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好きにしろ(仮)外伝:神剣の舞手  作者: やー
彼女が紡ぐ未来への物語
229/255

夢であるようにと、何度も

 彼はスッと立ち上がるとティンの肩に手を置いて。

「少し、僕に付き合ってくれないか」

「っ。う、ん」

 ティンはしばし沈黙しては静かに返事し、男の後ろをついていった。家を出て、朝日の中を金髪の男性と歩くティン。そう言えばと、彼女はこの絵を見て。

(昔、父親と一緒に歩く女の子を見て羨ましい、とか思ったっけ)

 何処か遠い日の思い出が頭の中を過って行く。もう随分、昔のことに思えてくることばかりで、本当に自分は遠い所まで歩いて来たと、実感せざるを得なかった。

 父に導かれてやって来た場所は、駅だ。ティンは人生で二度目の駅に直面し、少し戸惑って居ると。

「電車に乗るのは初めてかい?」

「あ、うん」

 娘の反応に父親がしょうがないなぁと笑う。初めてするはずの、ともすれば当たり前の親子の会話だと言うのに、何故か上手くいかない。相手が本当の親では無いからか、或いは自分が父親と会話することに慣れてないがゆえであろうか。

 そんなことを考えて居ると、唐突に頭の上へと何かがポンと置かれた。

「仕方ないな、じゃあまず切符の買い方からだね」

「えっと、わかった」

 父に手を引かれながら切符の買い方を教わる。何処かずれた、だけどいつの日かは当たり前に行われていたはずの親子のやり取り。思えば、自分はあの孤児院で切符の買い方さえ教えてもらえてなかったのだ。

 父に手を引かれながら初めて買った切符、教わりながら初めて改札に通した。駅の構内へと進み、父と一緒に電車を待つ。どれもが初めてのことで、戸惑うばかりで。

「普段着とかは無いのかい?」

「無いよ」

「着替えは?」

「持ってると思ってるの」

 ティンの切り返しに彼はまた笑った。何だか、少し変な気分だ。何故この男はは一々笑うのか、ティンは理解出来なかった。

「女の子なんだから、少しくらい気を使いなさい」

「冒険家舐めんな、馬鹿」

 ろくに冒険をして来たわけでもなかったティンは、それは自分ではと思いながら突っ込むと彼はまたもや乾いた声で笑う。何で彼はずっと笑い続けるのかと。

「何で笑うの」

「いや、ごめん。毎日が、夢みたいで」

「そう」

 電車が、来た。

 親子で乗る始めての電車。行く方向ゆえか、それとも時間帯か人がまるでいなかった。ティンはどうすれば良いのかわからずに立って居ると手を引かれ、椅子に座らせられるとその隣に彼も座った。習慣なのか、彼は椅子に座るとまず新聞を広げ初めて。

「何読んでるの」

「まずは全部かな。ざっと目を通してそのあと必要なものだけを読み込んで行く。朝の日課だよ」

「ふぅん」

 ティンは彼の肩に頭を乗せると同じように新聞を読み込む。まず目をつけるは年号、新暦1999年と9月17日と書かれたその情報を目にし、ティンは3年前にタイムスリップして居ることを把握。しかしぐるりと記事を読み回しても見覚えのないことばかりだ。尤も、住む街や地区に都市が違えば掲載するニュースの内容も変化するし、これだけで世界の様子を把握するのは困難と思考すると。

「何か、面白いことでも書いてあったのかな?」

「別に」

 言ってティンは父の肩から離れた。

「何処に行くの?」

「着いてからのお楽しみ」

 悪戯小僧のごとく笑う彼にティンは下らないと言う感想を胸に抱き、電車は何処までも走って行く。

 電車に乗ってから凡そ3時間、いつまでも座っていればの良いかと思い始めたがそこで彼が席から立ち上がると。

「此処だよ」

 そう言って、停車した駅から降りた。ティンも続いて降りるとそこは最初にいた街から随分遠く離れた森の中で。

「此処だ、此処が僕らの目的地だよ」

「何処なの、此処」

 問うティンの言葉に彼は薄い笑みを浮かべるのみだ。更に懐から電話まで取り出しと。

「ああツェルトン、僕だよ。ああ、そうさ。いつもありがとう、ああ、じゃあな」

「何? ツェルトンって誰?」

「僕の恩人さ、弱い僕をいつも蹴りつけて楽しむ意地悪で、とても頼りになる男だ」

 微笑みつつ彼はティンに教えるとやがて森から出た。

 森から出た先にあったのは、綺麗な海の見える丘だ。そしてその丘には白い、建築途中の家がある。ティンは彼と共に建物の側まで歩み寄って。

「この家は?」

「君が生まれた家だよ」

 ティンは説明を聞きながら建物の前まで到達する。あちこちにかけられたブルーシートと家を囲っている鉄の足場が此処がまだ建築途中であると理解出来る。

「じゃあ、此処って」

「ああ、最初に住んでいた家だよ。君が、最初に住んでいた、ね」

 ゆっくり歩き回って建築途中の家を見て回る、所々から聞こえる工事の音がゆっくりだが家が出来ていく様子を伝えてくれる。そんな時、僅かながら潮の香りを感じ後ろを振り向くと。

