ねえ、あたしは今、此処にいるよ――
「さあ来なさい。大口を叩くと言うのなら、この父をその手で切り落としてからにするんだな!」
父であった残骸が、敵という殻を被って双剣を手に構える。ティンは息を吐いては構え。
そのまま無言で駆け出し、父親と剣を切り交わした。その表情には複雑に絡みながらも一つの思いが強く浮かんでいる。
哀しみだ。ただその想いだけを父親に向けていた。
「開幕演武」
そんなティンに向け、容赦のない剣戟が襲うかかる。序盤より放たれる一手にティンは歯を食いしばって反撃しながら、しかし剣がその体に追いつかない。
放たれるは飛び舞う無数の剣圧、この程度捌けぬ者に我と戦う資格無しとでも告げるが如く。
「序曲!」
序曲、これが開幕の一閃だとレウルスはティンに叩き込む。放たれる十字の剣閃が何という皮肉であるか。
見事に捌き、流してティンはレウルスの振るう剣を超える速さで剣戟を繰り出す。相手は双剣を扱い更に体術まで駆使するのだ、いくら攻め手があっても足りはしない。がゆえにこそ、此処は攻めと守りを兼ねて攻め立てるのみ。
レウルスの動きは先程と特に変わっていない。同じくヒットアンドアウェイを多用するが、移動の合間に剣閃を飛ばしてくる為に隙らしい隙が消えて居る。だがそれがどうしたという。
確かに恐ろしいが一刀にて潰されないのであれば、亮や護堂の方が数倍も恐ろしいというものだ。ティンは敢えて、無理矢理にでも笑って踏み込み、飛び交う剣閃の中を切りさばいて前へ行く。
(何故、運命はあたしを此処に導いたのだろうか)
ふと、思う。自分に囁く声の正体も薄々気がついて来た。此処に至るまでの全てが運命だったと言うのなら何とも皮肉が効いている。よりにもよってと言う奴だ。
何故、親と再会する運命に繋げたのだろう? 父と剣を結ぶ度に思う。何故、父親とだったのだろう? 父の体に刃が掠る度に思う。母親なら良かったのかと自答自問する、だが母とは剣を結べなかったと思ってしまう。
如何して、こうなったんだろうなと思わざるを得ない。この人の辿った運命の悲しさとその結末があまりにもあんまりで。或いはこれが罰と言うのだろうか、父と再会するこの運命が。
父と敵意を交わし剣を交わし合う。それが何の罪に対する罰だと言うのだろうか、自分はどうすれば良いのだろうか。彼は自分を鍛えるといった、ではただ叩きのめすだけでは駄目だ。
超える必要があるんだ。この男を、いや父親を。正面から堂々と、自分の殻を撃ち壊して。
ああ、つまりそう言うことなんだ。この男は受け取れと叫んでる、負けるなと励ましている。それが何処から出た想いなのか、ティンには理解出来ない。出来ないけども。
想いが、溢れる。自分は親から何も受け取っていないと言うのにも関わらずに、だ。
(いや違っ!?)
