剣に誇りを、剣を振る意味を
「月華閃流剣刀術、天下夢想。自己催眠による、身体強化の秘儀。さあ、続けましょうか。どちらかが、果てるまで」
「てんか……むそう?」
「そう、おのが刀を鏡とし、目を写して自身に強く自己暗示をかける。それによりより強烈に相手を攻め立てられる」
言うと皐はふっと消え、ティンは真後ろに向けて剣を振るい――いや振った瞬間に皐の刀と激突する。
「早ッ!」
「ってえええええええええりゃああああああッ!」
皐はそこから更にティンを押し込み、力任せに払うが、気付くとティンは既に真後ろに陣取っていた、が。
「虚月刃ッ!」
皐は足を軸にして一回転してティンを薙ぎ払うが、ティンもまた身を捻りながら姿勢を下げて剣閃を避け、皐との距離を詰めて。
「エースオブ」
跳躍しながら切り上げるが。
「天月穿ッ!」
皐も同じく姿勢を下げて真上に切り上げ、ティンは更に剣を背に置き、宙から切り落とす様に剣を振り下ろす。
「ライズッ!」
「天翔」
ティンの攻撃に合わせて皐は身を捻りながら斜め上へと居合い抜きを放って相殺し。
「烈華閃ッ!」
その隙を縫う様に返す刃でもう一度同じ箇所――ティンへと刃を振るう。
「聖浄の輝きをッ!」
瞬間、ティンは光の槍を皐へと叩き込むがその光も皐の剣閃に消え、ティンの体に剣閃がかする。だがそれも構う事無くティンは皐に向かって突進し、ティンの剣が皐の身体を捉え--皐は身を低くし。
「天月穿ッ!」
真上へと居合抜きを放ち、ティンの攻撃を避け、さらに相殺する。しかしティンは切り抜けた直後に急停止から身を返して更に光の槍を皐へと投げつけ。
「円月刃ッ!」
それも皐は居合抜きと同時に身を回し、胸を貼って背を弧状にすることで光の槍を避け、直後に突進するティンに対し。
「月斬翔ッ!」
納刀から跳躍と同時に真上にむけて居合抜きを放つことでそれを回避し、ティンはその硬直を狙って更に光の槍を投げつけ。
「落月斬ッ!」
飛び上がった直後、納刀後に地面目掛けて居合抜きを放ちながら着地して光の槍を避け。
「月影空歩ッ!」
直後のティンの突進も皐は後方に下がって安全圏へと逃れ。
「月影斬・八閃ッ!」
さっきよりも苛烈に無数の斬撃をティンに放つ。
「いいかげんに」
「月駆閃ッ!」
ティンは殺到する斬撃を斬り捌いているとそこへ皐が駆けながら居合い抜きをティンへと叩き込み、ティンは踊る様に後ろへ――と見せかけ、あえて身を屈めて皐の攻撃を避けて皐に剣を突上げるが、皐は居合い抜きの動作の途中で真後ろに疾走し――月影空歩――ティンの攻撃を回避する。
そこで両者は一度顔を見合わせる。
「速い……ッ!」
「ええ、これが天下夢想。行動力を高め、技の硬直時間を削り、無理な体勢からでも回避運動が取れるようになっています」
「んなの無茶苦茶じゃん!」
「さあ」
皐は言った後にふっと消え去り。
「私にはよく分りません」
ティンの後ろに現れ――ティンは同時に剣を真後ろに突刺すが、それさえも皐は余裕を持ってかわす。
「これで……貴方の速さにも追いつける、と言うものです」
「そんなに速い、あたし」
「ええ、私からすれば、凄く、速い。では比べましょう、どっちが速いか」
皐は言った側から体中の力を抜き、刀を握る手を緩め、かくんと項垂れる。
「な、んだ……?」
ティンは相手の隙や、脆い箇所を見つけるのに特化している。あまりにも脆かったり、隙だらけな場所は点となって認識出来るほどだ。だからこそ、言える。今の皐はおかしいと。何故か、体中に隙となる点が見えるからだ。
もはや誘っているとさえ言えるくらい、隙だらけだ。何処を打っても攻撃が通ると言っても過言ではないほどに。だからティンは、罠と思いつつも。
――つられる様に、皐に剣を振るう。
