魔術師と魔導師
「それで、色々気になることがあるんだけど」
ティンは土下座する潤を見て火憐に今までの会話で気になった事をができたので聞いて見た。
「魔術師と魔導師って違うものなの?」
「ん? それもそっか。知らなきゃ違いも分かんねえな。いいよ、気になるなら教えてやる。魔術師と魔導師か、確かに違うよ。つか、魔導師は魔法の使い手として初心者脱出の証みたいなもんだし、基本魔導師は魔法使えるなら大体そうだろってなるからな」
火憐の解説をよそに潤は涙目で美佳子に謝罪を続けてはいるものの、当人は未だに戻って来ない従者のことに気が向いてるようで。が火憐は目にも入れずに。
「そもそも、魔術師ってーのは魔法世界いや魔法社会における技術師のことだ」
「え、技術師って、まさかエンジニア!? 魔術師って、魔法のエンジニアの事だったの!?」
「おう、元々魔術師自体が『魔力安全使用又効率運用規定方法総合技術師』の略だからな」
「長い!? ってか何でそんなに長いの!?」
火憐の話に突っ込みを入れるティンだが火憐は持ち前のスルー力を活かして流し。
「魔法だって魔力安全使用又効率運用規定方法の略だし。意味は魔力を安全に使用するため又は効率的に運用するための方法及び規定立法。魔力はお前も知ってるだろうが、きちんとした安全規定に則った方法で使わないと大事故起こすからな。例として出すと、過剰魔力乖離現象か。あれだって無差別に放出された魔力が高濃度になって行き場を失って中途半端に具現化した現象だし。そう言ったわけで、現状世界中の人間の半数近くがその危険性をあまり認識せずに使って入りが、本来魔法ってのは常に暴走の危険性を孕んでる結構やばいもんなんだ。それを気兼ねなく使えてるのは、基本的に長い時間の流れによって体系化されて学校の授業で教えられているのがデカいな。っと、話が反れたな。あー、魔術師と魔導師? ああ、さっき言った通り魔術師は基本的に魔導師の派生の一つで基本的に魔導師と混同していい、ってか母体が一緒」
「へえ〜、成る程。んじゃ魔女ってのは魔術師の女って事なの?」
「ああ。魔術師も昔と言うか公的な場じゃ術師とか言う呼び名で、呼称で性別の区別がなかった。当時は男尊女卑の文化もあったから重大な仕事は女には回さないみたいなのがあってな。男と区別させるために魔術師の女って言葉から省略されて魔女になった。まあその文化も廃れて、魔女は正式な国家公務員的な立ち位置になったりもしたな」
解説する火憐の言葉に繰り返し頷くティン、やがて美佳子達は話も終えてそちらの方に気を向ける。
「んじゃ、向こうも話が終わってるっぽいし、実際魔術師と魔導師の違いでも実演してもらおうか。んじゃネイルと潤、今からティンはお前ら二人に空を自由に飛びたいって依頼をする。でお前らはそれぞれ思いつく方法で解決しろ」
火憐が言い終えた直後、ネイルは手にした杖で地面をトントンと叩く。ティンは何が起きているのか一切わからないが、ネイルから生み出された地の魔力がティンの足元へと集中して力場を形成し、ティンの体にかかる重力をプラスからマイナスへと切り替える。
結果、ティンが僅かに足踏みすることによってあっさり宙に跳ね飛んで行く。
「え、お、おおお!? 飛んだ!?」
「今あなたの身長の倍まで浮くよう調整して反重力を掛けました。後はご自由に宙を飛んでみてください。一応術式で。あいや、こうした方が早いか」
ネイルは解説の途中で考え、そして杖をティンの周囲四方に向けて魔力を放つと。
「周囲に重力の壁というか、力場を生みました。それを蹴って空中を動いてみてください」
「聞いてねーよあれ」
火憐のツッコミ通り、ティンは光の足場を生み出すとそれを軸に空中を自由に跳ね回っていた。それをネイルは面白くなさそうにみているとやがてティンは光の足場で途中静止すると。
「すごいよこれ、何も考えずにスイスイ動ける! 便利だね、地属性って」
「制御に失敗すると体重が0になってどこまでも飛んで行くんですけどね」
「あるある、つかいた」
「地属性魔導師なら一度は経験する失敗、自分の体重調整をトチるだね。学生時代には半数が経験したというアレね」
美佳子と火憐は互いに頷きあうと、ネイルは魔法制御によってティンを地面に下ろす。そして次にティンを空に浮かせるのは潤だが、潤は空中に魔力で絵を描いていた。
「えーっと、依頼は空中浮遊だからなるべく自然なように、こうかな? いやこっちの方?」
「何あの球体」
「あれは球体型魔術式、球状に描く魔法陣だ。主に自分ごと周囲を閉じ込める時、又は360度全方位に効率よく魔法をかける為に使うもん」
