時の流れは残酷で
「楓さん、桜花姉さん、椿さんはええっと、本当に博士号を取っているんですか?」
「えーあーどうだっけ?」
「確かそれが上からの条件だったから取ったはず」
気まずそうに楓と桜花に話かける剣人は今まで知り合いの知らざる一面を見てしまったという罪悪感が手に取るようにわかって見えた。ティンは少し気になったのでつい。
「上って言うのは?」
「ああ、こっちのこと。後見人に要望で」
「それはおかしい、なんで森林のお嬢様が後見人の言うこと聞かなきゃいけないの?」
突っ込むのは美佳子、しかし幼馴染の暴走めいた発言を火憐はバシンと頭を引っ叩いて制するが美佳子は一切止まらず。
「だって森林家なんでしょう? あの大企業の」
「彼女達は森林の本家の人間だ。森林の、最果てにあると言う自然の生い茂る村の神を祀る神子の家系の、だ。君の言う森林の会社というのは大昔に森から出て商売で成功して名を売りあげた分家の方、今も本家は村の神を祀る神子の家だ。つまり、彼女達は森の山を守り崇め奉る巫女の一族ということになる」
「え、じゃあ、都会の方へやって来たって事? ちょっと待ちなさい、何でそんなことあんたが知っていて」
「当然だ、彼女達は友人の姉なのだからな。俺たちに取ってのかつての後見人と言うことになる」
きっぱり言い切る剣人にティンはやはりという感想をもって一つの答えを導き出した。楓はバツの悪そうな表情を見せ、桜花はどこか切なげな表情を浮かべ、椿は一人驚いた表情で。
「あんたからそんなまともな言葉が出るとは思ってもなかった。ああくそ、お前らが立派になればなるほど歳を感じるじゃんか気をつかえ馬鹿」
「生憎と昔から気遣いの出来ない馬鹿とばかり言われて来たのでそこはしょうがない。諦めて欲しいところだが、しかし椿さん。なぜ貴方はそれほどの物を持ちながら」
「下らないと分かったからだよ。下らないもんだったと気づいたからだよ、博士だ何だと。全部下らなくてしょうがないから、全部辞めたんだ……てあれ、そこの朱髪のあんたどっかで見た?」
剣人と話す中、椿は視界の隅っこで携帯電話をいじってる火憐に目を向け、火憐も一瞬反応に困ったが観念した様子で。
「お久しぶりです椿さん、その節は両親がどうも」
「いや、あんた誰、と言うか両親って何の話?」
だが椿の方は全く知らないと返し火憐のだよなぁと言葉なく頷き、二人の間に奇妙な空気が流れる。火憐はため息交じりに口を動かしたと同時に。
「待って、その朱色の髪。まさかあんた燃焼教授と燃焼博士の娘さん!? え、ええ!? あん時ランドセル背負ってた女の子!? うっそまじで!? わぁ〜あんたもう随分大きく、なった。え、ええっと。参考までに、あんた今いくつ?」
「21」
投げ捨てるような火憐の返しに椿は甲高い悲鳴をあげた。顔面蒼白で、この世の終わりを歌うがごとく叫んで数歩下がって、倒れた。
「姉さん!?」
「椿姉ちゃん!?」
「椿さん!」
急に倒れこんだ長女に駆け入る三人、必死の呼びかけによって一応震えながら、と言うか妹の肩を借りて立ちはしたが。
「そ、そう、あんた、もう21。ごふ」
「いや何ごふって、あんた今の何にそこまでダメージを負うんだよ。何、そんなにあたしが二十歳超えてんのきつい?」
「べ、別に、ただ、当時の私は中学生と言うか中3。当時小学校の低学年だったあんたがもう大人って、そりゃあもう30まじかにもなるなぁ」
「落ち着いてください、彼女と俺は同い年です。だから俺と同年代と考えれば何故そこで注射器が出てくるのですか、何かを吐くほどに受けていたダメージはどこに行ったと、あと振るってる注射器の中身はいや言わなくて良いです栄養剤ですね? 俺には不要なのでどうか別の方にどうぞ」
「大丈夫落ち着いた。これはちょっとした神経毒だから安心して受けて良いよ」
正気を無くした彼女を宥める剣人に対し、彼のセリフを遮り穏やかな笑顔で注射器を構える椿を剣人は非常に手慣れた様子で手首を掴んで止めていた。余りに鮮やかなやり取りに周囲はぽかんと見ていて、特に慣れてないティンはまいっかと楓の方に。
「あ、楓さんお久しぶりです」
