう思うが勝手だ、だがこれは我らトキヴァーリュの者からすればこう言う認識だ。何せこいつは、我々の世界ではそこらに転がっている民族衣装の小道具だからな」
アシェラの言葉にティンは激しい衝撃を襲った。何せ自分が今の今まで追いかけていた謎の組織の数少ないと思っていた手がかり。それが今、あっさりと。
「民族衣装の、小道具!?」
「ああ、我らが生まれた世界ではそこら中で売っている仮面だ。それだけでその反応とは卿、随分と余裕が無いな、それが一体なんなんだと言う」
掛けられた言葉にティンは一気に思考を氷点下まで落とす。研ぎあげられた刃が如く、目の前の相手を突き刺すように見抜き。
「あんたら、最近こんな仮面を付けた機械の連中を知らないか」
「それを聞いてどうする?」
「教えろ」
「落ち着けよ、駄犬。牙を剥くのは結構だが、貴公のしているのはただの強がりと相違ない」
鋭利な刃が如く敵を突き刺す視線を向けるティンに対し、アシェラは飄々とかわして退ける。そして怪しい笑みを浮かべたまま、アシェラは。
「だいたい貴様、私が何者なのか気にならんのか?」
「それは、どう言うことだ?」
「先程から面白い単語を出し、その上いやそれよりも先にそもそも私が何故騎士を二人も連れて居るのか、気にならんのかと聞いている」
言われ、ティンは確かに変だと気付いてくる。そんな事はどうでもいいとしていたが、理知的に考えれば自分は教わる立場なのだ。確かにそれは上から言う立場でも脅して聞く立場でもない。ティンはそれを意識して。
「えと、貴方は何者なのですか?」
「ふむ」
アシェラは一度瞳を閉じ、ウンウンと頷くと目を開けて。
「良かろう、では聞くがいい。我が名はアシェラ、高嶺アシェラ。トキヴァーリュ王国が王位継承権第0位、現国王である」
「へ、え? 国王、陛下」
「うむ、後ろの二人は私の専属騎士だ。即ち、私こそがかのトキヴァーリュ王国を統べる剣王である」
遂に判明したアシェラの正体。それも対しティンは何度も目を白黒させ、アシェラは気分がいいのかそのまま口上へと。
「そう、私こそが剣王。全ての剣士の頂点と君臨し、あらゆる剣術をこの身に修め、そして万物の剣を統べる王。ゆえにこそ、剣王!」
「あの、え、ちょ、ま、じゃあ貴方は、他国の王という事ですか?」
「ん? まあそうなるが、そんな下らない事はどうでもいいだろ。正直、そんなもの下らぬ称号であるとこの世界に来てほとほと思うよ」
「え、あ、ご無礼を!」
事実を飲み込んだティンは思わず頭を下げた。が、アシェラは肩を揉み解しながら。
「よい、此方としては一国の王として此処にいる自覚は欠片もない。背後に控えている連中に至っては王と共にいるなんて自覚は無いしな」
「そもそもオフだと公言してるのは誰でいえなんでもありません」
アンナがボソボソと呟く途中でアミが腰に下げた剣の柄を撫でたあたりで姿勢を正して文句はないと宣言した。見ていてティンはその手慣れた日常の光景を演じる彼女達に一体何をしているのかと思いながら見ていると。
「それで、アシェラ王。先程から奇妙なことを仰られておりますが、貴方は一体どこから来られたというのですか。トキヴァーリュ王国と言いまし、トキヴァーリュ王国? トキヴァーリュ王国!?」
「やっと、そのおかしさに気付いたか。そうだ、貴様達人間界の者共からしてトキヴァーリュ王国なんて言葉おかしいという次元を超えているはずだ」
「おかしいと言うか、トキヴァーリュって確か草原や森の名前じゃないか!?」
トキヴァーリュ草原、トキヴァーリュの森、どれもこの世界において有名な草原と森の名前だ。草原の方は流通の通り道として非常に多く、駆け出し冒険者が対戦相手を探して流離い、レンジャーズデュエルと言う名の冒険家同士の戦いを斡旋しマッチングを行なっている施設がある場所だ。
森の方も、駆け出し冒険者達のサバイバル技術教習所の実技講習を行う場所として使われるほど踏破され尽くされた森だ。今でもトキヴァーリュの森は多くの冒険家達を育てている。
しかし、アシェラはその台詞を聞くや否や、遠い目で彼方を見つめた。
「そうか、あの草原と森は未だ健在か。我らが故郷は今もある、それだけ分かれば十分だな、いつかは行って見たいものだ」
「え、っと。一体どう言うことでしょうか?」
「此方の話だ、貴公が関与するような話でもないさ」
アシェラは言いながら肩を竦めた。だがティンはそれ以外にも問い掛けることは幾らでもあった。
「貴方、何者ですか? トキヴァーリュなんて言う聞いた事も無い国の名前まで出したりして、と言うかさっきからこの世界だのとまるで」
「異世界から来た、と?」
ティンの中で出かけていたその答えを撃ち抜くが如くアシェラが口にする。ティンは思わず面食らいつつもこくこくと肯き。
「事実だけ言おう、異世界から来たと言うのは真だ。そも、我らが来た世界を一言で言い表すのであれば妖精界と言うものだ」
「妖精界? それは一体どういう」