「戦いの途中で余所見とは、な!」
親から託された物は無いのか、受け取った物は無いかと考えた刹那にレウルスの蹴りが叩き込まれ、ティンは吹っ飛んだ。地に落ちてゴロゴロと転がって行く。
回転は止まり、ティンは地に横たわった。そこから立つ様子は見られない。
「どうした! もう終わりか!? こんなものか、君は、君の旅を此処で終わらせるか!?」
「……父さん」
父の言葉を受け、一寸の間を置いてティンはよろよろと立ち上がった。その目は哀しみに満ちていて、父をただただ悲しんでいた。だって、何もかも無くして、探して放浪して、見つからないと言う結果にさえ目を背けて、逃げる事を諦めきれない父親を、どうしようもないほどに。
「如何して、今なんだろうね」
「何を行っている」
「いやさ……もっと早く、来て欲しかったな。あたし、さ。まだ、未成年でさ。父さんに甘えたい事とか、いっぱいあったんだよ」
物心ついた時から姉だった。初めから妹がいて、甘える相手ろくにいない、いないと言うのに世の中は生きづらくて仕方がないと言う現実だけが目の前にどんと置かれた。なんでこんな世界と向き合って生きていかなければいけないのだろうか。こんなにも、ぐちゃぐちゃに崩れた世界と正面から向かわなければと。
夢の無い世界だけだった。それでも、何か希望を見つけて歩いてきた。何か褒美があっても良いじゃ無いかとすら思える程に。
でも、分かってる。瑞穂が態々教えにきてくれたじゃないか、こんな世界にしたのは他の誰でもない。
「あたしさ、ほんと頑張ったよ。姉ちゃんだから、皆んなのお姉ちゃんだからずっと頑張ったんだよ。いきなり外の世界に追い出されてさ、それでもずっとずっと、頑張って、頑張って、いっぱい、いっぱい、褒めて欲しかったよ、父さん」
「……君は」
「もう、遅いよ。遅いんだ、遅すぎたんだ。あたし、来年20になるんだ。やっと大人になるんだよ、だから、もう、父さんに甘えるのは、無理なんだよ……そういう歳じゃ、無いんだ」
笑い涙を流して剣を握り直す。親から託された、唯一の贈り物を胸に。
「父さんはさ、あたしを捨てる事を選んだ、ホントの父さんは……あたしにちゃんと、愛を残してくれたよ。あたしが健やかに育ってくれるようにさ」
拙いやり方で魔力を解放する、動かす術式は一つでいい。思えば父はティンに沢山のモノを残していってくれた。
「ノルメイアとのコネ、カーメルイアとのコネ、本当にありがとう。父さんは、あたしに沢山のものを置いて行ってくれたね」
「私は」
ティンの胸から、頭へと魔力が動き出し一つの術式を駆動させる。それは当然光子加速、カーメルイア社から受け取った術式。倍速は4倍、思えば沢山のものを父親は置いて行ってくれた。
「感謝してる、本当にありがとう。今まで、あたしはちゃんと父さんに助けられて生きてきたよ。だから、あんたを切るーー父さんッ!!」
「私は……君はッ!!」
一気に踏み込み、駆け抜けた。剣閃が走る、その全てが死の一撃、速度は先程より更に4倍に至っている。だがそれでも父に至らない。
(見てよ。こんなにできるようになったよ)
単純な速度を上げたところで話にならない、もっと、もっと、別の場所で速度を上げる必要がある。剣を早く、父に追いつくんじゃあなくて、父を追い越す気持ちで。
(遠いな)
振り返れば随分遠いところに来た、だと言うのに振るうその剣はまだ父親に届かない。届かせなきゃいけない、超えていかなきゃいけない。目の前を踏破し貫き、その先へといかなくてはならない。
だって、彼女が言った。もうティンには悠長にやっている時間はない。もう十分に時間を使った、使い切った。ならば答えを出さずにどうすると言うんだ。目の前の父親は現実から目を背けて逃げ出した、確かに悲しい事だったし逃げた事自体悪いと言う気は起きない。
(でも、母さんは?)
母を思うたびに涙が流れる。娘だからか、女だからか、好きな人が、本当に好きな人が、自分のせいでこんな事になって、自分の母親は彼の妻は何て思うんだろう。それを思うだけで、悲しくて仕方ない。こうなった父親が、母親のことからすら目を逸らして逃げ出した父親が、悲しくて。
それは力づくでも止めるべきだ。父親が間違ってるからじゃない、愛した女を裏切り続ける父親があまりにも哀れだから。
(ねえ父さん、父さんにとって母さんはその程度だったの?)