「海だ」

「ああ、この家は君の母親が自分の父親、つまり君の祖父に頼み込んで譲って貰った家だよ」

「結婚祝いにしちゃでかい」

 ティンの率直なツッコミに父親は吹き出し、肩を微かにそして愉快げに揺らしながら。

「ああ、確かに、そうだね」

「っつか、何処までが娘への嫁入り祝いだよこれ。家って事は土地全部? 貴族っぽいし贅沢に土地丸ごとポンって出したのこれ?」

 呆れ気味に突っ込むティンを見て男はまた更に愉快げな表情を見せた。がティンからすれば理解も納得もできないので対照的に不愉快な表情を見せ、一体何なんだと言うところだがと態度で示すと。

「ごめんごめん、あの子もおんなじことを言ってたから」

「ああ、そう。ったく、娘のことを甘やかしすぎだろあたしのおじいちゃん」

 締めのコメントを出すとそれがトドメと言わんばかりに笑いあげた。ティンは一々吹き出し笑い出すいい加減にしろと男を睨み付けると。

「いやぁ、すまない。あの子にも良く言われてたからね。僕は何かにつけてよく笑うと、ああそうだ。お腹が空いただろ? お昼にしよう、近くの別荘に食料を保管しておいてあるから」

 宥める男にティンはなら仕方ないか諦めと同時にご馳走になろうと言う食欲が勝ち残り軽い足取りで男の案内する別荘へと移動する。

 移動とは言うものの、向かう別荘とは名ばかりの小屋だった。ティンは視界の隅にあった小屋、いや正直に言おう、ただの物置をまさか別荘だなどと宣うなど驚きを通り越して呆れに至り、そこから超越して疲労感が出て来た。よって只々無言で地面に座り込んで。

「で、メニューは」

「不機嫌になるとあからさまになる辺りが本当にあの子そっくりだね。少しくらい手伝いなさい、あと地面に座り込むんじゃ無い。女の子があぐらを組んで直座りなんてはしたない」

 男に今の今まであまり指摘されたことのないツッコミに確かにと思いティンは羽織っていたマントを敷いて、その上にVの字に座り込むと。

「女の子が大股で座るものじゃない、と小一時間説教が必要かい?」

「だってあたし、もうすぐ女の子じゃないし。もうすぐ20だし」

「よろしい、言い方を変えよう。淑女が股を簡単に開くんじゃない、君はそんなに軽い女なのかい?」

 喧しいなぁと呟きつつティンは体育座りに変更して男の調理を黙って見ていることにした。男は顰めっ面でティンに何かを言おうとすると急に黙り込み、棒一本に閉じていた口はやがて下弦の月みたいに曲がり、穏やかな表情で調理を始めた。何で何も言わないのだろうと思うう自分と、同時に何故か笑顔のまま黙るこの男に奇妙な感覚のズレを感じ始める。

 言う言葉がないとでも言うのだろうか、それとも大人になりつつある自分に今更言うことでもないと言うのか。しかしその割に何故あんなにも穏やかなのか、目の前でバーベキューセットを用意して料理を始める男の行動が不可解すぎた。

「何がおかしいの?」

「いや、別に」

「顔がにやけてんぞ、あんたさっきから何なんだ。一々人を見て笑って」

「そりゃあ、幸せなら人は笑うさ」

 男は口にした、ティンに悪態づかれながらも今が幸せであると。何が沢背であると宣うのであろうかと思っていると男はティンの方へ視線を移し。

「大事な愛娘と一緒に過ごす、これ以上の幸せなんてどこにも無い。あるものか……もう、妻はいないのだから」

「あたしはあんたの」

「娘だよ」

 それは我儘な娘を諌める父親の強い断言だ。そうだ、少なくともあの時。あの刹那を迎えるまで、二人は。

「家族、だったんだ。君が生まれてすぐはそうだった、僕達はあの時までは同じ世界線の上に存在していたんだよ」

「でも今は」

「例えそうだとしても、君は僕にとって愛しい娘であることには変わりない。この世界がどうなろうと、僕がどこにいようと、君がどうなろうと、どこに向かっても、それだけは絶対だ」