剣が届くか否か、いや微かに刃が肌に触れたとも思えた瞬間、だ。皐が消えた。ティンの目の前から、まるで最初からそこに居なかった様に。
「月華閃流客員秘剣」
後ろから降って来るように。
「鏡花水月ッ!」
皐の刀がやって来た――瞬間、ティンは無茶な体勢から踊るような足捌きで皐の一撃をかわす。
「な、何だよそれ!?」
「月華閃流剣刀術が客員秘剣“鏡花水月”。鏡花水月とは鏡に映った花であり水面に映った月のこと。目に見える、油断しきった姿を相手に見せることで攻撃を誘い、その攻撃に対して背を取って反撃する技。月華閃流には無かった、相手を騙す技」
皐はそう言ってから再び楽な体勢へと切り替える。月華閃流客員秘剣、鏡花水月だ。
対してティンは遠慮もなく、手早くもう一本の剣を抜き投げ、ティンもそれを追いかける。飛来する剣が突き刺さる直前、さっきの再現を行うように皐は幻のように消え、ティンは首を上げる。そこにこれもまた馬鹿正直に皐が真上からティンに強襲をしかけ。
「同じ手にひっかかると」
「月華閃流客員秘剣」
皐の静かな呟きにティンは警戒心から素早く距離を取る。そしてティンが回避運動を行った直後。
「落花狼藉ッ!」
皐はティンに対してかかと落としのような蹴りを叩き込む。
「いきなり何を」
「月華閃流客員秘剣“落花狼藉”。落花狼藉とは物が乱れている様、花が散る様、花を女性に見たてて女性に乱暴を働く様を指します。この技は対戦相手に奇襲し、体の至る箇所を攻撃する技です」
「な」
「つまり頭を踏んづけてティンさんが動けなくまるで攻撃する技ですね」
「な、なに!?」
「これも月華閃流には無い技です」
皐は淡々と語り、鞘に収めた刀の柄を握り、ティンへと向かって駆け出す。
「客員秘剣って何なんだよ!?」
「読んで字のごとく、他の流派より月華閃流へと取り入れた技です。故に、客員秘剣」
喋りながら皐はティンに向けて居合抜きを放ち、ティンは剣で防ぐがそれでも皐はそれでも止まらずにティンの後ろに移動して――ティンが直ぐに皐の背後を取って攻撃を加え――鏡花水月――皐が真上からティンに刀を振り下ろし、ティンは当たる直前で皐の背後を取る。
「背後取りの舞ですか? 良いですねぇ、受けてたとうじゃないですか!」
「うっさい!」
ティンは返しながら皐の背を斬り、皐は真上からティンの背に強襲し、ティンは踊る様に背中を取り、皐は真上からティンの背後を強襲し、ティンはふっと消え去り皐の背後に回り、皐は真上からティンに強襲し、ティンはそれを当たる直前で消えて皐の背後に回り、対する皐はティンの真上から強襲し、ティンは踊るような足捌きで直に皐の背後を取り、皐は対してティンの真上から襲い掛かり、ティンは。
「クイック」
皐の刀が当たる直前、剣を構え直して膝を屈めて。
「オブライズッ!」
瞬間、皐の身に閃光が駆ける。それは正しく、発動の挙動さえ見えないほど速いティンの上昇攻撃であり。
「毅然と」
続けて宙で更にステップを踏むようにティンは身を捻り。
「きっらめけえええええッ!」
皐へと光を纏って突進し。
「月斬翔ッ!」
対する皐は素早く抜刀と共に跳躍してその一撃をかわし。
「逃っがすかぁッ!」
ティンもそれを追って跳躍して。
「満月斬ッ!」
皐はティンを宙から叩き落すように刀を振り下ろし、ティンは剣を上に振って攻撃を重ね合う。地の利は皐にあり、ティンは重力に引かれて地へと舞い降りて皐は。
「落月斬ッ!」
更に追撃として上から攻撃を仕掛け、対するティンはそんな皐に向けて蹴り出し、刀とブーツが激突して火花が舞い。
「断罪をッ!」
ティンは無い魔力を剣に通し。
「ろくに流せる魔力も無いくせにッ!」
どうでもいい、とティンは心内で返して構う事無く滞空している皐目掛けて光を纏い、剣を前に突き出して突進する。
「性懲りも」