ティンのオーダーに応える火憐、やがて潤の描く魔法陣は完成し光を放つ。だが潤はその上に魔法陣を描き、パチッと指を弾いた。呼応すり魔法陣は水を生み出しては直ぐに石となって球体型魔術式の上にストンと置かれる。
「はい完成、どうぞ乗ってください」
「今のは空気に触れることで化学反応を起こし固体化する水か。それで即席の椅子を作ったのね、ま発想としては悪くない。発想自体は」
「ま、魔女を名乗ろうってんだ。あれくらいで来て当然」
「厳しいね」
恐ろしく辛口評価を下す二人にティンは戦慄を覚えながら椅子の上に乗った。
「操作方法は、まず股を開いて。すると両腿の間に丸があるでしょ? それを北に押すと前進、東西でそれぞれの方向に回って、真ん中が上昇、南が下降、同時押し操作も出来るから好きに空中散歩を楽しんで」
「へえ、っておお!?」
説明を聞き終えたティンは早速言われた通りにすると術式から泡の混じった水が吹き出して椅子が浮遊する。それを見ていた魔導に詳しい人達はと言うと。
「水を噴射する事で推進力を得て空気中に含まれている水分に干渉し溶けるよう、それこそ空中そのものを海として捉えて浮かべるように術式を宙に浮かせてるんだね。ふむ、まあ魔女ならこれくらい余裕でしょ」
「確かに。中々悪くないセンスだがこの程度で魔女は無いな。もちっと勉強し直せ」
「あはい、すいません」
徹底された辛口評価に潤は真顔になる。空中浮遊を堪能したティンはゆっくりと地面に降り立つと術式は消滅する。
「消えちゃった」
「はい、今回は永続ではなかったので一定時間で消える様術式を調整しましたので」
「で、魔術師と魔導師の主な違いってのは? 今のだとよく分かんないと言うか、えっと魔導師は依頼を魔法で解決して魔術師は術式で解決?」
「概ねそれで一応はあってる。魔導師と魔術師の違いを軽く語ると、ある人曰く魔導師は職人で魔術師は技術士と言っていた。ある人ってのは10数世紀は昔の奴で、あたしも名前は把握してない」
火憐の解説にティンはふんふんと肯いて催促、周囲は剣人の帰りが遅いことを心配する美佳子に携帯電話で連絡を取ればと言うも持ってないという単純かつ非常に残念な返しが来て黙り込んだ。
「職人?」
「ああ、魔導師はこの通り依頼された仕事を持ち得る魔法の技量のみで如何にかする。例えば、荷物を隣の町まで運んで欲しいと魔導師に頼み込んだ場合なら地の魔導師なら重力操作で荷物を持ち上げて移動、風なら風で持ち上げ、火なら熱量操作で上昇気流を生み出し荷物を目的地まで運ぶ。魔導師はまさしく、目の前の問題に対して唯々魔法運用のみで解決する、これがまず大きな特徴だ」
「成程、それで職人芸と言う感じなんだ。でも魔術師は? 何か聞く限り魔術師も同じ職人な気も」
「ま、職人と技術士だから違いは無いな。魔導師の解決方法は、あたしなりの解釈を言うと総じて『そいつ自身が居なきゃいけない』ってのが多い。まあ、当然だが物を安全かつ的確に動かせる程の技量を持つ奴自身がその場に居ないといけないってのが魔導師の魔導師たる特徴って奴だな。要は、ナンバーワンつーかナンバーワンな仕事をする魔法の使い手って奴だ。で魔術師は逆に『自分が居なくてもいい』って解決方法を取る。例として挙げるなら、今潤がやったように術式とそれを覆うがわを構築して道具を作り上げ依頼主に譲渡し解決してもらうってのが主なやり方だ。水なら水をキャタピラの様に永続で動く仕組みの魔術道具を作り上げたり、地なら外部及び内部操作で動く反重力発生術式を組み込んだ移動用魔術道具を創ったりとかな。つまり、魔法を使った事さえないど素人でも安全に魔法運用を可能にする道具をを製作し、依頼主に渡すのが魔術師って奴だ。あたしなりの解釈で言うなら、正にオンリーワンな仕事って奴」
「何かそう聞くと魔術師って本当に技術士って言うかクリエイターなんだね。要は道具作りの専門家さん?」
「言い得て妙だがそう思ってもいい。例えば美佳子の家は馬鹿でっかい風力発電の魔術道具、つーか魔術装置を作ってその制御或いは運用を売りにして生きてる魔術師の一家でな。それで実家の会社は魔術関連であると同時に風力発電の会社でもある」
ティンは火憐の台詞を聞いては直ぐにピーンと来た。エーヴィアと彼女の契約関係、父を通して行ったという植野家との交渉、それら全ては正に。
「え、待って、じゃあ何、女王陛下はこの国に風力発電所を構えたいって言う事?」
「そーなるな。或いは植野家と契約して魔術会社の手伝いと市場提供か? でもイヴァ―ライルって光を象徴としてるのに良いのか、とも思うが」
そこで火憐は困り果ててるような仕草をする幼馴染へと目を向ける。彼女は今までの話を一応耳には入れていたようで、火憐の目線に気付くと。