 それが自然なんだと謳う父親の意志。極、極々当たり前の幸福を味わう父親の姿を見てティンは、天を見上げた。これが現実ならどれほど良かったのだろうか。

 この世界の自分は今頃昼休みで食事でもしてるのだろうか。屈託の無い笑顔を浮かべて、大切な友人達と触れ合って、閃光のように輝きながら刹那のように過ぎ去る青春を謳歌してるのだろう。それは、どんなに幸せな事だろう。孤児として、孤児院で育ったティンには、きっと一生分からないモノだ。永遠に理解出来ない事だろうと思う。終わりゆく青春を前にした彼女にとって、それは。

(本当にそうかな)

 違う、そうじゃない。心の何処かで思った、でもそこに中身が無い。何故違うと思ったのか、根拠がどこにもなかった。だから、ティンは今ある目の前の真実を受け入れる。そう。

「ほら出来た、火傷しないように気をつけて」

「ありがとう」

 一先ず空になった腹を満たそう。今気にするべきはそっちだと父親が焼いた肉に噛り付いた。そう言えば、これが生まれて初めての実の親から食べさせて貰った料理だ。そう言えばいつも入れて貰ってた紅茶もそうだったと思い出す。

「美味しいかい」

「ん、美味しい」

 何でだろう、ただの有り触れた誰だってするやり取りが虚しい。何故こんなにもやりきれない思いでいっぱいなんだろうか。腹が減っているのに、目の前の男が泣きそうな程に嬉しそうなのに、それが何よりも切なくて、叫びたくなる。

(ああ、そうか。父さんが、あまりにも幸せそうだからか……こんなにも複雑なのは)

 だって、父であれば当たり前に傍受できる幸せが彼にとってあまりにも幸せなのだ。大事な物を取り戻す為に遠くまで歩き続けてきた彼にとって、娘と触れ合う事さえ、幸せなんだ。

(でもね、父さん)

 理解したティンは父親の料理をこれ以上口にすることができなかった。

「どうかしたのかい? えっと、不味かったかな」

「美味しいよ」

 断ち切るように即答する。こんな当たり前さえも幸せになる彼が、あまりにも哀れに思えて、胸が苦しい。どこの世界に、当たり前な事を泣く程幸せに思い続ける父親がいるだろう。いつまでも、いつまでも、当然のように存在する幸福を飽きる事なく、感動を覚える父親がいると言うのだろう。

 壊れた物は元に戻らない。いや、戻る事さえしようとしないこの世界は、どうしようもなく歪んでいるんだと、ティンは理解した。

「どうか、したかな」

「父さん、父さんはさ、今ここにいるあたしに言われたことは無いの何時迄も幸せそうだって」

「言われるよ。でもね、本当に今僕は幸せなんだ」

 男は自分で焼いた料理を口にして美味いと漏らす。まるで味がする料理なんて久し振りだと、告げるように。聞く程に握る拳が強くなる、これを彼女(ははおや)が見たらなんて言うんだろう。大袈裟だとカラカラ笑うのだろうか、ここに居ない彼女が何故か目に浮かぶ。

 ああ、きっと。こう、言いたいんだろう。



 忘れてはいけないと、本当の目的を。



 そうだ、それだけは忘れてはいけない。ティンは決意を新たに父親と向き合う。

「良いところだろう、この場所は。君のお母さんがね、子供を育てるならここが良いって父親に我儘を言って貰ったんだ。流石に土地まで貰うなんてと遠慮したんだが、格式ある家は凄いね。海岸まで丸ごとくれたんだ」

「本当に、酷い人だ」

「ああ、でもそう言うところが可愛くてね。僕は振り回されてばかりだったが、とても楽しかった。本当に、楽しかった。だからね、彼女の墓もこの近くの墓地にしたんだ。彼女は広い海を何よりも好いていたから」

 唐突な惚気にすら、ティンは涙が溢れそうになる。幸せに浸り過ぎて、何かを忘れてしまった父親が本当に哀れで仕方なくて。

「そうだ、少し一緒に歩こうか。ちょっと歩くけど、墓地はすぐそこなんだ」

「わかった」

 男の提案に従い、ティンは二人で近くの墓地へと移動する。来て早々、食後の運動だと言わんばかりに墓の掃除が始まった。道具があるのは良いとしても何故かお供え物まで準備されてた事にティンは呆れ顔で突っ込もうかとも思ったが。