皐はその剣を払う様に蹴りを放つが、金属音を放って皐の足が弾かれ、皐は一瞬目を見開いて刀を納め。
「遅いッ!」
ティンの宣言どおり皐の空中抜刀よりも速くティンの剣が皐の体へと突き――いや、僅かに抜かれていた皐の刀がティンの攻撃を受け止め、攻撃の軸をずらす事には成功していた。
「月華閃流剣刀術奥義ィィィッ!」
ティンはその言葉に反応する。奥義、つまり皐の取って置きだ。剣術道場に居た頃、彼女は奥義の存在は秘匿とすべき物と言って決して使おうとしなかった技。
光を纏ったティンは軸を修正しながらも皐へと向かい、地に降りた皐は刀を納めなおして確りとティンを見据えて皐は前にへと踏み出し、さっきとは比べ様が無い強烈な、まるで大砲の砲撃でもされたかのような蹴りをティンの剣へと叩き込む。空間を揺らすほどの衝撃が走り、二人は金属音を響かせて弾かれ合うも、皐は尚も天に舞い上がる。そして――。
華散らし、月さえ断ち裂く、極意。名を。
「は・な・み・裂けええええええええええええええええええええええええええええッッッ!」
――月華閃流剣刀術奥義“華美裂ケ”。
皐の咆哮と共に、巨大な一閃がティンを飲み込んだ。その光景を背負うように立つ皐の背には、真っ二つに切裂かれた月の絵が描かれている。
「げふ」
「さっきの分は返しましたよ、ティンさん」
皐は背中越しに語り、ティンはよろよろと立ち上がる。
「つ、き? 何で、二つに……?」
「ああ、これですか」
皐は刀を納めてティンと向き合う。
「月華閃流剣刀術とは、そもそも月を斬る事を目指した初代が考案し、一万年以上も昔から研鑽を重ね続けた剣技です」
「何で、月を斬ろうなんて」
「剣士として、何を斬れば伝説となるか。そう考えた末、目に入ったのが輝かしい満月だったそうですよ。そして生み出されたのが、絵面だけでも月を斬ろうとした技です。そして奥義、華美裂ケは月を裂き華散らす刃。さて、解説がこの辺りでお終いにしましょうか」
皐は刀を握り直し、ティンに向かって駆け出し、二人は同時に剣を重ねあう。金属音が響き、お互い弾かれあう二人。吐く息は僅かに荒く、互いに痛みを分け合った。
勝負は中盤を超え、いよいよ終盤へと向かい始める。
皐はティンへの距離を一気に詰め、居合を放つ。
「遅いッ!」
ティンは今までの居合抜きから明らかに遅い一撃を弾き、返す刀で皐に剣を振るう。ティンはこれを自主的に誘った鏡花水月だと思った。だが皐は--その刃を己の身体に深々と突き刺す。
「……え?」
ティンは動きを止めた。いきなり皐が自分から刃を掴み取ってそれを自身の身体へと突き刺したのだ。皐は光の騎士剣を抑え、まる自身の目を写すような位置においてその体勢を維持する。
「な、なに、何なんだよ……」
「月華閃流剣刀術が秘儀、身刃一体」
皐は絞り出すような声で自分が何をしているのか語り、刃から自身を抜く。
「自身の身に刃を突き刺し、痛みを持って自己催眠をかけ、生存本能を呼び覚ます。月華閃流剣刀術の中で唯一の攻撃を受けて発動させる秘儀……!」
「そん、な……!」
ティンは目を見開いて皐を見る。
「何で、なんでこんなことしてまで戦うんだよ!? 痛くないの!?」
「痛みを持って自己催眠をかけているんです、痛くない訳無いでしょうが」
「じゃあなんでここまでして戦うんだよ!?」
「守る為ですよ」
皐の返答は、ティンにとって意外という他ないものであった。何を守る為なのか。
「守るって……何をだよ」
「誇りです」
「ほこ、り?誇りを守る為に戦っているの?」
「ええ、貴方には分かりませんか? 人はいつだって、武器を握る時は何かを守るためなんですよ? 自分の身であれ他人であれ、守るものなしに人は本当の意味で戦えません。何かを守るために戦うんですよ。貴方もそうでしょう?」