鋼の音が激しく響く。なんども、なんども、戦場さながらも鋼鉄の激突と空を切る鋭い音がこの空間に響き渡る。ともすれば、これが自分達が親子で初めて行う母親への鎮魂の歌だろ言うのだろうか。娘と親がぶつかるこの絵を彼女はどう見てるんだろう。
きっと、笑ってる。
ティンには分かるんだ。ここが、数多の次元時間軸世界線につながっているからだろうか。母親がどう言う人間か、痛いほど響く。天然で、何処かずれた、貴族の、お金持ちのお嬢様。ああ、ならこれをきっと他愛のない親子の喧嘩だと悲しい顔で笑っているんだろうなと思う。
ねえ覚えてる、父さん。母さんは、母さんは。
「母さんは、そんなこと願ってないよ」
父の剣を切り返し、火花が嵐と舞う中でティンは父に訴える。
「知っているッ!」
父が吼え、娘と剣を切り交わし火花が二人の溝を、或いは繋がりが無いとでも言うように激しく舞う。
「言われなくとも分かっている! 彼女を愛ししていたんだ、そんなこと始めから……ッ!」
「母さん、泣いてるよ」
「分かっているんだ!」
父の答えを聞くたびに激しい鉄の音が響き涙が跳ねる。分かっているのなら、何故。
「それでも、もう止まれない! あの喪失を味わった僕はもう!」
「それ以上は、母さんが愛した父さんが言っちゃいけない!」
刹那を凌駕し、父の剣を押し留め言葉を断つ。
「確かにあんたはもうあたしの父さんなんて言えない、親だなんて口にしちゃいけない。でもっ、それだけは言っちゃダメなんだ! だって母さんが愛したのはきっと、絶対に、それでも逃げ出すような、そんなヘタレを心から愛したんだからッ!」
「君が、僕達に」
「口くらい挟ませろッ! あたしだって、あんたたちの家族なんだよ!」
初めて、ティンがレウルスを押し込んだ。レウルスはそれでも双剣を握り締めて。
「ならば……僕を、私を倒して見せろッ! そんな程度では何も超えられない!」
分かっている、だからこそティンはさらに早く踏み込んだ、更に早く剣を。
「君に取り巻く運命も、君自身の問題もさえも! どうしても行くと言うのなら、この私を踏破して見せろッ!」
レウルスも、この戦いが始まってからほぼ最速の踏み込みを見せる。ティンは更に精神を鋭利に研ぎ澄ませる、手にした刃へと心を魂を注げ、繰り出されるは終の一手。ならばこれを踏破せずして未来なんてどこにもありはしない。
「最終演舞ーー」
瞬間、刃が怪物の口と化してティンに襲い来る。武器が変化したわけでも無い、魔術でも無い、大口の牙と成り代わるほどの剣戟だ。それら全てティンを一気に飲み込む。更にそこから重ねられるレウルスの剣舞、捌くのはおそらく不可能。
だが、上等。そうでなくて、死を感じずに何を乗り越える。死を思え、死を考慮せよ、その先に至り己が望む理想の未来へと駆け抜けずにどうすると言うのだ。
「終曲ェェェェーーーーッ!!」
剣戟を捌き意識を狩られぬ程度に切り刻まれ歯を食いしばり直接目の前まで出てきたレウルス、剣は防御に使ったお陰で今すぐに振るう事が出来ない。だがだからどうしたと言うのだ、振るえないから振れない、そんな通りくらい超えて見せろ。でなくて、何を超えるのか。
「極、奥義……ッ!!」
前が真っ白になる、だからどうしたと言うのだ、それのくらい。超えずに、立ち向かわずにどうするんだ。そうだ、どんな些細でもいい。ちっぽけだとしても、前を行く意思を持ちかつての自分も超えて新しい自分へと至る。
きっとそれを人は、勇気と呼ぶのだろうから。新たな一歩を踏み出し、自分の体捌きを十全に発揮し、今ティンは。
「終ッ!」
通を超え、剣戟を受け捌きその最中に迫るレウルスを神速で持って斬った。
「ーーえ?」
気付けば、ティンは見知らぬ街に立っていた。異空間にいたはずなのに、何故か近いの中央に立っていて。
「ここ、何処?」
朝日に彩られた優しい街の中に立っていた。
んじゃ次回。