「第二次世界大戦、と言うものを知っているか? いや、いい。知ろうが知らぬが今はどうでも良い、その大戦後に戦い抜きかつてこの世界で幅を利かせていた古代人たちは新たな世界を作り出し、妖精達と共にその世界へと移住した。これが妖精界だ、私たちはと言うか私が個人的に興味を持ち、人間が支配する俗称、人間界へとやって来たと言う事だ。つまり、トキヴァーリュ王国とは即ちこの世界より逃げだした古代人たちの国だよ。だがしかし、近頃奇妙な動きを見つけた」
アシェラは後ろに控えさせていたアンナに視線を送ると彼女は一歩前に出ては懐より書類を取り出し。
「この頃、鉄で固められた機械仕掛けの人形が先程レディアンガーデ卿に見せた仮面を大量購入している所が目撃され、更に妖精界から人間界へと転移した形跡、そしてこちら側で得た友人であり協力者、氷結瑞穂氏による情報を統合した結果、我らの世界の住民が勝手にこちらの世界に対し、独自の方法でコンタクトを取ろうと言う動きが発覚いたしました」
「ご苦労。と言う事だ、レディアンガーデ卿。私が貴公らに近付いた理由、分かって貰えたか? とは言っても、正直運命の悪戯か何度か鉢合わせる羽目になって困った困った。貴公、中々寄り道が好きだな?」
くつくつと笑うアシェラを前にティンは何を言っているのか理解出来ずに思わず首をひねるもここに来てふと思い出す。彼女らは今、氷結瑞穂と言って居た。もしかすれば、闘技場で会った時には既に。
「あの、氷結瑞穂と仰いましたが彼女とはどう言う関係で!?」
「ん、ただの友人だと言ったはずだが」
「いえですから、いつからあたしのことを把握してたのかと」
「此処に来る前、寂れた砦で一度すれ違っただろう。あの時には全て把握して居たよ、尤も結城浅美が大火傷を負った辺りには大体のことは既に掌握してはいたのだがな。氷結瑞穂を見つけ出すのに骨が折れたが」
砦で会った、人間。そうだあの時であった青髪の誰か。
「あ、あん時の!? いや、でも髪」
「切っただけだよ。色々とイレギュラーが起きすぎて気分転換にな。さて、あの時の私が思い出せたなら重畳。私の言葉を覚えているか?」
ティンはハッとなり、拳を強く握りこむ。何故ならば、あの時の人間と同一人物であるならつまり彼女は今。
「率直に言おう、其奴らは妖精界のとある場所から此方の世界へと侵入している。私としては、その意図さえ監視し此方の世界へ変な干渉さえしなければ私が言うことは何もない。が」
「それを教えて貰えるのか?」
「それより先に一つ、聞こう。貴公は全て終わらせても良いのか?」
アシェラの問い掛けにティンは唇を甘く噛む。
「貴公は、これまで様々な場所へと旅をして来た。しかし、私の存在は言わば機械で言う所のチートツールと思ってくれていい。貴公の旅はそれで良いのか?」
「どう言うことですか?」
「この劇を幕にして良いのかと尋ねている。これは貴公を主演とした舞台劇とも言える旅だ、故にその幕を引くのは全て己自身の手でなければ意味が無いとは思わんか?」
つまりはこう言うこと、目の前にあるのは終焉への片道切符だ。一度きってしまえば終わりまでノンストップで何処までも歯車が回転を始めてしまう。後悔はないか、まだ続けるべきでは、終幕に至っても何も惜しくはないのかと。
「別に、貴公が良いのならそれで構わんよ。貴公がもう終えて良いと言うのならな、主演が降りたがっている舞台など誰も見たくはない」
「答えは、決まっている」
ティンは、真っ直ぐに前を見て頭を下げた。
「お願いします、教えて下さい」
「もう良いのかね。貴公にとって、この旅を終えて」
「はい。あたしは、此処まで歩いて来ました。色んなことがあった。色んな事を知った。でも、だから、あたしは全てを終わらせる」
全てを。この手で、貫き斬り裂いて。
「あたしが、この劇に幕を引きます」
ティンの真っ直ぐな言葉を聞いたアシェラは目を伏せ、指を鳴らす。すると羽虫の羽根を背負った光の球がアシェラの横に飛んで来た。
「今から貴公の脳細胞、そのかけらの位置情報を刻み込む。この術式は決して忘却しない魔術だ、一種の催眠術の発展で擬似的な脳細胞を構築しそこに情報を書き込み埋め込む。不要になれば言え、術式を解こう」
「お願いします」
アシェラは側に来た光球にやれと目配せし。
「宜しかったのですか」
騎士が消えた客間で、アンナが己の王へと問い掛けた。
「仕方あるまい、主役が退場を願った。その時点でこの劇も終わりだよ」
「ですが」
なにか言いかけたアンナの言葉をアシェラは静止する。その瞳は何処までも厳しいもので。
「ティン。貴様は、見事だったと言おう。よく、この世界を舞台に踊り続け騎士公爵位まで登ってみせた。その点については褒め称えよう」
口にした、視線を下に向ける。そこには挨拶回りをしているにも関わらず誰にも視界に入れていない騎士が一人。
「貴様は、壊れた剣だよ」
鋼鉄の声が、響く。
んじゃまた。