「へ!? え、あ、久しぶり。ってえティンちゃん!? 何でまた此処にってあそっか、ティンちゃん冒険家だっけか。にしてもイヴァーライルに来るなんてティンちゃん通だね」
「通?」
困惑するも直ぐにいつもの調子に戻す楓にティンは不思議そうな表情で頭を捻る。彼女としては楓と会う前からこのイヴァーライルに来たことがある為、別に拘りなど無いのだが。
「だってこんな呪われてた国に来るなんて普通無いって、なんかあったんでしょ? 前よりスッキリした顔してるし、良いことあった?」
「いえ何も、此処に来たのは成り行きなんで。と言うより楓さん仕事は? 魔道書が無いと日帰りなんて厳しいと思うんですが」
ティンは笑顔を見せて誤魔化しつつ話題をそらす、だが楓はその表情を見ると何故か硬い表情を浮かべ間を置くと。
「有給だよ、まっそれはいっかな。ああ、遅れた遅れた。紹介するよあたしの姉ち」
「姉さん大変聞いた!? 楓が、あの楓が有給だって!?」
「ええ勿論! あの小ちゃかった楓が有給だなんて。もう立派に、立派になって」
楓が早速自分の姉を紹介しようとするや否や、唐突に有給と言う単語に泣き出す姉二人。末の妹からまさに大人と言うか社会人らしい言葉に時の流れを感じ感動に至ったらしい。
が、問題なのはその事実を見せられている楓本人だ。さすがに紹介しようとしていた姉二人がこぞって泣き出されてしまってはたまったものでは無い。
「ああもう、良い加減にしてくれよ! あたしだってもう大人なんだから仕事するし有給だって使うって!」
「ごめんね、ごめんねぇ〜働かずにフラフラしてる浮浪者な駄目お姉ちゃんで」
「いや、桜花姉ちゃんは村にいた時からもっとこの星を見て回りたいって言ってたし。小ちゃい頃の夢をちゃんと形に出来てるすっげえ姉ちゃんだよ桜花姉ちゃんは」
桜花はワンワンと泣き出し、椿も椿でオイオイと泣き出し、楓はそんな二人を慰めるのに必死だ。そしてそんな彼女達から解放された剣人は美佳子の元に戻って。
「さて、午後はどうする? 女王は恐らく夜になるまで無理だろう。尤も、凱旋祭の直後の訪問を受けてくれるとは思えん。此処は素直にホテルに戻って時間でも」
「尤もの辺りから聞いてねーぞあのお姫様」
「分かっているから口を開けないでくれ、例え聞いてなかろうと口に出せば勝ちなのだ。あの馬鹿女はああ見えて負けず嫌いだからな、此方が忙しく仕事に従事しあたかも人の話を聞かぬ方が悪いと言う空気を作れば否応であろうと聞く態勢なり準備なりをするだろう。と言うことだ美佳子、ホテルにでも戻って明日の準備でもしよう。なんなら暇潰しに麻雀でも付き合う、数合わせなら心配無用だ。知り合いだけは多いからな、俺は」
完全に聞かず、楓が椿を宥めるのを淡々と待っている美佳子に剣人は遠慮なくこの後の予定を提案し続ける。しかし彼のセリフは逐一スルー済みだ。それでも尚それが勝利に繋がると信じて語る彼に感動さえ覚えるというものだ。
事実、此処に一人。
「美佳子のことを此処まで理解する奴が居るなんて、嘘だろおいっ? お前本気か、本気でこいつと添い遂げる気か。おい馬鹿やめておけ、そいつは魔導師だ世界でも有数の狂人だぞ!? 人間を食い潰す怪物をお前は」
「狂人、か。なら俺も同類だ、ならば何の問題があるという。何より、欲しい物だけを貪欲に追い求める阿呆に向けて憧れと同時に哀れとさえ言った友を見捨てるなど、それこそ嘘という奴だろう。元よりアレと俺は根本から同じだ、共に同じ勝利のみを求める求道者。気が合う者同士が隣に揃ってる、ただそれだけに過ぎんよ」
スパッと言い切る剣人に火憐は驚きを通り越しもはや感動の領域の到達し火憐は震える唇を噛み締め無理やり笑顔にすると。
「まさかな、これは別の奴に取っとくつもりでいたのによ。あいつに使う日がくるなんて想像もしてなかった」
「どうしたね、俺は馬鹿の今後を考えるのに忙しいのだが」
「悪いなお前、何処の誰だか知らんが……あたしの幼馴染をよろしく頼む。ああ言う女だから、愛想を尽かすまでは側に居てやってくれ」
「無論だ。口にするまでも無い、彼方が俺を切るまで俺がアレを見捨てるなどあり得んよ。生涯で初めての相手だからな」
「そっか、んじゃまあ、そう言うことで」