皐はティンに問い返す。覚えが無いとは、ティンは言わない、いう訳が無い。守りたいものを守りたくて騎士になった彼女が皐の言うことを理解出来ない訳が無い。だが、それでも。
「剣士には守るものが必要なんです。守るものなしに本当の戦いなんて出来ないと言ったとおり、剣士は守るものがあって立てるんですよ」
「……そっか」
ティンはそれだけ言った。皐がそこまでする理由なんて理解出来ないし、したくもないが――それでも、信念は分かった。なら十分。
「じゃ、やろうか」
「ええ、やりましょう。最後に立つのは私かあなたか、存分に」
二人は互いに駆け出し、同時に攻撃を放ち、武器同士がぶつかり火花散らす。
「ラッシュオブラッシュッ!」
「月華閃流剣刀術客員秘剣“百花繚乱・集”!」
二人は声を上げ、斬撃の嵐をお互いに生み出す。拮抗するそれらはまさにお互いを削り合うように凄まじい激突音が響き渡る。お互い放つ斬撃は剣戟を越えてお互いの身体をかすり、ティンは隙を見て背後に回り、皐は素早く反応し、ティンが先に斬りつけ、皐は紙一重でかわして反撃を行い、再び二人は斬り合う。
剣風は刃を乗せ、周囲を薙ぎ払い、二人は身を、身体中の至るところを斬り合い、頬が掠り、刃が脇腹を撫で、髪が数本舞い、胸元に剣が走り、周囲の草までも切り払う。
皐の刀が不意にティンの足を切り裂き、一瞬だけティンは動きを止めてしまう。
「貰ったああああああああああああああッッ!」
皐は思わず起きた好機を逃す事無く、更に踏み込み、刀を握りなおし、皐はティンを見抜きその先にある天を見据える。その理由、それは――無論、月。
「月華閃流剣刀術、最終奥義ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!」
皐は鋭く踏み込むと同時に天に向けて刀を抜き、切裂き、天も地も、全てを切裂いていく。
その刃、地を歩むものさえ、天の月をも、斬り裂く、魔剣。故に――天の、月を、斬る、魔剣。
「天・月・斬・魔ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああッッ!」
「――見えたッ!」
ティンは斬られる事で体勢を直し、皐と交差する瞬間に、可能な限りの急所を切裂くッ!
「――っは」
皐は全身が分離する痛みを歯を食いしばって耐え抜き、ティンと同時に地に立ち、ティンは直に駆け出し、皐は納刀してそれに対応し、居合いを放つも紙一重で頬をかすりながらも前に進みながら剣を突き出し。
「なっ」
「ってああああああああああああッ!」
皐の体にティンの剣が突き刺さり。
「これで」
剣を握って蹴りを入れて剣を抜き、左肩口から切裂き、胴抜きを叩き込み、跳躍から首元を切裂き、蹴り払って踏み込み、右肩を切裂いて止めに胸を貫き上げるッ!
「終わりだ……ッ!」
ティンの呟きに、皐は身体の奥から何かを吐き出す様に仰け反り、力なく背から倒れた。ティンは慌てて倒れた皐の下へと走り寄る。
「皐!」
「……ああ、負け、たんですか。私」
皐は力無く呟いた。ゆっくりと目を開け、皐はティンの方へと向く。
「なんて、顔しているんですか。勝ったのは貴方なのに」
「だ、だって……だってッ!」
ティンは弱弱しく返す皐に涙声に返す。そして、ティンが開いた口をそっと皐が塞ぐ。
「それを言ってはいけません。謝罪の言葉は、敗者を惨めにするだけですよ。貴方はただ誇ってください。勝者に許されるのは、勝利を誇ること……ですよ」
そう言って、皐の身体から力が抜ける。魔力に染まった武器で死に至る傷も痛みも与えることは出来ない。だから、彼女は全身に走る苦痛に耐え兼ねて気を失っただけなのだ。ティンは自分にそう言い聞かせ、皐を背負って歩き出す。近くの町へ向けて。
終わったー。今日は色々あったので今日中に上げられて嬉しいです。
それでは次回。