「ツェルトンの奴だな、全く本当によくわかってる男だよ、本当に」

「いや気が利きすぎだろおい」

 ティンがいた世界にもいるのだろうか、そのツェルトンとやらは、などと思いつつティンは父親とともに墓の掃除を始めた。雑草を摘み取り、花を飾り、そして墓標を磨いた。そんな作業をしていると、時間は三時を過ぎていて。

「何で、今日墓を掃除しようなんて」

「今日はね、彼女の命日だからさ」

 男から告げられた一言にティンは驚きを隠せない。なんて皮肉な運命か、或いは彼女がそうしたのだろうか。

「17年前の今日、彼女は死に、あの子だけが手元に残った。まるで、本当に」

「そう、それで」

「ああ、そうだ。本当に」

 男は涙を流し、天を仰ぐ。ティンはそれ以上聞く気は起きなかった。だけども、その一言だけは聞かなくてはいけない、そんな強い想いだけがあって。

「夢、みたいだと」

「そうだね、本当に夢みたいだ」

 ティンはふと背後を振り返る。そこにはいつか見た自分の幻影がいた。大人になった自分、今ならよく分かる。きっと、これが自分の、そして彼の。

 彼女は笑顔で親指を立ててゴーサインを出す。ティンは苦笑しつつそこは止めろよ人妻と漏らし、母の幻に背を向けて父親と向き合う。夏の到来を知らせる爽やかな風が吹く。ティンの現実は年末を控えた冬だ、こんなに暖かい風は吹きはしない。だから。

「父さん」

「何だい」

 手先の指をくるくると回して剣に手に取り構え、その刃先を己の父親(ゆめにおぼれるもの)に向けて、突き刺した。

「所詮、夢は夢だよ」

 鮮血が跳ねる。人を殺せぬ筈の刃が、本来の冷たさと鋭さを示し血潮を溢れ出させた。血を吐く父、父親の血を一身に浴びる娘。彼女は夢を終わらせる使者としての役目を此処に果たす。

 つまり、この父親はもう人ではないのだ。これは幻影、人を象ったよく模倣したただの人形。だから、同種族を決して殺める事のない刃が父親の体を貫き、熱い鮮血を舞い散らす。

「ああ、分かっていたさ。これは、都合の良い夢だ。夢なんだ」

 深く、深く。柄まで通さんとばかりに刃を押し込み、ティンの美しいブロンドの髪が真っ赤に彩られていく。ああ、なんて悪夢なのだろうか。優しさに満ちた、つごうのいいせかい。誰にとっても、不自然なほどに幸福に満ちた世界。そんな我儘で作られた世界、作ったのが親である以上ティンは決して認めるわけにはいかない。

 これが正しいのなら、その他の人々も皆どうなると言う。ティンの生きたあの孤児院も全部間違っていた、と?

「そんなの、あたしは認めない。あのチビ達の現実を、あの日々を、嘘にはさせない」

「ああ、そうだね。こんなの、彼女も認めない」

 溢れる鮮血を見つめながら、彼はティンの言葉を受け入れた。

「ああ、痛い。なんて、痛いんだ」

「これが、現実だよ。父さんが逃げた、現実だ」

 溢れる血を見て、身体を貫く鋼鉄を見て、男は痛いとなく。娘は無慈悲にもこの痛みこそが彼の逃げた報いだと告げる。

「母さんの死から逃げ続けた報いだ」

「うん、分かってる」

 男は涙を流してティンの身体を抱き寄せた。

「ごめん、娘に、僕は、なんてことを」

「いいよ、これはあたしへの罰なんだと思う。未来を見ることから逃げ続けた、あたしへの」

 ティンも瞳を閉じて涙を流す。そうだ、間違っているのなら正さねばならない。娘だから分かる、娘だけにしか出来ないたった一つの役割。父親の死神役を引き受けられるのはきっと。

「なあ、ところで……君の名を、教えてくれないかな。そう言えば、聞いた覚えがない」

「ティン」

 血みどろに沈む父へティンは真っ直ぐに、迷わず答える。今の自分はティン、彼の知る娘とはズレているのだと。

「ティン、良い名前じゃないか」

「そうかな、まるで擬音っぽい。これ、絶対じーさまのセンスだよ。ったく、ちゃんと女の子らしい名前にしろっての」

「父さん?」

 今の名付け親へ悪態付いていると不意に足音が聞こえる。崩壊する夢の世界に、導かれるように彼女が此処にきたのだろう。そう言えば、この日に母が亡くなったのだったかとティンは思い出す。