「あうん、父さんはその辺含めて自分で聞いて来いっていう話だったの。だから聞きに来たんだけど今忙しいから空気読めって酷い話だよね」
「そりゃ手前が空気読めてねえだけだボケ。で、お前的にはオッケーなのかそれ」
「話としては市場も大学も全部こちらの主導で好きにやっていいって。寧ろこの国を根城にあたしが好き勝手に研究しまくっていいんだって、なんか太っ腹すぎてビックリ。きっと何か裏があるんだろうなーと思って女王陛下に話がしたいと思ってきたんだけどこんな調子で困っちゃって。困ったと言えば剣人どうしよ、どうやって会おう。もう別れて1時間半は経っちゃってるよ、うーん」
「そいつは手前が馬鹿だからだ、後向うからすれば自分の国が表立ってのスポンサーで、そこそこ儲けている会社の未来を担い令嬢殿を抱え込みたいだけだろ? 成程、どうせこれから出すだろう実績、なら是非とも家でって事ね。あの女王、本当に普通の政治家か? たまにあれどっかの会社の社長ってか商人に見えるぞ」
「母親が、母親だしなあ」
火憐の指摘もあながち間違いでもない分、ティンは何も言えなかった。事実、彼女の母親はそれを見越して居るらしいし、恐らくエーヴィアは国家で商売でもやってる気分でいるのだろう。別に悪いという気ではないが。
さてと言う切り口からティンは潤も今まで何処で何をしていたのか問いかける。彼女としては忙しかったのは理解出来るのだが、そんな物は既にお互い様なのだ。いっそ吐き合って楽になれと思い。
「で、そういやあんた今まで何してたの? ネイルと一緒じゃなかったのはわかるけど」
「よくぞ聞いてくれました! いやあ、本当に今日まで疲れて疲れて疲れ果てて、もう泣きたくなるほどで」
「潤は確か、宮廷魔術師として陛下のお側に居たんだよね」
ネイルが補足し、潤がうんうん頷く中約2名が。
「いや実績も無い分際で宮廷魔術師とか名乗んな。いくら廃れた称号だろうと限度があるぞこら」
「あのくらいで宮仕えを言うとか、自分の主君の名声地に落ちるからやめなさい。貴方なんて精々ぼんくら魔導師が良いところ。魔術師舐めないで」
遠慮も容赦もない言葉攻めに一気に潤は泣き崩れた。宮廷魔術師と言う言葉はそれ程異常に重いのだ。だが潤はよろよろと立ち上がると。
「一先ず、自分の用事を済ませつつイヴァーライルの水源を探し、使えるように浄化してる中、唐突に大学作るから水道どうにかしろって注文が飛んで来て」
「へー」
ティンは即座に明後日の方を見た。あまりに鮮やかな方向転換に火憐はボソリと。
「なあそれお前が言い出したやつじゃ」
「それは置いとこうで続き」
「魔獣を処理しながら使える水源探し続けていく日もいく日も水源探しと言う名の魔獣狩りの日々、大学生候補さん達の協力も得て遂に大学の水源見つけ出してやっと安心したら、今度は魔獣狩りの訓練は万全だろと魔獣の住処攻略組に組み込まれ、休日をほぼ自分の用事の当てながら魔獣狩りだらけの日々に身を投じ続け、遂に奴らの住処と言うか本拠地を見つけ出し、外郭攻略組に参加し、一週間病院のベッドに寝込む程の大怪我を負って」
「あ、あんたそっちにいたんだ」
一番居てくれたらと言う場面に彼女を見かけなかったのはそう言う事だったのかと納得し、潤は。
「はい、えっとティンさんは確か中枢攻略組でしたっけ。見ましたよ、黄昏の光。あれを見て魔獣が消えるの見て思わず立ち上がって苦しみ悶えたのも懐かしい」
「馬鹿だこいつ」
うっとりと語る潤に火憐が遠慮のない一言を浴びせる。しかしそれで止まる彼女ではなく。
「それで体内の回復力を術式で加速させてきっちり一週間で完治させ、自分の用事を済ませながら今度はあの本城の建築手伝えと言われて」
「ほとんどじゃねえじゃん」
「とんだ嘘つきを見たわ、これはちょっと訴えたほうがいいかしら」
「水道関連について言えば全部ですよ!? そこだけ水の宮廷魔術師いるからって完全に手付かずで公開日までほぼ寝ずに術式構築のために奔走してたんですからね!? と言うか、病室でゆっくりしてる時に既に手が加わりまくった設計図送られて城中の水道術式全部やれって無理もいいところですから!」
火憐と美佳子の嘘つきみーつけたな台詞に返す泣きそうな潤の解説、それを聞いた二人は一気にドン引きしては。
「お前、苦労したなぁ。それ一流のプロでも夜逃げするレベルの無茶振りだぞ」
「御免なさい今まで責めて。貴方、もしも魔女協会に行くなら一声掛けなさい、黄の魔女までの紹介状なら書いてあげるから」
「その台詞……もっと早く、聞きたかった」
一気に同情し涙まで流す美佳子に潤は疲れ切った表情で返した。
んじゃまた次回に。