火憐は言いたいことは言い切ったと踵を返す。ティンはこの空気をどうするかと思い、一先ず歩き出した。ふと宮廷魔導師達に挨拶しようと彼女達の方を見れば、美佳子の後ろに揃って並んで居たのでスルーを決め込んだ。
ティンは又もや一人になったのでトボトボと目的なく歩いて居ると近くで喧騒の音が耳に入った。やっと仕事かなとそちらに体を向け舞踊を基礎とした脚さばきで抵抗なく高速で移動を始めた。流れる水が如く、力任せに体を動かすのではなく力に乗せて体を滑らせて喧騒の元へと自身を誘い。
「警備の者だけど、何かあった?」
「すまんが、誰か詰所の場所教えてくれ。今し方暴れる無法者を黙らせたところだ」
地を滑り極低空を跳んで現場に急行し抜剣しかかったところで、しかしその割り込みは不要であると言わんばかりに言葉が返ってくる。見れば白銀の毛を持つ獅子が如き男が二人の男を両手に抱えて居た。あまりにも威厳あるその姿にティンは思わず一歩下がってその男の名を口にする。
「ご、護堂さん。護堂さん何をやっているんですか?」
「ん、おお貴様はティン。また会ったな、してこの者達を然るべき場所に送りたいのだが」
護堂はそう言って両手に持ってのびてる男二人を見せた。ティンは警備担当として一先ず騒動が止まったならいいかと思って。
「あじゃあその辺に放置で良いですよ? あたしは騒動を収めに来ただけなので」
「むぅ、そうか? しかし何故貴様が此処に。騒動を止めに来たと言っていたが」
ティンは剣を収め、護堂は手にした男達をぽいっと投げ捨てた。ティンは其れを見て思わず相も変らぬ怪物ぶりを見て二度と闘いたくないと言う感想を抱きつつも。
「このお祭りの警備担当なんであたし」
「ほう、それは凄いな。で、この者たちは放置で良いのか?」
「ええ。騒いでなければ問題はありませんので」
と言って流したところで男達は気が付いたらしく立あがって。
「あ、この爺! 手前何もんだこらぁ!?」
「何と、まだ居たとは驚きだ。一体貴殿は」
片方は正に冒険者な布と皮の防具で身を包んだ恰好で、もう片方は鉄の鎧を身に着けた冒険者だ。彼らはまた護堂に突っかかっていくのを見てティンはまた喧嘩かよと思い柄に手をかける。
「俺らの間に入り込んで蹴散らすとは、手前ただもんじゃねえな!? その太刀筋、暴力的に見えて実際はやけに洗練されいやがった。まるで我流を体系化したみて何年も研鑽したみたいな、そんな荒唐無稽な流派聞いた事がねえぞ!?」
「私は旅人に身をやつしているが、貴殿の腕前は尋常ではありませんでした。獣が如く身のこなしと同時に見え隠れする熟練された技、まるで獣が人に化けていると言うか人が獣に化けそして獣から再び人に舞い戻って来たかのような」
「ほほう、あれだけの一合でそこまで見抜くか。未熟ではあるものの目だけはいいようじゃの」
くつくつと笑う護堂にティンはやり取りの推移を見ていて良いのかと疑問に思い、良いかと流して柄から手を離す。
「おいこら聞いてんのか、あんた何もんかと聞いてるんだよ!」
「ええい煩い、貴様には年上に敬意を払うと言う事を知らないのか!」
「んだよやるかあ!?」
「受けて立とう!」
二人が互いに武器を手に取ろうとした直後、ティンの剣が閃くより前に護堂の双刀が二人の首筋に置かれていた。
「別に構わんが、此処は人々が集い楽しむ場だ。貴様らがいかに修羅場を好もうが勝手だが、場所を選べ」
「お、おう」
「ぎょ、御意」
二人は慌てて武器を収めると慌てふためいて走り去った。護堂はそれを見て苦い表情を見せていて。
「どうかしました、護堂さん」
「うむ。もう少し語気を強く説教をするべきであったかと思ってな」
「別に良いのでは? あの手の連中に利くとは思いませんが」
「この場合、説教の目的は脅しだな。恐怖で以て制するべきかと思ってな」
双刀を鞘に納める白獅子こと蒼末護堂は顎髭を撫でつつ返す。
「そこまでしますか?」
「うむ。何せ嘗てのわしも同じであった、己の思うままに暴れ回り大人の意見さえも下らぬと耳を貸さぬ程であった」
人に歴史あり、目の前の若者を見て嘗てもああだったと感慨深く見ていた。
んじゃまた次回。