「嘘……父さん、父さん!」

 もう一人の自分が、駆け寄ってくる。この世界の、夢の中の自分。ティンは思わず一歩下がって彼女に道を譲る。鮮血に染まる父親のもとに駆け寄り彼を抱きしめる彼女。ティンはその光景を冷たい目で見下ろしていた。やがて彼女はティンへと視線を移し。

「あなたが、やったの」

「だったら」

 恨み言はいくらでも聞くつもりで真っ直ぐ返す。だが彼女は真っ直ぐティンへ頭を下げて。

「ありがとう」

「何で、お礼を」

「父さんを止めてくれて、ありがとう。あたしには出来ないことをしてくれて、ありがとう」

 なじってくれた方が気が楽だったのに、とティンは歯を食いしばって俯いた。父親を突き刺して礼を言われるのが、こんなに苦しいとティンは思い知った。

 世界は崩れていく。悪夢は終わり現実へとシフトする。これはきっと運命だったんだと、彼女は言う。何故なら父親を、悪夢に浸る父の目を覚ますことは、親と共にある育てられた娘(メアリー)には出来ない。きっと親の愛を受けられずにいた捨てられた娘(ティン)にしか出来ないんだと、理解する。ああ、思えばなんて悪夢なのだろうか。目の前から逃げた報いがこれだと言うのか、父親の夢を、その願いと向き合って砕くこそが、彼女に課せられた試練なら、なんて酷い話なのだろうか。

 魂に悲しみを刻み込んで、悪夢は崩壊した。



 目覚めは優しい歌と共にだった。そこは先程までいたステンドグラスのような空間。その先に父親が寝ながら鼻歌を歌っていた。

「懐かしいね」

「覚えて、いるのかい」

「母さんの歌でしょ。此処は、色んな次元に繋がってるから。なんか分かる。母さんのことがわかる」

 立ち上がってティンは倒れ臥すレウルスを見下ろす。戦いに勝ったのはティン、目の前の壁も、痛みを、切り崩して突き進んだのもティン。

「不思議だな。君は赤ん坊だったはずなのに」

「何言ってんだよ、父さん」

 立ち上がって、不思議だなと口にする彼にティンは泣きながら訴える。だって、二人は。

「あたし達、家族だったじゃんか……! ほんの一瞬でも、あたしとあんたは家族だったろうが! あんたは選べなかったけど、あたしに父さんは選んで、それだけの違いしかなくてもあたし達、家族だったんだよ!」

「ああ、そうだったね」

 レウルスは目を閉じて返す。

「そうだった、僕らは家族だ。君と、母さんと、三人だけの、家族だったんだ」

「うん」

「御免、ごめんね。僕は、君に、酷い役割を」

「良いよ、父さん。どうしようもない馬鹿親父をぶちのめしただけだもの。気にしなくていいよ」

 ティンは涙をぬぐい、最早流す涙さえなくしたレウルスを抱きしめた。

「君、は」

「あたしはいくよ。父さん、ありがとう。こんなあたしに背を押しに来てくれて。会いたかったよ、ずっとずっと、会いたかった」

 やっと、ティンは自分の父親と正面から向き合った。もうボロボロで搾りかすみたいな父親と、しゃがみ込んで、ちゃんと目を合わせて。

「強く、なったね」

「父さんが、鍛えてくれたから」

「そう、か。うん、そうだね」

 レウルスは力強く頷くとティンと目を合わせあい。

「今すぐは無理でも、いつか必ず。きっと必ず。私はお母さんの下に戻るよ。例え、その資格が無くても」

「うん。あのさ」

 ティンは少し恥ずかしげに、もう直ぐこの世界から自分が消えていくのだろうと言う実感を持って。

「最後に我儘言って、いい?」

「どうぞ」

「頭、撫でてくれないかな」

 いい歳した女が何を、と思いつつも口にした。が直後にティンの頭にボフッと、だが優しく磨き上げるように。

「ありがとう、父さん」

「ああ、大丈夫だよ……ティン。いってらっしゃい」

「ゔ、っ。行って、くるよ」

 そして、ティンの意識は何処でもない所へ落ちて、いや戻っていく。

 ふと、後ろを振り返る。だが、そこには無論何もない。あるのは空間のみだ。

「おとーさーん」

 誰かが、手を引く。見下ろせば、煌く宝物がそこにあった。なので、口端を綻ばせると。

「ああ、ごめん。行こうか」

 小さな手を潰さぬように、だが決して手放さないよう力強く握りしめて。愛する女性の元へと二人は微笑み合いながら歩み寄っていく。



 それは、きっと、どこかの世界線にあったであろう、ある日の風景。



それではまた次回。

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